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番外編~箱庭の姫君と闇の公主と光の王~
おしまい。
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新王即位に際し、本来は行われる大赦を、リヒトは命じなかった。エルウィージュが反対したからだ。
恩赦までは許すが、国政に携わり、王の廃嫡を狙っていた者――要するにギルフォードやパラメデウス、そしてバシュラール侯爵やシェイエルン公爵達の罪を減じることはできないと主張し、アトゥールとレフィアスもそれを支持した為、枢密院は受け入れた。
本来は、決定すべきはリヒトだ。即位した王が、その慶賀として父への罰を軽減しないことは、器量を疑われる。だから、エルウィージュが「許さない」と主張したのだ。彼女にとって父であり、義父であり、祖父である者達だからこその厳罰要請でもあった為、親族にも容赦のない王女の気質は「熾烈」であると、一気に知れ渡った。
「王妹殿下は、儚い容姿を裏切って激烈なご気性だと評判じゃ。また、潔癖でもあるとな」
「そう広まっていただかなくては、面倒ですの。兄上様への嘆願の橋渡しなどの依頼が続いて、わたくしの時間を奪うのですもの」
「ご、ごめんね、エージュ……昨日、無理させた……?」
事前の約束なしでローゼンヴァルト宮に訪れたというアレクシアが、びくびくと問いかけている。怒られることはないとわかっているが、無理をさせたのなら謝罪したいらしい。アレクシアのそういう性格を、エルウィージュは利用しまくって、「あなたは特別だからいいの」と事ある毎に吹き込んで溺愛している。
「とっても無理したわ。でも、あなたとの時間はわたくしにとって特別だから、いいのよ」
「今日の、この茶話会は、なかなか時間を取ってくれなんだがな」
「そうなの? アンファからご招待いただいたのは……」
「三日前じゃ。通常ならあり得ん無礼じゃ。しかし、エルウィージュに打診したのは半月前。是の答えが返るまでに十日以上かかったわ」
王妃からの打診を十日以上無視しているエルウィージュを、誰が翻意させたのか。闇華だけでなく、アレクシアも興味深そうにエルウィージュに無言で質問する。
「……イェシカが。わたくしと王妃陛下との不仲説が流れる前に対処なさいませと、ね」
「そなたが見込んだだけあるな。よう言うてくれたものよ」
「別に、わたくしだって意味もなくねえさまからの打診を無視していたわけではありません。他に忙しいことがあったからで」
「ハユルスの王女か」
「それはもう片づけました。明日辺り、ハユルスに帰国なさるでしょう。あちらの議会も、象徴となる御方が欲しいということで、王女殿下の御身は大切に遇して下さると約束させました」
「ハユルスから亡命していた貴族達は?」
「おまけのことなど、わたくし存じません」
意味深なその笑顔で、亡命貴族達の先行きが真っ暗なことだけはわかった。
「それより、ねえ、アリー。あなた、いつ結婚するの」
「え?」
「エルウィージュ。アレクシアは、そなたの後でないと」
「わたくしは、実の祖父と育ての父が王太子廃嫡を画策していた身。そのような者、新王即位から少なくとも二年は、祝い事などは慎むべきでしょう。喪中のようなものですわ」
実際、彼女の祖父と義父は表舞台から抹殺されている。喪中とは、言い得て妙ではあるなと闇華は思った。
「だから、アリー。わたくしに遠慮なんかしないでほしいの。神竜王陛下とのお式、いつになるの?」
「えっと……ローランが、あんまりにも神威を見せつけちゃってるから、しばらくは、目立つことは避けた方がいいかなあと」
「アレクシア。私はそなたを困らせたか?」
「全然!」
当然のように、王妃と王妹と筆頭公爵令嬢の茶話会に同席している神竜王は、不安そうに問いかけ、アレクシアが勢いよく否定すると、ほっと微笑んだ。そのまま、アレクシアの肩にことんと頭を乗せる。
「即位式の時、とても怖かった。だけどアレクシアの為だから頑張った」
褒めてほしいと甘えている先代様に、アレクシアはふるふると悶絶しながら頭を撫でてやった。先代様のあの演技力は大したものだと思う。半ば地ではあるが、残り半分は演技だ。愛らしく稚い者が、神竜の王など務まるわけがない。
「……こういうことですのよ、ねえさま」
「何がじゃ」
「わたくし、神竜王陛下のように可愛くはなれませんの……美しい、麗しい、美の女神だの何だのという賛辞はもう聞き飽きましたけれど、一度として――「可愛い」と言われたことはありませんの」
そしてアレクシアは「可愛い」ものが好きである。
よって自分が男であっても無理だろうと、エルウィージュは溜息交じりに示唆した。
「エージュは可愛いわよ?」
恋人の頭を撫でていたアレクシアが、不思議そうに言葉を発した。蒼い瞳で親友を見つめて、にこっと笑う。
「うん、エージュはすっごく可愛い。アンファも、とっても可愛いわ」
「……そなた、「可愛い」の基準は何なのじゃ」
「可愛いって思うことに理由なんてないわ。あ、ローランも可愛すぎてどうにかなりそうだと思うくらいなんだけれど」
「……王の姫。私は……」
「伏せておかれませね、陛下」
先代様とエルウィージュの意味ありげなやり取りに、アレクシアが首を傾げる。
「誤解されてる? あのね、私、可愛くない――威圧的な格好いいローランも、えげつないエージュも好きよ?」
「それは褒めておるのかえ」
「ローランがローランなら好き。エージュもエージュだから好き。――変わっちゃったとしても、その変化ごと好きよ」
「意外に器が大きいな、アレクシア」
「そうかな? そう思うくらい好きなのは、ローランとエージュだけだから、私は普通だと思う。アンファのことは好きだけど、エージュを苛めるなら嫌いになるし」
「リヒト様はどうじゃ」
「エージュのお兄様で、アンファの御夫君だから好きよ」
「リヒト様の初恋はそなただと聞いたが」
「気の迷いよ、きっと」
あっさり切り捨てる強さは、ある意味、エルウィージュより強かなのかもしれない。
「アレクシア……私が、その……可愛くなくても、好きでいてくれるのか?」
「うん。好きよ。でも可愛いローランが大好きだから、可愛いままでいてね」
「努力する」
「それからね、エージュ」
「……なあに?」
「あなたが結婚して、子供を産んで――妻になり、母になっても。私にとってエージュはエージュよ。初めて会った時からエージュは私の特別な人。私を救ってくれた人なの。そのこと、忘れないで」
「アリー……」
「何か、エージュもアンファも、エージュばっかり私のこと好きみたいに思ってない? 私だって相当エージュが好きよ。ヤンデレでもいいって思うくらい好きよ」
その言葉に、先代様がびくっと震えた。そして、様子を窺うようにアレクシアを見つめる。瞳は、怯えと微かな期待を滲ませた銀色だ。
「アレクシア」
「ローランにもヤンデレの気質があるのは知ってるわ」
「……私は、やんでれとやらになってもいいのか?」
「うん。病んでてもツンツンしてても、何でもいいのよ。私がその人を好きになれるなら」
それだけが基準だと笑った少女に、王妹は黙って抱きついた。逆方向から、先代様が抱きついた。
アレクシアが、苦しいと抗議しながらも抵抗しないのをいいことに、二人してぎゅうぎゅう抱き締めている。大切な宝物を取られまいとする子供のように。
「……ところで、今日の茶話会の目的じゃが。アレクシアの挙式は、いつになるのかえ?」
「王の姫。アレクシアは私と結婚するので、そろそろ離れてほしい」
「神竜王陛下。親友との抱擁も許さぬ狭量さでは、アリーが息苦しくなりますわ」
「決まったら教えておくれ、アレクシア。妾はリヒト様との散歩の時間ゆえ、失礼する」
「はーい」
「アレクシア。私は真剣に求愛している。求愛の場に第三者はいらない。王の姫にそう言ってほしい」
「正式な求婚には第三者の立ち合いが必要ですのよ、陛下」
「……その第三者とは、普通は保護者ではないのか。親友ではないと思う」
「…………わたくし、王女ですから。王族の立ち合いなら絶対ですわ」
アレクシアを真ん中に、先代様とエルウィージュが口論している。
仲の良いことだと思いながら、闇華は、久しぶりににいさまに手紙を書こうと思った。
――にいさま。
にいさまが決めて下さったこの縁談は、闇華を変えました。今は、闇華は――箱庭の中ではありますが、心から笑える妹と友ができました。いずれ、妹の為に箱庭を壊すつもりです。物理的になら今すぐにでも可能です、闇華の腕力はこの国の将軍とやらより強かったし、動きの速さも上回っていますから。
ただ、そうすると箱庭を壊された妹が泣き喚いて、親友以外の存在すべてに八つ当たりしかねないので、闇華は、機が満ちるのを待とうと思います。
大丈夫です、にいさま。
だって、闇華の夫となった方は、「光」という御名をお持ちの王ですから。
箱庭の暗闇を愛する妹も、いずれ光を受け入れるでしょう。妹が愛してやまない存在もまた、「光」という意味の名を持つのですから。「光」の願いを退けることは、妹にはできないのです。
ヴェルスブルクの新王妃が祖国に手紙を送った翌日。
ラウエンシュタイン公爵令嬢が、神竜王を婿に迎えることが正式に公表され、ヴェルスブルク中が沸き立った。
恩赦までは許すが、国政に携わり、王の廃嫡を狙っていた者――要するにギルフォードやパラメデウス、そしてバシュラール侯爵やシェイエルン公爵達の罪を減じることはできないと主張し、アトゥールとレフィアスもそれを支持した為、枢密院は受け入れた。
本来は、決定すべきはリヒトだ。即位した王が、その慶賀として父への罰を軽減しないことは、器量を疑われる。だから、エルウィージュが「許さない」と主張したのだ。彼女にとって父であり、義父であり、祖父である者達だからこその厳罰要請でもあった為、親族にも容赦のない王女の気質は「熾烈」であると、一気に知れ渡った。
「王妹殿下は、儚い容姿を裏切って激烈なご気性だと評判じゃ。また、潔癖でもあるとな」
「そう広まっていただかなくては、面倒ですの。兄上様への嘆願の橋渡しなどの依頼が続いて、わたくしの時間を奪うのですもの」
「ご、ごめんね、エージュ……昨日、無理させた……?」
事前の約束なしでローゼンヴァルト宮に訪れたというアレクシアが、びくびくと問いかけている。怒られることはないとわかっているが、無理をさせたのなら謝罪したいらしい。アレクシアのそういう性格を、エルウィージュは利用しまくって、「あなたは特別だからいいの」と事ある毎に吹き込んで溺愛している。
「とっても無理したわ。でも、あなたとの時間はわたくしにとって特別だから、いいのよ」
「今日の、この茶話会は、なかなか時間を取ってくれなんだがな」
「そうなの? アンファからご招待いただいたのは……」
「三日前じゃ。通常ならあり得ん無礼じゃ。しかし、エルウィージュに打診したのは半月前。是の答えが返るまでに十日以上かかったわ」
王妃からの打診を十日以上無視しているエルウィージュを、誰が翻意させたのか。闇華だけでなく、アレクシアも興味深そうにエルウィージュに無言で質問する。
「……イェシカが。わたくしと王妃陛下との不仲説が流れる前に対処なさいませと、ね」
「そなたが見込んだだけあるな。よう言うてくれたものよ」
「別に、わたくしだって意味もなくねえさまからの打診を無視していたわけではありません。他に忙しいことがあったからで」
「ハユルスの王女か」
「それはもう片づけました。明日辺り、ハユルスに帰国なさるでしょう。あちらの議会も、象徴となる御方が欲しいということで、王女殿下の御身は大切に遇して下さると約束させました」
「ハユルスから亡命していた貴族達は?」
「おまけのことなど、わたくし存じません」
意味深なその笑顔で、亡命貴族達の先行きが真っ暗なことだけはわかった。
「それより、ねえ、アリー。あなた、いつ結婚するの」
「え?」
「エルウィージュ。アレクシアは、そなたの後でないと」
「わたくしは、実の祖父と育ての父が王太子廃嫡を画策していた身。そのような者、新王即位から少なくとも二年は、祝い事などは慎むべきでしょう。喪中のようなものですわ」
実際、彼女の祖父と義父は表舞台から抹殺されている。喪中とは、言い得て妙ではあるなと闇華は思った。
「だから、アリー。わたくしに遠慮なんかしないでほしいの。神竜王陛下とのお式、いつになるの?」
「えっと……ローランが、あんまりにも神威を見せつけちゃってるから、しばらくは、目立つことは避けた方がいいかなあと」
「アレクシア。私はそなたを困らせたか?」
「全然!」
当然のように、王妃と王妹と筆頭公爵令嬢の茶話会に同席している神竜王は、不安そうに問いかけ、アレクシアが勢いよく否定すると、ほっと微笑んだ。そのまま、アレクシアの肩にことんと頭を乗せる。
「即位式の時、とても怖かった。だけどアレクシアの為だから頑張った」
褒めてほしいと甘えている先代様に、アレクシアはふるふると悶絶しながら頭を撫でてやった。先代様のあの演技力は大したものだと思う。半ば地ではあるが、残り半分は演技だ。愛らしく稚い者が、神竜の王など務まるわけがない。
「……こういうことですのよ、ねえさま」
「何がじゃ」
「わたくし、神竜王陛下のように可愛くはなれませんの……美しい、麗しい、美の女神だの何だのという賛辞はもう聞き飽きましたけれど、一度として――「可愛い」と言われたことはありませんの」
そしてアレクシアは「可愛い」ものが好きである。
よって自分が男であっても無理だろうと、エルウィージュは溜息交じりに示唆した。
「エージュは可愛いわよ?」
恋人の頭を撫でていたアレクシアが、不思議そうに言葉を発した。蒼い瞳で親友を見つめて、にこっと笑う。
「うん、エージュはすっごく可愛い。アンファも、とっても可愛いわ」
「……そなた、「可愛い」の基準は何なのじゃ」
「可愛いって思うことに理由なんてないわ。あ、ローランも可愛すぎてどうにかなりそうだと思うくらいなんだけれど」
「……王の姫。私は……」
「伏せておかれませね、陛下」
先代様とエルウィージュの意味ありげなやり取りに、アレクシアが首を傾げる。
「誤解されてる? あのね、私、可愛くない――威圧的な格好いいローランも、えげつないエージュも好きよ?」
「それは褒めておるのかえ」
「ローランがローランなら好き。エージュもエージュだから好き。――変わっちゃったとしても、その変化ごと好きよ」
「意外に器が大きいな、アレクシア」
「そうかな? そう思うくらい好きなのは、ローランとエージュだけだから、私は普通だと思う。アンファのことは好きだけど、エージュを苛めるなら嫌いになるし」
「リヒト様はどうじゃ」
「エージュのお兄様で、アンファの御夫君だから好きよ」
「リヒト様の初恋はそなただと聞いたが」
「気の迷いよ、きっと」
あっさり切り捨てる強さは、ある意味、エルウィージュより強かなのかもしれない。
「アレクシア……私が、その……可愛くなくても、好きでいてくれるのか?」
「うん。好きよ。でも可愛いローランが大好きだから、可愛いままでいてね」
「努力する」
「それからね、エージュ」
「……なあに?」
「あなたが結婚して、子供を産んで――妻になり、母になっても。私にとってエージュはエージュよ。初めて会った時からエージュは私の特別な人。私を救ってくれた人なの。そのこと、忘れないで」
「アリー……」
「何か、エージュもアンファも、エージュばっかり私のこと好きみたいに思ってない? 私だって相当エージュが好きよ。ヤンデレでもいいって思うくらい好きよ」
その言葉に、先代様がびくっと震えた。そして、様子を窺うようにアレクシアを見つめる。瞳は、怯えと微かな期待を滲ませた銀色だ。
「アレクシア」
「ローランにもヤンデレの気質があるのは知ってるわ」
「……私は、やんでれとやらになってもいいのか?」
「うん。病んでてもツンツンしてても、何でもいいのよ。私がその人を好きになれるなら」
それだけが基準だと笑った少女に、王妹は黙って抱きついた。逆方向から、先代様が抱きついた。
アレクシアが、苦しいと抗議しながらも抵抗しないのをいいことに、二人してぎゅうぎゅう抱き締めている。大切な宝物を取られまいとする子供のように。
「……ところで、今日の茶話会の目的じゃが。アレクシアの挙式は、いつになるのかえ?」
「王の姫。アレクシアは私と結婚するので、そろそろ離れてほしい」
「神竜王陛下。親友との抱擁も許さぬ狭量さでは、アリーが息苦しくなりますわ」
「決まったら教えておくれ、アレクシア。妾はリヒト様との散歩の時間ゆえ、失礼する」
「はーい」
「アレクシア。私は真剣に求愛している。求愛の場に第三者はいらない。王の姫にそう言ってほしい」
「正式な求婚には第三者の立ち合いが必要ですのよ、陛下」
「……その第三者とは、普通は保護者ではないのか。親友ではないと思う」
「…………わたくし、王女ですから。王族の立ち合いなら絶対ですわ」
アレクシアを真ん中に、先代様とエルウィージュが口論している。
仲の良いことだと思いながら、闇華は、久しぶりににいさまに手紙を書こうと思った。
――にいさま。
にいさまが決めて下さったこの縁談は、闇華を変えました。今は、闇華は――箱庭の中ではありますが、心から笑える妹と友ができました。いずれ、妹の為に箱庭を壊すつもりです。物理的になら今すぐにでも可能です、闇華の腕力はこの国の将軍とやらより強かったし、動きの速さも上回っていますから。
ただ、そうすると箱庭を壊された妹が泣き喚いて、親友以外の存在すべてに八つ当たりしかねないので、闇華は、機が満ちるのを待とうと思います。
大丈夫です、にいさま。
だって、闇華の夫となった方は、「光」という御名をお持ちの王ですから。
箱庭の暗闇を愛する妹も、いずれ光を受け入れるでしょう。妹が愛してやまない存在もまた、「光」という意味の名を持つのですから。「光」の願いを退けることは、妹にはできないのです。
ヴェルスブルクの新王妃が祖国に手紙を送った翌日。
ラウエンシュタイン公爵令嬢が、神竜王を婿に迎えることが正式に公表され、ヴェルスブルク中が沸き立った。
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