鬼村という作家

篠崎マーティ

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八話「筆供養」

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 ある日私が鬼村の家に着くと、庭でまた焚火の準備をしているところに出くわした。もしかしたら、彼女は庭で焚火をするために戸建てを買ったのかもしれない。
「今から筆の供養をするんだ」
 そう言って鬼村は一本の筆を見せてくれた。毛の部分は真っ黒で、随分と使い込んでいるのが見て取れる。鬼村が持っているからだろうか、どうにもその筆に触れたくないという気持ちが沸き上がった。
「何に使ってるんですか?」
 原稿は勿論パソコンで書いているし、そもそも筆は太さ的に書道用だろう。
「本の題字だよ」とにべもなく鬼村。ああ、そう言えば書籍のタイトルは全て彼女の手書きだった。なるほど、この筆で書いていたのか。
 意外にも……と言ったら失礼だが……鬼村は達筆である。鬼村のキャラクター性も相まって、編集部では彼女が書いた文字には何かしらの力があるんじゃないかとまことしやかに囁かれていた。本当に文字の力で本が売れるなら、是非とも鬼村には書籍のタイトル書き専門になってもらいたいものである。
 すっかり焚火の準備が出来上がると、鬼村は私を従えて家に一度戻った。
「あの、供養って事は、その筆はもうお役御免ってことですか?」私は聞く。
「うん。大体二年くらいで替えてるかな」
「まだ使えそうに見えますけど」
「ある程度使い込むと、魂が宿っちゃうからね」
 またとんでもないことを言い出したものだが、もうそれはそう言うものだと納得するしかない。鬼村の筆には魂が宿る。彼女がそう言うのだから、宿ると言ったら宿るのだ。鬼村の言葉を凡人の常識という物差しで計ろうとすれば、馬鹿を見るのはこちらになる。
 鬼村はニヤリといやらしい笑みを浮かべて、筆を眼前に掲げて見せた。
「これね、毛、アタシの髪の毛なの」
 おお、更にとんでもないことを言い出す。しかし、それで合点がいった。墨を吸い続けただけでそこまで見事に真っ黒には染まらないだろうし、鬼村の毛で作られた筆なら魂の三つや四つ宿ってもおかしくはあるまい。
「二年くらい経つと、どいつもこいつも勝手に動きだしちゃってね。文字書けなくなっちゃうんだわ」
「そうなんですね」
「そうなんです」
 鬼村は一度寝室に下がり、細長い布を持って居間に戻ってきた。机にそれを置き丁寧に布をめくっていく。中には黒い棒が入っていた。
 ……否、違う。それは黒い棒などではなく、長い黒髪でギチギチに巻かれた一本の筆だった。
「よく見ろ!」突然鬼村が怒声を張り上げ、手に持った筆を髪に巻かれた筆にずいと近づけた。
「大人しく成仏しねえとテメエもこうなるぞ、分かったな!」ぐりぐりと筆と筆を押し付け、擦り合い、ひとしきり口汚く罵った後、やがて気が済んだのか髪に巻かれた筆をまた丁寧に布でくるんだ。
 彼女がそれを寝室に戻しに行く間、あまりの奇行ぶりに久しぶりに寒気がした私はその場から動けなかった。机の上に置かれた、これから供養される筆に憐憫さえ覚える始末だ。あの人、今、筆を恫喝したぞ。筆を。筆をだ。
 鬼村は戻ってくると庭に出て焚火を燃やし、筆を真っ二つに折ってから炎の中にくべた。先ほどの鬼の形相が嘘のようにすんと真顔をしている彼女を見ながら、私は恐る恐る尋ねてみる。
「さっきの、あの、髪の毛で巻かれた筆は……」
「あれは初代。供養しようとしたのに暴れたから、ああやって他の筆の見せしめにするために保管してるの」
 ……まだ追及したいことは色々あったが、自分の一部で出来たものを更に自分の一部で封印し、解放する事もなく暗闇の中にしまい込んで終わりの見えない苦しみを与え続けると言う異様さが恐ろしくて、それ以上何も言えなかった。髪はその人の分身とも言える存在だ。それを、よくもそこまで。
 背筋を這う密やかな寒気を払拭するように、私は炎の中で黒ずんでいく筆を見つめながら問うた。
「筆が勝手に動くようになるって、本当に動くんですか?」
「うん。勝手に文字を書くんだ」
「え、なんて?」
 ビー玉のような鬼村の目玉の中で、真っ赤な火がちらちらと踊っている。
「”出して”」
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