乙女ゲームに転生したので、推しの悲恋EDを回避します〜愛され令嬢は逆ハーはお断りです!

神城葵

文字の大きさ
73 / 93
番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~

王女様は手厳しい。

しおりを挟む
 エメルトを出迎えたのは、王女ではなかった。正確には、王女との間に、光の壁がある。そこには、エメルトに「新しき王への忠誠」を誓約させた、神竜王の姿が映っていた。

「……っ、しん……」

 神竜王陛下、と紡ぐより早く、エメルトの本能が膝を折らせた。神竜王の瞳は、緋色に煌めいている。――怒りの色だ。

「王の姫。私は、誓約を違えた者を、どうすればいい? このような屈辱を受けた神竜王はいない」
「前例のないことならば、お望みのままになされませ」

 王女の声は、月よりも麗しく、冷ややかだった。エメルトは、全身を絡め取られたように動けない。

「私との誓約を違え――更には、つい先刻の、神竜王姫の末裔の公主との制約すら守らぬ者。人は利の為に動くと知ってはいるが」

 神竜王の声も、王女に劣らず無機質に冷たい。その一言一言に、エメルトを服従させる魔力が宿っているかのようだ。

「……利の為に動くなら、それはそれでよろしいのですよ、陛下。利を約すれば、クレーフェ公爵は、兄上様のお味方になって下さるのですもの」

 ひんやりと微笑わらった王女は、優雅に立ち上がり――手にしていた扇で、エメルトの顔を上げさせた。

「そうですわね、クレーフェ公爵? 神竜王陛下との誓約を破ろうとなさったのではなく、破る者が誰かを見極めて、兄上様にご報告下さるおつもりだったのでしょう?」

 薄い水色の瞳は、光を弾いて蒼銀にも見える。この上なく美しい瞳は、エメルトの心臓を貫くように鋭い。

「バシュラール侯爵と、シェイエルン公爵。この御二方の愚行に加担する愚か者を探そうと、なさったのですわよね?」
「は、はい」
「ええ、聡明なる公爵様。わたくしは庶子で、兄上様は嫡子であること。母の身分ならば、王妃であられた兄上様のお母君の方が上だという当たり前のことを、理解なさっていないわけでは、ありませんものね?」

 エメルトははっとした――今更、気づいたのだ。
 母の出自は関係ない。公爵令嬢にして侯爵夫人となり、その後王の寵愛を受けたルチア・ジビュレより、伯爵令嬢であっても、正式に王妃となり、王妃のまま薨去したソレーヌの方が、「身分」は上なのだ。ルチア・ジビュレが継妃となっていれば別だが、彼女は「公妃」に格上げされたものの、「陛下」の称号を持たない。

「私の姫。御自分の母君を卑下なさるな。公爵家の姫ですよ」
「ですけれど、公式の身分は侯爵夫人。……ああ、わたくしを身籠られた時は、公妃の称号を賜ったことにけれど。所詮は貴族、王族である王妃陛下とは、比肩しうるはずもないものを」

 シェーンベルク大公の穏やかな言葉に、王女は微笑みながら答えている。エメルトに聞かせる為に。

「人の、身分なるものは私にはわからない。私は、リヒト・カール・ルア・カイザーリングを新しき王として寿いだ。それに従った上で、王の姫、そなたを女王にと画策するのは、私の怒りを買いたいとしか思えない」
「誇り高い神竜王陛下。どうかお気を鎮められませ。クレーフェ公爵は、少しばかり、演技がお下手なのですわ。あなたのお言葉を違えようとした御二方に加担する者に、信じていただけなかったことが、その証」
「そうですね。バシュラール侯爵は、既に、シェイエルン公爵を通じて、王太子廃嫡の奏上を、枢密院に提出しました」
「な……!? わ、私は聞いておりません!」

 誓って真実だ。枢密院の一員でありながら、そんな奏上書は聞いていない。真っ青と真っ赤を繰り返すエメルトの顔色を見て、美貌の王女はにこやかに頷いた。

「ええ。こっそりと、シェーンベルク大公家に届けてきましたの。わたくしが女王になることを、殿下がお望みだとお思いのご様子」
「宰相職だけでも頭が痛いのに、王配とは。私は、ローゼンヴァルト宮を捨てるわけにはいかぬのですが」
「あの宮は、シェーンベルク大公家の魂ですもの。王宮では、代わりにはならない。……そんなこともわからぬ者が、王太子の廃嫡などと」

 嘲笑ではなく、苦笑している二人に、エメルトは縋らんばかりに請うた。

「ほ、本当に、そのことは存じませんでした。奏上されたとしても、私は必ず王太子殿下を支持致します」
「既に私との誓約を違えた者の言葉を、王の姫、そなた信じるのか」
「さあ……如何致しましょうね」

 エメルトは、膝をついたまま、今度は叩頭した。神竜王の瞳は未だ緋い。その信頼を得られなければ、王女もエメルトを信じない。このままでは、クレーフェ公爵家は「謀叛人」として処罰される。
 その時、エメルトは一人の少女を思い出した。――ラウエンシュタイン公爵家の、未来視の姫。神竜王の召喚者。王女の親友。かの姫ならば、この二人を鎮めてくれるのではないか。

「ア、 アレクシア・クリスティン姫。どうか、どうか、神竜王陛下に、私の誠心をお伝え下さいますよう……!」

 藁にも縋る思いで口にした名前に、王女がぴくりと震え、神竜王の怒りの気配が和らいだ。

「……エメルト・スウシェ・ルア・クレーフェに、問います。私の神竜王との誓約、二度とは違えぬと。リヒト殿下が王となられ、アンファ様が王妃となられ、お二人が治めるこの国を、あなたの力のあたう限りで支えると、誓えますか」

 神竜王の後ろに隠れていた少女の穏やかな問いかけに、エメルトは何度も頷いた。

「誓います。我がクレーフェ家の続く限り、王太子殿下が王となられ、シルハークの公主様が王妃となられた後も、変わらぬ忠誠でお支えし、お仕え致します」
「――女神の審判ガディス・ジャッジメントを、ここに」

 守られた影から出て、エメルトの正面に立った少女がそう言葉を発した途端。閃光がエメルトを貫いた。

「……ぐ……っ」

 衝撃に息を呑むエメルトを見て、少女――アレクシアが、申し訳なさそうに呟いた。

「すみません、魔力の制御ができなくて。最大限でしか、この魔法を発動させられないのです。――ローラン、エージュ。クレーフェ公爵は、真実をおっしゃったわ。あの誓いは、公爵と、公爵のお血筋に刻まれた」
「……は……」

 息を吐いたエメルトに、今度は神竜王がぞんざいに宣告した。

「重ねておく。この者の言葉、この者の魂、血を受ける者の魂に、未来永劫に刻め――絶対支配アブソリュート・ドミニオン

 ずん、と重いものがエメルトの中に打ち込まれた。痛みはなく、苦しくもない。
 だが、何かとんでもないものを仕込まれたと気づいたエメルトが、叩頭したまま不安に揺れていると、王女が優しい声で宣告した。

「御心配なさらないで、公爵様。ただ、あなたと、あなたのご子息とご令嬢、それから、この先にお生まれになるであろうお孫様達に、同じことを誓っていただいただけ」
「裏切らぬなら、は何もしない。裏切れば――」

 自分だけでなく、息子や娘、そしてまだ存在すらしていない孫まで、死滅させられる。
 そのことを、エメルトは直感した。

「……我が王は、リヒト様。身命を賭して、お仕え致します」

 子孫の未来まで握られた以上、臣下として、王を支えるという「当然の義務」を果たすことに迷いはない。主の入れ替えなど、考えてはならない。

「それでは、公爵様。他の方々のお話を、聞かせて下さるかしら」

 王女は、どこか弾んだ声で、愛らしく問いかけ――エメルトは、従った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...