乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

荒療治も必要。

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 闇華は、エルウィージュと共にリヒトを訪ねた。婚約者と妹の訪問を聞いて、リヒトは執務室ではなく私室への入室許可を出した。執務室と続き間になってはいるが、執務室には控えの侍従がいる。私室には、リヒトが許可した者しか入れない。

 予想通り、その部屋にはシルヴィスもいた。リヒトが闇華とエルウィージュを招き入れると、シルヴィスは黙って飲み物の支度を始めた。大公自ら、というのは問題がないのかと闇華は思ったが、リヒトにも自分にも飲み物を淹れる技術はない。エルウィージュはあるのかもしれないが、この姫の手ずからの飲み物を振る舞われたくはないと思う。

「どうぞ、アンファ公主、エルウィージュ」
「これは、如何な飲み物か?」
「珈琲といいます。茶と違って少し苦味がありますが」

 砂糖とミルク――牛の乳だ――を添えて出してくれたので、好みで調整しろということだろう。闇華は、隣に座ったリヒトがそのまま飲むのを見て、同じくそれに倣った。そして噎せた。

「…………」
「無理なさらず。慣れない方には苦いばかりでしょう」

 苦笑したシルヴィスの言葉に甘え、砂糖とミルクをたっぷり入れた。漆黒だった珈琲が焦げ茶色になったのを見て、もう一度口をつけた。少し甘過ぎたが、美味だと思える。
 闇華の隣にはリヒト。その向かいの一人掛けの椅子にエルウィージュ。更に隣の、同じく一人用の椅子にシルヴィスが座っている。誰が口火を切るのか。やはり対面を申し込んだ自分からだと、闇華は意を決した。

「リヒト様。シルヴィス。妾は、ヴェルスブルクの王妃となる為にこの国に来た。王兄妃となる為ではない」

 はっきり言う。そう、王妃となるのだ。目的はもうなくしてしまったけれど、責任までは忘れていない。シルハークとヴェルスブルク、両国の友好の為だ。

「エルウィージュと話した。リヒト様が悩んでおいでなのは、養父と祖父を処断すれば、エルウィージュの立場が悪くなると案じてのことか?」
「……そうだ」

 リヒトが頷くと、優雅に珈琲を飲んでいたエルウィージュが、カップを置いて微笑んだ。女神の美貌に、魔を潜ませて。

「本当に、兄上様はお優しい。わたくしのことなど、放っておかれませ」
「できないこととわかっていて、それを言うのか、エルウィージュ」
「ええ、申し上げます。おできにならないのは兄上様です。わたくしではありませんから」

 妹の答えに、リヒトは溜息をついた。正論でもあるだけに、反対しづらい。

「首謀は、バシュラール侯爵。追従がシェイエルン公爵。どちらにしようか様子見なのが、クレーフェ公爵、フェドレン公爵。ヴェイユ侯爵以下、多数の貴族も続きます」
「国中の貴族達、ということか」
「いいえ。シェーンベルク大公家、ナルバエス大公家、そしてラウエンシュタイン公爵家。王家に次ぐこの三家は、兄上様に忠誠を誓っています」

 要するに、最高位の大公家と筆頭公爵家だけはリヒトを支持しているものの、他の貴族達はどちらが有利かを見極めかねているのだ。家名を守る為、彼らも必死なのだろうと、闇華は思った。

「そして、枢密院の構成は、両の大公家と公爵家と大神官様です。――シルヴィスが、枢密院の一員でよかったこと。そうでなくば、決は採られていましたわ」

 枢密院は、議会の上に位置する。議会の決さえ無視できる。彼らに命じることができるのは、唯一「王」だけだ。王太子も王妃も、枢密院の決を拒否はできない。

「兄上様に、三票。バシュラール侯爵の買収次第でしょうが、わたくしに三票。同数ですわね」
「決定権は、大叔父上、か……」

 呟いたリヒトは、困ったように闇華に笑いかけた。

「私は、大叔父上に支持していただける自信がない」
「何故だ?」

 闇華の問いに、リヒトはエルウイージュを見据えて答えた。

「王の器というものがある。私は、そうなるべく育てられた。だが、先立って――私を廃嫡しようとなさった父上を阻止したのは、エルウィージュとアレクシアだ」

 ぽつり、と零れた溜息は、自嘲に満ちていた。光そのもののようなこの王太子に、そんなものは似合わないと、闇華は耳をふさぎたくなった。

「なのに、アレクシアは国を追われ、エルウィージュは親友を失った。引き換え、私は――何も失っていない。妹と、初めて惹かれた女性が与えてくれた恩恵を受けるだけだ」
「リヒト。自分を責めるなと――」
「わかっている。わかっている、シルヴィ。私は、王太子だ。王とならねばならない。だが」

 ――その「王太子」という地位すら、与えられ、守られてばかりだ。

 何一つ、自分の力で得ていないと吐露したリヒトに、闇華は何と言えばいいかわからず、咄嗟に、エルウィージュを見遣った。
 美しい王女は、密やかな吐息を零して――ゆっくり立ち上がると、カップを手に取り、その中身を、兄の頭上から零した。

「っつ……熱い!」
「リヒト様! 冷却ランチュエ

 闇華が魔法をかけると同時に、シルヴィスが「洗浄クリーン」を唱えた。珈琲塗れからは逃れられたものの、綺麗な白金髪からぽたぽたと水の雫を落としながら、リヒトは茫然と加害者いもうとを見ていた。

「エルウィージュ! リヒトが火傷したらどうするつも――……」
「無能は黙りなさい」

 シルヴィスの抗議に一言で答えて、エルウィージュは冷たい声で続けた。

「兄上様の側近でありながら、かほどに御心が弱られていることを見抜けないなど、無能の極みです」

 シルヴィスは言い返せない。事実だ。リヒトが思いつめていることに、気づけなかった。

「与えられ、守られてばかりの王太子? そうですわね、兄上様はそのとおりの御方です」

 断罪するような言葉に、リヒトが項垂れ――隣の闇華の気遣いの視線を受けて、気持ちを奮い立たせるように妹に視線を合わせる。

「――そのことの、何がいけないのですか」
「エルウィージュ……?」
「王となられる御方です。与えられ、守られて当然でしょう。王となられたら、兄上様はこの国を、民を、すべてお守りにならねばならないのです。それまでの間、王となる御方が守られるのは、当然のことです」

 エルウィージュは、どうしてこんな当たり前のことを説明しなければならないのだと、苛立ったように言葉を継いだ。

「守られている者は、弱いのですか? 与えられている者は、愚かなのですか? そのようなこと、誰が定めました? たとえ天が定めたのだと言われても、わたくしは認めません。わたくしの親友は、愛しい方に守られているけれど、強かった。愛を与えられているからこそ、優しかった」

 神竜王を守りたいと言うほどに、強かった。その愚かな強さが愛しい。
 愛されることが当然だから、真っ直ぐだった。その素直な優しさが愛おしい。

「……守られ、与えられているから、あの子も、兄上様も――誰かを愛しみ、慈しむことを、少しも躊躇わないのではありませんか」

 薄い水色の瞳が、逸らすことなく、兄の視線を受け入れる。

「そのお優しさを、弱さになさらないで」
「エルウィージュ……」
「わたくしの養父だから、わたくしの祖父だから。そのようなこと、考慮なさらないで。王太子の廃位を画策することは、謀叛です。王家への叛逆です。――それは、王のみに許された行いです」

 王太子を廃嫡できるのは、王だけだ。
 現王であるギルフォードは、正当な理由なく王太子廃嫡を口にし、結果、臣下の心を失って隠棲に追い込まれている。王ですらそうなるのに、貴族が策謀したとなれば、家名断絶に繋がる。クルムバッハ公爵家のように。

「故に、王として対処なされませ。既に、アトゥール殿下がシュラウス将軍を通じて近衛軍を招集しております」
「王、として……」

 だが、ヴェルスブルクでは即位できるのは「妃を娶った王太子」か、王配となれる夫を迎えた王女だけだ。戸惑うリヒトに、闇華は自分の決意を告げた。

「そう、リヒト様は王となられねばならぬ。ゆえ、妾と婚儀を挙げていただく。大神官には、エルウィージュが使いを出し、是の返答を頂いた」
「アンファ……」
「恋だの愛だの、そのようなものは後でよい。いらぬとは言わぬ、後でよいのだ。これから妾を妃とし、そのまま即位なされよ。臣下の代表は宰相が務める。神官の代表は大神官が務める。軍は――」
「カインだな」

 溺愛する従弟を珈琲で汚された怒りからか、ずっと黙っていたシルヴィスが、口を開いた。目的を見出した瞳は、爛々と輝いている。

「すべて形式だけでよい。書類の日付を弄れば、それで済む」

 そう言って、闇華は「解呪ジェチュ」の呪文を口にした。髪と同じ漆黒だった闇華の瞳が、本来の色――にいさまと同じ銀色に輝く。

「アンファ。瞳、が……」
「妾は、この瞳で偽りを見抜ける。真実視とは違い、その場限りのものでしかないが……自分では制御できぬゆえ、幼い頃に、にいさまに封じていただいていた」

 人の悪意も思念も、時と場合に関わらず、視えてしまっていた。今は、魔力が体に馴染んでいるから、視たいと思ったモノのみが視える。

「即位の後、叛徒どもを捕えたら――その真意を、妾が視よう。その者らの影に隠れた害虫がおらぬか、きちんと見極めねばならぬ」
「兄上様、お早く。――このようなことがシルハークに知れたら、アリーが心配してしまいます」

 闇華とエルウィージュを交互に眺めていたリヒトは、大きく息を吐いて、笑い出した。

「王位すら、私は与えられてばかりか。わかった。私は、今は与えられるものを受け入れよう。善意も悪意も、私への叛意も。――王となった後は、私は守るべきものを守る」

 そう宣言したリヒトの瞳にも、力強い意志が戻っていた。それを見て、闇華はほっとした――よくわからないが、この王太子には、前を見ていてほしい。光の中を生きてほしい。そう思う。
 足元の闇は、闇華と――エルウィージュが、引き受ける。
 闇華の視線に、エルウィージュは「どうかしら」と言いたげに、華やかに笑った。     
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