彼女は白を選ばない

黒猫子猫

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堕ちる

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 ヴェルークは人の姿で王都に入り、真っすぐに王宮へ向かった。警護の兵の制止など無駄だ。片腕一つで次々に地に沈めていくヴェルークに、兵達は怯え、やがて彼の顔を見知っていた者が、兵達を宥めた。

 ヴェルークは王宮の奥深くへと難なく進み、周囲の者に王の所在を吐かせると、大広間へとたどり着いた。忌々しいことに、若かりし頃の戦友そっくりの壮年の男が、玉座に座ってヴェルークを待っていた。国王は兵達と異なり、ヴェルークを見ても顔色一つ変えず、控えていた臣下達に部屋を出るように命じる。

 二人きりになると、国王は冷笑した。

「久しぶりだな、ヴェルーク。ようやく私を殺しにきたか?」
「⋯⋯いや。お前の父親を埋葬したことを伝えに来た」

「困るな。あの男の亡骸をどこに運んで行ったか教えてくれないか。野晒しにするつもりでいたんだ。勝手な真似をするもんじゃないぞ」
「⋯⋯⋯⋯。それでも親子か?」

 亡骸が王都に運ばれれば、戦友がどう扱われるか、ヴェルークは察していた。人間はもっと情に厚い生き物だと思っていたが――なんとも残酷だ。
 こみ上げる吐き気と怒りを必死で堪えていると、国王は嘲笑った。

「お前こそ、竜族や家族を裏切っただろう。われわれ人間に味方して、父や母と戦っただろう」
「⋯⋯⋯⋯」

「高潔な飛竜が、人間のような世迷言を吐く。堕ちたものだな」

 ヴェルークは言い返せなかった。痛い所を突く男だ。それでも表情を変えず、踵を返して立ち去ろうとしたが、国王は更に告げた。

「戻ってきたのなら、ちょうどいい。王都に残していったお前の飛竜たちの指揮をしてもらおうか。ロイが首を長くして、お前を待っているぞ」

 戦友と共に王都を離れる際、ヴェルークは腹心のロイという飛竜に後事を託していた。

「俺がそれを受けるとでも?」
「もちろんだ。昨今、他国からの侵攻が増えていてな。ロイではやはり力不足だ。飛竜がうまくまとまらん。大切なお前の戦友が興した国と、お前に呼応してついてきてくれた竜達を護るために、ぜひ力を貸してくれ」

「⋯⋯くそったれが」
「褒め言葉として受け取っておく」

 国王は笑みを浮かべる。ヴェルークは小さくため息を吐き、「分かった」とだけ、短く答えると、王に背を向けて扉へと向かった。
 王の楽し気な笑い声が癇に障ったが、言い残したことが一つあった事を思い出し、扉の前で足を止めた。

「あいつは、自分が死んだら亡骸はお前の好きにしていいと言っていた。俺が許せなかっただけだ」
「⋯⋯⋯⋯」

「お前の言う通りだ。俺はもっと、堕ちるだろうよ」

 ぽつりと呟いたヴェルークは振り返ることなく、部屋を後にした。


 飛竜たちと合流したヴェルークは、それから戦に明け暮れた。人間相手であれば比類なき強さを誇る竜といえど、相手が地上で圧倒的な力を振るう地竜有するルーフス王国となれば、そうはいかない。
 一進一退の攻防を繰り返し、常に先陣を切ったヴェルークの体も悲鳴を上げ、ようやく戦が終わった時には、まともに動けなくなるほどの深手を負っていた。

 そんなヴェルークの弱体化を、国王は見抜いていたようだった。

 敵国ルーフスが地竜を我が物顔で扱う姿に看過されたのか、ヴェルーク達が王都に戻るやいなや、飛竜にも従属を強いてきたのだ。

 ヴェルークの胸に、更に絶望が広がった。

 ――お前も父親と同じか。

 当然ながら、この裏切りに飛竜たちは怒り狂い、余力があるものは鎖で繋ぎ捕らえようとしてきた人間達を薙ぎ払って空へと逃げた。
 しかし、最弱の竜たちはそうはいかない。特に身体の小さなものから狙われ、なすすべなく捕らえられていった。
 飛竜は弱者を見捨てるきらいがある。自分の身に危険が迫った時などなおさらだ。本来の種の本能が勝り、逃げられたものたちが次々と姿を消す中、ヴェルークや複数の最上位の竜――人に化す力を持つものたちだけが残った。

 人に姿を変えられる分、関りが深くなればなるほど、心も人に近い感情が生まれてしまうのだろう。

 ヴェルークらは最弱の竜たちを庇い立ち、できるかぎり仲間を逃がした。やがて満身創痍の身になって、空へ去るしかなくなり、全員が散り散りになった。

 部下のロイ達に守られて戦場を脱出したヴェルークは、休眠を余儀なくされた。人の立ち入ることのない深い森の洞窟に身を隠した。万が一誰かが立ち入って来た場合を考えて、人の姿を取った。

「目が覚めたら、戻ってきてください。それまで、私が皆を探し出して護ります」

 薄れゆく意識の中で、ロイの力強い言葉が耳に届いた。頼む、と答えたつもりだったが、目の前が真っ暗になって、返事は聞こえなかった。

 深い眠りに落ちて行く中で、ヴェルークの心も沈んでいく。


 やはり人間は、嫌いだ。
 もう二度と手を貸したりなどしない。


 そう思ったのに――。
 永い眠りの末に、ヴェルークは半ば強制的に起こされた。
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