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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
少しずつでいいから。
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闇華から一連の流れを聞いたリヒトとエルウィージュは、深い溜息をついた。しかし、前者のそれが「どうするべきか」という悩みを含んでいるのに対し、後者は「仕方ない」的なものだ。
「如何なさる、リヒト様」
「国を乱すわけにはいかない。クレーフェ公爵達を処罰するしかない。が……王の専横だと非難されるのは仕方ないな」
「それでコトは済みまするか」
「済まないかもしれない。だが、済ませるしかない」
深い息をついたリヒトは、口惜しげに呟いた。時間をかけて、この国を改革していきたかった。色素の薄さにばかり拘泥する貴族達に、為政者に必要なのはそんなものではないと知らしめるべく、努力するつもりだった。
「……兄上様。わたくしはシェーンベルク大公家に降嫁しますが、わたくしの子には、王位継承権がありますわよね?」
「エルウィージュ?」
「あります、わよね?」
「あ、ああ。君は降嫁しても王女であり王妹だ。嫁ぎ先が大公家だから、殿下の称号もそのままになる。ただの貴族への降嫁ではないから、君の子にも王位継承権はある」
「エルウィージュ。今更、王位に就くつもりか?」
王籍を捨てるとすら言っていたのにと、闇華がやや疑問を覚えて問いかけると、エルウィージュはゆるく首を振った。
「いいえ。わたくしは王位などいりません。それは兄上様のもの。ですけれどね、アンファ様」
薄い水色の瞳は、敢えてアレクシアを見ないようにしている。闇華を真っ直ぐに見て、エルウィージュは言った。
「仮にわたくしが王籍から離れ、貴族籍を捨てても。わたくしが子を産めば、その子は銀髪であることはほぼ確実でしょう。父母、そして母方の祖父、父方の祖父母が銀髪なのですから」
「……確率は高いな」
「瞳の色も同じです。わたくしの色か、殿下の色かはわかりませんが……少なくとも、青以上に濃いことはないでしょう」
淡い蒼のアトゥールか、薄い水色のエルウィージュか。どちらにも似ずとも、確実に淡い色素の瞳だろう。
「そうなりましたら、白金髪に銀の瞳の王女と比較して、やはり銀髪が、と言い出す者が出ます。あなた様のお産みになる子が、銀の瞳に加えて銀髪なら問題はなかったのですが」
「父方の祖父にしかおらぬ銀髪か。なかなかに遺伝しにくいな」
「ええ。神竜王陛下はその未来はご覧になっていない。そうなりましたら、次代の王位継承権者は、兄上様とあなた様の双子以外に、わたくしの子も含まれる」
最低三人はいるということだ。エルウィージュが産む子が一人、あるいは二人かはわからないので、四人に増えるかもしれない。
「――兄上様。改革をなされませ」
「エルウィージュ?」
「王位継承者の選定を、明確にお決めなさいませ。色素などという、本人の資質に拠らぬものに任せるのではなく、長幼の別でもなく、母の身分でもなく――本人の器量で定めると」
その発言に、アレクシアが立ち上がった。
「エージュ! それは、民主主義だからできていたことよ! この国で、そんなこと――」
「できないことではないのよ、アリー。神の気まぐれによる「色」で決めるよりははるかにまともだわ」
「急な改革は反動が大きいから駄目だって言ったのは、エージュよ!」
「そう、駄目ね。だから反動を起こさないようにするしかないの」
「エー、ジュ……?」
困ったように微笑んで、エルウィージュはアレクシアを見つめた。
「兄上様の二人の御子。わたくしの子。その中で、最も色素の薄い子が、最も王の器量を持つように、区別して育てるしかないわ」
一人だけに、徹底した帝王教育を施す。誰もが納得するほどに。「器量によって決められたとしても、あの方ならば問題ない」と思わせるほどに。
「そん、な……そんな、の」
「子供達を区別して育てるのは当たり前のことよ。事実、わたくしとお兄様は全く違う教育を受けたわ」
次代バシュラール侯爵――あるいはシェイエルン公爵となるエセルバートと、いずれは他家に嫁ぐエルウィージュ。与えられた教育環境は全く異なっていた。
「だから、アリー。あなたがわたくしに教えてくれた知識からのものではないのよ。泣かないで」
「だって、その子が可哀想。選ばれなかった子も……」
「兄上様だってお可哀想よ。お生まれになった時から、王となるべく育てられたのだもの」
「色で決めちゃうなんておかしいわよ。小さい頃から英才教育してたって、してなくたって、王になる人は王だわ」
「そうね。そんな稀有な方もいらっしゃるわね。でも、この国では、まだそうはできないの。たった一代で、今までの積み重ねを無にすることはできないわ。器量で選ぶことに変更するのが限界。「色」と「長幼」を無視する以上、「色」を偽るのは仕方ないの。本当は、あなたの国が目指していたみたいに、家柄も関係なく、能力のある人を選ぶのが一番いいけれど……」
泣いているアレクシアに、エルウィージュはそれ以上につらそうに、だが折れることなく言い聞かせる。
「一度、全部壊してみたら、簡単にできることではあるけれど――あなた、そんな方法、嫌がるでしょう?」
「うん」
「だから、時間をかけるわ。一気には壊さない。少しずつ、ゆっくりと……正しい在り方に繋がるように、導をつけるの」
「……エージュ」
「泣かないで。お願い。あなたに泣かれるのは……」
耐え難い痛みと、甘美な想いに引きずられてしまう。
「色は……どうしようもないの……?」
「この国ではね。銀髪崇拝者達が治めている国だもの。……アリー?」
何か考え込んだアレクシアに、エルウィージュは訝しさより不安を覚えたらしく、幼子のように呼びかけている。その様子は親とはぐれた迷子のようで、闇華は、義妹となる少女の「やんでれ」っぷりに感嘆するしかない。もう究めきっているのではないかと思う。
「アレクシア。エルウィージュを責めてやるなと言うたであろう」
「アンファ……」
「そうじゃな。エルウィージュの案が最も「優しい」方法じゃ。リヒト様と妾の子か、あるいはエルウィージュの子はつらい思いをするかもしれぬが……」
「……その分、他の子達が、次代の王となる者を愛してやればいい」
黙って聞いていたリヒトが、ぽつりと言った。
「私の子でも、エルウィージュの子でも。私は、王となる子を愛する。王とならぬ子も愛する」
「兄上様」
「君は言った。王とは孤独なものだと。その孤独に耐えられる強さがなくてはならないと。……それでも、エルウィージュ。愛する者なしで王でいられるほど、人は強くない」
「……ええ」
「愛してくれる者なしで、王であり続けることも苦しいだろう。だから、私は私の子も君の子も愛そう。次代の王となるべき者達が、王位を巡って争うのではなく、王となるべき者を選び、守るように」
それでいいだろうか、とリヒトはアレクシアに問いかける。アレクシアはこくこく頷いた。
「エージュの赤ちゃんは、殿下とエージュ以外では、私が一番に愛するんだから。エセルさんより、リヒト様より、私が可愛がるんだから!」
「アリー。わたくしのことは……?」
「エージュは特別! だから、エージュの赤ちゃんも特別なの!」
「アレクシア……私は……?」
「ローランも特別!」
「何と、多情な姫君か」
闇華がからかうと、アレクシアは少し考えて――そして顔を真っ赤にした。
「違うもの、えっと、恋なのはローランだけだもの。エージュは……」
「何故そこで口ごもる。恋ではなく友情じゃと言うてやらねば、先代様は泣きそうになっておられるぞ」
「う……」
「……こうもはっきりと、おまえはどうでもいいと言われると、まだキツいな……」
「リヒト様。妾の前でそうおっしゃるか」
「え? あ……いや、ああ、えーと……すまない」
そんなことはないと言えないリヒトの率直さは、闇華は実は好きだったりする。だが、婚約者の前でいつまでも初恋を引きずるのは失礼だとも思う。闇華は、もうにいさまへの想いを「兄への思慕」だと言い切ることができるくらいにはなった。
「ではね、アリー。わたくしが子を産んだら、代母になってくれる?」
「いいの!?」
「ええ。アトゥール殿下がどうおっしゃろうと、構わないわ。――神竜王陛下。代父をお願いしてもよろしくて?」
「私は信心がないのだが、よいのか」
「わたくしも神など信じておりませんもの、問題ありませんわ。――あ、アリー、レフィアス様のことは尊敬していてよ? ただ、神を信じるというには、わたくしの境遇は……」
さらっと言い訳している。そしてその言い訳に、アレクシアはあっさり騙されている。闇華は、気になっていることを訊くことにした。
「エルウィージュ。その継承者の選定方法は、いつ変えればよい?」
「少なくとも、あなた様のご懐妊がわかるまでに。わたくしは、それまでは子を生しません。正確には、殿下と閨を共にしません。どんな方法や薬より間違いのない避妊でしょう? あなた様のご懐妊がわかった後、さっさと子を生しますわ」
剛毅に言い切った妹に、リヒトは複雑な視線を向けている。だが、エルウィージュの言葉は事実だ。身体に問題がないなら、そういう行為をする以上、「絶対に子供ができない」方法などない。
「エージュ……」
「アリー。平気よ。嫌だけれど、仕方ないわ。殿下とお約束したもの、子は産んでさしあげると」
「……でも……」
エルウィージュが色欲を嫌っていることは、アレクシアも知っているらしい。とはいえ、未来の義妹の夫婦生活に口出しすることもできず、闇華は扇を弄んだ。
「王の姫は、大公が嫌い?」
「いいえ、陛下。好きでも嫌いでもありませんわ」
要するに、無関心ということだ。それは「嫌い」よりもひどいのではあるまいか。
「大公がアレクシアの姿なら、閨を共にできる?」
「……いいえ、陛下。わたくし、アリーと寝たいわけではありませんわよ」
「でも、その気がないのに、そういう行為をするのはとても苦痛だ……違う、アレクシア! 神竜王を継いだ時に先代から子孫を残すように言われてしまって、それで次の発情期に女に迫られて、すごく嫌だったから逃げた!」
必死に言い訳している「先代様」は、本気で恐ろしかったのだろう、思い出したのか涙目になっている。
「……アリー。頑張って。陛下が発情期を迎えられた頃に押し倒すのよ」
「エージュは何を言ってるのかなあ!?」
「必要なら、シルハークから竜玉を借りてやるぞ、アレクシア。にいさまはアレがお嫌いゆえ、快く永久貸与して下さろう」
「アンファも何言ってるのかなあ!」
「しかしな、そなたら二人は……どちらかが媚薬でも使わねば、事に至れぬ気がするぞ」
「奇遇ですわね、アンファ様。わたくしもそう思いますわ」
「で、あろう?」
「…………」
アレクシアが真っ赤になり、ローランがびくびくと震え出した時。
リヒトは、婚約者と妹を一喝した。
「慎みを持て、二人とも!」
「あら、そんなもの」
「何の役にも立たぬわな」
揃って鼻で笑った二人に、リヒトは真顔で言った。
「……淑やかぶれとは言わないが、恥じらいは持ってほしいと思うのは、兄としても許嫁としても当然の要求だ。……神竜王陛下」
「うん」
リヒトの合図で察したらしいローランが、魔法を紡いだ。
「沈黙」
「……ありがとうございます。エルウィージュはともかく、アンファは私の魔力では無理だったので」
「いや……私も、居心地が悪かったから……」
「うん……エージュ、アンファ。慎みとか恥じらいとか以前に、あなた達は女の子だってこと、自覚してね……」
アレクシアの懇願が、一番キツかった。
「如何なさる、リヒト様」
「国を乱すわけにはいかない。クレーフェ公爵達を処罰するしかない。が……王の専横だと非難されるのは仕方ないな」
「それでコトは済みまするか」
「済まないかもしれない。だが、済ませるしかない」
深い息をついたリヒトは、口惜しげに呟いた。時間をかけて、この国を改革していきたかった。色素の薄さにばかり拘泥する貴族達に、為政者に必要なのはそんなものではないと知らしめるべく、努力するつもりだった。
「……兄上様。わたくしはシェーンベルク大公家に降嫁しますが、わたくしの子には、王位継承権がありますわよね?」
「エルウィージュ?」
「あります、わよね?」
「あ、ああ。君は降嫁しても王女であり王妹だ。嫁ぎ先が大公家だから、殿下の称号もそのままになる。ただの貴族への降嫁ではないから、君の子にも王位継承権はある」
「エルウィージュ。今更、王位に就くつもりか?」
王籍を捨てるとすら言っていたのにと、闇華がやや疑問を覚えて問いかけると、エルウィージュはゆるく首を振った。
「いいえ。わたくしは王位などいりません。それは兄上様のもの。ですけれどね、アンファ様」
薄い水色の瞳は、敢えてアレクシアを見ないようにしている。闇華を真っ直ぐに見て、エルウィージュは言った。
「仮にわたくしが王籍から離れ、貴族籍を捨てても。わたくしが子を産めば、その子は銀髪であることはほぼ確実でしょう。父母、そして母方の祖父、父方の祖父母が銀髪なのですから」
「……確率は高いな」
「瞳の色も同じです。わたくしの色か、殿下の色かはわかりませんが……少なくとも、青以上に濃いことはないでしょう」
淡い蒼のアトゥールか、薄い水色のエルウィージュか。どちらにも似ずとも、確実に淡い色素の瞳だろう。
「そうなりましたら、白金髪に銀の瞳の王女と比較して、やはり銀髪が、と言い出す者が出ます。あなた様のお産みになる子が、銀の瞳に加えて銀髪なら問題はなかったのですが」
「父方の祖父にしかおらぬ銀髪か。なかなかに遺伝しにくいな」
「ええ。神竜王陛下はその未来はご覧になっていない。そうなりましたら、次代の王位継承権者は、兄上様とあなた様の双子以外に、わたくしの子も含まれる」
最低三人はいるということだ。エルウィージュが産む子が一人、あるいは二人かはわからないので、四人に増えるかもしれない。
「――兄上様。改革をなされませ」
「エルウィージュ?」
「王位継承者の選定を、明確にお決めなさいませ。色素などという、本人の資質に拠らぬものに任せるのではなく、長幼の別でもなく、母の身分でもなく――本人の器量で定めると」
その発言に、アレクシアが立ち上がった。
「エージュ! それは、民主主義だからできていたことよ! この国で、そんなこと――」
「できないことではないのよ、アリー。神の気まぐれによる「色」で決めるよりははるかにまともだわ」
「急な改革は反動が大きいから駄目だって言ったのは、エージュよ!」
「そう、駄目ね。だから反動を起こさないようにするしかないの」
「エー、ジュ……?」
困ったように微笑んで、エルウィージュはアレクシアを見つめた。
「兄上様の二人の御子。わたくしの子。その中で、最も色素の薄い子が、最も王の器量を持つように、区別して育てるしかないわ」
一人だけに、徹底した帝王教育を施す。誰もが納得するほどに。「器量によって決められたとしても、あの方ならば問題ない」と思わせるほどに。
「そん、な……そんな、の」
「子供達を区別して育てるのは当たり前のことよ。事実、わたくしとお兄様は全く違う教育を受けたわ」
次代バシュラール侯爵――あるいはシェイエルン公爵となるエセルバートと、いずれは他家に嫁ぐエルウィージュ。与えられた教育環境は全く異なっていた。
「だから、アリー。あなたがわたくしに教えてくれた知識からのものではないのよ。泣かないで」
「だって、その子が可哀想。選ばれなかった子も……」
「兄上様だってお可哀想よ。お生まれになった時から、王となるべく育てられたのだもの」
「色で決めちゃうなんておかしいわよ。小さい頃から英才教育してたって、してなくたって、王になる人は王だわ」
「そうね。そんな稀有な方もいらっしゃるわね。でも、この国では、まだそうはできないの。たった一代で、今までの積み重ねを無にすることはできないわ。器量で選ぶことに変更するのが限界。「色」と「長幼」を無視する以上、「色」を偽るのは仕方ないの。本当は、あなたの国が目指していたみたいに、家柄も関係なく、能力のある人を選ぶのが一番いいけれど……」
泣いているアレクシアに、エルウィージュはそれ以上につらそうに、だが折れることなく言い聞かせる。
「一度、全部壊してみたら、簡単にできることではあるけれど――あなた、そんな方法、嫌がるでしょう?」
「うん」
「だから、時間をかけるわ。一気には壊さない。少しずつ、ゆっくりと……正しい在り方に繋がるように、導をつけるの」
「……エージュ」
「泣かないで。お願い。あなたに泣かれるのは……」
耐え難い痛みと、甘美な想いに引きずられてしまう。
「色は……どうしようもないの……?」
「この国ではね。銀髪崇拝者達が治めている国だもの。……アリー?」
何か考え込んだアレクシアに、エルウィージュは訝しさより不安を覚えたらしく、幼子のように呼びかけている。その様子は親とはぐれた迷子のようで、闇華は、義妹となる少女の「やんでれ」っぷりに感嘆するしかない。もう究めきっているのではないかと思う。
「アレクシア。エルウィージュを責めてやるなと言うたであろう」
「アンファ……」
「そうじゃな。エルウィージュの案が最も「優しい」方法じゃ。リヒト様と妾の子か、あるいはエルウィージュの子はつらい思いをするかもしれぬが……」
「……その分、他の子達が、次代の王となる者を愛してやればいい」
黙って聞いていたリヒトが、ぽつりと言った。
「私の子でも、エルウィージュの子でも。私は、王となる子を愛する。王とならぬ子も愛する」
「兄上様」
「君は言った。王とは孤独なものだと。その孤独に耐えられる強さがなくてはならないと。……それでも、エルウィージュ。愛する者なしで王でいられるほど、人は強くない」
「……ええ」
「愛してくれる者なしで、王であり続けることも苦しいだろう。だから、私は私の子も君の子も愛そう。次代の王となるべき者達が、王位を巡って争うのではなく、王となるべき者を選び、守るように」
それでいいだろうか、とリヒトはアレクシアに問いかける。アレクシアはこくこく頷いた。
「エージュの赤ちゃんは、殿下とエージュ以外では、私が一番に愛するんだから。エセルさんより、リヒト様より、私が可愛がるんだから!」
「アリー。わたくしのことは……?」
「エージュは特別! だから、エージュの赤ちゃんも特別なの!」
「アレクシア……私は……?」
「ローランも特別!」
「何と、多情な姫君か」
闇華がからかうと、アレクシアは少し考えて――そして顔を真っ赤にした。
「違うもの、えっと、恋なのはローランだけだもの。エージュは……」
「何故そこで口ごもる。恋ではなく友情じゃと言うてやらねば、先代様は泣きそうになっておられるぞ」
「う……」
「……こうもはっきりと、おまえはどうでもいいと言われると、まだキツいな……」
「リヒト様。妾の前でそうおっしゃるか」
「え? あ……いや、ああ、えーと……すまない」
そんなことはないと言えないリヒトの率直さは、闇華は実は好きだったりする。だが、婚約者の前でいつまでも初恋を引きずるのは失礼だとも思う。闇華は、もうにいさまへの想いを「兄への思慕」だと言い切ることができるくらいにはなった。
「ではね、アリー。わたくしが子を産んだら、代母になってくれる?」
「いいの!?」
「ええ。アトゥール殿下がどうおっしゃろうと、構わないわ。――神竜王陛下。代父をお願いしてもよろしくて?」
「私は信心がないのだが、よいのか」
「わたくしも神など信じておりませんもの、問題ありませんわ。――あ、アリー、レフィアス様のことは尊敬していてよ? ただ、神を信じるというには、わたくしの境遇は……」
さらっと言い訳している。そしてその言い訳に、アレクシアはあっさり騙されている。闇華は、気になっていることを訊くことにした。
「エルウィージュ。その継承者の選定方法は、いつ変えればよい?」
「少なくとも、あなた様のご懐妊がわかるまでに。わたくしは、それまでは子を生しません。正確には、殿下と閨を共にしません。どんな方法や薬より間違いのない避妊でしょう? あなた様のご懐妊がわかった後、さっさと子を生しますわ」
剛毅に言い切った妹に、リヒトは複雑な視線を向けている。だが、エルウィージュの言葉は事実だ。身体に問題がないなら、そういう行為をする以上、「絶対に子供ができない」方法などない。
「エージュ……」
「アリー。平気よ。嫌だけれど、仕方ないわ。殿下とお約束したもの、子は産んでさしあげると」
「……でも……」
エルウィージュが色欲を嫌っていることは、アレクシアも知っているらしい。とはいえ、未来の義妹の夫婦生活に口出しすることもできず、闇華は扇を弄んだ。
「王の姫は、大公が嫌い?」
「いいえ、陛下。好きでも嫌いでもありませんわ」
要するに、無関心ということだ。それは「嫌い」よりもひどいのではあるまいか。
「大公がアレクシアの姿なら、閨を共にできる?」
「……いいえ、陛下。わたくし、アリーと寝たいわけではありませんわよ」
「でも、その気がないのに、そういう行為をするのはとても苦痛だ……違う、アレクシア! 神竜王を継いだ時に先代から子孫を残すように言われてしまって、それで次の発情期に女に迫られて、すごく嫌だったから逃げた!」
必死に言い訳している「先代様」は、本気で恐ろしかったのだろう、思い出したのか涙目になっている。
「……アリー。頑張って。陛下が発情期を迎えられた頃に押し倒すのよ」
「エージュは何を言ってるのかなあ!?」
「必要なら、シルハークから竜玉を借りてやるぞ、アレクシア。にいさまはアレがお嫌いゆえ、快く永久貸与して下さろう」
「アンファも何言ってるのかなあ!」
「しかしな、そなたら二人は……どちらかが媚薬でも使わねば、事に至れぬ気がするぞ」
「奇遇ですわね、アンファ様。わたくしもそう思いますわ」
「で、あろう?」
「…………」
アレクシアが真っ赤になり、ローランがびくびくと震え出した時。
リヒトは、婚約者と妹を一喝した。
「慎みを持て、二人とも!」
「あら、そんなもの」
「何の役にも立たぬわな」
揃って鼻で笑った二人に、リヒトは真顔で言った。
「……淑やかぶれとは言わないが、恥じらいは持ってほしいと思うのは、兄としても許嫁としても当然の要求だ。……神竜王陛下」
「うん」
リヒトの合図で察したらしいローランが、魔法を紡いだ。
「沈黙」
「……ありがとうございます。エルウィージュはともかく、アンファは私の魔力では無理だったので」
「いや……私も、居心地が悪かったから……」
「うん……エージュ、アンファ。慎みとか恥じらいとか以前に、あなた達は女の子だってこと、自覚してね……」
アレクシアの懇願が、一番キツかった。
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久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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