王女と騎士の殉愛

黒猫子猫

文字の大きさ
5 / 9

国に殉じる

しおりを挟む
 イザベルの従者や侍女たちは、エルネスト王から『陣中見舞いに行かせる』と聞かされていた。しかし、王都を発ってすぐにイザベルが急に体調を崩し始め、あっという間に目を覚まさなくなった。

 日に日に衰弱していく彼女に人々は慌てふためき、王都に戻るべきだと、警護についていたエルネスト王の部下達に訴えた。だが、距離がある事を理由に一蹴されてしまった。

 ならばと、医師を探そうとしても『妙な輩を妃殿下に近づけられない』と拒絶され、そうしている間にもイザベルの呼吸は弱くなり――国境を前にして、息絶えた。

 冷たくなったイザベルを見て、警備兵たちは『陛下にお知らせする』とだけ告げると、まるで見捨てるかのように全員が引き返してしまったのだ。
 残された人々は僅かなもので、もはや急いで祖国に戻るしかない。騎士の一人が先駆けて、城に知らせに向かった。


 涙ながらに告げられた事実を、リュシアンはすぐに飲み込めずにいた。

 ――嘘だろう⋯⋯?

 イザベルは幼少の頃から、健康な少女だった。むしろリュシアンの方が風邪をひいて寝込んでしまいやすく、何度も見舞いにきてくれたものだ。うつしてしまうと危惧した自分に、『いいわ。そうしたら大嫌いな授業をお休みできるもの!』と笑っていた。

 そんな彼女が、突然死ぬはずがない。

 何かの間違いだろうと、リュシアンは彼女の身体が城に運び込まれるまで、ずっとそう思っていた。


 
 その日の夜、城の最上階の一室に、イザベルは運び込まれた。
 大きな寝台の上に横たえられたイザベルは、使者から伝え聞いていた通り、すでに息を止めていた。彼女に付き従っていた者たちや城の者は悲嘆に暮れ、先日まで戦勝に湧いていた城から泣き声が止むことはない。

 急死を怪しむ者も多く、血気盛んなマルセルなどは『殺されたに違いない』と憤りを露わにしていた。

 リュシアンだけは、一人静かだった。全ての感情を削ぎ落したかのように表情はぴくりとも変わらず、ただ黙ってイザベルを見つめるだけだった。

 深夜になって、人々は自室へと引き上げたが、リュシアンは一人とどまった。イザベルに付き添おうとしていた侍女に声をかけて、二人きりにしてもらいたいと頼み、扉を閉じた。

 薄暗い室内を横断し、リュシアンはイザベルの側に立つと、冷ややかに見下ろした。
 誰もが王女の死に涙を流し、悼んでいたが、彼だけはやはり違った。

「⋯⋯国を愛し、国に殉じること。それが貴女の生き方か。なんとも崇高な事ですね」

 白く滑らかだった肌は青く、唇は変色している。かつて、その身をくまなく愛撫したが、変わり果てた姿になったイザベルに、リュシアンは触れようとはしなかった。

「だが⋯⋯私は違う。貴女の弟を最期まで護ってやると思っていたのなら、貴女は甘い」

 そう告げるとリュシアンはイザベルに背を向けて、振り返ることなくその場を立ち去った。

 彼は部屋の外で控えていた侍女達に礼を言い、そのまま足早に立ち去ろうとした。侍女たちが一様に怯えた顔になったのは、彼から凄まじい殺気を感じたからだ。それでも、その中の一人が意を決して、彼に声をかけ、手にしていた物を差し出した。

「これを⋯⋯イザベル様が、リュシアン様に渡してほしいと」
「私に?」

「自分に何かあった時に、と前々から言われておりました」
「⋯⋯⋯⋯」

 侍女から受け取ったのは長剣だった。戦場を渡り歩くことが多い騎士への、最大の配慮だろう。だが、今のリュシアンにとっては何とも皮肉なもののように思えた。

 ――――この刃で、私が誰を殺すと思う⋯⋯?

 狂気さえも感じさせる目で剣を見つめ、リュシアンは強く握りしめると、黙って立ち去って行った。



 半月後。王宮の大広間で、少年王の声が響き渡った。

「リュシアン、お前に将軍位を授ける」

 王の手から外套を受け取ったリュシアンは、深く首を垂れた後、その身に纏った。今や、彼は救国の英雄である。イザベルの死の衝撃もさめやらぬ中、戦功を上げた騎士達に恩賞を与える機会が設けられた。

 第一功を上げたリュシアンは、史上最年少で将軍の地位を手に入れた。

 式典が終わり人々が解散していく中、廊下に出たリュシアンに、マルセルが声をかけた。
「おめでとう⋯⋯って気分でもない⋯⋯よな」
 気まずげな同僚に、リュシアンはふっと笑みを零した。

「いや。今日は素直に嬉しい」
「そ、そうか⋯⋯?」

「あぁ、私はこの日を待っていた」
「⋯⋯?」

 首を傾げる同僚を残し、新たに背負った外套をなびかせ、彼は歩き去っていった。困惑した顔でマルセルが経っていると、別の騎士団長が「どうした?」と声をかけてきた。

「いや⋯⋯リュシアンがあんなに嬉しそうに笑うなんて⋯⋯不気味だ」
「⋯⋯イザベル様が亡くなられたというのに、あいつはずっと相変わらず冷静だったな。恋仲だったんじゃないかとお前は言っていたが、とんだ間違いだったのかもしれんぞ」

「⋯⋯⋯⋯。イザベル様の葬儀は明日だったな?」
「あぁ。しかし、不思議なものだな。亡くなられているというのに、身体が傷む様子がない。エルネスト王が何か怪しげな真似をしたとしか思えん」

「⋯⋯俺は毒を盛られたと考えている。向こうの国には、怪しげな秘薬があるそうだ」

 イザベルが変死したことで、騎士たちはエルネストに憎悪を募らせていた。だが、相手は大国の王である。大勢の護衛に守られている男に、刃を届かせることは到底難しいことだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

彼は政略結婚を受け入れた

黒猫子猫
恋愛
群島国家ザッフィーロは臣下の反逆により王を失い、建国以来の危機に陥った。そんな中、将軍ジャックスが逆臣を討ち、王都の奪還がなる。彼の傍にはアネットという少女がいた。孤立無援の彼らを救うべく、単身参戦したのだ。彼女は雑用を覚え、武器をとり、その身が傷つくのも厭わず、献身的に彼らを支えた。全てを見届けた彼女は、去る時がやってきたと覚悟した。救国の将となった彼には、生き残った王族との政略結婚の話が進められようとしていたからだ。 彼もまた結婚に前向きだった。邪魔だけはするまい。彼とは生きる世界が違うのだ。 そう思ったアネットは「私、故郷に帰るね!」と空元気で告げた。 よき戦友だと言ってくれた彼との関係が、大きく変わるとも知らずに。 ※関連作がありますが、これのみで読めます。 ※全13話です。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。

彼女は白を選ばない

黒猫子猫
恋愛
ヴェルークは、深い悲しみと苦しみの中で、運命の相手とも言える『番』ティナを見つけた。気高く美しかったティナを護り、熱烈に求愛したつもりだったが、彼女はどうにもよそよそしい。 プロポーズしようとすれば、『やめて』と嫌がる。彼女の両親を押し切ると、渋々ながら結婚を受け入れたはずだったが、花嫁衣装もなかなか決めようとしない。 そんなティナに、ヴェルークは苦笑するしかなかった。前世でも、彼女は自分との結婚を拒んでいたからだ。 ※短編『彼が愛した王女はもういない』の関連作となりますが、これのみでも読めます。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

処理中です...