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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
公主と王女。
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ローゼンヴァルト宮というのは、生気の感じられない場所だった。人が生き、暮らしているとは思えぬ、静謐と無常感に満ちている。
機械的な対応の女官に案内された先――部屋ではなく、中庭のような場所に、ヴェルスブルクの王女、エルウィージュが立っていた。
緑が生い茂り、全く手入れされていない野性を残しながら、緻密に計算された造園の美しさも備えた庭。なるほど、この王女にふさわしいと、闇華は得心した。
「――エルウィージュ。斯様な招待は、些か強引が過ぎまいか」
「あら。わたくしに会いたいと、話したいと仰せだったのは、あなた様でしょう。闇華公主」
涼やかな声は美しく、邪気はないのに悪意は感じ取れる。
「――古文書は、持って来られなかったぞ。後で届けさせればよいか?」
強引な招待のせいだと匂わせれば、エルウィージュは花のように笑って頷いた。古文書などはどうでもいいと言いたげな様子に、闇華は、やはり未来視の姫を保険としておいてよかったと思った。
「では、胸襟を開いて語り合おうか」
「ええ。――ですけれど、そちらの侍女も同席させるおつもり?」
「無論。聖は妾の手足でもある」
「人を手足と言い切る傲慢さは、神竜王のお血筋ゆえかしら。わたくしの存じ上げている陛下は、そのような愚かな勘違いはなさっていらっしゃらなかったけれど」
闇華の苛立ちを煽るつもりなのか、それとも素なのか、判別し難い声音で告げて、エルウィージュは東屋へと足を向けた。闇華と聖もそれを追う。
簡素な東屋に腰を下ろすと、エルウィージュはふんわりと花のような微笑みを浮かべた。花は花でも、徒花だが。
「アレクシアのことですけれど。彼女は、シルハークの王妃にはなりません。させません。彼女自身がそう望まない限りは。そして彼女が望んだなら、わたくしは必ず叶えます」
「そなたは、ただの王女。しかも妾腹だ。それが、自国ならまだしも他国の王家の婚姻に口出しできようか?」
「他国の王家の婚姻など、わたくしには関係ありません。アレクシアの婚姻、です」
すうっと、薄い水色の瞳が眇められた。闇華を獲物とするべきか、見定めるような視線だ。
「ですから、アレクシアに関係しないことなら、御自由になさってと申し上げたいところですが……あなた様の願いを叶える為には、アレクシアが不幸にならざるを得ない。ならば、わたくしはあなた様を阻止するしかありません」
ヴェルスブルクとシルハーク、両の王家を手に入れる――その最大の障壁となるのは、先代神竜王であり、召喚者であるアレクシアだ。二人を無力化する、あるいは味方に引き入れなくてはならないと考えてはいたが、特段、不幸にするつもりもない。闇華の瞳に宿った疑念に、エルウィージュは呆れたような表情になった。
「……おわかりではないの? ああ、そう、アレクシアのことを御存知ではないからですわね。あの子は、ヴェルスブルクとシルハークが戦になどなれば、国民がどれほど苦しむかわかっている。だから、そうならないように、何でもするのです」
戦を避ける為に、シルハーク国王の妃となることすら、受け入れかねない。先代神竜王の手を離してでも、他の大切な者を守ろうとする。溜息のように告げて、エルウィージュは闇華をきつく見据えた。
「アレクシアは、そういう子です。ですから、あの子の幸せ――神竜王陛下と離れかねない未来を作ろうとなさるあなた様を、わたくしは見過ごせない」
「……妾は」
そこまでは考えていなかった。ただ、ヴェルスブルクの王妃となった後、王太子を産めば、未来の国母となれる。その上で、理由を探してシルハークに攻め込んで、併呑の代わりににいさまを手に入れたい。そう思っていた。
「あなた様のお望みは、リーシュ陛下。兄君御一人を手に入れる為に、ふたつの国を戦に巻き込むと? それが王家に生まれた者のなさること?」
エルウィージュの言葉は、刃のように闇華に突き刺さった。聖の気遣わしげな気配も感じるが、闇華は何も反応できない。
「そもそも、どうやってふたつの国を支配するおつもりだったのかしら。知恵ですか? わたくしに見破られる程度では無理でしょうね。武力ですか? いいえ、ヴェルスブルクではシルハークには勝てませんわ。アレクシアと神竜王陛下がいれば別ですけれど。そして、最優先事項――どうやって、兄上様を誑し込むおつもりでしたの?」
あの超シスコンを。
声にしない嘲笑が、闇華の耳を打つ。深く考えていなかった。とにかく王妃になって、シルハークを併呑すればいいと思っていた。――叶わなかった望みなど、にいさましかないから、他は叶うと信じていた。
「あなた様は、馬鹿なのですか?」
エルウィージュの辛辣な言葉に、何を返すこともできない。黙って俯いた闇華に、エルウィージュは追及を緩めない。
「世間知らずは、わたくしもですけれど。わたくしは、自分が世間知らずだと知っている。あなた様は、それすら理解せぬまま、ヴェルスブルクとシルハークを支配する、などとおっしゃっていたのね」
そして、ふと口調を変えた。どこか労わるような声は、嘲笑や憐憫より、闇華の恥辱を誘った。
「あなた様の母君は、それをわかっていて何もおっしゃらなかった。そのまま、あなた様を嫁がせた。その意味がおわかり?」
「母、様……?」
「御自分が、シルハークの王妃になるつもりだからです。リーシュ王は二十三歳、あなた様の母君は三十一歳。御子を望めない御歳ではありませんものね」
「母様、が……にいさまの……?」
「母君は、リーシュ王の父君の従妹姫なのでしょう? 近親婚が必然のシルハーク王家なら、むしろ遠縁といっていいほどですわね。二代の妃の先例もありますわ」
シルハークでは、五百年ほど前に、正妃腹の王太子が即位した後、父の後宮をすべて受け継ぎ、比較的若い妾妃を正妃にしている。
エルウィージュはそう言った。闇華は知らなかった。自分の国のことなのに。
何より、母様がにいさまの正妃の座を狙っているなど――そんなおぞましいこと、考えもしなかった。想像できるはずもない、闇華にとって母様はあくまで母であり、女ではない。
「証拠、は……」
「証拠? 目に見えるものが必要だとおっしゃるの? あなた様を王妃にしたいとおっしゃっていた権勢欲の強い母君が、あなた様の、実現性もない「ふたつの国を支配する」という言葉を信じて送り出して下さったと?」
闇華は、呻きたくなった。その通りだ、母様は父様の正妃であった美英様に敵対心が強くて、だからその腹の香華への対抗心も強かった。兄上が御存命の頃は、何度も「王太子妃となれ」と言われた。その度、闇華はにいさまがいいのだと拒み続けてきたが。
闇華のヴェルスブルクへの輿入れが避けられぬとなった時、母様が何を考えるか――推測すらしなかった。まさか、自分の従甥であり、夫の息子でもあるにいさまの正妃の座を狙うなど。
「近親婚が義務のシルハーク王家。だから、そんな考え方も生まれる」
エルウィージュの言葉に、闇華は顔を覆った。にいさまは、裏表がない。家族をとても大切にする。闇華のことは、恋情を知っているから上手く躱していた。けれど、恋情ではない打算で、親族である母様に狙われたら――!
「御心配なさらず。リーシュ王には、その旨はお伝えしてあります」
絶望で泣きたくなった闇華に、エルウィージュが救いの言葉を述べた。
「……え?」
何故、と問いたい気持ちで顔を上げると、美貌の王女は、複雑そうな表情を浮かべていた。娘を蹴落として従甥の正妃になろうとする玲蓉への強い嫌悪と、闇華への微かな同情と、多分の呆れが混ぜ合わされている。
「こちらとしては、借りを作ったままではいたくありませんの。ですから、お伝えしました」
「にいさま、は……?」
「亡き父王陛下の後宮は解体して、正妃だった御方を王太后として遇し、他の妾妃方には、別宮にお移りいただいたそうですわ。媚薬でも盛られたら大変ですものね」
それでなくとも、神竜の血の濃いにいさまは、竜玉に感応しやすい。媚薬と竜玉を使われたら、ぞっとしない展開になり得ただろう。
「ですから、闇華公主。あなた様の願いは、叶いません。お諦めなさいませ、初恋は実らぬもの」
「諦められるものか!」
泣きそうな気持ちで言い返した闇華に、エルウィージュが少し驚いた顔になる。
「ずっと、ずっと! にいさまだけを見てきた。にいさまだけを慕ってきた。今更、他の男に嫁ぐなど、にいさまを手に入れる為だと自分に言い聞かせねば、納得などできるものか!」
――わかっていた。
何の計画もなかったし、事前の準備もない。ふたつの国を支配するなど、感情に流されやすい闇華には無理なことだと、わかっていた。
それでも、諦められなかった。十七年間、ずっと恋してきた気持ちを、捨てられなかった。
「そなたは、恋を知らぬのだろう。ゆえに、そのように冷静でいられる。恋に狂った妾を、愚かだと笑っていられる!」
「闇華様」
見かねたのか、聖が駆け寄ってきた。蹲って泣いている闇華を落ち着かせようと、鎮静効果のある香り袋を差し出してくれた。
「……恋によく似たものなら、知っていますわ」
透徹とした声で、エルウィージュがぽつりと答えた。
「叶わぬ恋なのか愛なのかは、わかりませんけれど――報われてはならぬ、報われたくはない想いなら、存じておりますわ」
「……未来視の姫、か……?」
そなた、同性を好むのか?
何の飾りもない、単純な問いかけに、エルウィージュが苦笑した。嘲りも侮蔑もない、純粋な微笑みだ。
「いいえ。わたくしは、同性愛も異性愛もさほど興味がありませんの。ただ、アリー……アレクシアだけが、大切なのです」
「……そなたは、それほどに美しいのに、男は好かぬのか?」
「そうですわね。どちらかといえば、嫌いですわ。わたくしの出生、御存知でしょう?」
逡巡して、闇華は頷いた。シルハークでもよくあることだ。王が、家臣の妻を召し出すことは。
「ですから、わたくしは色欲というものが嫌いなのですわ。それゆえに生まれたことは理解しておりますが、嫌なものは嫌なのです」
苦笑したまま、エルウィージュは遠くを見るような眼差しで庭園を眺めている。
「アリーは、わたくしに欲など持たない。わたくしも、アリーに欲は感じない。だから、愛しいのです」
「それは、神への信仰ではあるまいか」
「……アリーは、わたくしにとって救いであり、光であり――わたくしの価値観を決めてしまえる存在です。ですけれど、神への信仰とは違います。信じるだけでは足りない。愛しいし、守りたい」
「……エルウィージュ」
「わたくしの想いを、あの子に知られたくはないのです。知られたら」
箱庭から出て、世界を見てくれと彼女は言うだろう。けれど、エルウィージュは、この静かな箱庭だけでいいのだ。閉じられた世界だけでいい。広い世界は、エルウィージュにとっては騒がしすぎる。
「……妾は」
「公主は、如何なさいます? 兄上様との婚儀は結んでいただきますが、御子を生した後でしたら、シルハークにお帰りになっても構いませんわよ?」
その頃には、リーシュ王には正妃がいらっしゃるやもしれませんね。
皮肉も、先程までのような棘は感じられない。そのことに気づいて、今度は闇華が苦笑した時。
「エルウィージュ! アンファ!」
――猪突猛進系だと称された、リヒト王子が駆け込んできた。
機械的な対応の女官に案内された先――部屋ではなく、中庭のような場所に、ヴェルスブルクの王女、エルウィージュが立っていた。
緑が生い茂り、全く手入れされていない野性を残しながら、緻密に計算された造園の美しさも備えた庭。なるほど、この王女にふさわしいと、闇華は得心した。
「――エルウィージュ。斯様な招待は、些か強引が過ぎまいか」
「あら。わたくしに会いたいと、話したいと仰せだったのは、あなた様でしょう。闇華公主」
涼やかな声は美しく、邪気はないのに悪意は感じ取れる。
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強引な招待のせいだと匂わせれば、エルウィージュは花のように笑って頷いた。古文書などはどうでもいいと言いたげな様子に、闇華は、やはり未来視の姫を保険としておいてよかったと思った。
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闇華の苛立ちを煽るつもりなのか、それとも素なのか、判別し難い声音で告げて、エルウィージュは東屋へと足を向けた。闇華と聖もそれを追う。
簡素な東屋に腰を下ろすと、エルウィージュはふんわりと花のような微笑みを浮かべた。花は花でも、徒花だが。
「アレクシアのことですけれど。彼女は、シルハークの王妃にはなりません。させません。彼女自身がそう望まない限りは。そして彼女が望んだなら、わたくしは必ず叶えます」
「そなたは、ただの王女。しかも妾腹だ。それが、自国ならまだしも他国の王家の婚姻に口出しできようか?」
「他国の王家の婚姻など、わたくしには関係ありません。アレクシアの婚姻、です」
すうっと、薄い水色の瞳が眇められた。闇華を獲物とするべきか、見定めるような視線だ。
「ですから、アレクシアに関係しないことなら、御自由になさってと申し上げたいところですが……あなた様の願いを叶える為には、アレクシアが不幸にならざるを得ない。ならば、わたくしはあなた様を阻止するしかありません」
ヴェルスブルクとシルハーク、両の王家を手に入れる――その最大の障壁となるのは、先代神竜王であり、召喚者であるアレクシアだ。二人を無力化する、あるいは味方に引き入れなくてはならないと考えてはいたが、特段、不幸にするつもりもない。闇華の瞳に宿った疑念に、エルウィージュは呆れたような表情になった。
「……おわかりではないの? ああ、そう、アレクシアのことを御存知ではないからですわね。あの子は、ヴェルスブルクとシルハークが戦になどなれば、国民がどれほど苦しむかわかっている。だから、そうならないように、何でもするのです」
戦を避ける為に、シルハーク国王の妃となることすら、受け入れかねない。先代神竜王の手を離してでも、他の大切な者を守ろうとする。溜息のように告げて、エルウィージュは闇華をきつく見据えた。
「アレクシアは、そういう子です。ですから、あの子の幸せ――神竜王陛下と離れかねない未来を作ろうとなさるあなた様を、わたくしは見過ごせない」
「……妾は」
そこまでは考えていなかった。ただ、ヴェルスブルクの王妃となった後、王太子を産めば、未来の国母となれる。その上で、理由を探してシルハークに攻め込んで、併呑の代わりににいさまを手に入れたい。そう思っていた。
「あなた様のお望みは、リーシュ陛下。兄君御一人を手に入れる為に、ふたつの国を戦に巻き込むと? それが王家に生まれた者のなさること?」
エルウィージュの言葉は、刃のように闇華に突き刺さった。聖の気遣わしげな気配も感じるが、闇華は何も反応できない。
「そもそも、どうやってふたつの国を支配するおつもりだったのかしら。知恵ですか? わたくしに見破られる程度では無理でしょうね。武力ですか? いいえ、ヴェルスブルクではシルハークには勝てませんわ。アレクシアと神竜王陛下がいれば別ですけれど。そして、最優先事項――どうやって、兄上様を誑し込むおつもりでしたの?」
あの超シスコンを。
声にしない嘲笑が、闇華の耳を打つ。深く考えていなかった。とにかく王妃になって、シルハークを併呑すればいいと思っていた。――叶わなかった望みなど、にいさましかないから、他は叶うと信じていた。
「あなた様は、馬鹿なのですか?」
エルウィージュの辛辣な言葉に、何を返すこともできない。黙って俯いた闇華に、エルウィージュは追及を緩めない。
「世間知らずは、わたくしもですけれど。わたくしは、自分が世間知らずだと知っている。あなた様は、それすら理解せぬまま、ヴェルスブルクとシルハークを支配する、などとおっしゃっていたのね」
そして、ふと口調を変えた。どこか労わるような声は、嘲笑や憐憫より、闇華の恥辱を誘った。
「あなた様の母君は、それをわかっていて何もおっしゃらなかった。そのまま、あなた様を嫁がせた。その意味がおわかり?」
「母、様……?」
「御自分が、シルハークの王妃になるつもりだからです。リーシュ王は二十三歳、あなた様の母君は三十一歳。御子を望めない御歳ではありませんものね」
「母様、が……にいさまの……?」
「母君は、リーシュ王の父君の従妹姫なのでしょう? 近親婚が必然のシルハーク王家なら、むしろ遠縁といっていいほどですわね。二代の妃の先例もありますわ」
シルハークでは、五百年ほど前に、正妃腹の王太子が即位した後、父の後宮をすべて受け継ぎ、比較的若い妾妃を正妃にしている。
エルウィージュはそう言った。闇華は知らなかった。自分の国のことなのに。
何より、母様がにいさまの正妃の座を狙っているなど――そんなおぞましいこと、考えもしなかった。想像できるはずもない、闇華にとって母様はあくまで母であり、女ではない。
「証拠、は……」
「証拠? 目に見えるものが必要だとおっしゃるの? あなた様を王妃にしたいとおっしゃっていた権勢欲の強い母君が、あなた様の、実現性もない「ふたつの国を支配する」という言葉を信じて送り出して下さったと?」
闇華は、呻きたくなった。その通りだ、母様は父様の正妃であった美英様に敵対心が強くて、だからその腹の香華への対抗心も強かった。兄上が御存命の頃は、何度も「王太子妃となれ」と言われた。その度、闇華はにいさまがいいのだと拒み続けてきたが。
闇華のヴェルスブルクへの輿入れが避けられぬとなった時、母様が何を考えるか――推測すらしなかった。まさか、自分の従甥であり、夫の息子でもあるにいさまの正妃の座を狙うなど。
「近親婚が義務のシルハーク王家。だから、そんな考え方も生まれる」
エルウィージュの言葉に、闇華は顔を覆った。にいさまは、裏表がない。家族をとても大切にする。闇華のことは、恋情を知っているから上手く躱していた。けれど、恋情ではない打算で、親族である母様に狙われたら――!
「御心配なさらず。リーシュ王には、その旨はお伝えしてあります」
絶望で泣きたくなった闇華に、エルウィージュが救いの言葉を述べた。
「……え?」
何故、と問いたい気持ちで顔を上げると、美貌の王女は、複雑そうな表情を浮かべていた。娘を蹴落として従甥の正妃になろうとする玲蓉への強い嫌悪と、闇華への微かな同情と、多分の呆れが混ぜ合わされている。
「こちらとしては、借りを作ったままではいたくありませんの。ですから、お伝えしました」
「にいさま、は……?」
「亡き父王陛下の後宮は解体して、正妃だった御方を王太后として遇し、他の妾妃方には、別宮にお移りいただいたそうですわ。媚薬でも盛られたら大変ですものね」
それでなくとも、神竜の血の濃いにいさまは、竜玉に感応しやすい。媚薬と竜玉を使われたら、ぞっとしない展開になり得ただろう。
「ですから、闇華公主。あなた様の願いは、叶いません。お諦めなさいませ、初恋は実らぬもの」
「諦められるものか!」
泣きそうな気持ちで言い返した闇華に、エルウィージュが少し驚いた顔になる。
「ずっと、ずっと! にいさまだけを見てきた。にいさまだけを慕ってきた。今更、他の男に嫁ぐなど、にいさまを手に入れる為だと自分に言い聞かせねば、納得などできるものか!」
――わかっていた。
何の計画もなかったし、事前の準備もない。ふたつの国を支配するなど、感情に流されやすい闇華には無理なことだと、わかっていた。
それでも、諦められなかった。十七年間、ずっと恋してきた気持ちを、捨てられなかった。
「そなたは、恋を知らぬのだろう。ゆえに、そのように冷静でいられる。恋に狂った妾を、愚かだと笑っていられる!」
「闇華様」
見かねたのか、聖が駆け寄ってきた。蹲って泣いている闇華を落ち着かせようと、鎮静効果のある香り袋を差し出してくれた。
「……恋によく似たものなら、知っていますわ」
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「……未来視の姫、か……?」
そなた、同性を好むのか?
何の飾りもない、単純な問いかけに、エルウィージュが苦笑した。嘲りも侮蔑もない、純粋な微笑みだ。
「いいえ。わたくしは、同性愛も異性愛もさほど興味がありませんの。ただ、アリー……アレクシアだけが、大切なのです」
「……そなたは、それほどに美しいのに、男は好かぬのか?」
「そうですわね。どちらかといえば、嫌いですわ。わたくしの出生、御存知でしょう?」
逡巡して、闇華は頷いた。シルハークでもよくあることだ。王が、家臣の妻を召し出すことは。
「ですから、わたくしは色欲というものが嫌いなのですわ。それゆえに生まれたことは理解しておりますが、嫌なものは嫌なのです」
苦笑したまま、エルウィージュは遠くを見るような眼差しで庭園を眺めている。
「アリーは、わたくしに欲など持たない。わたくしも、アリーに欲は感じない。だから、愛しいのです」
「それは、神への信仰ではあるまいか」
「……アリーは、わたくしにとって救いであり、光であり――わたくしの価値観を決めてしまえる存在です。ですけれど、神への信仰とは違います。信じるだけでは足りない。愛しいし、守りたい」
「……エルウィージュ」
「わたくしの想いを、あの子に知られたくはないのです。知られたら」
箱庭から出て、世界を見てくれと彼女は言うだろう。けれど、エルウィージュは、この静かな箱庭だけでいいのだ。閉じられた世界だけでいい。広い世界は、エルウィージュにとっては騒がしすぎる。
「……妾は」
「公主は、如何なさいます? 兄上様との婚儀は結んでいただきますが、御子を生した後でしたら、シルハークにお帰りになっても構いませんわよ?」
その頃には、リーシュ王には正妃がいらっしゃるやもしれませんね。
皮肉も、先程までのような棘は感じられない。そのことに気づいて、今度は闇華が苦笑した時。
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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