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本編
演技は演者には見抜かれる。
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一時間ほど待っていると(結局、午前の講義ふたつはサボってしまった)、アルドンサが友人らしい少女二人と連れ立って現れた。入口間近に陣取っている私とエージュが視界に入ったらしく、身を強張らせる。
「……クルムバッハ公爵令嬢」
エージュが、感情の欠片もない冷たい声で呼びかけた。
「わたくし、あなたにお話があるの」
「わた、し……」
「よろしいわよね? レンヌ侯爵令嬢、ロングヴィル伯爵令嬢?」
同行している3二人の令嬢方に、圧力をかけている。二人はこくこくと頷き、「私達はこれで」と逃げ去った。王族を敵にしてはいけないと、貴族なら誰でも理解している。
「ここだと、目立ちますわね。軽食を用意してありますから、貴賓室に参りましょうか」
学内カフェは基本的に無料である。外で食べたい場合や、午後にお腹が空く男子生徒用に、簡単なバスケット弁当くらいなら用意してくれる。私達は、それを女子向けにしたものを三人分準備済だ。
俯いたアルドンサを挟むようにして、エージュを先頭に、私達は貴賓室に向かった。
「召し上がらないの? クルムバッハ公爵令嬢。あなたのお好きな具材で作っていただいたのだけれど」
優雅にサンドイッチを切り分けて食べながら(ナイフとフォークで食べるものなのか)、エージュは可愛らしく首を傾げて問いかける。私は特に好き嫌いはないので、おいしくいただいている。できれば手づかみでいきたいところだけど、エージュだけならまだしも、アルドンサが同席しているのでそれは無理だ。
「……食事の前に、お話を済ませたいということかしら。それなら、そうさせていただくわ」
サンドイッチを一切れ食べたところで、エージュはフォークを置いた。……ナイフも置こうよ、エージュ。
私とエージュが隣り合って座り、エージュの向かいにアルドンサが座っている。俯いたままのアルドンサに頓着せず、エージュは単刀直入に訊いた。
「何が、アリーのせいなのかしら?」
「…………」
「何がアリーのせいで、衆人の中で平手打ちするほど、あなたを怒らせたのかしら?」
ゆっくりと重ねられる問いかけは、獲物を前に吟味している猛獣のようだ。怖い。アルドンサは、ゆるくウェーブした蜂蜜色の髪を震わせた。
「……アレクシア様が、偽りの未来視をなさったからです」
「何を?」
「私が……偽の女神召喚を受け入れたと」
「私、そんなこと」
「黙って、アリー。……どなたが、そう言ったの?」
アルドンサの話によると。
父である、クルムバッハ公爵アルブレヒトが「国王陛下の御命令」として、女神召喚を行うと言った。そうですかと聞き流していたら、実際には女神は召喚できないのだと言う。それではどうするのだと思ったら、「だからおまえは女神が降臨した器として振る舞いなさい」と命じられた。
神をも畏れぬ所業ではないかと呆気に取られていたら、「これはラウエンシュタインの姫が未来視なさったこと。おまえの運命だ」と言われ、受け入れざるを得なくなった。
「私は……アレクシア様の偽りの未来視のせいで、偽の女神を演じるしかなくなったのです」
そう言って、敵意に満ちた濃紺の瞳を私に向けた。
「女神召喚は、王太子殿下は反対なさっていると聞いています。アレクシア様は、私を王太子妃候補から外す為に、そのような偽りの女神を演じろとおっしゃったのでしょう?」
いえ、リヒト殿下の好感度を下げてくれる人は大歓迎なんですけど。
しかしそれより、大事なことがある。
「アルドンサ様。私は、そんな未来視はしていません」
「え?」
「最近は、いろいろと忙しいと言いましょうか……神竜王陛下の召喚以降は、未来視らしい未来視はしていません。もちろん、女神召喚についても何も申し上げていません。視ていませんもの」
アルドンサは疑うように私を見ている。疾しいことはないので、その視線からは逃げない。
隣で、エージュがくっと、抑えきれないと言いたげに笑った。
「エージュ?」
「……偽の女神召喚に、あなたを巻き込んでおこうと――そうすれば、アルドンサ様を偽の女神だと暴けなくなると、保険をかけられたのでしょうね」
甘い。加えて愚劣。
私にだけ聞こえるように言い捨てて、エージュはアルドンサを見据えた。
「アリー自身から聞いたわけでもないのに、父君の言葉だけで信じてしまわれたの? アリーの未来視だという作り話や噂など、いくらでもあるのに?」
「……」
「国王、宰相、そして父君。三人が揃って口裏を合わせて、偽っているとはお考えにならなかったの? 偽の女神召喚をしようとしている方々の言うことを、証拠もなしに信じてしまわれたの?」
あんた馬鹿なの? それともアホなの?という口調で、エージュはにこにことアルドンサを追いつめる。騙されてた子を、そんなに追いつめなくても……。
「エージュ。アルドンサ様は何も知らなかったんだし」
「……そう、やって」
「え?」
「そうやって、エルウィージュ様の前では、優しい、いい人ぶって。王太子殿下に取り入って。何が未来視の姫よ、何が救国の姫よ!」
いきなり、アルドンサがキレた。さすがにエージュもぽかんとしている。
「私の方が、エルウィージュおねえさまに近いんだから! 血縁だってあるんだから!」
――今度は、サンドイッチを顔面に投げつけられ……アルドンサは、足音荒く貴賓室から出て行った。
「……洗浄」
魔法で、汚れを取った後、私はエージュに苦言を呈した。
「……誑し込んでいるなら、先に言ってほしかったかな……」
「想定外よ」
私の髪にもう一度「洗浄」の魔法を唱えながら、手櫛で調え、エージュは溜息をついた。
「目的は、リヒト殿下の方だと思っていたのだけれど」
アルドンサの言葉は、どう取っても「エージュ」だ。
「……言われてみれば、アルドンサはわたくしの従妹にあたるのかしらね。母方の」
クルムバッハ公爵の奥方は、エージュのお母様の妹だとか。
「……だから、おねえさまなのね」
「全く交流はなかったのだけれど。従姉妹だなんて、今の今まで気づかなかったわ」
――親友の魔性の美貌は、同性にも有効だった。
そう思った私に、エージュは意味深に微笑んだ。
「大好きよ、アリー。そのままのあなたでいてね」
「……エージュ?」
「あんな作り話で、わたくしを騙せると思っているのね。怒ったふりをして、席を立って追求から逃げた機転は褒めてあげてもいいけれど。――瞳の熱が、違うのよ」
わたくし、伊達に、一方的に焦がれられていたわけではないのよ。
くすくすと笑うエージュは、誰がどう見ても悪役でした。
とりあえず、事の顛末をリヒト殿下とシルヴィスに説明した。アルドンサが退室した後、二人で楽しくランチしていたら、痺れを切らしたリヒト殿下が乱入してきたのだ。我慢が足りない。
シルヴィスがしっかりバスケット弁当(男子生徒仕様)を二人分用意していたので、四人でランチしながら話し合った。
「アルドンサ様は、エージュに憧れている……ように、見えたんですけれど」
「あれは演技よ。それに、わたくしのあの子への好感度は最低値を更新中よ? あなたに手を上げたのだもの」
「エージュに憧れているから、アレクシアをぶったのか? 確かによくわからない理屈だな」
「……三人とも。問題はそこではないだろう。アレクシアの未来視を、勝手に捏造されていることが重要だ」
どうしよう、こいつら馬鹿だと言わんばかりに溜息を漏らしたシルヴィスに、エージュはにっこり笑った。
「アリーの未来視なら、既にあちこちで創作されてますわよ?」
「え?」
「あの未来視の姫が、流行ると言ったから、この春はこちらの色がお勧めですとか。悪天候が続くと未来視したそうだから、今年の税収は少なくなるだろうと言って中抜き――横領額を増やしたりとか」
エージュは、さらっと爆弾発言した。私、そんなこと初耳なんだけど。
「エルウィージュ。それは」
「ええ、アリーに真偽を求めるほどのことではありませんから、皆、話半分に聞きながら楽しんでいるのだろうと、わたくしも放置していたのですけれど。絡繰りの女神召喚に、アリーが関与しているように捏造されるのは、とても困ります」
とても困る。
繰り返して、エージュは何気ない手つきでナイフの切っ先をシルヴィスに向けた。威嚇なのか本気なのか、今ひとつ判断が難しい。
「ナルバエス大公の収賄の証拠は得られまして?」
「……我が父ながら、老獪だ。証拠は残していなかった」
「調べが手ぬるいのでは?」
「私のような青二才にできることは限られている。――というのは、やはり言い訳だな。だが、父の不在中に書斎も寝室も探したが、何も出なかった。収賄しているのは確実だが……」
その証拠がない。
家令か執事に確認できれば一番いいんだけど、彼らは基本的にその家、その当主に仕えている。当主の息子でも、裏帳簿の類は見せないだろう。
「……形に残らない収賄の可能性は、ないのですか?」
私は、ふと疑問に思って問いかけた。何を言ってるんだ?という顔のシルヴィスに、私も首を傾げる。宝石とか領地とかお金じゃなくて、人にはわかりにくいモノ、この世界にはあるじゃない。
「……魔力、とか。輝石に貯めておけますけど、増えたか減ったかは、持ち主でないとわかりませんよね?」
ガタッと、シルヴィスが立ち上がった。信じたくない、と顔に出ている。
輝石には、魔力を貯められる。そして、貯めた魔力が大きければ大きいほど、強い魔法を使える。
「……そういえば、パラメデウス……最近、髪が」
「ふさふさしてきましたわね」
「……我が父ながら……っ!」
紅茶の香りを楽しみながら突っ込む王太子と王女に、シルヴィスは情けないと咽び泣きそうだ。まさか、「毛髪再生」に費われてたなんて、信じたくないわよね……。
「そういうことでしたら、証拠を押さえるのは無理かしら」
「……証拠って、国王陛下と宰相閣下が、女神召喚を偽装することと、アルドンサがその役を命じられたことがわかればいいの?」
どうしようかなという風なエージュに、私は確認した。――心当たりが、なくはない。
「ええ。それができればいいけれど……アリー?」
「……任せて、とは言えないけど。できるかもしれない」
エージュは、薄い水色の瞳で私を見つめ――頷いた。
「わかったわ。あなたにお願いする。……でも、危険なことはしないで。それだけは絶対に駄目よ」
「うん。危険はないし、気づかれる心配も、たぶんない」
私が力強く答えると、エージュは、それならいいと言ってくれた。深く追求しないのは、ここにリヒト殿下とシルヴィスがいるからだ。エージュは、この二人を信用はしているけど、信頼はしていない。
「……話を戻そう。アルドンサのように、捏造されたアレクシアの未来視で騙されている者が他にもいないか確認しておかないと、アレクシアの未来視自体が疑われる」
リヒト殿下はそう言ったけれど、私はあんまり気にしてない。実際、最近は殆ど未来視をしていないんだから(あまりにもゲームと違いすぎてもう無理だ)、その力を失くしたと言えばいいだけだし。
「未来視の力を失くしたと――」
「いいえ。それはまだよ、アリー。アルドンサが本当の女神ミレジーヌではないと、あなたは未来視しなくてはならないわ」
――そうか。アルドンサの「女神演技」が私の未来視ではないと証明する為にも、「女神召喚は成功しない」と言わなきゃいけないんだ。
でも、いつ言えばいい?
「……リヒト。そろそろ、お前の十八の誕生日だろう」
「? そうだが」
「その祝いの宴に、王太子妃候補の姫達は揃うはずだ。無論、アルドンサも」
シルヴィスは、考え考え、ゆっくりと言葉を継いでいく。
「そこで、アレクシア――君が言えばいい。「偽りの女神が降りようとしている」と」
その頃には、国王陛下主導の女神召喚は、止めようがないほどに進んでいるだろう。そこに、私が「偽りの女神が降りる」と未来視すれば……どうなるか。
「その場は荒れるだろうが……そこは、我々で乗り切るしかない。臨機応変にな」
シルヴィスは言葉を取り繕ったけど、要は行き当たりばったりということですね。
「では、わたくしは……できるだけ、情報をあたりましょうか。誰がどの程度まで儀式のことを知っているのか、どんな人間が関わっているのか――確かめておきたいことではありますわ」
「こちらからは、オリヴィエに神殿の様子を探らせよう。あなたから譲り受けた名簿は、とても重宝しているらしい」
「カインの方も順調らしいな。――父上は、それほどに見放されておいでか……」
リヒト殿下の言葉は重く沈痛だったけど、私はあの国王陛下には怨み骨髄だから、何も言わなかった。
「……クルムバッハ公爵令嬢」
エージュが、感情の欠片もない冷たい声で呼びかけた。
「わたくし、あなたにお話があるの」
「わた、し……」
「よろしいわよね? レンヌ侯爵令嬢、ロングヴィル伯爵令嬢?」
同行している3二人の令嬢方に、圧力をかけている。二人はこくこくと頷き、「私達はこれで」と逃げ去った。王族を敵にしてはいけないと、貴族なら誰でも理解している。
「ここだと、目立ちますわね。軽食を用意してありますから、貴賓室に参りましょうか」
学内カフェは基本的に無料である。外で食べたい場合や、午後にお腹が空く男子生徒用に、簡単なバスケット弁当くらいなら用意してくれる。私達は、それを女子向けにしたものを三人分準備済だ。
俯いたアルドンサを挟むようにして、エージュを先頭に、私達は貴賓室に向かった。
「召し上がらないの? クルムバッハ公爵令嬢。あなたのお好きな具材で作っていただいたのだけれど」
優雅にサンドイッチを切り分けて食べながら(ナイフとフォークで食べるものなのか)、エージュは可愛らしく首を傾げて問いかける。私は特に好き嫌いはないので、おいしくいただいている。できれば手づかみでいきたいところだけど、エージュだけならまだしも、アルドンサが同席しているのでそれは無理だ。
「……食事の前に、お話を済ませたいということかしら。それなら、そうさせていただくわ」
サンドイッチを一切れ食べたところで、エージュはフォークを置いた。……ナイフも置こうよ、エージュ。
私とエージュが隣り合って座り、エージュの向かいにアルドンサが座っている。俯いたままのアルドンサに頓着せず、エージュは単刀直入に訊いた。
「何が、アリーのせいなのかしら?」
「…………」
「何がアリーのせいで、衆人の中で平手打ちするほど、あなたを怒らせたのかしら?」
ゆっくりと重ねられる問いかけは、獲物を前に吟味している猛獣のようだ。怖い。アルドンサは、ゆるくウェーブした蜂蜜色の髪を震わせた。
「……アレクシア様が、偽りの未来視をなさったからです」
「何を?」
「私が……偽の女神召喚を受け入れたと」
「私、そんなこと」
「黙って、アリー。……どなたが、そう言ったの?」
アルドンサの話によると。
父である、クルムバッハ公爵アルブレヒトが「国王陛下の御命令」として、女神召喚を行うと言った。そうですかと聞き流していたら、実際には女神は召喚できないのだと言う。それではどうするのだと思ったら、「だからおまえは女神が降臨した器として振る舞いなさい」と命じられた。
神をも畏れぬ所業ではないかと呆気に取られていたら、「これはラウエンシュタインの姫が未来視なさったこと。おまえの運命だ」と言われ、受け入れざるを得なくなった。
「私は……アレクシア様の偽りの未来視のせいで、偽の女神を演じるしかなくなったのです」
そう言って、敵意に満ちた濃紺の瞳を私に向けた。
「女神召喚は、王太子殿下は反対なさっていると聞いています。アレクシア様は、私を王太子妃候補から外す為に、そのような偽りの女神を演じろとおっしゃったのでしょう?」
いえ、リヒト殿下の好感度を下げてくれる人は大歓迎なんですけど。
しかしそれより、大事なことがある。
「アルドンサ様。私は、そんな未来視はしていません」
「え?」
「最近は、いろいろと忙しいと言いましょうか……神竜王陛下の召喚以降は、未来視らしい未来視はしていません。もちろん、女神召喚についても何も申し上げていません。視ていませんもの」
アルドンサは疑うように私を見ている。疾しいことはないので、その視線からは逃げない。
隣で、エージュがくっと、抑えきれないと言いたげに笑った。
「エージュ?」
「……偽の女神召喚に、あなたを巻き込んでおこうと――そうすれば、アルドンサ様を偽の女神だと暴けなくなると、保険をかけられたのでしょうね」
甘い。加えて愚劣。
私にだけ聞こえるように言い捨てて、エージュはアルドンサを見据えた。
「アリー自身から聞いたわけでもないのに、父君の言葉だけで信じてしまわれたの? アリーの未来視だという作り話や噂など、いくらでもあるのに?」
「……」
「国王、宰相、そして父君。三人が揃って口裏を合わせて、偽っているとはお考えにならなかったの? 偽の女神召喚をしようとしている方々の言うことを、証拠もなしに信じてしまわれたの?」
あんた馬鹿なの? それともアホなの?という口調で、エージュはにこにことアルドンサを追いつめる。騙されてた子を、そんなに追いつめなくても……。
「エージュ。アルドンサ様は何も知らなかったんだし」
「……そう、やって」
「え?」
「そうやって、エルウィージュ様の前では、優しい、いい人ぶって。王太子殿下に取り入って。何が未来視の姫よ、何が救国の姫よ!」
いきなり、アルドンサがキレた。さすがにエージュもぽかんとしている。
「私の方が、エルウィージュおねえさまに近いんだから! 血縁だってあるんだから!」
――今度は、サンドイッチを顔面に投げつけられ……アルドンサは、足音荒く貴賓室から出て行った。
「……洗浄」
魔法で、汚れを取った後、私はエージュに苦言を呈した。
「……誑し込んでいるなら、先に言ってほしかったかな……」
「想定外よ」
私の髪にもう一度「洗浄」の魔法を唱えながら、手櫛で調え、エージュは溜息をついた。
「目的は、リヒト殿下の方だと思っていたのだけれど」
アルドンサの言葉は、どう取っても「エージュ」だ。
「……言われてみれば、アルドンサはわたくしの従妹にあたるのかしらね。母方の」
クルムバッハ公爵の奥方は、エージュのお母様の妹だとか。
「……だから、おねえさまなのね」
「全く交流はなかったのだけれど。従姉妹だなんて、今の今まで気づかなかったわ」
――親友の魔性の美貌は、同性にも有効だった。
そう思った私に、エージュは意味深に微笑んだ。
「大好きよ、アリー。そのままのあなたでいてね」
「……エージュ?」
「あんな作り話で、わたくしを騙せると思っているのね。怒ったふりをして、席を立って追求から逃げた機転は褒めてあげてもいいけれど。――瞳の熱が、違うのよ」
わたくし、伊達に、一方的に焦がれられていたわけではないのよ。
くすくすと笑うエージュは、誰がどう見ても悪役でした。
とりあえず、事の顛末をリヒト殿下とシルヴィスに説明した。アルドンサが退室した後、二人で楽しくランチしていたら、痺れを切らしたリヒト殿下が乱入してきたのだ。我慢が足りない。
シルヴィスがしっかりバスケット弁当(男子生徒仕様)を二人分用意していたので、四人でランチしながら話し合った。
「アルドンサ様は、エージュに憧れている……ように、見えたんですけれど」
「あれは演技よ。それに、わたくしのあの子への好感度は最低値を更新中よ? あなたに手を上げたのだもの」
「エージュに憧れているから、アレクシアをぶったのか? 確かによくわからない理屈だな」
「……三人とも。問題はそこではないだろう。アレクシアの未来視を、勝手に捏造されていることが重要だ」
どうしよう、こいつら馬鹿だと言わんばかりに溜息を漏らしたシルヴィスに、エージュはにっこり笑った。
「アリーの未来視なら、既にあちこちで創作されてますわよ?」
「え?」
「あの未来視の姫が、流行ると言ったから、この春はこちらの色がお勧めですとか。悪天候が続くと未来視したそうだから、今年の税収は少なくなるだろうと言って中抜き――横領額を増やしたりとか」
エージュは、さらっと爆弾発言した。私、そんなこと初耳なんだけど。
「エルウィージュ。それは」
「ええ、アリーに真偽を求めるほどのことではありませんから、皆、話半分に聞きながら楽しんでいるのだろうと、わたくしも放置していたのですけれど。絡繰りの女神召喚に、アリーが関与しているように捏造されるのは、とても困ります」
とても困る。
繰り返して、エージュは何気ない手つきでナイフの切っ先をシルヴィスに向けた。威嚇なのか本気なのか、今ひとつ判断が難しい。
「ナルバエス大公の収賄の証拠は得られまして?」
「……我が父ながら、老獪だ。証拠は残していなかった」
「調べが手ぬるいのでは?」
「私のような青二才にできることは限られている。――というのは、やはり言い訳だな。だが、父の不在中に書斎も寝室も探したが、何も出なかった。収賄しているのは確実だが……」
その証拠がない。
家令か執事に確認できれば一番いいんだけど、彼らは基本的にその家、その当主に仕えている。当主の息子でも、裏帳簿の類は見せないだろう。
「……形に残らない収賄の可能性は、ないのですか?」
私は、ふと疑問に思って問いかけた。何を言ってるんだ?という顔のシルヴィスに、私も首を傾げる。宝石とか領地とかお金じゃなくて、人にはわかりにくいモノ、この世界にはあるじゃない。
「……魔力、とか。輝石に貯めておけますけど、増えたか減ったかは、持ち主でないとわかりませんよね?」
ガタッと、シルヴィスが立ち上がった。信じたくない、と顔に出ている。
輝石には、魔力を貯められる。そして、貯めた魔力が大きければ大きいほど、強い魔法を使える。
「……そういえば、パラメデウス……最近、髪が」
「ふさふさしてきましたわね」
「……我が父ながら……っ!」
紅茶の香りを楽しみながら突っ込む王太子と王女に、シルヴィスは情けないと咽び泣きそうだ。まさか、「毛髪再生」に費われてたなんて、信じたくないわよね……。
「そういうことでしたら、証拠を押さえるのは無理かしら」
「……証拠って、国王陛下と宰相閣下が、女神召喚を偽装することと、アルドンサがその役を命じられたことがわかればいいの?」
どうしようかなという風なエージュに、私は確認した。――心当たりが、なくはない。
「ええ。それができればいいけれど……アリー?」
「……任せて、とは言えないけど。できるかもしれない」
エージュは、薄い水色の瞳で私を見つめ――頷いた。
「わかったわ。あなたにお願いする。……でも、危険なことはしないで。それだけは絶対に駄目よ」
「うん。危険はないし、気づかれる心配も、たぶんない」
私が力強く答えると、エージュは、それならいいと言ってくれた。深く追求しないのは、ここにリヒト殿下とシルヴィスがいるからだ。エージュは、この二人を信用はしているけど、信頼はしていない。
「……話を戻そう。アルドンサのように、捏造されたアレクシアの未来視で騙されている者が他にもいないか確認しておかないと、アレクシアの未来視自体が疑われる」
リヒト殿下はそう言ったけれど、私はあんまり気にしてない。実際、最近は殆ど未来視をしていないんだから(あまりにもゲームと違いすぎてもう無理だ)、その力を失くしたと言えばいいだけだし。
「未来視の力を失くしたと――」
「いいえ。それはまだよ、アリー。アルドンサが本当の女神ミレジーヌではないと、あなたは未来視しなくてはならないわ」
――そうか。アルドンサの「女神演技」が私の未来視ではないと証明する為にも、「女神召喚は成功しない」と言わなきゃいけないんだ。
でも、いつ言えばいい?
「……リヒト。そろそろ、お前の十八の誕生日だろう」
「? そうだが」
「その祝いの宴に、王太子妃候補の姫達は揃うはずだ。無論、アルドンサも」
シルヴィスは、考え考え、ゆっくりと言葉を継いでいく。
「そこで、アレクシア――君が言えばいい。「偽りの女神が降りようとしている」と」
その頃には、国王陛下主導の女神召喚は、止めようがないほどに進んでいるだろう。そこに、私が「偽りの女神が降りる」と未来視すれば……どうなるか。
「その場は荒れるだろうが……そこは、我々で乗り切るしかない。臨機応変にな」
シルヴィスは言葉を取り繕ったけど、要は行き当たりばったりということですね。
「では、わたくしは……できるだけ、情報をあたりましょうか。誰がどの程度まで儀式のことを知っているのか、どんな人間が関わっているのか――確かめておきたいことではありますわ」
「こちらからは、オリヴィエに神殿の様子を探らせよう。あなたから譲り受けた名簿は、とても重宝しているらしい」
「カインの方も順調らしいな。――父上は、それほどに見放されておいでか……」
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気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
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