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第七章 わすれられない
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泣いて、すがって、みっともなく喚いて―
それでも見捨てずに、ずっと抱き締めてくれた秀の温かさに、何かが、埋められていく。
吹き出し続けていたドロドロ、『平常心』のスキルも効かなかったそれが、勢いを失い、黒く固まって胸の奥へと沈んでいく。まだ、その塊をつついてみるのは恐いけれど。完全に塞がれていた胸の内に僅かな隙間、余裕が生まれた。
うん、大丈夫―
感情に押し潰されていた思考が正常に働き始めた。だけど、働き始めたら始めたで、今度はものすごく恥ずかしくなってきた。ご飯もまともに食べてない、お風呂にもほとんど入っていない、今の自分。この至近距離はまずい。
「…あの、秀?」
「なに?」
今や完全に秀の膝の上。バックハグという体勢から抜け出そうともがくが、秀の腕にがっちり抱え込まれている。秀に怪我をさせる勢いでないと、抜け出せそうにない。
「秀、ちょっと、一回手を離して欲しい」
「うーん、ちょっと無理かな」
「何で!?」
「恐かったから。もう捕まえられないかと思った」
「…」
すがりつかれてるみたい。更に増した腕の力に途方に暮れる。どうしよう、抜け出したいけど、秀を追い詰めたい訳じゃないし、でも乙女心的に―
「秀!やっぱり、ちょっと手を放して!それで、顔!顔ちゃんと見たい!」
「…」
ゆるゆるとほどかれる腕、そっと後ろを振り返った。改めて見れば、少し、痩けてしまっている秀の顔。目の下の隈に、隠しようのない疲労が見える。
―心配、かけたんだな
申し訳ないと同時に、有り難い。
「あの、秀、今回は色々ご迷惑をかけました。でも、うん、何か、泣いてスッキリしたというか、大分、復活出来たと思う」
「…うん」
「っ!」
眩しいもの見るみたいな目で見られて、居たたまれなくなる。
「あの、それで、また改めてちゃんと話とかしたいから、その、後日改めて、」
「いや」
「え?」
「やっと会えた。話はいつでもいいよ。明莉ちゃんが嫌なら、話さなくたっていい。だけど、まだこうしてたいから」
「!」
再び、腕の中に閉じ込められた。今度は向かい合う体勢で。瞬間、秀の匂いに包まれて、安心感を覚えたのは一瞬。
「だめ!!」
「!?」
結構、本気で秀を押し退けてしまった。茫然とした秀が、『絶望』みたいな顔になってる。
だけど、私が秀の匂いに癒されちゃったってことは―
「また今度!ちゃんと!とりあえず、今はだめ!!半径十メートル以内、ダメ!」
「…それは、帰れってこと?」
「う!?帰って欲しいわけじゃないけど、致し方ないから。今はダメなの!」
「…帰って欲しくないの?」
「うん!」
「なのに、どうしても?」
「どうしても!」
秀がフワッと笑う。ああ、この人のこの優しい笑い方が好きだな。
「じゃあ、しょうがないかな。帰るよ。帰るけど、本当にまた会ってくれる?」
「!?」
顔を近づけてくる秀に、慌てて後退する。態となんじゃないだろうか?
結局、「絶対、直ぐに、何なら夜にでも電話するから」という言質を私からとって、ようやく満足したらしい秀は満足気に頷いて立ち上がった。玄関、扉を開けて秀を見送る。「またね」の言葉を残して去っていく秀の姿が、エレベーターの中に消えるまで見送った。
エレベーターが下がり始めると同時に開いた、隣の部屋のドア。久しぶりに見た大好きな友人の顔は、秀と似たような有り様で。そうさせたのが私だとわかっていても、何だか笑ってしまった。
「…明莉」
「うん。チサも、心配かけて、ごめんね」
首を振るチサを見つめる。あちらの世界へ誘ったこと、もしくは魔王退治を願ったことを気にやんでいるというチサに、私も、謝らなくちゃいけないことがある。
「チサ。あのね、私、悪いやつだから、チサがあっちに帰れないといいと思ってるんだ」
「…」
突然の告白にも関わらず、全く動揺する様子の無いチサ。
「だから、チサが門を閉じるのに魔力を使うのを止めないし。幸助とチサがくっつけばいいなと思ってる」
「…」
幸助の、アシストをするくらいには本気だ。私は、チサの帰郷よりも自分の望みを優先している。
「…チサ、怒った?」
「…怒ってはいない。知ってたから。明莉の気持ちに、気づいてた」
「そっか、やっぱり、チサにはばれてたかぁ」
表情の変わらないチサの顔をマジマジと見つめる。言葉通り、怒っている様子も、悲しんでいる様子も見られない。いつも通りのチサの態度に、笑いがこぼれた。
「…明莉、言っておく。私は私のやりたいことを、私の意思でやっている。だから、明莉が気にする必要も、気に病む必要も、ない」
「ふふっ。じゃあ、私は私の欲望のままに、チサを足留めするね?幸助の応援もする」
「構わない。幸助については、何とも言いようがないけれど」
「えー?それが一番肝心なのに。幸助が可哀想」
笑って、何でか浮かんだ涙を拭って、喧嘩したわけじゃないのに、それでも良かったと思った。チサと、仲直り出来て。二人の間にずっとあった何かが、今やっと溶けて無くなった。
泣いて、すがって、みっともなく喚いて―
それでも見捨てずに、ずっと抱き締めてくれた秀の温かさに、何かが、埋められていく。
吹き出し続けていたドロドロ、『平常心』のスキルも効かなかったそれが、勢いを失い、黒く固まって胸の奥へと沈んでいく。まだ、その塊をつついてみるのは恐いけれど。完全に塞がれていた胸の内に僅かな隙間、余裕が生まれた。
うん、大丈夫―
感情に押し潰されていた思考が正常に働き始めた。だけど、働き始めたら始めたで、今度はものすごく恥ずかしくなってきた。ご飯もまともに食べてない、お風呂にもほとんど入っていない、今の自分。この至近距離はまずい。
「…あの、秀?」
「なに?」
今や完全に秀の膝の上。バックハグという体勢から抜け出そうともがくが、秀の腕にがっちり抱え込まれている。秀に怪我をさせる勢いでないと、抜け出せそうにない。
「秀、ちょっと、一回手を離して欲しい」
「うーん、ちょっと無理かな」
「何で!?」
「恐かったから。もう捕まえられないかと思った」
「…」
すがりつかれてるみたい。更に増した腕の力に途方に暮れる。どうしよう、抜け出したいけど、秀を追い詰めたい訳じゃないし、でも乙女心的に―
「秀!やっぱり、ちょっと手を放して!それで、顔!顔ちゃんと見たい!」
「…」
ゆるゆるとほどかれる腕、そっと後ろを振り返った。改めて見れば、少し、痩けてしまっている秀の顔。目の下の隈に、隠しようのない疲労が見える。
―心配、かけたんだな
申し訳ないと同時に、有り難い。
「あの、秀、今回は色々ご迷惑をかけました。でも、うん、何か、泣いてスッキリしたというか、大分、復活出来たと思う」
「…うん」
「っ!」
眩しいもの見るみたいな目で見られて、居たたまれなくなる。
「あの、それで、また改めてちゃんと話とかしたいから、その、後日改めて、」
「いや」
「え?」
「やっと会えた。話はいつでもいいよ。明莉ちゃんが嫌なら、話さなくたっていい。だけど、まだこうしてたいから」
「!」
再び、腕の中に閉じ込められた。今度は向かい合う体勢で。瞬間、秀の匂いに包まれて、安心感を覚えたのは一瞬。
「だめ!!」
「!?」
結構、本気で秀を押し退けてしまった。茫然とした秀が、『絶望』みたいな顔になってる。
だけど、私が秀の匂いに癒されちゃったってことは―
「また今度!ちゃんと!とりあえず、今はだめ!!半径十メートル以内、ダメ!」
「…それは、帰れってこと?」
「う!?帰って欲しいわけじゃないけど、致し方ないから。今はダメなの!」
「…帰って欲しくないの?」
「うん!」
「なのに、どうしても?」
「どうしても!」
秀がフワッと笑う。ああ、この人のこの優しい笑い方が好きだな。
「じゃあ、しょうがないかな。帰るよ。帰るけど、本当にまた会ってくれる?」
「!?」
顔を近づけてくる秀に、慌てて後退する。態となんじゃないだろうか?
結局、「絶対、直ぐに、何なら夜にでも電話するから」という言質を私からとって、ようやく満足したらしい秀は満足気に頷いて立ち上がった。玄関、扉を開けて秀を見送る。「またね」の言葉を残して去っていく秀の姿が、エレベーターの中に消えるまで見送った。
エレベーターが下がり始めると同時に開いた、隣の部屋のドア。久しぶりに見た大好きな友人の顔は、秀と似たような有り様で。そうさせたのが私だとわかっていても、何だか笑ってしまった。
「…明莉」
「うん。チサも、心配かけて、ごめんね」
首を振るチサを見つめる。あちらの世界へ誘ったこと、もしくは魔王退治を願ったことを気にやんでいるというチサに、私も、謝らなくちゃいけないことがある。
「チサ。あのね、私、悪いやつだから、チサがあっちに帰れないといいと思ってるんだ」
「…」
突然の告白にも関わらず、全く動揺する様子の無いチサ。
「だから、チサが門を閉じるのに魔力を使うのを止めないし。幸助とチサがくっつけばいいなと思ってる」
「…」
幸助の、アシストをするくらいには本気だ。私は、チサの帰郷よりも自分の望みを優先している。
「…チサ、怒った?」
「…怒ってはいない。知ってたから。明莉の気持ちに、気づいてた」
「そっか、やっぱり、チサにはばれてたかぁ」
表情の変わらないチサの顔をマジマジと見つめる。言葉通り、怒っている様子も、悲しんでいる様子も見られない。いつも通りのチサの態度に、笑いがこぼれた。
「…明莉、言っておく。私は私のやりたいことを、私の意思でやっている。だから、明莉が気にする必要も、気に病む必要も、ない」
「ふふっ。じゃあ、私は私の欲望のままに、チサを足留めするね?幸助の応援もする」
「構わない。幸助については、何とも言いようがないけれど」
「えー?それが一番肝心なのに。幸助が可哀想」
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