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第38話 ここにいる全員に、緊急依頼を申し込む!
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「なぜ……なぜ愛した人に……ご自分の娘に、そのような酷いことができるのでしょうか。わたくしには、理解が出来ません……!」
「出来なくていい。あんな異常者のことなんか、理解しなくていいんだ。ただ存在している事実は認めて、対処するだけでいい」
フィリアはひどく憤っていたが、おれは冷静だった。
そういう習性の魔物だと思えば、もう怒りなど湧いてこない。
「美幸さん、今日はここに泊まっていってください。やつのことは、また明日にでも対処しましょう」
一応、ミリアムが娘を連れてきてくれるまでの間に警察に連絡したが、ろくに取り合ってもらえなかった。離島の警察署で、署員も十数名しかいない。現行犯でもない限り人手を回せないのだろう。
そうして今日はもう休むことにしたのだが――。
「――うぅっ、うっ、うぅう~」
何者かの泣き声に、おれは目を覚ました。
上半身を起こして様子を窺っていると、隣室の襖が開かれた。フィリアと美幸だ。ふたりともおれと同じで声に気づいたらしい。
「美幸ぃ~、いるんだろぉ? わかってんだよぉ、出てきてくれよぉ~」
いったいどうやって突き止めたのか、あの男が玄関前にいる。
SNSか? それともミリアムの出入りを見られていたか?
どちらにせよ、居留守を使うしかない。
声を出さず、おれは唇に人差し指を立てる。フィリアは頷いて、同じように唇に指を立てて美幸に示す。美幸も静かに頷いた。
「うぅ、ぐすっ、お前がいなきゃダメなんだよぉ……お前しかいないんだよぉ……オレが全部悪かったから許してくれよぉ~……うぅっ」
まるで獲物を誘き寄せるために、助けを求める声を出す魔物だ。
おれもフィリアも美幸も、決してその泣き声に動じることはない。
しかし……。
「……パパ? パパがいるのっ?」
美幸の娘――美里が反応してしまった。
途端に、荒々しく玄関が叩かれた。
「おい、いるんだろ! 聞こえてんだろぉ! オレだ、パパだよ、開けてくれ美里! パパをいじめないでくれよぉ!」
美幸は娘の耳を塞ぎ、抱きしめる。
美里は「なんで?」と首を傾げている。
そのままジッとしていても、もう男は止まらない。
玄関を叩くのをやめたかと思うと、ぐるりと回り込んだらしい。月明かりに照らされた影が、カーテンに映り込む。
――ばんっ!
男は窓に張り付き、カーテンの隙間から血走った目を覗かせる。
「美幸ぃ~、美里ぉ~!」
さすがに他の同居人も飛び起きる。晶子は怯え、華子婆さんも混乱している。
そして再び、男は玄関を壊れそうなほど叩いた。
「開けろ! 開けろぉ! オレの女だ、オレのガキだ! 誘拐して監禁しやがって! 訴えてやるからなぁ!」
さすがに近所の目もある。このまま騒がれては子供たちも恐くて眠れやしない。
考えていた結末とは違うが、ここでケリをつけてやろうか……?
おれは玄関を開けた。
「いい加減にしろ! 警察を呼ぶぞ!」
「呼べやゴラァ! 人の妻子さらってただで済むと思うなや!」
「なにが妻子ですか! 愛すべき方々を苦しめて、よくもぬけぬけと!」
フィリアはもはや臨戦態勢で、武器まで用意している。さすがに鞘から抜かないだろうが、いよいよとなれば叩きのめす気だろう。
「うるせえ! オレの女とガキをどうしようがオレの勝手だろうが!」
「勝手なわけあるか! お前は本当に――」
そのとき、背後で物音がした。扉が閉まる音。
まさか、と裏口のほうへ向かうと、そこには書き置きがひとつ。
『めいわくかけて ごめんなさい』
美幸がいない。美里もだ。荷物もない。
裏口から逃げていってしまったのだ。
「おい! なんだよ、美幸はどうしたおい!」
男は不法侵入を恐れてか、玄関から入ってはこない。だが、その異常な執着心が、状況を鋭く察した。
「逃げたのか……てめえら、時間稼ぎしてやがったか! 美幸ぃい!」
それだけ残して駆けていく。
「フィリアさん、おれたちも行こう! あいつに捕まる前に見つけてあげなきゃ!」
「はいっ! お婆様、晶子様をお願いいたします! いってまいります!」
おれたちも着の身着のまま家を飛び出した。
◇
美幸たちは、翌朝になっても見つからなかった。
町のどこにも見当たらず、港から船に乗った様子もない。
残っているのは、迷宮しかない。
守衛所の職員に尋ねてみれば、深夜に入っていった記録があり、まだ出てきていないという。
「子供連れだったはずだ! なぜ通した!?」
「いえ、その時間帯は私ではなかったので……。ただ、子連れを通すようなことは絶対にしないはずです!」
職員の言うことを信じるなら、娘の美里をどこかに置いていったことになるが……。いや、美幸はそんなことはしない。
となると……あの大きなバックパックに子供を隠して連れて行ったと考えるしかない。
美幸が逃げ出したのは深夜だ。船は出ていない。島から逃げられない以上、あの男にどこで捕まるかわからない。
恐怖の中、あの男が入ってこられない逃げ場として唯一思いつけたのが、迷宮だったのだろう。
「だからって、美幸さん……!」
「一条様、すぐに参りましょう。末柄様も魔物除けを持っていらっしゃるとはいえ、かなり使い込んでおられました。効果時間は、もう数日もないかもしれません」
「ああ、紗夜ちゃんにも手伝ってもらおう!」
おれたちは一睡もしないまま、美幸たちの捜索に入ったが、見つけることは出来なかった。
そもそも第1階層は、かなり広いのだ。
発見から3年経っているものの、冒険者たちが魔物相手に四苦八苦していたばかりに、内部調査は中途半端なままとなっている。
おれは長年の経験と勘で、第2階層への入口を見つけてしまえたが、本来はもっと時間をかけてマッピングしていくものだ。当然、1日で網羅することなどできない。
全貌のわからない迷宮内で、行方不明者を探し出すことは至難の業だ。何日あったって見つけられないかもしれない。
大量の人手が要る。
だからおれたちは、動画配信とSNSを駆使して、冒険者たちに呼びかけた。
翌朝。集まってくれた冒険者は数十人。彼らを前に、おれは高らかに声を上げる。
「ここにいる全員に、緊急依頼を申し込む!」
「出来なくていい。あんな異常者のことなんか、理解しなくていいんだ。ただ存在している事実は認めて、対処するだけでいい」
フィリアはひどく憤っていたが、おれは冷静だった。
そういう習性の魔物だと思えば、もう怒りなど湧いてこない。
「美幸さん、今日はここに泊まっていってください。やつのことは、また明日にでも対処しましょう」
一応、ミリアムが娘を連れてきてくれるまでの間に警察に連絡したが、ろくに取り合ってもらえなかった。離島の警察署で、署員も十数名しかいない。現行犯でもない限り人手を回せないのだろう。
そうして今日はもう休むことにしたのだが――。
「――うぅっ、うっ、うぅう~」
何者かの泣き声に、おれは目を覚ました。
上半身を起こして様子を窺っていると、隣室の襖が開かれた。フィリアと美幸だ。ふたりともおれと同じで声に気づいたらしい。
「美幸ぃ~、いるんだろぉ? わかってんだよぉ、出てきてくれよぉ~」
いったいどうやって突き止めたのか、あの男が玄関前にいる。
SNSか? それともミリアムの出入りを見られていたか?
どちらにせよ、居留守を使うしかない。
声を出さず、おれは唇に人差し指を立てる。フィリアは頷いて、同じように唇に指を立てて美幸に示す。美幸も静かに頷いた。
「うぅ、ぐすっ、お前がいなきゃダメなんだよぉ……お前しかいないんだよぉ……オレが全部悪かったから許してくれよぉ~……うぅっ」
まるで獲物を誘き寄せるために、助けを求める声を出す魔物だ。
おれもフィリアも美幸も、決してその泣き声に動じることはない。
しかし……。
「……パパ? パパがいるのっ?」
美幸の娘――美里が反応してしまった。
途端に、荒々しく玄関が叩かれた。
「おい、いるんだろ! 聞こえてんだろぉ! オレだ、パパだよ、開けてくれ美里! パパをいじめないでくれよぉ!」
美幸は娘の耳を塞ぎ、抱きしめる。
美里は「なんで?」と首を傾げている。
そのままジッとしていても、もう男は止まらない。
玄関を叩くのをやめたかと思うと、ぐるりと回り込んだらしい。月明かりに照らされた影が、カーテンに映り込む。
――ばんっ!
男は窓に張り付き、カーテンの隙間から血走った目を覗かせる。
「美幸ぃ~、美里ぉ~!」
さすがに他の同居人も飛び起きる。晶子は怯え、華子婆さんも混乱している。
そして再び、男は玄関を壊れそうなほど叩いた。
「開けろ! 開けろぉ! オレの女だ、オレのガキだ! 誘拐して監禁しやがって! 訴えてやるからなぁ!」
さすがに近所の目もある。このまま騒がれては子供たちも恐くて眠れやしない。
考えていた結末とは違うが、ここでケリをつけてやろうか……?
おれは玄関を開けた。
「いい加減にしろ! 警察を呼ぶぞ!」
「呼べやゴラァ! 人の妻子さらってただで済むと思うなや!」
「なにが妻子ですか! 愛すべき方々を苦しめて、よくもぬけぬけと!」
フィリアはもはや臨戦態勢で、武器まで用意している。さすがに鞘から抜かないだろうが、いよいよとなれば叩きのめす気だろう。
「うるせえ! オレの女とガキをどうしようがオレの勝手だろうが!」
「勝手なわけあるか! お前は本当に――」
そのとき、背後で物音がした。扉が閉まる音。
まさか、と裏口のほうへ向かうと、そこには書き置きがひとつ。
『めいわくかけて ごめんなさい』
美幸がいない。美里もだ。荷物もない。
裏口から逃げていってしまったのだ。
「おい! なんだよ、美幸はどうしたおい!」
男は不法侵入を恐れてか、玄関から入ってはこない。だが、その異常な執着心が、状況を鋭く察した。
「逃げたのか……てめえら、時間稼ぎしてやがったか! 美幸ぃい!」
それだけ残して駆けていく。
「フィリアさん、おれたちも行こう! あいつに捕まる前に見つけてあげなきゃ!」
「はいっ! お婆様、晶子様をお願いいたします! いってまいります!」
おれたちも着の身着のまま家を飛び出した。
◇
美幸たちは、翌朝になっても見つからなかった。
町のどこにも見当たらず、港から船に乗った様子もない。
残っているのは、迷宮しかない。
守衛所の職員に尋ねてみれば、深夜に入っていった記録があり、まだ出てきていないという。
「子供連れだったはずだ! なぜ通した!?」
「いえ、その時間帯は私ではなかったので……。ただ、子連れを通すようなことは絶対にしないはずです!」
職員の言うことを信じるなら、娘の美里をどこかに置いていったことになるが……。いや、美幸はそんなことはしない。
となると……あの大きなバックパックに子供を隠して連れて行ったと考えるしかない。
美幸が逃げ出したのは深夜だ。船は出ていない。島から逃げられない以上、あの男にどこで捕まるかわからない。
恐怖の中、あの男が入ってこられない逃げ場として唯一思いつけたのが、迷宮だったのだろう。
「だからって、美幸さん……!」
「一条様、すぐに参りましょう。末柄様も魔物除けを持っていらっしゃるとはいえ、かなり使い込んでおられました。効果時間は、もう数日もないかもしれません」
「ああ、紗夜ちゃんにも手伝ってもらおう!」
おれたちは一睡もしないまま、美幸たちの捜索に入ったが、見つけることは出来なかった。
そもそも第1階層は、かなり広いのだ。
発見から3年経っているものの、冒険者たちが魔物相手に四苦八苦していたばかりに、内部調査は中途半端なままとなっている。
おれは長年の経験と勘で、第2階層への入口を見つけてしまえたが、本来はもっと時間をかけてマッピングしていくものだ。当然、1日で網羅することなどできない。
全貌のわからない迷宮内で、行方不明者を探し出すことは至難の業だ。何日あったって見つけられないかもしれない。
大量の人手が要る。
だからおれたちは、動画配信とSNSを駆使して、冒険者たちに呼びかけた。
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