異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ

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第16話 ただの猛獣なら、剣で殺せる

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「正直、おれは一旦逃げて、グリフィンを放置する気だったんだ」

 地上に出てあれだけ派手に動いていれば、いずれ魔素マナ不足に陥る。そしたら必ず迷宮ダンジョンに戻る。

「疲れて巣で休もうとするところを、背後から襲えば楽だからね」

「ですが一条様、それでは」

「わかってる。そんなことしたら、町は救えない。みんなの……おれの居場所は守れない。だから、もうそんな手は使わない。今ここで、あいつを倒そう」

「……はい」

 フィリアの微笑みに頷いて、おれは上空のグリフィンを見上げる。

「一条先生、どうすればいいですか? あたし、手伝えることならなんでもします!」

 紗夜の他、ベテランや冒険者たちもおれに目を向けてくる。

 策を期待している。

 だが、おれが用意していた策は、迷宮ダンジョン内での戦闘を想定していたものだ。上空にいるグリフィンには対応できない。

 切り札はあることにはある。それを使って、どうやってやつを地上に留めるか……。

 悩んでいる暇はない。火の手は広がっている。一刻も早くグリフィンの脅威を排除し、消火活動を始めなければならない。

「他のみんなは下がっていてくれ。力を貸してくれるのは、フィリアさんだけで充分だ」

「わたくしですか?」

 おれは切り札――手製の飲み薬を手渡す。

「これは?」

「おれが出来るだけの材料をかき集めて作った薬だ。大量の魔素マナを一度に取り入れられる」

魔素マナを……? それなら一条様が使ったほうが……」

 おれは異世界語に切り替える。

「おれを強化バフしても、状況は変えられないよ」

 すぐ魔力が尽きるこの環境で、飛行魔法による空中戦を挑むなんて自殺行為だ。かといって、グリフィンを叩き落とせるような威力の魔法は、おれには使えない。

「でもフィリアさん、君、実は魔法が得意だろう?」

 フィリアは目を丸くして息を呑んだ。

「どうしてそれを……?」

「動きさ。剣を使っていても、いつでも魔法を撃てるよう隙を窺っている間合いの取り方だった。癖になるほど、魔法を使い込んでいたんだろう?」

「お察しのとおり、わたくしはA級魔法使いの資格を持っております」

「あいつを地面に叩き落とせるような攻撃魔法は使えるかい?」

「はい。やれます」

「わかった、信じる」

 魔法使いに等級があるなんて聞いたことがなかったが、A級という響きと、なによりフィリアの自信は信じるに値するように思える。

 言葉を日本語に戻す。

「叩き落したら、おれに任せてくれ。その薬じゃ1発が限度だろうから」

「わかりました。お任せします。ですが……」

 フィリアは少しばかり不敵に笑う。

「わたくしの一撃で倒せてしまったら、賞金は独り占めいたしますよ?」

「ずるい。薬代くらいはもらうからね?」

 冗談に冗談で返し、おれは武器を手に取る。フィリアは飲み薬を一気に飲み干す。

 スマホで再生していたグリフィンの鳴き声も止める。

 低空で旋回していたグリフィンは、音が消えて安心したのか、大きく羽ばたいて上昇。最も近くにいたおれたちに狙いを定め、急降下してくる。

「フィリアさん、今だ!」

「はい!」

 フィリアが集中すると、その周囲がわずかに発光する。紗夜を始め、他の冒険者たちが幻想的な現象に目を見張る。

 次の瞬間、突き出した両手から超高速で火球が射出された。

 グリフィンは咄嗟に体をひねるが回避しきれず、右翼に直撃。爆発。

 きりもみ上に回転しながら落下。左翼を羽ばたかせて減速を試みるも墜落。そのまま地面を滑り、転がり、おれたちの正面10数メートルほどのところで停止した。

 おれはすかさず動く。この程度ではグリフィンは死なない。

 手にした缶状の武器から安全ピンを抜いて投げた。グリフィンの足元に転がったそれは、すぐにガスを噴出する。

 事前に用意していた催涙グレネードだ。まずはこれで、グリフィンの目――人間の8倍以上の視力といわれる鷲の目を潰す。

 ――ピイイイィィイ!

 ガスの成分にやられてグリフィンは暴れる。右翼はもはや動かないが、左翼をばたつかせてガスを拡散させる。

 ガスが晴れる前に、全力でナイフを投擲。前足の肩に突き刺さる。

 ――ピイィ! ピィイイ!

 悶えるグリフィンはナイフをくちばしでついばみ、抜き捨てる。だがもう遅い。

 刃には毒をたっぷり塗っておいた。人間なら即死だが、グリフィンなら動きが鈍る程度だろうか。

 最後に剣を抜く。あとは接近戦あるのみ。

 あの催涙ガスは範囲が狭く、効果時間も短い。グリフィンの羽ばたきで、もうすっかり拡散している。

 視力を弱らせ、毒で侵したはいえ、ライオンよりふた回りは大きいグリフィンだ。未だに熊やライオンといった猛獣と同等の危険性がある。

 だが魔物モンスター退治は、そもそもがそんなものだ。

 どんなに魔素マナで強化されていても、遥かに体格で勝る魔物モンスターが同様に魔素マナの強化を受けているなら、むしろ人間は不利だ。まともに相手をして勝てるわけがない。

 だから幾重にも策を弄し、力を削げるだけ削ぐ。こちらは限界まで鍛え、技を磨き、装備を整える。

 そうやって強大で無敵な存在との力の差を、猛獣との力の差レベルにまで落とせたのなら、充分すぎる。

 ただの猛獣なら、剣で殺せる。

 おれはトドメを刺すべくグリフィンに接近した。
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