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本編
神と髪。
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そう言い遺して、ローランは「少し周りを見てくる」と立ち去った。その間に考えろということだろう。
神って……あの、髪を大切にしていた、神じいさんのことかしら。
どうやったら会えるのか、方法を知らない。神問いは、魔力のある者なら可能だけど……私の神は、誰なんだろう。
この世界では、それぞれが信じる神を持つ。最高神はもちろん崇められるけれど、それとは別に、「私は武神を信じます」とか、「俺は美神を崇めます」的に、十五前後で、守護神を選ぶことができる。
リヒト殿下は最高神。王となる人は、それ以外は選べない。シルヴィスは知神。リヒト殿下を補佐する為だというから、筋金入りだ。カインはもちろん武神で、オリヴィエは意外にも旅人の神を守護神として選んでいる。
ローランには、守護神はいない。誇り高い神竜は、己が一族の王以外を崇めることはしない。まして、ローランはその「王」だ。守護神を選ぶことはしない。
アレクシアの守護神は――私のゲーム知識では、そんなもの設定されていなかった。つまり、空白。アレクシアとして生きてきた半年の記憶の中にも、守護神の話題はなかった。
それなら。
あの神じいさんを、私の守護神に選んだら、もう一度会えるのかしら。
私は、自分のふわふわの巻き毛を、肩口まで切り落とした。腰の辺りまであったから、かなりの量になる。神じいさんは髪を大事にしてたから、これは供物になるかもしれない。
いつも持っている輝石に、神じいさんに会いたいと願いを込めた。蒼い輝きが、じわりと広がってきたので、切った髪の上にそっと置いた時。
「髪を切るとか、おまえさんはアホかい!」
神じいさんの深い嘆き声が響いて、私は異空間に転移していた。
「せっかく美少女な姫さんになって、お気に入りの神竜王にも恋をしてみたいとか口説かれたのに、何が不満なんじゃ……こんなに髪を切るなんぞ」
巻き毛だけに、切った長さも相まって、見た目のボリュームはすごい。私としては、頭が軽くなったというメリットもあるんだけど。
「あの時、私に本当のこと言わなかったでしょ。アレクシアのこととか」
「そりゃおまえ、あの状態で「おまえの中にアレクシアがいる、未来ではおまえに生まれる」とか言ったら、儂、完全に電波系じゃろ」
口ではそう言うけれど、本音は違う。
「髪を引き抜かれたくなかったのね?」
「そうとも言うのう」
あっさり認めると、神じいさんは私に語りかけた。
「おまえさんは、頑張って乗っ取ったと思うぞ。親友の姫さんとか、神竜王からの好意は、おまえさん自身が得たものじゃ。その体ではなく、中身がな。どこがいいのかわからんが」
私は、黙って神じいさんの髪を左手に取った。右手? 髪を切った時の護身用ナイフを握ったままです。
「切られるくらいなら儂は気にせ……痛い! 切り取りそうなフリをしておいて抜いたな!」
ナイフを使うとは一言も言っていません。
「……真面目な話、その体の持ち主はもう輪廻転生に割り込み済じゃ。戻すことはできん。知らんことが怖いというのは、わからんわけではないが……おまえさんのは、ちと病的じゃの。間違いたくないという強迫観念か」
神じいさんは、抜かれた髪の毛を名残惜しそうに見つめながら、溜息をついた。私に対してなのか、髪に対してなのかは判断に悩む。
「間違って何が悪いんじゃ。おまえさんの親友や神竜王は、一度間違ったら許してくれんような相手か?」
「……ううん」
私は、とっくに間違った。ローランにもエージュにも、その時は怒られたけれど、二人とも、許さないと言って離れたりはしなかった。
「人はな、間違いながら生きていくもんじゃ。おまえさんは、間違った時が怖いんじゃろう」
「……たぶん」
「それはのう、余計な自尊心じゃ。誤った自衛ともいえるの。この世界のことを知っている分、間違ってはならんと思い込んどるのじゃろ」
――未来を知っているから、それとは違う未来が欲しいから、間違いたくない。確かに、私はそう思っていた。
「おまえさん一人で、何もかもやってきたわけじゃなかろうに」
そう言った神じいさんの後ろに、ローランと……エージュが見えた。
「ほれ。神竜王と親友が待っとる。神問いしろとけしかけたくせに、姿がなくなると不安がるとは何とも不器用な神竜王じゃの」
「ローランは純粋なの」
「純粋なだけで、神竜の王が務まるものか。おまえさんは、あの神竜王について知らないこともある」
神じいさんは、杖――私がもらった輝石の代わりに、今度は翠の輝石が嵌められている――を一振りして、私を異空間から放り出した。
神泉の木陰に戻された私を迎えたのは、ローランだけではなかった。エージュがいた。ローランが、「アレクシアに神問いさせている。それを覗くから、王の姫も一緒に」と誘ったそうです。神竜王と王女が、まさかの覗き行為。
「あなたはどこまで馬鹿なの!」
エージュは、不揃いに切られた私の髪を見て、怒りと嘆きに叫んだ。
「馬鹿! アリーの馬鹿! 神問いなら、その輝石の魔力だけで可能なのに、どうして髪まで切るの!」
「……ここまで馬鹿だとは思わなかった。私が付いているべきだった」
絶望したようなローランの声。二人に訊きたい、あなた達にとって私の髪はどれだけの価値があるんでしょうか。
エージュがひどく泣いてしまってどうしようもないので、話をするにも……と思ったら、ローランが私達から少し離れ――竜型になる。
「私の手に。しばらく上空を旋回するから――その間に、話すといい。他者に聞かれる心配もないから」
ローラン自身には聞こえるし、会話にも入れると言うので、その申し出に甘えさせてもらった。
竜の手のひらは広い。そこに座り込んで、子供のように泣いているエージュは、私に縋りついたままだ。
「馬鹿よ、アリーは馬鹿よ。この世界をねじ曲げたというなら、わたくしだって同じだわ。どうして、自分だけが悪いみたいに、悲劇の主人公気取りなの」
エージュは泣きながらそう言うけど。私のゲーム知識がなかったら、私達は特に何もできなかったはずだ。ローランはオリヴィエに召喚され、そしてミレイが召喚されて――……
「だから馬鹿だと言っているのよ。アレクシアは、ミレイとして生まれるのでしょう。そのアレクシアの魂が、今は輪廻の輪に入っている。つまり、ミレイはいないのよ」
「あ……」
「あなたの名前が美玲だから、引きずられる可能性もなくはないと思ったわ。けれど、もうあなたはアレクシアとして生きている。生きている体から魂を引きずり出して、他の体に入れることはできない。それは神の業ではなく禁術よ」
そして、ヴェルスブルクがやろうとしているのは「女神召喚」――召喚とは言うけれど、女神の降臨を願う「神事」だ。禁術ではない。
「それでも、ミレイが来る可能性はあるわ。あなたとアレクシアの魂が同居していたように、今度は、あなたの世界の「ゲームの」アレクシアの体から、ミレイが引き寄せられるかもしれない」
だから色々と考えていたのにと、エージュはまだ泣いている。
「……ごめんなさい」
「わたくしが、こんなに悩んでいるのに、あなたときたら……髪を切るなんて。可愛いわ、その長さも似合っているわ、だけど!」
血を吐くように、エージュは泣き叫んだ。
「その長さだと、わたくしの髪と絡められないのよ!」
………………。
「髪を絡めるくらいに親しいという証なのに!」
エージュが壊れているのは、私が髪を切ったせいだというなら、非常に申し訳ない。反省します。
「王の姫。一度訊こうと思っていたが、そなたはアレクシアを愛しているのか」
ローランの突っ込みが入った。
「愛でも恋でもありません。ただ、好きなのです」
「それは盲目の恋ではないのか」
「違います。とても愛していますけれど、恋情ではないのです。わたくし、アリーと寝たいわけではありませんから」
直裁な言葉に、私だけでなくローランも怯んだ。エージュは、私を見つめながらはっきり言った。
「愛しているから、相手の何もかもを得たいわけではないのよ、アリー」
つまりそれって、私を愛してくれているっていう認識でいいのかな。友愛という意味でなら、私もエージュを愛してるけど。
「…………?」
ローランが、戸惑った気配が伝わってきた。だけど、私達は彼の手の中だから、何も見えない。
「……アレクシア。王の姫」
固い声で、ローランが告げた。
「シルハークの新王が、宣戦布告してきた」
「!?」
カインとオリヴィエは何しに行ったんだ! 出かけて三日で宣戦布告されるとか、旅程表はどうなってるのよ!
「……間諜がいるということでしょうね」
泣き止んだエージュは、冷静にそう言った。
「神竜王陛下。このまま、ラウエンシュタイン家にお戻り下さい。そして、わたくしかアリーが行くまで、お部屋に籠っていらして。お部屋には、誰も入れぬように」
エージュの声も、石のように固く、重かった。
神って……あの、髪を大切にしていた、神じいさんのことかしら。
どうやったら会えるのか、方法を知らない。神問いは、魔力のある者なら可能だけど……私の神は、誰なんだろう。
この世界では、それぞれが信じる神を持つ。最高神はもちろん崇められるけれど、それとは別に、「私は武神を信じます」とか、「俺は美神を崇めます」的に、十五前後で、守護神を選ぶことができる。
リヒト殿下は最高神。王となる人は、それ以外は選べない。シルヴィスは知神。リヒト殿下を補佐する為だというから、筋金入りだ。カインはもちろん武神で、オリヴィエは意外にも旅人の神を守護神として選んでいる。
ローランには、守護神はいない。誇り高い神竜は、己が一族の王以外を崇めることはしない。まして、ローランはその「王」だ。守護神を選ぶことはしない。
アレクシアの守護神は――私のゲーム知識では、そんなもの設定されていなかった。つまり、空白。アレクシアとして生きてきた半年の記憶の中にも、守護神の話題はなかった。
それなら。
あの神じいさんを、私の守護神に選んだら、もう一度会えるのかしら。
私は、自分のふわふわの巻き毛を、肩口まで切り落とした。腰の辺りまであったから、かなりの量になる。神じいさんは髪を大事にしてたから、これは供物になるかもしれない。
いつも持っている輝石に、神じいさんに会いたいと願いを込めた。蒼い輝きが、じわりと広がってきたので、切った髪の上にそっと置いた時。
「髪を切るとか、おまえさんはアホかい!」
神じいさんの深い嘆き声が響いて、私は異空間に転移していた。
「せっかく美少女な姫さんになって、お気に入りの神竜王にも恋をしてみたいとか口説かれたのに、何が不満なんじゃ……こんなに髪を切るなんぞ」
巻き毛だけに、切った長さも相まって、見た目のボリュームはすごい。私としては、頭が軽くなったというメリットもあるんだけど。
「あの時、私に本当のこと言わなかったでしょ。アレクシアのこととか」
「そりゃおまえ、あの状態で「おまえの中にアレクシアがいる、未来ではおまえに生まれる」とか言ったら、儂、完全に電波系じゃろ」
口ではそう言うけれど、本音は違う。
「髪を引き抜かれたくなかったのね?」
「そうとも言うのう」
あっさり認めると、神じいさんは私に語りかけた。
「おまえさんは、頑張って乗っ取ったと思うぞ。親友の姫さんとか、神竜王からの好意は、おまえさん自身が得たものじゃ。その体ではなく、中身がな。どこがいいのかわからんが」
私は、黙って神じいさんの髪を左手に取った。右手? 髪を切った時の護身用ナイフを握ったままです。
「切られるくらいなら儂は気にせ……痛い! 切り取りそうなフリをしておいて抜いたな!」
ナイフを使うとは一言も言っていません。
「……真面目な話、その体の持ち主はもう輪廻転生に割り込み済じゃ。戻すことはできん。知らんことが怖いというのは、わからんわけではないが……おまえさんのは、ちと病的じゃの。間違いたくないという強迫観念か」
神じいさんは、抜かれた髪の毛を名残惜しそうに見つめながら、溜息をついた。私に対してなのか、髪に対してなのかは判断に悩む。
「間違って何が悪いんじゃ。おまえさんの親友や神竜王は、一度間違ったら許してくれんような相手か?」
「……ううん」
私は、とっくに間違った。ローランにもエージュにも、その時は怒られたけれど、二人とも、許さないと言って離れたりはしなかった。
「人はな、間違いながら生きていくもんじゃ。おまえさんは、間違った時が怖いんじゃろう」
「……たぶん」
「それはのう、余計な自尊心じゃ。誤った自衛ともいえるの。この世界のことを知っている分、間違ってはならんと思い込んどるのじゃろ」
――未来を知っているから、それとは違う未来が欲しいから、間違いたくない。確かに、私はそう思っていた。
「おまえさん一人で、何もかもやってきたわけじゃなかろうに」
そう言った神じいさんの後ろに、ローランと……エージュが見えた。
「ほれ。神竜王と親友が待っとる。神問いしろとけしかけたくせに、姿がなくなると不安がるとは何とも不器用な神竜王じゃの」
「ローランは純粋なの」
「純粋なだけで、神竜の王が務まるものか。おまえさんは、あの神竜王について知らないこともある」
神じいさんは、杖――私がもらった輝石の代わりに、今度は翠の輝石が嵌められている――を一振りして、私を異空間から放り出した。
神泉の木陰に戻された私を迎えたのは、ローランだけではなかった。エージュがいた。ローランが、「アレクシアに神問いさせている。それを覗くから、王の姫も一緒に」と誘ったそうです。神竜王と王女が、まさかの覗き行為。
「あなたはどこまで馬鹿なの!」
エージュは、不揃いに切られた私の髪を見て、怒りと嘆きに叫んだ。
「馬鹿! アリーの馬鹿! 神問いなら、その輝石の魔力だけで可能なのに、どうして髪まで切るの!」
「……ここまで馬鹿だとは思わなかった。私が付いているべきだった」
絶望したようなローランの声。二人に訊きたい、あなた達にとって私の髪はどれだけの価値があるんでしょうか。
エージュがひどく泣いてしまってどうしようもないので、話をするにも……と思ったら、ローランが私達から少し離れ――竜型になる。
「私の手に。しばらく上空を旋回するから――その間に、話すといい。他者に聞かれる心配もないから」
ローラン自身には聞こえるし、会話にも入れると言うので、その申し出に甘えさせてもらった。
竜の手のひらは広い。そこに座り込んで、子供のように泣いているエージュは、私に縋りついたままだ。
「馬鹿よ、アリーは馬鹿よ。この世界をねじ曲げたというなら、わたくしだって同じだわ。どうして、自分だけが悪いみたいに、悲劇の主人公気取りなの」
エージュは泣きながらそう言うけど。私のゲーム知識がなかったら、私達は特に何もできなかったはずだ。ローランはオリヴィエに召喚され、そしてミレイが召喚されて――……
「だから馬鹿だと言っているのよ。アレクシアは、ミレイとして生まれるのでしょう。そのアレクシアの魂が、今は輪廻の輪に入っている。つまり、ミレイはいないのよ」
「あ……」
「あなたの名前が美玲だから、引きずられる可能性もなくはないと思ったわ。けれど、もうあなたはアレクシアとして生きている。生きている体から魂を引きずり出して、他の体に入れることはできない。それは神の業ではなく禁術よ」
そして、ヴェルスブルクがやろうとしているのは「女神召喚」――召喚とは言うけれど、女神の降臨を願う「神事」だ。禁術ではない。
「それでも、ミレイが来る可能性はあるわ。あなたとアレクシアの魂が同居していたように、今度は、あなたの世界の「ゲームの」アレクシアの体から、ミレイが引き寄せられるかもしれない」
だから色々と考えていたのにと、エージュはまだ泣いている。
「……ごめんなさい」
「わたくしが、こんなに悩んでいるのに、あなたときたら……髪を切るなんて。可愛いわ、その長さも似合っているわ、だけど!」
血を吐くように、エージュは泣き叫んだ。
「その長さだと、わたくしの髪と絡められないのよ!」
………………。
「髪を絡めるくらいに親しいという証なのに!」
エージュが壊れているのは、私が髪を切ったせいだというなら、非常に申し訳ない。反省します。
「王の姫。一度訊こうと思っていたが、そなたはアレクシアを愛しているのか」
ローランの突っ込みが入った。
「愛でも恋でもありません。ただ、好きなのです」
「それは盲目の恋ではないのか」
「違います。とても愛していますけれど、恋情ではないのです。わたくし、アリーと寝たいわけではありませんから」
直裁な言葉に、私だけでなくローランも怯んだ。エージュは、私を見つめながらはっきり言った。
「愛しているから、相手の何もかもを得たいわけではないのよ、アリー」
つまりそれって、私を愛してくれているっていう認識でいいのかな。友愛という意味でなら、私もエージュを愛してるけど。
「…………?」
ローランが、戸惑った気配が伝わってきた。だけど、私達は彼の手の中だから、何も見えない。
「……アレクシア。王の姫」
固い声で、ローランが告げた。
「シルハークの新王が、宣戦布告してきた」
「!?」
カインとオリヴィエは何しに行ったんだ! 出かけて三日で宣戦布告されるとか、旅程表はどうなってるのよ!
「……間諜がいるということでしょうね」
泣き止んだエージュは、冷静にそう言った。
「神竜王陛下。このまま、ラウエンシュタイン家にお戻り下さい。そして、わたくしかアリーが行くまで、お部屋に籠っていらして。お部屋には、誰も入れぬように」
エージュの声も、石のように固く、重かった。
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