乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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本編

切り札はお互い様。

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 桜華公主の天幕に行く前に、私はリーシュの姿、リーシュは私の姿になるよう、変身の魔法を使った。輝石の魔力を借りたから、ほぼ完璧だ。

「口調は気をつけて下さいね。特に陛下」
「わーってるって」
「……そうですね、黙ってましょうか。凌辱されたショックで口もきけない状態なのを、引きずってきたという風に」

 私を引きずるならまだしも、実際の質量は成人男性であるリーシュを引きずるのは、苦労しそうだなあ。

「……重そう」
「自分の姿に対して、よく言えるな」
「私の姿であって、私じゃないもの」

 アレクシアの外見=私の外見、という認識はまだ根づいてないから、というのもある。だけど、そこをリーシュ達に説明する必要はないから黙っておく。

「では、私が引きずりましょう。それなら、私も同行しても不自然ではありませんし」

 レンファンがそう言って、リーシュを縄で縛り始めた。わかっていても、嫌なもの……って、ちょっと待って。

「やめて下さい、そういう縛り方」
「亀甲縛りは駄目ですか。なら、下手後手したてうしろて縛りにしましょうか」
「解けやすいようにしてあげて下さい」
「大丈夫ですよ。陛下は、袖口に刃物を仕込んでますから」
「アレクシア。視覚的につらいのはおまえだろうけど、身体的につらいのは俺だからな。お互い、精神的苦痛は我慢するしかないぞ」

 言い含めるように諭され、私は反論が思いつかなくて、結局妥協した。刃物を隠し持つなら、後ろ手の方が見えにくくていいのはわかるんだけども。

「では、クソ婆のところに行きますか」

 私の姿をしたリーシュを、本当に引きずっているレンファンにとって、主君とは何なんだろうと思った。……桜華公主に近づいてからでも、いいんじゃないかな。




「ほ。では、その娘はもう……?」
「ああ。それでだ、大婆様。あの神竜王を殺すにせよ服従させるにせよ、先にこの娘の有様を見せてやっても面白いとは思われぬか?」
「しかしな、リーシュ。絶望ならよいが、怒りは魔力を増す。あの神竜王の魔力が増すと、妾には手に負えぬぞ」
「だから、この娘を生かしている。質にするのだろう?」
「神竜は清浄を好む。純潔を失った召喚者に、価値を見出すかどうかはわからぬ。といって、怒らせても面倒じゃ」

 そう桜華公主が呟いた時、リーシュが何かの動きをし、レンファンが瞬時に動いた。
 私の姿をしたリーシュの口元から、レンファンの指が――赤い血と共に引き抜かれる。リーシュの口には、即座に布が押し込まれた。

「……畏れながら。神竜王に前に自害したいと思うほどなら、この娘は、神竜王にとってはただの召喚者ではありますまい」
「確かに。自害の機会を窺っておったか? 面白い、妾はの、そういう者を容易く死なせてやる気はない」

 桜華公主は、レンファンの指の傷をすっと癒した。リーシュの口元に流れている血を、紅のように口唇に塗りつける。

「リーシュ、レンファン。その娘、神竜王の前に連れて行け」

 そう言うと、桜華公主はゆっくりと立ち上がった。




 シルハーク兵達に厳重に守られた天幕。そこに、ローランがいる。
 私は、リーシュの姿になっている。私の姿になったリーシュは、ここに来るまでに歩みを止めたり逃げ出そうとしたりと、ささやかな抵抗を試みる演技をしたおかげで、桜華公主に「レンファン、抱えていけ」と言われた。命じられたレンファンは、リーシュをお姫様抱っこというのは嫌なのだろう、荷物のように抱えて引きずっている。
 ……大丈夫。ローランは、気づいてくれる。守るって、言ってくれた。私も、守ると約束した。だから大丈夫。
 不安と期待に高鳴る胸をそっと押さえ、私はできるだけ乱暴にその天幕に入った。




 ――捕えているって言うから、縛られてるのかと思ったら。
 ローランは、首と両腕と両足に、蜜色の輪のようなものを嵌められていた。あれは、桜華公主の魔力を固めた封印具だ。

「……神竜王」

 私は、ローランと呼びかけたいのを堪えて、彼を見た。私の後に、桜華公主、レンファン、そして引きずられているリーシュが続いて入ってきた。
 複数の人間の気配に、ローランがびくっと震えた。――そして、その瞳が私を捉える。
 私が、事前の打ち合わせ通りに、ローランに近づこうとした時。
 桜華公主が、私の腕を捻り上げた。

美事みごととしか言いようがないほど、化けたものじゃ。が、妾の目は欺けぬ。妾は真実視ことみの力がある」

 くっくっと笑いながら、桜華公主はレンファンとリーシュを振り返った。

「可愛い曾孫の演技じゃものなあ。付き合うてはやったが、神竜王を解放させるわけにはいかぬ。のう、リーシュ。切り札は、伏せておかねばならぬもの。明かしたら、それはもう切り札ではない」

 そう言った桜華公主の瞳が強く輝いて――私とリーシュの「変化」は解呪された。強制的に解かれた反動で、体が痛む。

「案ずるな。そなたは殺さぬよ、リーシュ。妾の血の濃い子を残してくれるまではな。レンファン。そなたも、よい精気をくれるゆえ、生かしてやりたいがなあ」

 そんなつもりは微塵もないくせに、桜華公主は苦悩するフリを楽しんで、私とレンファンを魔力で縛り上げる。そして、決定的な「消滅」の魔法を紡ごうとした。

「…………!?」

 リーシュが素早く動き、その右手が桜華公主のを抑え込んだ。左手が、レンファンに向かって短剣を投げる。

「レン!」
「承知してますよ! 神竜王陛下、お動きあるな!」

 受け取った短剣を、レンファンはローランの首元の封印具に正確に突き立てた。瞬間、ローランが冷ややかな声で応じる。

「――消滅ディスアピアランス

 その発動と同時に、彼の両手両足の枷が消えた。つまり、ローランの魔力は桜華公主より上だということ。
 この間、桜華公主は苛立ちを目に浮かべ、逃れようともがいているけれど、リーシュががっちりと抑え込んだままだ。私は、ローランに「神竜を人にする秘術」の巻き物を渡した。
 何も言わなくても、ローランは私の意図を察してくれて――秘術の律を紡ぎ始める。

「神なる竜王の姫、セリシール・フィオーラ。其は竜を離れ、人の妻となり、人の母となる。ここに、セリシール・フィオーラの真名を、桜華と改める」

 でも、桜華公主は、新しい真名が馴染みすぎて、却って魔力を増したと――……。

「そして人としての生を全うしろ、シルハークの王たる月玲ユエリンの妃・桜華」

 降嫁した相手の真名を補足することで、神竜ではなく人としての名だと付随させることで――桜華公主が持っていた魔力は、大幅に減じられた。それこそ、人の身に宿せる限界値以内に。

 ――完全に人になったことは、すぐにわかった。桜華公主は、見る見る間に――年齢にふさわしい姿に老いていったから。リーシュがゆっくり手を離すと、ぽろぽろと、真珠色の歯が抜け落ちていく。

「アレクシア」

 ローランは、これでよかったかと確認するように私を見つめる。頷いて抱きついたら、ローランはぎゅっと抱き締め返してきた。……うん、ローランだ。秘術の発動中は、王の威厳に満ち溢れていたのに――今は、リーシュとレンファンに怯えている。

「大丈夫。悪い人達じゃないから」
「……アレクシアの姿に、ひどいことをしていたのに?」

 そこは触れられたくない現実だ。
 リーシュは、ローランの前に跪いた。レンファンもそれに倣う。桜華公主は、萎びた老婆になっているけれど、リーシュがしっかり抱え込んでいる。

「神竜王。もうひとつ、助力を願いたい」
「…………」

 嫌がっているのではなく、怯えているだけなんだと、私は知っている。

「何?」

 代わりに私が訊くと、リーシュは自分の曾祖母を眺めて言い放った。

「大婆様から、魔力を奪えるか?」
「それはできない。真名に応じた魔力は、増やすことも減じることもできない」 

 淡々と答えて、ローランは静かに告げた。

「声を失わせることはできる。――シルハークの王は、それが目的だろう?」
「ああ。魔法の発動には、律を紡ぐ声が必要だからな」

 桜華公主に、魔法を使わせない為に。

「魔力の封印じゃ駄目なの?」

 私は、声を奪うのはあまりにひどい気がしたので、そう訊いてみた。でも、リーシュは首を振った。

「駄目だ。封印を解く魔法がないとは限らない。そして、それを紡げたら――意味がない」
「姫はお優しい。ですが、それでは守れぬものもある」

 レンファンの言葉は、私の甘さを指摘する。俯いた私に、ローランは困った顔をした。

「アレクシアが嫌なら、しない」
「シルハークという国の、安定と平穏が懸かっています。どうか、神竜王陛下」
「……それでも、アレクシアが嫌がることは、私も嫌だ」

 ローランにだけ、そんな重さを背負わせたくはないから。
 私は、ローランに言った。

「……ひとつだけ、条件を付けさせて」
「アレクシア?」

 ローランではなく、リーシュが戸惑っている。ローランは、何となく予想できているように目を閉じた。

「シルハークの為に必要な時が来たら、リーシュの判断で、桜華公主に声を戻せるように」

 私の言葉に、ローランは微笑んだ。
 甘い理想論かもしれないけど。更生の余地を残すのは、大切なことだと思う。
 だけど、桜華公主に大切な人を殺されたリーシュ達の気持ちの遣り場を考えると、声を残してあげてとは言えないから。

 シルハークのことは、シルハークの王であるリーシュに任せる。
 私の説明に、リーシュとレンファンは、微苦笑してくれた。

「まあ、大婆様の魔力に頼らなきゃならないくらい、国を弱めさせたら、その時点で俺は王の資格はないな」
「実質的には永遠に戻らないって認識でいいでしょうね」

 ――そう言って、同意してくれた。
 太王太后に、死を賜ることはできない、というのも、あるとは思う。
 そして、ローランは。

「声と同時に、魔力も封じておく。単純なものなら、陣を描くだけで発動する魔法もあるから」
「魔力は奪えないんじゃなかったのか?」
「奪うのではない。封じるだけだ。――神竜王姫の名を汚した者には、罰が必要だ」

 その声は、神竜の王としての威厳と怒りに満ちていたから、私も何も言えなかった。
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