彼女は白を選ばない

黒猫子猫

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誰も白を選ばない

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 再び歩き出した二人だったが、ヴェルークが唐突に足を止めて、麓の方へ視線を向けた。ティナも周囲を見回してみるが、とりとめて異変は感じない。

「どうしたの?」
「弱い奴がくるぞ。敵意はなさそうだ」

「え?」

 戸惑いながらも、ティナはヴェルークと共にその場に留まり、しばらく待っていると、凄まじい速度で駆け上がって来た娘がいた。
 ティナの姿を見るなり、いっそう目を輝かせて、喜びを全身で表しながら絶叫する。

「ティナ様ぁああ!」

 山に響き渡りそうな勢いである。当然、ヴェルークは舌打ちしたし、ティナが見知らぬ少女に目を白黒させるなか、彼女は二人の前に立つと、嬉々として跳ねた。

「やっぱりティナ様だわ! 相変らずお綺麗だわ! 美しいわ!」

 覚えのある台詞と、彼女の独特の気配に、ティナは息を呑む。

 ティナは昔から竜の言葉を理解できた。軍属の飛竜達は人を敬遠気味であったが、それでも交流を持ちたくて、よく竜舎に足を運んでいたものである。特に気にかけていたのは、一番小さな雌竜だった。飛竜の中でも恐らく最弱に位置する方らしく、他の竜達からよく虐められたり、仲間外れにされて泣いていたりしたこともあった。

 それでも雌竜は軍にとどまって、最後まで一緒に戦ってくれた。

「貴女⋯⋯シュリね?」
「えぇ! 姫様に可愛がっていただいた、小さな竜ですわ!」

「驚いたわ。人化できるようになったのね」
「頑張りましたわ!」

 興奮気味に語るシュリを、ティナは我慢できずに抱きしめた。

「⋯⋯よく生きていてくれたわね」
「はい!」

 シュリも涙声になったが、抱きしめあう二人を見て、訳が分からないのはヴェルークである。軽く眉を潜めつつも、ティナが嬉しそうなので黙認していたが、黙ってもいられなくなったのは、別の気配を感じたからだ。

「おい、もう一人来るぞ。こっちは人間だ」
「え⋯⋯?」

 ティナは驚いてシュリから手を離し、ヴェルークが指さした彼女が来た方向へ目を向けると、息せき切って登って来たのは、旅姿の若い男である。

「シュリ! 俺を置いて、いきなり駆け上がっていくんじゃねえ!」
「カイゼル、ここよ! 早く! 飛んで!」

「無茶言うな⋯⋯っ!」

 ぴょんぴょんと跳ねて、手を振る彼女に、男は苦い顏だ。

 ティナは絶句である。記憶違いでなければ、カイゼルは百年前、飛竜だったシュリをいつも気にかけ、溺愛していた自国の騎士だった。だが、彼がいた部隊は全滅したという知らせも受けていたからだ。
 だが、カイゼルの手の甲に竜紋があるのが見えて、ティナはすぐに状況を理解する。自分と同じように、彼はシュリの番だったのだろう。だから、彼女に魂が護られて、再び転生を果たしたのだ。

 泣き出したくなるのを堪え、ティナは傍らにいるヴェルークに、まずは味方だという事を簡単に説明した。両者から敵意が一切ないことをヴェルークは察していたし、ティナの様子から威嚇する必要もないと判断して、少し力を抜いたのだが。

 やって来た二人は、ずいぶんと騒がしい。

「ほら! ティナ様が生きていらしたわ。私の直感は正しかったわ!」
「確かに。良かったとは思うが、一緒に危機感も持て」
「え?」

 カイゼルはティナの姿を見て一瞬顔を綻ばせたが、すぐに警戒心を露わにした。騎士の本能として、彼女の傍らにいるヴェルークがただ者ではないと、敏感に察知したのだ。

 ヴェルークは、初めこの若者に感心していた。気配を消し、人間らしく振舞っている自分を警戒するのは、なかなかの洞察力だとも思ったからだ。竜の方が同族の気配に聡いはずだというのに、シュリはティナに夢中でまるで気づいていない。

 カイゼルに促され、シュリはヴェルークを見返して、凍りつき、悲鳴を上げた。

「きゃあっ⁉」
「うるさいぞ」

 ヴェルークに悪気はない。いつ敵が迫るか分からないなか、騒ぐなと言いたかっただけだ。しかし、一度意識してしまえばカイゼル以上に、ヴェルークの異様なまでの強者の気配に、小さな弱い竜であるシュリは完全に怯えて、涙目になった。

 それは、確実に彼女を溺愛するカイゼルの怒りを買った。

 ヴェルークは急にカイゼルの敵意を向けてきたことに、軽く眉を潜める。
 ――なんだ、このガキ。

 自分達の相性はよくなさそうだと、二人の男は同時に思ったものである。

 ただ、カイゼルも、まずは再会を果たしたティナを優先した。

「他の者はどこに?」
「いないわ⋯⋯貴方たちだけよ」

「では、俺たちが最初に貴女に仕える栄誉を頂けるというわけですね」
 穏やかに微笑むカイゼルに続き、シュリも目を輝かせ、
「私、頑張りますね!」
 と言った。

 聞けば、二人は近隣の町で暮らしていたが、夜中にどこからともなく飛竜の群れが、ティナの噂をしながら飛び去って行くのを、シュリが目撃したのだという。ティナが飛竜の番となって護られ、蘇ったのではないかと思い、町を出て行方を探しにきたのだ。

 無論、自分達の祖国が滅びていることも、カイゼルたちは承知していた。それでも、ティナを変わらず主君と定め、探しに来てくれたのだ。

 ティナは泣きたくなりそうになったが、懸命に堪え、ヴェルークを見返した。

「⋯⋯聞いた? 他にも飛竜が⋯⋯生き残っている者達が近くにいるみたいだわ」
「呼んでみるか?」

「えぇ、お願い」
「ルーフスの連中にも見つかるかもな」

「逃げ続ける王に、誰が付いてきてくれるの?」
「確かに」

 ヴェルークは地を蹴って、木の上に飛び乗り、服を脱ぎ捨てて放ると、飛竜へと姿を変えた。

 日が登り、真っ青な空に目を細め、あらん限りの力を振り絞って吼えた。

 怯えたように森から一斉に鳥が羽ばたき、獣たちが逃げ散る音が響き渡るなか、遥か遠くの方からは、地竜が鳴き騒ぐ声がする。

 しかし、ヴェルークの目は、別の方角から飛んでくる竜の群れに向いていた。先頭を飛ぶ竜に、ヴェルークは見覚えがあった。

 ――⋯⋯ロイ⋯⋯。

 かつて部下達を託した腹心だった。後に続くのは彼よりも一回りも二回りも小さな竜達だ。自分の休眠後、新たに生まれたものだろう。ロイは約束通り、仲間を護ってくれたのだ。
 
 ティナは青空の下、雄々しい姿で飛ぶヴェルークを見つめ、微笑んだ。

「さぁ⋯⋯私たちの旅を始めましょう」


 後に、彼女の名を由来とする飛竜の国《アルティナ》が興った。初代の王となったティナは生涯、国と伴侶を愛し、飛竜たちに再び生きる場を与えた名君として知られることになる。
 
 そして、アルティナの王族は、結婚式で真っ青な空のような『蒼』を身に着けた。
 死に装束は血のように赤い『紅』の衣をまとった。
 気高く情熱的な国家の象徴の色に身を包み、人生の節目を迎えた。

 誰も、白を選ばなかった。

【了】
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ココナツ信玄
ネタバレ含む
2025.03.14 黒猫子猫

感想ありがとうございます。
国がすでに滅びているところから始まりますので、シリアスなシリーズとなっています。その中でも、ヒロインが懸命に前を向こうとしている姿を描きたくて、書き始めました。
ヒーローや最後の二人は、彼女の希望になったかと思います。
お読みくださり、ありがとうございました。

解除

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