乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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本編

別れは唐突に。

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 シルハークとの国境までは、特に何も起きなかった。窃盗団みたいなものも出なかったし、体調を崩した者もいなかった。

 そして、和睦の正式な書類と私が引き換えにされる場所――国境とされているセジール河に着く。そんなに幅のある河ではないので、対岸の人の顔は目視できる。あちらには、リーシュとレンファンがいた。呆れたことに、警備兵も近衛兵もいない。正真正銘、二人だけだ。
 カインは、私とローランを連れて、セジール河のこちら側に立った。

「カイン・シュラウス将軍。どうぞ。和睦の書状です。――アレクシア姫と神竜王陛下を、こちらに」

 レンファンは、大声でそう言って、書状を黒い竜に持たせた。召喚したのかしら。

「フィーネ」

 ローランが呼びかけると、黒い小さな竜はほよほよと飛びながらこちら側に来て、カインに書状を渡す。
 カインは書面を確認し、私達に「どうぞ」と声をかけた。――交渉成立、ということだ。
 私は、ローランに抱き上げられ、ふわりと重力を無視して浮き上がった。ローランは足場もない空間を普通に歩き、セジール河を渡り終えた。

「確かに、アレクシア姫と神竜王陛下をお迎え致しました。では、新しき王への祝いの品を」

 レンファンが言った途端、セジール河の向こう側になったカイン達の近くに、財貨の箱が山と積まれる。……お金持ちですね、シルハーク。そう言えば、商人同盟を保護下に入れているんだった。

「姫の納采は、また後日。まずはそちらをリヒト陛下に」

 敢えて「陛下」と言って、レンファンは優雅に礼をした。あちら側で、カインが騎士の礼を返す。

「王妹殿下にお伝えせよ。納采は確かにお届けすると」

 リーシュが尊大に言い放った。直後、傲岸不遜な態度はそのままに維持して、言葉だけで「これでよかったっけ?」とレンファンに確認している。カイン達には聞こえていないと思うけど、「いいんじゃないですかね」と適当に答えて踵を返したレンファン共々、もうちょっと演技というものを……。

「アレクシア」

 促された私は、ものすごく不本意だけど、リーシュに手を取られてその場から離れた。ローランがむっとしているのがわかるけど、でも仕方ないのよ、ここでリーシュの手を取らないのは不自然すぎるから。
 ヴェルスブルクから護衛してくれた皆を騙すのは心が痛むけど、ごめんなさい。

 私達は、シルハークの王宮まで、ローランの転移魔法で一気に移動した。……だって、リーシュとレンファン、本当に二人だけで来てるんだもの……。

「早く戻らなくていいの?」
「いい。うちはな、有能な家臣達が揃ってるから」
「馬鹿王が現を抜かしていても問題はないんですよ。体裁が悪いだけで。ものすごく情けないだけで」

 レンファンの声に込められた静かな怒りは、ローランに「転移魔法を使う」と言い出させたほど、深く強いものだったのです。




「的確に、私達が着きたいと思った場所まで来ましたね。さすがは神竜王陛下です」
「……竜王姫が、呼んだから」

 シルハークの竜王姫って……桜華公主?

「あー、神竜王。悪いけどさ、そこ、雪麗シュエリーって呼んでくれない? あれが大婆様なことは伏せてるから」
「……名を直接呼ぶのは、アレクシアだけだと決めている」
「純情一途だな、おい。じゃ、ソレとかコレとかばばあでいいから、竜王姫はナシ。ね、俺も譲歩したから神竜王も譲ろうね」
「わかった」

 リーシュは、素直なローランを言いくるめた……。何か、保育士さんが園児に言い聞かせるような形だったけど。

「婆が呼んだから、ここに着いた」
「ローラン、女性を婆なんて呼んじゃ駄目」
「……シルハークの王はそうしろと」

 うん、でも何というか違和感が凄いので、やめてほしい。リーシュが言うのはいいけど、ローランはそんなこと言わない。
 私の願いに、ローランは困ったように問いかけてきた。可愛い。

「では、どう言えばいい? 齢を重ねた老女?」
「俺としては、大年増でいいと思う」
「奇遇ですね、陛下に同意です」
「多数決。大年増で決まりな。アレクシアも、我儘言って神竜王を困らせるんじゃないぞ」

 ……嫌な決め方だわ、多数決って。
 え? 私が多数派の場合は? そんなの決まってる、最大多数の最大幸福は貴いのよ。
 現実逃避しながら溜息をついて、私は周りを見渡した。何というか、東洋風……中華風な意匠の建築物だ。

「リーシュ。ここは王宮のどこなの?」
「雪麗に与えた棟だな。後宮の手前にある建物だ。中宮なかみやって言うとこ」
「……それで? どうしてここに来たの。あなたの申し入れは、私との婚姻のはずよね。だったら、正式な国事行為ができる場所でなきゃいけないんじゃないの? というか、嫁入り前の私を後宮の手前に連れ込むな」
「いや待て、説明するから。つーかさ、おまえのとこの王妹……あれ? まだ即位前だっけ? とにかく新しい王の妹。あれ、怖いな」

 エージュのこと? 私以外には素っ気ないとこもあるけど、怖くはないわよ。

「エージュは優しいわよ」
「おまえにね。おまえにだけね。そのこと理解しとこうね、アレクシア。――えげつないぞ、俺への脅迫の仕方。協力しないなら、神竜王がそっちで暴れるでしょうね、って」
「私は、そのようなことはしない」

 ローランが反論すると、リーシュはいやいやと首を振った。レンファンも苦笑いしている。

「神竜王さー、アレクシアのこと好きなんだろ? 俺がアレクシアを手籠めにしたら、キレるだろ?」

 すぅっと温度が下がった。ローランの瞳が、ゆっくりと緋色に変わっていく。

「だから! 俺はしません! 同意のない行為はしないし、アレクシアのことは女として見てない!」
「………………」
「ローラン。本当のことよ、リーシュは前からそう言ってるわ」
「……だが。神竜の血が濃いなら、竜玉りゅうぎょくに影響される。アレも、竜玉を持って降嫁したはずだ」
「竜玉? それは何?」

 私が問うと、ローランは「映像」の魔法を唱えて、実物を見せてくれた。
 竜玉というのは、亜界には普通にある、神竜達の心身の状態を整える玉だという。体調が優れない時、竜玉に触れると全快するらしい。さすがに寿命を延ばしたりはできないけれど、心身を活性化させる。ちなみにひとつではなく、一家にひとつの勢いであるモノだということだ。

「心身が活性化されると……その」

 ローランは私を見た後、ふいっと顔を逸らした。

「活性化されると?」
「……活性化されるから。あの」
「うん。何?」
「ああ、うん。やめなさい、アレクシア。やめてあげなさい」

 リーシュにやんわり止められた。ローランは、露骨にほっとした顔になった。私、何かいけないことしたのかしら。

「リーシュはわかってるの?」
「うん。まあ、ほら、俺も神竜の血は濃いし」
「ローランに訊くのを止めたんだから、リーシュが説明して」
「その理屈は、筋は通っていますが、アレクシア様。うちの馬鹿王は意外と純情なので、私が代わりに。――発情するんですよ」
「ああ、そう。発情するのね――って、何言わせるの!?」

 何でもないことのように言ったレンファンにつられて同意してしまって、私は赤面して蹲った。何てことを口走ってしまったんですか、私。

「……まあ、そういうわけだ。竜玉を使って、俺を……その、そういう状態にさせて。その場面を、漏洩の魔法で神竜王に伝えれば」
「神竜王陛下はお怒りになりましょうね。まさに竜の逆鱗に触れるどころか、殴りつけて引っ剥がす暴挙です。女性の発想ですか本当に」

 呆れているレンファンに言いたい。エージュの発想じゃない。干物だもの。あの子、私より干物女子だもの。そんな発想はない。――となると、アトゥール殿下かシルヴィス辺りの入れ知恵だ。レフィアス様ではないと信じています。

「まあ、とにかく。怒りに我を忘れた神竜王なんて、お断り願いたいので。……アレクシアには、借りもあるしな」
「借り? 私がリーシュに、ならわかるけど。その逆はないでしょう?」
「自覚なしか。ある意味最強だな。まあ、俺は借りだと思ってるから、借りられておきなさい」

 リーシュって、何というか……私に兄がいたらこんな感じなのかしら、という距離感なのよね。ローラン以外では、一番近しく感じる異性かもしれない。

「りーしゅ」

 たどたどしい声が、不意にリーシュを呼んだ。振り向くと、小さく萎びた老婆がいる。――桜華公主。今は、雪麗。

「ばはむーとがきた。やくそくどおり、おくりかえす」
「待て、雪麗。まだ説明してな――」
「我、ここに律を成す。我が祖の血に連なる者、在るべき世界に戻れ。我より劣りし者の召喚は破棄され、我はここに送還を誓約する」

 童女のような口調から、唐突に荘厳な巫女のような言葉遣いになって、雪麗が「送還」という言葉を紡いだ瞬間。

 ――私の神竜王は、亜界に送り返された。
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