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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
王女様は手厳しい。
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エメルトを出迎えたのは、王女ではなかった。正確には、王女との間に、光の壁がある。そこには、エメルトに「新しき王への忠誠」を誓約させた、神竜王の姿が映っていた。
「……っ、しん……」
神竜王陛下、と紡ぐより早く、エメルトの本能が膝を折らせた。神竜王の瞳は、緋色に煌めいている。――怒りの色だ。
「王の姫。私は、誓約を違えた者を、どうすればいい? このような屈辱を受けた神竜王はいない」
「前例のないことならば、お望みのままになされませ」
王女の声は、月よりも麗しく、冷ややかだった。エメルトは、全身を絡め取られたように動けない。
「私との誓約を違え――更には、つい先刻の、神竜王姫の末裔の公主との制約すら守らぬ者。人は利の為に動くと知ってはいるが」
神竜王の声も、王女に劣らず無機質に冷たい。その一言一言に、エメルトを服従させる魔力が宿っているかのようだ。
「……利の為に動くなら、それはそれでよろしいのですよ、陛下。利を約すれば、クレーフェ公爵は、兄上様のお味方になって下さるのですもの」
ひんやりと微笑った王女は、優雅に立ち上がり――手にしていた扇で、エメルトの顔を上げさせた。
「そうですわね、クレーフェ公爵? 神竜王陛下との誓約を破ろうとなさったのではなく、破る者が誰かを見極めて、兄上様にご報告下さるおつもりだったのでしょう?」
薄い水色の瞳は、光を弾いて蒼銀にも見える。この上なく美しい瞳は、エメルトの心臓を貫くように鋭い。
「バシュラール侯爵と、シェイエルン公爵。この御二方の愚行に加担する愚か者を探そうと、なさったのですわよね?」
「は、はい」
「ええ、聡明なる公爵様。わたくしは庶子で、兄上様は嫡子であること。母の身分ならば、王妃であられた兄上様のお母君の方が上だという当たり前のことを、理解なさっていないわけでは、ありませんものね?」
エメルトははっとした――今更、気づいたのだ。
母の出自は関係ない。公爵令嬢にして侯爵夫人となり、その後王の寵愛を受けたルチア・ジビュレより、伯爵令嬢であっても、正式に王妃となり、王妃のまま薨去したソレーヌの方が、「身分」は上なのだ。ルチア・ジビュレが継妃となっていれば別だが、彼女は「公妃」に格上げされたものの、「陛下」の称号を持たない。
「私の姫。御自分の母君を卑下なさるな。公爵家の姫ですよ」
「ですけれど、公式の身分は侯爵夫人。……ああ、わたくしを身籠られた時は、公妃の称号を賜ったことになっていましたけれど。所詮は貴族、王族である王妃陛下とは、比肩しうるはずもないものを」
シェーンベルク大公の穏やかな言葉に、王女は微笑みながら答えている。エメルトに聞かせる為に。
「人の、身分なるものは私にはわからない。私は、リヒト・カール・ルア・カイザーリングを新しき王として寿いだ。それに従った上で、王の姫、そなたを女王にと画策するのは、私の怒りを買いたいとしか思えない」
「誇り高い神竜王陛下。どうかお気を鎮められませ。クレーフェ公爵は、少しばかり、演技がお下手なのですわ。あなたのお言葉を違えようとした御二方に加担する者に、信じていただけなかったことが、その証」
「そうですね。バシュラール侯爵は、既に、シェイエルン公爵を通じて、王太子廃嫡の奏上を、枢密院に提出しました」
「な……!? わ、私は聞いておりません!」
誓って真実だ。枢密院の一員でありながら、そんな奏上書は聞いていない。真っ青と真っ赤を繰り返すエメルトの顔色を見て、美貌の王女はにこやかに頷いた。
「ええ。こっそりと、シェーンベルク大公家に届けてきましたの。わたくしが女王になることを、殿下がお望みだとお思いのご様子」
「宰相職だけでも頭が痛いのに、王配とは。私は、ローゼンヴァルト宮を捨てるわけにはいかぬのですが」
「あの宮は、シェーンベルク大公家の魂ですもの。王宮では、代わりにはならない。……そんなこともわからぬ者が、王太子の廃嫡などと」
嘲笑ではなく、苦笑している二人に、エメルトは縋らんばかりに請うた。
「ほ、本当に、そのことは存じませんでした。奏上されたとしても、私は必ず王太子殿下を支持致します」
「既に私との誓約を違えた者の言葉を、王の姫、そなた信じるのか」
「さあ……如何致しましょうね」
エメルトは、膝をついたまま、今度は叩頭した。神竜王の瞳は未だ緋い。その信頼を得られなければ、王女もエメルトを信じない。このままでは、クレーフェ公爵家は「謀叛人」として処罰される。
その時、エメルトは一人の少女を思い出した。――ラウエンシュタイン公爵家の、未来視の姫。神竜王の召喚者。王女の親友。かの姫ならば、この二人を鎮めてくれるのではないか。
「ア、 アレクシア・クリスティン姫。どうか、どうか、神竜王陛下に、私の誠心をお伝え下さいますよう……!」
藁にも縋る思いで口にした名前に、王女がぴくりと震え、神竜王の怒りの気配が和らいだ。
「……エメルト・スウシェ・ルア・クレーフェに、問います。私の神竜王との誓約、二度とは違えぬと。リヒト殿下が王となられ、アンファ様が王妃となられ、お二人が治めるこの国を、あなたの力の能う限りで支えると、誓えますか」
神竜王の後ろに隠れていた少女の穏やかな問いかけに、エメルトは何度も頷いた。
「誓います。我がクレーフェ家の続く限り、王太子殿下が王となられ、シルハークの公主様が王妃となられた後も、変わらぬ忠誠でお支えし、お仕え致します」
「――女神の審判を、ここに」
守られた影から出て、エメルトの正面に立った少女がそう言葉を発した途端。閃光がエメルトを貫いた。
「……ぐ……っ」
衝撃に息を呑むエメルトを見て、少女――アレクシアが、申し訳なさそうに呟いた。
「すみません、魔力の制御ができなくて。最大限でしか、この魔法を発動させられないのです。――ローラン、エージュ。クレーフェ公爵は、真実をおっしゃったわ。あの誓いは、公爵と、公爵のお血筋に刻まれた」
「……は……」
息を吐いたエメルトに、今度は神竜王がぞんざいに宣告した。
「重ねておく。この者の言葉、この者の魂、血を受ける者の魂に、未来永劫に刻め――絶対支配」
ずん、と重いものがエメルトの中に打ち込まれた。痛みはなく、苦しくもない。
だが、何かとんでもないものを仕込まれたと気づいたエメルトが、叩頭したまま不安に揺れていると、王女が優しい声で宣告した。
「御心配なさらないで、公爵様。ただ、あなたと、あなたのご子息とご令嬢、それから、この先にお生まれになるであろうお孫様達に、同じことを誓っていただいただけ」
「裏切らぬなら、ソレは何もしない。裏切れば――」
自分だけでなく、息子や娘、そしてまだ存在すらしていない孫まで、死滅させられる。
そのことを、エメルトは直感した。
「……我が王は、リヒト様。身命を賭して、お仕え致します」
子孫の未来まで握られた以上、臣下として、王を支えるという「当然の義務」を果たすことに迷いはない。主の入れ替えなど、考えてはならない。
「それでは、公爵様。他の方々のお話を、聞かせて下さるかしら」
王女は、どこか弾んだ声で、愛らしく問いかけ――エメルトは、従った。
「……っ、しん……」
神竜王陛下、と紡ぐより早く、エメルトの本能が膝を折らせた。神竜王の瞳は、緋色に煌めいている。――怒りの色だ。
「王の姫。私は、誓約を違えた者を、どうすればいい? このような屈辱を受けた神竜王はいない」
「前例のないことならば、お望みのままになされませ」
王女の声は、月よりも麗しく、冷ややかだった。エメルトは、全身を絡め取られたように動けない。
「私との誓約を違え――更には、つい先刻の、神竜王姫の末裔の公主との制約すら守らぬ者。人は利の為に動くと知ってはいるが」
神竜王の声も、王女に劣らず無機質に冷たい。その一言一言に、エメルトを服従させる魔力が宿っているかのようだ。
「……利の為に動くなら、それはそれでよろしいのですよ、陛下。利を約すれば、クレーフェ公爵は、兄上様のお味方になって下さるのですもの」
ひんやりと微笑った王女は、優雅に立ち上がり――手にしていた扇で、エメルトの顔を上げさせた。
「そうですわね、クレーフェ公爵? 神竜王陛下との誓約を破ろうとなさったのではなく、破る者が誰かを見極めて、兄上様にご報告下さるおつもりだったのでしょう?」
薄い水色の瞳は、光を弾いて蒼銀にも見える。この上なく美しい瞳は、エメルトの心臓を貫くように鋭い。
「バシュラール侯爵と、シェイエルン公爵。この御二方の愚行に加担する愚か者を探そうと、なさったのですわよね?」
「は、はい」
「ええ、聡明なる公爵様。わたくしは庶子で、兄上様は嫡子であること。母の身分ならば、王妃であられた兄上様のお母君の方が上だという当たり前のことを、理解なさっていないわけでは、ありませんものね?」
エメルトははっとした――今更、気づいたのだ。
母の出自は関係ない。公爵令嬢にして侯爵夫人となり、その後王の寵愛を受けたルチア・ジビュレより、伯爵令嬢であっても、正式に王妃となり、王妃のまま薨去したソレーヌの方が、「身分」は上なのだ。ルチア・ジビュレが継妃となっていれば別だが、彼女は「公妃」に格上げされたものの、「陛下」の称号を持たない。
「私の姫。御自分の母君を卑下なさるな。公爵家の姫ですよ」
「ですけれど、公式の身分は侯爵夫人。……ああ、わたくしを身籠られた時は、公妃の称号を賜ったことになっていましたけれど。所詮は貴族、王族である王妃陛下とは、比肩しうるはずもないものを」
シェーンベルク大公の穏やかな言葉に、王女は微笑みながら答えている。エメルトに聞かせる為に。
「人の、身分なるものは私にはわからない。私は、リヒト・カール・ルア・カイザーリングを新しき王として寿いだ。それに従った上で、王の姫、そなたを女王にと画策するのは、私の怒りを買いたいとしか思えない」
「誇り高い神竜王陛下。どうかお気を鎮められませ。クレーフェ公爵は、少しばかり、演技がお下手なのですわ。あなたのお言葉を違えようとした御二方に加担する者に、信じていただけなかったことが、その証」
「そうですね。バシュラール侯爵は、既に、シェイエルン公爵を通じて、王太子廃嫡の奏上を、枢密院に提出しました」
「な……!? わ、私は聞いておりません!」
誓って真実だ。枢密院の一員でありながら、そんな奏上書は聞いていない。真っ青と真っ赤を繰り返すエメルトの顔色を見て、美貌の王女はにこやかに頷いた。
「ええ。こっそりと、シェーンベルク大公家に届けてきましたの。わたくしが女王になることを、殿下がお望みだとお思いのご様子」
「宰相職だけでも頭が痛いのに、王配とは。私は、ローゼンヴァルト宮を捨てるわけにはいかぬのですが」
「あの宮は、シェーンベルク大公家の魂ですもの。王宮では、代わりにはならない。……そんなこともわからぬ者が、王太子の廃嫡などと」
嘲笑ではなく、苦笑している二人に、エメルトは縋らんばかりに請うた。
「ほ、本当に、そのことは存じませんでした。奏上されたとしても、私は必ず王太子殿下を支持致します」
「既に私との誓約を違えた者の言葉を、王の姫、そなた信じるのか」
「さあ……如何致しましょうね」
エメルトは、膝をついたまま、今度は叩頭した。神竜王の瞳は未だ緋い。その信頼を得られなければ、王女もエメルトを信じない。このままでは、クレーフェ公爵家は「謀叛人」として処罰される。
その時、エメルトは一人の少女を思い出した。――ラウエンシュタイン公爵家の、未来視の姫。神竜王の召喚者。王女の親友。かの姫ならば、この二人を鎮めてくれるのではないか。
「ア、 アレクシア・クリスティン姫。どうか、どうか、神竜王陛下に、私の誠心をお伝え下さいますよう……!」
藁にも縋る思いで口にした名前に、王女がぴくりと震え、神竜王の怒りの気配が和らいだ。
「……エメルト・スウシェ・ルア・クレーフェに、問います。私の神竜王との誓約、二度とは違えぬと。リヒト殿下が王となられ、アンファ様が王妃となられ、お二人が治めるこの国を、あなたの力の能う限りで支えると、誓えますか」
神竜王の後ろに隠れていた少女の穏やかな問いかけに、エメルトは何度も頷いた。
「誓います。我がクレーフェ家の続く限り、王太子殿下が王となられ、シルハークの公主様が王妃となられた後も、変わらぬ忠誠でお支えし、お仕え致します」
「――女神の審判を、ここに」
守られた影から出て、エメルトの正面に立った少女がそう言葉を発した途端。閃光がエメルトを貫いた。
「……ぐ……っ」
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「……は……」
息を吐いたエメルトに、今度は神竜王がぞんざいに宣告した。
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だが、何かとんでもないものを仕込まれたと気づいたエメルトが、叩頭したまま不安に揺れていると、王女が優しい声で宣告した。
「御心配なさらないで、公爵様。ただ、あなたと、あなたのご子息とご令嬢、それから、この先にお生まれになるであろうお孫様達に、同じことを誓っていただいただけ」
「裏切らぬなら、ソレは何もしない。裏切れば――」
自分だけでなく、息子や娘、そしてまだ存在すらしていない孫まで、死滅させられる。
そのことを、エメルトは直感した。
「……我が王は、リヒト様。身命を賭して、お仕え致します」
子孫の未来まで握られた以上、臣下として、王を支えるという「当然の義務」を果たすことに迷いはない。主の入れ替えなど、考えてはならない。
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