殿下、今日こそ帰ります!

黒猫子猫

文字の大きさ
5 / 35

第5羽・令嬢はヤケクソです

しおりを挟む
 一緒に来ないと王宮中の人間を倒す、という脅迫まがいのお誘いに、エミリアは応じざるを得なかった。王宮の廊下を戻り、大広間の前を通過する。右側の廊下は王宮内部へと向かう方角らしく、警護の兵士たちが大勢いたが、ランスの姿を見てすぐに道を開けた。

 途中で侍従が彼の元にやってきて茶会はどうするのかと尋ねたが、「適当な所で散会させろ」と短く告げて、引き下がらせた。誰も彼もエミリアに気付いているはずなのに、何も言わない。

 視線を向ける事さえされなかったので、エミリアに逃れる間などない。

 そのまま王宮の奥へと進み、ランスは装飾の凝った扉を開けて、彼女を中へと招き入れた。自分のアパートの部屋三つ分はあろうかと思うほど広い室内には、絢爛豪華な調度品が並ぶ。床に敷かれた絨毯は厚く、部屋の中央に置かれたソファーとローテーブルまでも豪奢だ。

「俺の私室だ。好きに過ごしてくれて構わない」
「はぁ……」

 彼は外見も派手だが、私室もだ。呆気にとられつつ、促されるままソファーに座ると、ランスは当たり前のように隣に座った。腰を浮かせて離れようとしたが。

「ちなみに、隣は寝室だ」

 逃げたら、そちらへすぐに連れ込む。
 と、いう声が聞こえた気がした。

 引きつった顔で彼を見返し、エミリアはぎこちなく笑ったが、ランスは優美な笑みを浮かべている。

「そろそろ名前を言う気になったか?」
「……エミリア、と申します。ガラルド男爵の……娘、みたいです」

 ランスは軽く目を見張り、少し沈黙した。彼が何を考えているか、エミリアには想像もつかなかったが、仔細は男爵が説明すると話していたので、自分の置かれている立場で理解できている事は少ない。

 一緒に黙っていると、ランスはようやく口を開いた。

「男爵には今、子がいないはずだが?」

 エミリアは言っていいかどうか少し迷ったが、ランスが一言も聞き漏らすまいという様子で見つめているのに気づく。どうせいつかは露見する事だろうし、妾を求めている彼を諦めさせることが出来るかもしれない。

「私は道端に捨てられた、孤児だったそうです。見つけてくれた人が孤児院に預けて、しばらく過ごしていた後、男爵ご夫妻が『死んだ娘に似ている』と、引き取ってくださったと聞いています」

「男爵が養女を迎えた話など、聞いたことが無いぞ?」

「それは……私が最近まで人形のような状態だったからかもしれません。屋敷から一歩も外に出なかったようですし、今日の茶会も皆、困惑していていたかと思います」

 怪訝そうな顔をしたランスに、つい先日まで生きるのもやっとの状態だったという話をすると、彼は絶句した後、大きく息を吐いた。見れば、眉間に皺が寄り、拳を強く握りしめている。

「さぞ居心地が悪かっただろう。気づいてやれなくて、すまなかった」

「いえ、あの……大変だったのは、私の世話をしてくれた侍女の方々だと思います。私は二十年間の記憶が今もありませんので、当時の事は何とも思いません。身体も元気ですし、良くして頂いたと思っています」

「……そうか。大切にして貰えたんだな」

 エミリアは頷いた。

 男爵夫妻の熱意には何だか違和感を覚えるが、侍女たちと離れるのは少しだけ心細かった。コルセットを締めつける時も申し訳なさそうにしてくれたし、みんな以前から優しかった気がする。今回も王宮に出向く時には、慣れた手つきで着飾らせてくれた。

 ただし、『殿下に見初められたら、今晩帰ってこなくて良いですからね!』などという後押しは余計だ。

「はい。ですから、そろそろお家に帰りたいのですが!」
「最近まで生きるのもやっとだったにしては、会話が流暢だな。現状理解も早い。どうしてだろうな?」

 帰るという訴えを完全に聞き流したランスに、エミリアは唸る。ついキッと睨みつけてみても、嬉しそうに目を細められるだけだ。彼は、この状況を楽しんでいないだろうか。

 だめだ、怒りが通じる気がしない。

「賢いからです!」
と、半ばヤケクソ状態でエミリアが言い放つと、ランスは笑って頷いた。

「そうだな。それに可愛い、も付け加えておけ」

「…………」

「お前は髪が綺麗だな。肌もきめが細かい。大きな瞳は若葉の色で美しい――」

 聞いている方が赤面するような美辞麗句を並べ立てられて、エミリアは落ち着かない。

 容姿を気に入られたということだろう。本来なら褒めて貰えたと思って良いところかもしれないが、本来の自分の姿とは大きく乖離している事を知っているので、素直に喜べない。

 呼吸をするように、滑らかに口説かないで欲しい。

「あの……殿下、どうかその辺で勘弁してください……」
「そう言わず聞け」

「誉められても、まったく嬉しくないんです!」
「…………」

 ランスは虚を突かれた顔をして、黙ってくれた。エミリアはほっと胸を撫で下ろす。妾になる話が少しばかり遠ざかっただろうか。

「もうお分かりかと思いますが、私は男爵家の養女とはいえ、元々は孤児です。ですから、殿下のお傍に――」
「俺たちに身分は関係ない」

 あるだろう!

 すぐに切り返してきた彼に、エミリアは喉元まで鋭いツッコミが出かかったが、必死で飲み込む。

「いいえ。皆様、反対されると思いますわ」
「それは誰だ」
「どこかの誰かです!」

 エミリアが必死で訴えると、ランスは冷徹な笑みを浮かべた。今の今まで全く見せなかった、冷酷な眼差しである。本性はきっとこっちだ、とエミリアは泣きたくなった。

「誰であろうが、俺の邪魔をするなら片っ端から潰す。俺は王族だ。手段などいくらでもある」
「ひえ……っ」

 恐れ戦くエミリアに、ランスはすぐに殺意を消すと、また優しい笑みを浮かべた。豹変ぶりが早くて酷い。

「大丈夫だ。お前は何も心配しなくていいから、このまま俺の傍にいろ」

 欠片ほども動じてくれない男を見て、エミリアは言葉に詰まった。
 こうなると、もう最終手段を取るしかない。

「で、殿下……驚かれると思いますが、実は……私はこの世の者ではありません!」
「あぁ。この世の者とは思えない美しさだ。俺はお前がどこに行っても分かるぞ。声も、姿も、全部覚えた」

「そうではなく……! 私は『有海』という名前で、別世界に生きていた者です!」
「アミ……」

 今度こそとエミリアは意気込んで、男爵夫妻に説明したように、過去の記憶を簡単に告げる。ランスはまた黙って聞いていたが、今度は更に眉間の皺が深くなった。

「……つまり、お前は今の身体とは異なる身で、異世界で暮らしていた記憶もあるということか」
「そうです!」

 自分でも信じられないが、記憶は鮮明に残っている。『エミリア』の身体で過ごしているが、ずっと違和感が拭えない。本来の自分の身体ではないからかもしれない、と思っていた。

 何がどうしてこうなってしまったのか、エミリアもよく分からない。
 だが、自分は全くの別人だなどと訴え、しかも異世界の者だと言い放つ女を、妾にしようなどとは思わないに違いない。

「ですから、殿下の傍にはいられません!」

 そう言い切り、やり遂げたと心から思った。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果

下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。 一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。 純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。 小説家になろう様でも投稿しています。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...