彼女は白を選ばない

黒猫子猫

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白は嫌い

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 ティナの養父母が結婚を認めたことで、話はとんとん拍子に進んだ。結婚前ではあるが同棲も認められ、ヴェルークは村はずれの家で彼女と共に暮らし始めた。

 ヴェルークの甘言に惑わされている間に話があっという間に進められたこともあってか、ティナは時々、結婚を躊躇するようなそぶりを見せるようになった。

 相変らず、ヴェルークが改めて求婚の言葉を告げようとするのを強く拒んだ。
 特に頑なになったのは、花嫁衣装を選ぶ時だ。

 隣町の貸衣装屋に二人で足を運んだが、店員がどんなウエディングドレスを出して見せてくれても、彼女の表情はずっと浮かない。

 なかなか決まらない彼女に店員が業を煮やしているのに気づいたヴェルークは、昼食の時間にも差し掛かっていたので、二人で相談してからくると告げ、一先ず店を出た。

「別の店を探すか?」
 と、ヴェルークが尋ねると、ティナはため息とともに横に振った。

「⋯⋯どこに行っても同じよ」

 憂いを帯びた目だった。

 ――そういえば、お前は前にも、俺との結婚を拒んでいたな。

 敵兵に花嫁衣装を着てヴェルークと教会に行けと言われた時、彼女は毅然とした態度で『お断りするわ』と言い切った。身許も分からない男との結婚など、冗談ではないと思ったのだろう。
 ティナに当時の記憶はなかったが、おぼろげながらも拒絶したことが胸の奥にでも留まっているのだろうか。

 だが、今回は受け入れるわけにはいかないと、ヴェルークが理由を尋ねると、ティナは重い口を開いた。

「白は嫌いなの」

 そんなものか、とヴェルークは思った。竜族である彼にしてみると、特に意固地になるような事でもない。

「だったら、お前が好きな色にすればいい。花嫁衣装が白でなくてはいけない決まりはないだろう」
「それはそうだけど⋯⋯貴方はいいの?」

「俺は別に何でも気にしない」

 ヴェルークの言葉が本気だと理解したらしきティナは、彼を見返して少し考えた後、ぽつりと呟いた。

「青にするわ」

 ティナはようやく笑顔を見せ、その後、花嫁衣装はすぐに決まったが、彼女が袖を通すことはなかった。
 共に暮らし、身体を重ねる中で、ヴェルークの《番》の証である竜紋が再びティナの手の甲に色濃く現れるようになり、やがて王女の記憶を取り戻したからだ。

 祖国は滅び、身を挺して守った騎士達も全滅したという無慈悲な現実がある。
 竜の番であったために自分だけが百年後、蘇ってしまったことへの自責の念に苛まれ、
『もう誰も巻き添えにしたくないわ』
 と呟いて、ヴェルークのみならず生きることさえ拒もうとした。

 そんな時、一頭の地竜が村を襲ったことは、ヴェルークにはある意味、好都合でもあった。地竜は飛竜以上に人の所有化が進んでいる。地竜が現われれば、その後に続くのは、確実に敵国ルーフスの軍隊だ。
 ルーフス軍に占領されれば、村人たちは隷属を強いられる。気高い王女だったティナが、看過できるはずもない。

 ティナは、ヴェルークを受け入れた。自分の伴侶に足る男だと認め、助力を願ったのだ。


 彼女に求められたヴェルークの心はようやく満ち足りた、はずだった。
 飛竜と化して久しぶりに空を舞い、村を蹂躙しようとしていた地竜の元へと飛んで行くと、急降下して、頭を脚で押さえつけて倒し、首に喰らいついて一瞬で屠った。

 人間では束になっても叶わない地竜といえど、一頭程度であれば、かつて飛竜を率いていた長である彼にとって敵ではない。地竜に先陣を切らせ、ゆっくりと侵略しようとやって来たルーフス軍は、竜化したヴェルークを見ただけで慌てて逃げて行った。

 ヴェルークは黙って見逃した。

 小隊程度であったし、探し求めていたはずの飛竜を見ただけで逃げる始末である。全滅させたところで、ルーフス軍には痛手にならないと見抜いたからだ。それに、自分の姿を村人の多くが見ていることだから、彼らの口から知れる話だ。

 ヴェルークは地竜の亡骸に見向きもせずに飛び去り、近くの川で水浴びして血を洗い落とすと、ティナの元へ帰った。二人で暮らした家から、ティナは彼の服を持ち出して、一人待っていた。再び人化したヴェルークに服を手渡し、着替え終わったヴェルークから仔細を聞くと静かに言った。

「村を出ましょう。できるだけ、目立つようにしながら」
「ルーフス軍を引っ張っていく気か?」

 ティナの祖国を滅ぼしたルーフスは、生き残った飛竜を自国の戦力に加えようと、今なお探し回っている。逃げ帰った兵達の話から、ヴェルークの事がすぐに知られるだろう。今度は比べ物にならないほどの数の兵や地竜が押し寄せて、捕らえようとするに違いなかった。

 村を護るためには、出て行くしかない。

「えぇ。なんならルーフス軍の陣営の真上を通ってもいいわ」
 きっぱりと言ったティナに、ヴェルークは苦笑した。

「そこまですれば、村の奴らは感謝すると思うか?」
「面倒事に巻き込まれたと、恨む人の方が多いんじゃないかしら。私の両親は、捨て子を拾っただけだと一生懸命訴えると思うわ」

「だろうな」
「それでいいのよ。後で問い質された時に私たちを庇いだてしたら、何をされるか分からないもの。厄介者と思っていてくれた方がいいわ」

「⋯⋯⋯⋯」

 ヴェルークはため息がでた。

 ティナは百年前も、今も、ありとあらゆる人間の感情を見てきたに違いなかった。身を挺して守った騎士もいれば、裏切った者もいただろう。それでも、今も昔も、彼女は優しくて気高い。

「お前は生まれ変わっても王女だな」
「国はもう滅びているのよ」

「俺がお前のために、一国作ってやる。お前の名前を国名にすればいい」

 ティナは目を丸くして、苦笑するに止めていた。しかし、ヴェルークにしてみると、けして軽口ではなかった。飛竜の長として、屈強な竜達を率いて戦ってきた猛者である。力づくであれば、一概に不可能とも言えないからだ。
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