乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

文字の大きさ
60 / 93
番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

未来視の姫と先の神竜王。

しおりを挟む
 ヴェルスブルクからの返信は早かった。闇華の応諾から数日で、正式な「婚約」の使者が訪れた。王と側近――つまり梨樹と蓮汎が直接応対し、闇華は国際的にも「ヴェルスブルク王太子の婚約者」となった。

 そして、今。
 闇華は、行きたくもないのに、離宮に向かわされている。離宮に住む少女に、にいさまからの手紙を渡す為だ。何と書いてあるのか覗き見したいが、しっかり封緘されている上、魔法で守られている。さすがに、堂々と開封することはできない。王座は譲ったらしいとはいえ、一度は神竜王の称号を持った神竜を、敵にしたくはない。

「……そもそも、あの姫は何なのか」

 にいさまは、詳しくは教えてくれない。蓮汎に訊くのは論外だ。あの男は、亡くなった香雪兄上とその家族、そしてにいさま以外の王族を、屑のように思っている。そのくらい、わかるのだ。闇華は、いつもにいさまを見ていたのだから、

 ――アレクシア・クリスティン・ルア・ラウエンシュタイン。ヴェルスブルクでも屈指の名家である公爵家の、一人娘。
 なのに、家を継ぐことも嫁ぐこともなく、今はシルハークにいる。にいさまは、過剰なほど彼女を気遣っている。自身の後継者である雪華と並ぶほど大切に遇しているから、臣下達の中には、彼女がにいさまの正妃になると思う者も多いという。

 ――正妃の座それは、闇華のものなのに。

 父様と兄上が御存命の時からずっと、にいさまの正妃候補の第一は、香華、次いで闇華だった。何度か、兄上の正妃にならないかと打診されたし、母様からも勧められたが、断り続けた。闇華はシルハークの王妃や王太子妃になりたいのではない。にいさまの妃になりたかったのだ。

 それがどんな罪だと言うのか。異母の兄妹の婚姻など、シルハーク王家では当たり前のことだ。閉ざされた世界しか知らない闇華は、最も身近にいる、最も優しく美しい異母兄に恋をした。それだけのことが、どれほどの罪だというのか。

 けれど、当のにいさまは血族婚を忌避している。つまり、闇華の想いは報われない。
 もっと早く、そう言ってくれればよかったのに。闇華の恋情を煽るだけ煽っておいて、今更「結婚は嫌だ」などと、ひどすぎる。もっと幼い時なら、泣きながらでも、初恋の喪失を受け入れられただろうに。

「……否。無理だな」

 自分の心に嘘はつけない。拒まれても、諭されても、闇華はにいさまを恋い慕ったに違いない。そうでなければ、好きでもないヴェルスブルクの新王に嫁いで、その力でシルハークを喰らおうなどとは思わない。
 ――ぽとりと、にいさまから預かった手紙に、涙が落ちた。




「えーと……アンファ、公主こうしゅ……?」

 離宮に到着しても、出迎えはなかった。王の異母妹が来たというのに、この宮の女官達は、宮の主の世話を最優先したのだ。腹立たしい。

「アンファとお呼び下さい、未来視の姫」
「……桜華公主と、よく似たお名前なのね」
「はい。妾の母が、桜華公主様の御名から頂いたと申しておりました」

 神竜王姫の血筋でありながら、王女ではない玲蓉には「華」の字は許されなかった。だから、母は闇華の名前に固執している。闇の華。桜の華なら美しいが、闇の華とは。闇にしか咲けぬ華だから、闇華はにいさまに忌避されているのだろうか。

「綺麗なお名前ですね」

 文字が違うから、アレクシアには韻以外は理解できないのだろう。確かに、アンファとインファ、響きはよく似ている。その無知に苛立たされる。
 そして、この相手に膝を折らねばならないことが、もっと腹立たしい。彼女には、礼を尽くさねばならない。にいさまが、そう決めているのだから。

「あと、未来視は辞めたから、名前で呼んで下さい。私のことは、アレクシアと」

 辞めた? 未来視の姫を? そんなことができるものなのか。というより、辞められるのか。

「……では、アレクシア様」

 疑問は口にしなかった。闇華にはどうでもいいことだ。そして、闇華は彼女を呼び捨てはできない。それが許されるのは、にいさまだけだ。

「こちらを。兄から預かって参りました」
「ありがとう。……私、この国の文字、あまり読めないんですけど……」
「私が読む」

 そう口を挟んだのは、アレクシアの隣に佇んでいた蒼銀の髪の美しい青年――先代の、神竜王だった。彼の声を聞けた者は少ないらしいので、これは珍らかなことなのだろう。

『アレクシアへ。これを持って行くのが、リヒト王に嫁ぐ予定の俺の妹。可愛いだろ、美人だろ、おまえは面食いだから気に入るだろうけど手は出すな』

 神竜王は、シルハークの文字に戸惑うことなく、すらすらと読み上げた。にいさまの妹自慢に、アレクシアはじっと闇華を見つめた後、頷きつつ呟いた。

「……私を何だと思ってるのよ。確かにすごく可愛いし美人だから眼福よ、だけど私が女の子に手を出すわけが」
「アレクシアは、王の姫を誑し込んだ前例がある。自覚がないとは言わせない」

 よくわからない会話が遣り取りされ、アレクシアの沈黙が漂った。気まずくなったらしい彼女が先を促すと、先代神竜王は続きを読み出した。

『それで、リヒト王への釣書というか紹介状は俺が書くから、おまえは、あのえげつない王妹に、闇華をよろしくね、絶対に苛めないでねって念押ししろ。つーか、して下さい。ほんと、あの王妹殿下だけはね、俺もレンも敵にはしたくないんです』

「……ローラン。無理に、リーシュの口調そのままに読まなくてもいいのよ……?」

 アレクシアの言葉に、闇華もひそかに同意する。繊細な美貌の神竜王に、にいさまの奔放な口調は致命的なほどそぐわない。

「要するに、エージュに、アンファをよろしくねって書けばいいのね? エージュは、理由もなくアンファを苛めたりしないのに」
「けれど、シルハークの王の気持ちもわかる。アレクシアの口添えがあれば、王の姫は、この姫をそこなうことはしない」

 それは、裏返せば、この少女の口添えがなければ、ヴェルスブルクの王妹――闇華の誇りである、誰より強いにいさまが、敵にしたくないと零す相手は、闇華に害を成す可能性があるということではないのか。

「リーシュは心配性なのね。ブラコンの上にシスコンとは、レンファンも苦労してるでしょうけど」

 そう言ったアレクシアは、闇華ににっこりと笑いかけてきた。淡い金の巻き毛に縁取られたその笑顔は、花が綻ぶような愛らしさ、瑞々しい麗しさに満ちている。陽だまりのような、健やかな笑顔。闇に咲く華とは、あまりにも違いすぎるから、にいさまがこの笑顔に惹かれたなら、口惜しい。

「でも、こんなに可愛い妹姫なら、気持ちはわかります」

 褒められたのに、少しも嬉しくないのは、アレクシアが「リーシュ」と呼んでいるからだ。にいさまが、名で呼ぶことを許している相手は、他に一人もいない。蓮汎すら、「梨樹様」ではなく「陛下」と呼ぶ。そのことの意味を、きっと、にいさまは気づかないふりをしている。

「ローラン。代筆してもらっていい? えーとね……」

 闇華を目の前にしているのに、アレクシアは少しも気にせずに、ヴェルスブルク王妹への手紙を代筆させようとして――そして、ぽんと手を叩いた。

「ううん、直接お願いするわ。その方がいいもの。そうよね、ローラン?」
「アレクシアが望むなら」
「うん、決めた。待っていて下さいね、アンファ。私、エージュにあなたのことお願いしてきます!」
「え……」

 唐突な展開についていけない闇華を置き去りに、アレクシアの意を受けた神竜王は「転移テレポート」と呟いて――二人揃って、かき消えた。

「……え?」

 漏れた呟きは、二人がいなくなったことへの疑問からではない。闇華の中の、神竜の血が反応したのだ――あの神竜王の、強大無比な魔力の発動に。
 たかが転移の呪文ひとつ。それが恐ろしいまでの威力を持っていた。発動の瞬間に立ち会っただけの闇華が、立っていられなくなるほどに。

「……あの、姫……」

 アレクシアは――人なのか。
 神竜王の末裔すえである闇華が、発動に立ち会っただけで立ち眩んだのに。彼女は、魔法の発動を受けながら、平然と笑って消えた。
 それは、本当にヒトなのか。

 わからない。けれど、確かめなくてはならないことでもない。
 闇華の目的は、にいさまだ。神竜王でもないし、ヴェルスブルクの王妹でもない。
 だからどうでもいいことだと、忘れることにした。
 そうしないと、再び立つことができなかった。あの圧倒的な魔力は、ただ恐ろしい。

 ――闇華は初めて、シルハークの民達が王家に向ける畏敬を、その身で知った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...