猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫

文字の大きさ
6 / 30

猫は可愛い

しおりを挟む
 喜ぶどころか怒りを露わにした猫に、ルベウスは首を傾げた。

「どうした。ほら、食べろ」

 そのまま逃げようとした猫の身体を掴み引き留めたが、軽く目を見張った。長毛種であるせいで外見からは分からなかったが、身体は驚く程細く、成人した猫にしては軽すぎた。

「こんなに痩せて……誰にも気にして貰えないのか?」

 眉を顰め、そして到底己がそんな事を言える立場では無かったことを思い出し、呻く。ずるずると座り込み、そっとディアナを地面に降ろすと、深いため息をついた。

 ディアナは怪訝そうにルベウスを見返してみれば、何故かいきなり落ちこみ始めた元・夫がいる。

 ――――何してるの。

「……可哀想な事をしたな」

 ――――だから、なにが?

 労るようにそっと伸ばしてきた手を、ディアナは思いっきり猫の手で叩き落としてやった。人間であった時、他者から触れられるのは苦手で、肌や髪に触れる侍女を限っていた。猫となって王都を歩いていたら、老若男女問わずやたらと触りたがってくるので、迷惑極まりなかった。

 そこで覚えたのが、必殺・猫パンチだ。

 何度か見た事があったが、練習で猫じゃらし相手にやってみたら、思った以上に素早く手が動いて、ちょっと楽しかった事もあって、めきめき上達した。

 こんなにも猫人生を謳歌しているというのに勝手に同情して、しかも感傷に浸らないでほしい。

 現実を見てほしい。貴方のすることはただ一つ。

 ――――私に美味しいミルクを持って来ることよ!

「……おい、容赦ないぞ」

 ――――するわけないでしょ。貴方は一人で立ち上がれる男だわ。

 冷めた目でみると、ルベウスはくすくすと笑って頷いた。

「分かった、別の品を考えよう」

 ルベウスはまた調理場に向かうと、しばらくして戻って来た。
 ディアナの前に置かれた器には、念願のミルクが入っていた。その隣に置いたのは、焼き魚の白身で、骨をとって解したものだ。

「牛の乳だ。身体に合わないかもしれないから、少しにしろ。魚は……焼いたものを貰ったがどうだ?」

 ディアナは目をまん丸にした。

 猫好きなのだろうが、それにしても優しい男だ。

 一介の野良猫の我が儘なのだから、捨て置いて去っていかれてもおかしくないというのに、すぐに柔軟に対応を変えたらしかった。

 鳴き声にしかならなかったが、一声お礼を告げて、口を付ける。久し振りに美味しい食事にありつけて、ディアナは幸せを噛み締める。

 ルベウスは夢中で食べる猫の傍に座り、黙って見つめていたが、やがてぽつりと漏らした。

「……可愛いな」

 その瞬間、猫の尻尾がぴんと伸びて、毛が爆発した上、驚愕の眼差しで見上げて来たので、彼はくすくすと笑った。

「お前の事だ。案外、素直じゃないか」

 ディアナはぶるりと身震いした。あまりに言い慣れていない事ばかり聞く所為で、耳がおかしくなってきそうだ。

 早く食べて、出て行こう。

 続くルベウスの甘い言葉に耳を閉ざし、ディアナが食事を続けていると、庭先に一人の若者が駆けてきた。褐色の長めの髪を後ろで縛り、整った顔立ちながらも、男にしては大きめの目をしているせいか、童顔だとよく言われていた。
 ただ、その丸眼鏡の下の黒の瞳はいつも油断なく周囲を見定めている事を、ディアナは知っている。

 見かけに反し、この男の思考は極めて冷徹であり、ルベウスの敵と見るや一切容赦がない。

 ルベウスの腹心であり、右腕とも言える存在――――ジェミナイは、早速主君の足元にいる小汚い黒猫に気付いた。

「なんです? その猫」

「王宮の庭に迷い込んでいたところを見つけたんだ、可愛いだろう」

 何故か自慢げに言う彼に、ディアナは呻いた。

 ――――嬉しくないわよ。……もう勘弁して。

 ジェミナイは、この微妙な空気を一蹴してくれるはずだと思いきや、彼は真面目腐って頷いた。

「はい。愛らしいですねえ」

 真顔で答えた側近に、ディアナはドン引きする。この男も猫派らしい。

 ――――猫って凄いわ……。

 わたしは、皆から怖いしか言われたことが無い。別にそれは良いのだけれど。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚したが、これは金が欲しいソフィアの父の思惑と高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない そもそもヴィンセントには美しい恋人がいる 美男美女と名高いヴィンセントとその恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ その事をソフィアも耳にしており、この結婚が形ばかりのものであることを知っていた 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら家に住むように言われて… 表紙はかなさんです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

令嬢から成り下がったメイドの分際で、侯爵様と目が合ってしまって

あおとあい
恋愛
彼はメイドの私に手を差し出した。「私と、踊っていただけませんか?」 かつては伯爵令嬢として、誰もが羨む生活を送っていたエルナ。 しかし、いわれなき罪で家は没落し、今は嫌な貴族の下で働く「身分落ち」のメイド。 二度と表舞台に立つことなどないはずだった。 あの日の豪華絢爛な舞踏会で、彼と目が合うまでは。 アルフォンス・ベルンハルト侯爵。 冷徹な「戦場の英雄」として国中の注目を集める、今もっともホットで、もっとも手が届かない男。 退屈そうに会場を見渡していた彼の視線が、影に徹していた私を捉えて。 彼は真っ直ぐに歩み寄り、埃まみれの私に手を差し出した。 「私と、踊っていただけませんか?」 メイドの分際で、英雄のパートナー!? 前代未聞のスキャンダルから始まる逆転劇。 ※毎日17時更新

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

いい加減こっち見ろよ!〜見た目だけだとフラれ続ける私は、どうやら幼馴染の執着愛に気づいていなかったようです。〜

こころ ゆい
恋愛
保育士の八重と外科医の一生は、小学生の頃からの幼馴染。 傍から見れば、儚く清楚に見えるらしい八重は、実は外見にそぐわぬ性格をしていた。 そのせいで、見た目につられて告白してくる男性たちは、ことごとく彼女の中身を知って離れていく。 フラれる度に、やけ食いややけ酒に付き合ってもらっている一生は優しいが、懲りずに同じような恋愛を繰り返す八重に呆れている....と思っていたら? 「....八重の可愛さは、そんなもんじゃないんです。....誰も気付かなくていい。俺だけが知ってればいい」 ーーどうやら、かなり愛されていたようです? ※じれじれ・執着・溺愛 ラブストーリー。🌱 ※この物語は、全て作者の想像で描かれたフィクションです。実際の場所・建物・人物とは関係ありません。🌱

処理中です...