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祈りの言葉
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王宮からリュシアンが姿を消したため、同僚や彼の部下達は彼方此方を探して歩いていた。そんな中、教会へ向かう彼を見たという者がいて、マルセルは納得した。
「全く、人騒がせな」
と、ぼやくマルセルに、王宮で彼と話しこんでいた騎士団長が苦笑する。
「見つかって良かったではないか。やはり本当はイザベル様をお慕い申し上げていたのだな」
「フン。あんまり冷静なものだから、俺はぶん殴ってやろうかと思ったほどだぞ」
「奴は大人しい方ではないだろう。士官学校にいる時など、何かよほど鬱憤がたまっていたらしくてな、訓練時に容赦なく相手を叩きのめしていたそうだ」
しみじみと言われたマルセルは思いっきり顔を顰めた。
「それは俺だ!」
「おや」
言い合う二人を先頭に、リュシアンの部下達が苦笑しながら後に続く。大聖堂の中を進んでいくと、イザベルの棺の前に座っているリュシアンの背中が見えた。騎士の誇りとも言うべき外套は外されて、床に落ちていた。
「あぁ、いたいた。何やってんだ、あいつは」
と、怪訝そうな同僚に、マルセルは首を傾げる。
「さあ⋯⋯? おい⋯⋯噓だろ!」
リュシアンが突然剣を抜いたのを見て、マルセルは息を呑む。
リュシアンの腕前であれば、死は一瞬だ。
イザベルに殉じ、命を絶とうというのか。
「やめろ、リュシアン!」
マルセルが怒号を上げ、騎士たちが血相を変えて駆ける。だが、彼はゆっくりと刃の方へと顔を向け、目を落とした。リュシアンは今にも泣きだしそうな顔をしていた。口元に僅かながらに穏やかな笑みを浮かべ――――。
剣を鞘に戻すと、立ち上がった。
そして勢い余って足元に転がったマルセルや、へなへなと座り込んだ騎士達を見て、怪訝そうな顔をした。
「何をしているんだ?」
「こっちの台詞だ! お前が自害するかと思って寿命が縮んだぞ、馬鹿め!」
「あぁ⋯⋯」
半泣きの部下達も見て、リュシアンは合点がいったらしい。ほろ苦い笑みを浮かべ、今一度剣を軽く引き抜いた。
「これは作り物だ。殺傷能力はない」
「な⋯⋯に?」
「イザベル様が亡くなる前に、私へ贈ってくださったものだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「戦いはもう嫌だとおっしゃったように思えた。誰にも死んでほしくないと、な」
再び剣を鞘に納めると、リュシアンはイザベルの側に跪いた。そう呟いて、リュシアンはイザベルに視線を向けた。その眼差しは途方もなく優しく、溢れる愛情を隠すことができずにいる。
棺にそっと手を置いて、しかし決して触れようとはしない。
愛おしい王女を、たとえ冷たくなった身であっても抱きしめたいと全身が物語っているにも関わらず、彼は必死で自制している。
そんな彼を見つめ、マルセルは胸を痛めた。
リュシアンはこうして、叶うことのない恋に身を焦がし続けてきたのだろう。
彼女が結婚することが公になった後、ただでさえ物静かな男は更に口数が減った。この男の剣の腕であれば、それこそ強引に王女を連れ去ってしまうことだってできたはずだ。だが、誰よりも国を想うイザベルの心を壊すと、堪えたに違いない。
警護の兵として、彼女に付き添う事も許されなかった。
自国は大事な将をみすみす差し出す訳にいかなかったし、エルネストも世話人や護衛は女ならば良いと同行を許可していたからだ。
イザベルが嫁いでから、リュシアンは激戦地へ向かう事を志願し、王都に帰ってこなかった。あまりに無謀な戦い方をする時もあった。
死にたいのかと仲間が諫めると、彼は暗い笑みを浮かべ、
『いいや。死んだら、もう会えなくなるだろう』
と答えたという。
誰にとは言わなかったが、誰もが察して口を噤んだ。
マルセルは、敵兵が信じている転生に、リュシアンが強烈な拒否感をもっている事を知っている。
恋しい王女が他の男に嫁ぎ、いっそ戦場で散ってしまいたいくらいの絶望を覚えながら、もしも死んだら、彼女に二度と会えないと考えると、生きなければと思ったに違いない。
だが、別れは唐突に訪れた。
この先、リュシアンに何を希望にして生きろと言えばいいのか。マルセルには分からない。この男の心を持っているのは、イザベルなのだ。
マルセルは棺の中の王女を見つめ、ぽつりと呟いた。
「⋯⋯俺は何も見ていない」
「ん⋯⋯?」
「何も見ていないからな!」
そう言って、くるりと背を向けた。後ろにいた同僚やリュシアンの部下達が困惑した顔をしていたので、マルセルは察しろとばかりに睨みつける。すると全員が頷いて、次々にマルセルに倣う。
騎士たちの背中を見つめたリュシアンは、ほろ苦い笑みを浮かべ、一言礼を言った。
その声にもマルセルは応えず、沈黙を守った。
転生が叶うなら、もしもイザベルが再び世に生を受けられたのなら、リュシアンと結ばれてほしいと、マルセルは思った。そして天井絵に描かれた、数多の神々を見上げる。
――――ここは教会だったな⋯⋯。
大切な旧友のために、彼は初めて神に祈った。
「全く、人騒がせな」
と、ぼやくマルセルに、王宮で彼と話しこんでいた騎士団長が苦笑する。
「見つかって良かったではないか。やはり本当はイザベル様をお慕い申し上げていたのだな」
「フン。あんまり冷静なものだから、俺はぶん殴ってやろうかと思ったほどだぞ」
「奴は大人しい方ではないだろう。士官学校にいる時など、何かよほど鬱憤がたまっていたらしくてな、訓練時に容赦なく相手を叩きのめしていたそうだ」
しみじみと言われたマルセルは思いっきり顔を顰めた。
「それは俺だ!」
「おや」
言い合う二人を先頭に、リュシアンの部下達が苦笑しながら後に続く。大聖堂の中を進んでいくと、イザベルの棺の前に座っているリュシアンの背中が見えた。騎士の誇りとも言うべき外套は外されて、床に落ちていた。
「あぁ、いたいた。何やってんだ、あいつは」
と、怪訝そうな同僚に、マルセルは首を傾げる。
「さあ⋯⋯? おい⋯⋯噓だろ!」
リュシアンが突然剣を抜いたのを見て、マルセルは息を呑む。
リュシアンの腕前であれば、死は一瞬だ。
イザベルに殉じ、命を絶とうというのか。
「やめろ、リュシアン!」
マルセルが怒号を上げ、騎士たちが血相を変えて駆ける。だが、彼はゆっくりと刃の方へと顔を向け、目を落とした。リュシアンは今にも泣きだしそうな顔をしていた。口元に僅かながらに穏やかな笑みを浮かべ――――。
剣を鞘に戻すと、立ち上がった。
そして勢い余って足元に転がったマルセルや、へなへなと座り込んだ騎士達を見て、怪訝そうな顔をした。
「何をしているんだ?」
「こっちの台詞だ! お前が自害するかと思って寿命が縮んだぞ、馬鹿め!」
「あぁ⋯⋯」
半泣きの部下達も見て、リュシアンは合点がいったらしい。ほろ苦い笑みを浮かべ、今一度剣を軽く引き抜いた。
「これは作り物だ。殺傷能力はない」
「な⋯⋯に?」
「イザベル様が亡くなる前に、私へ贈ってくださったものだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「戦いはもう嫌だとおっしゃったように思えた。誰にも死んでほしくないと、な」
再び剣を鞘に納めると、リュシアンはイザベルの側に跪いた。そう呟いて、リュシアンはイザベルに視線を向けた。その眼差しは途方もなく優しく、溢れる愛情を隠すことができずにいる。
棺にそっと手を置いて、しかし決して触れようとはしない。
愛おしい王女を、たとえ冷たくなった身であっても抱きしめたいと全身が物語っているにも関わらず、彼は必死で自制している。
そんな彼を見つめ、マルセルは胸を痛めた。
リュシアンはこうして、叶うことのない恋に身を焦がし続けてきたのだろう。
彼女が結婚することが公になった後、ただでさえ物静かな男は更に口数が減った。この男の剣の腕であれば、それこそ強引に王女を連れ去ってしまうことだってできたはずだ。だが、誰よりも国を想うイザベルの心を壊すと、堪えたに違いない。
警護の兵として、彼女に付き添う事も許されなかった。
自国は大事な将をみすみす差し出す訳にいかなかったし、エルネストも世話人や護衛は女ならば良いと同行を許可していたからだ。
イザベルが嫁いでから、リュシアンは激戦地へ向かう事を志願し、王都に帰ってこなかった。あまりに無謀な戦い方をする時もあった。
死にたいのかと仲間が諫めると、彼は暗い笑みを浮かべ、
『いいや。死んだら、もう会えなくなるだろう』
と答えたという。
誰にとは言わなかったが、誰もが察して口を噤んだ。
マルセルは、敵兵が信じている転生に、リュシアンが強烈な拒否感をもっている事を知っている。
恋しい王女が他の男に嫁ぎ、いっそ戦場で散ってしまいたいくらいの絶望を覚えながら、もしも死んだら、彼女に二度と会えないと考えると、生きなければと思ったに違いない。
だが、別れは唐突に訪れた。
この先、リュシアンに何を希望にして生きろと言えばいいのか。マルセルには分からない。この男の心を持っているのは、イザベルなのだ。
マルセルは棺の中の王女を見つめ、ぽつりと呟いた。
「⋯⋯俺は何も見ていない」
「ん⋯⋯?」
「何も見ていないからな!」
そう言って、くるりと背を向けた。後ろにいた同僚やリュシアンの部下達が困惑した顔をしていたので、マルセルは察しろとばかりに睨みつける。すると全員が頷いて、次々にマルセルに倣う。
騎士たちの背中を見つめたリュシアンは、ほろ苦い笑みを浮かべ、一言礼を言った。
その声にもマルセルは応えず、沈黙を守った。
転生が叶うなら、もしもイザベルが再び世に生を受けられたのなら、リュシアンと結ばれてほしいと、マルセルは思った。そして天井絵に描かれた、数多の神々を見上げる。
――――ここは教会だったな⋯⋯。
大切な旧友のために、彼は初めて神に祈った。
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