【完結】アラマーのざまぁ

ジュレヌク

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第一話我らには、アラマーがいる

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♪~♫~♪~♫~


名前を聞けば知らないものがいないバイオリンの名器が主旋律を奏で、


♪~♫~♪~♫~


それをフルートやクラリネット等の楽器が、確かな技術力で支える。

それを聞いた耳の肥えた人々が、口々に感嘆の声を上げた。


「ここで聞けるなんて、本当に、運が良かったですわ」

「あぁ、今年は、もう無理かと思っていたよ」


音楽を嗜む者なら、その素晴らしさは、筆舌に尽くしがたいものだろう。

最もチケットが取れないと言われている『国立歌劇場管弦楽団』の一糸乱れぬ演奏が、今、参加者の耳を楽しませている。

それは、卒業式後の式典で演奏されるバックミュージックにしては、あまりにも過剰な豪華さだった。

しかし、これが、王宮内で行われる行事といわれれば、納得いくかもしれない。

しかも、今年は、第二王子の卒業も重なっている。

参加者を見下ろすような位置に設けられているのは、玉座。

息子の晴れ姿を前に、並んで座る王と王妃は、静かな、慈悲深い微笑みを浮かべていた。

それが、表向きの作り笑顔なのか、本心からの笑顔なのか?

遠目でみる人々には分からない。

ただ、二人の顔色は、心なしか悪かった。


『目が笑っていない』

『口元が引きつっている』

『忙しなく、手を握ったり開いたりを繰り返している』


近くに寄れば、その異変に気づく者もいただろう。

それが分かっているからこそ、護衛以外の者を遠ざけ、彼らは、この祝宴が無事に終わることだけを願っているのだ。






今日の午後、この国における学問の最高峰『王立ビーコン学院』の卒業式が行われた。

歴代の王族も通った名門校だけに、例年、『卒業を祝う会』を国主催で盛大に行う。

王宮内で最も大きな『珠玉の間』には、卒業生と、その親族が揃っていた。

建前は、無礼講。

立食形式の夜会だが、参加者達の立ち居振る舞いは、洗練されていた。

既に、進路の決まっている生徒がほとんどで、来賓として参加している未来の上司に挨拶をする者も少なくない。


「君の今後の活躍に期待しているよ」

「学院の名前に恥じぬよう、精進いたします。今後とも、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


この国の中枢は、『王立ビーコン学院』が牛耳っていると言っても過言ではない。

上司も同じ学院卒であり、それ以外の学校からは、就職は不可能だと言われている。

それほど、この学院を卒業することは、誉れであり、己の自尊心を満足させるものであった。

また、今回の祝宴で給仕を受け持つのは、王宮で働くメイドや使用人の中でも、特に容姿と知性に優れたものばかりだ。

特筆されるべきは、その足さばきだろう。

飲み物を銀製のトレーに載せて運ぶ姿は、床を滑っているように見える。

磨き上げられたグラスに注がれた液体の水面は、波打つことすらない。

ここに集う者は、たとえ使用人であったとしても、特別な存在でなくてはならなかった。

今日、振る舞われるお酒もしかり。

その全ては、金に糸目をつけず、国内外から集められた一級品ばかりだ。

ダッサイ

マッカラン

ブッカーズ

他にも、貴腐ワインから、樽醸造のウイスキーまで。

今日を境に大人と認められた卒業生達は、初めてお酒を飲む日にもなる。

成人を祝う為とはいえ、若者には、あまりにも分不相応な品揃えだ。

しかし、これには、理由がある。

一生お目にかかれない珍しい酒を前に、舞い上がったり、羽目を外してしまう卒業生もいるだろう。

そこを理性で抑え、この日の為に用意した特注品の衣装を身にまとい、社会人として正しい振る舞いを最後まで貫き通すことが出来るのか?

いわば、これは、大人への階段を登る最終試験とも言える。

故に、大人達は、彼らの一挙手一投足を厳しい目で見定めているのだ。

卒業を迎えた生徒達も、それを十分理解している。

ピンと背筋を伸ばし、酒は唇を湿らせるくらいに留め、仲間と談笑しながら、周りにも目配りを欠かさない。

己の振る舞いが、正しいのか?

他者よりも、優れているのか?

目を引く大人とは、どのような振る舞いをしているのか?

自問自答しながら、常に己を高めようと省みる。

ただ、そんな厳正な試験会場とも言うべき場所に、突然、雑音とも言える声が響いた。



「お前の顔など見たくない。二度と私の前に現れるな!」




その怒声に、すべての視線が一点に集中し、音楽は、ピタリと鳴り止んだ。

声の主は、出来が悪いと評判の第二王子ハコイーリ・セッケンシラズ。

その腕には、胸の谷間が不必要に見える品のないドレスを纏った女がしなだれかかっている。

玉座の王と王妃の微笑みが凍った。

彼の素行の悪さは、有名な話である。

今更騒いだとして、卒業生達は、誰も驚かない。

しかし、それは、学園内だけの話。

ここには、多くの父兄が集まっている。

皆、其々に地位や権力、財力を持ち、王ですら抑えきれない発言力を持つ誇り高き人々。

そんな彼らの侮蔑の視線が、ハコイーリに注がれていた。

優秀過ぎた兄に抱いた劣等感から、歪んでしまった弟。

そんな彼を、導ききれなかった親。

王族ではない、ただの人として、一番知られたくない事実が、今、目の前でつまびらかになろうとしている。


「やめっ……」


『止めて!』


と叫びそうになる言葉を、王妃は、飲み込んだ。 

隣に座る王が、彼女の手を掴んだからだ。

ハコイーリが怒鳴りつけているのは、彼の婚約者である、アラマー・ビックリン。

才女と名高い彼女なら、この修羅場を収めてくれるはず。

今までだって、どんなに罵倒されようが、アラマーは、こうした事態を丸く収めてくれたのだから。

しかし、アラマーからすれば、それは、全くもって勝手な言い分だった。

彼女とて、まだ、10代の少女だ。

心は、ズタボロにされ、時には、物が飛んでくることもあった。

一度、投げたグラスが危うく顔に当たりそうなこともあった。

それでも、王家は、彼女を守ってくれることはなかった。

常に矢面に立たせ、ハコイーリの癇癪を、アラマーに丸投げすることに、彼らは慣れ過ぎていた。

そして今日も、王家は、彼女を酷使し続ける。


「大丈夫……我らには、アラマーがいる……」


王が、自分に言い聞かせるように呟き、その横で、王妃は、唇を噛み、小さく頷いた。

今、この瞬間飛び出していき、親として頭を下げ、ハコイーリをアラマーから引き離していれば……。

そんな後悔をするのは、この後、すぐのことだった。
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