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第74話 私の家族になってもらう
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吾郎を連れて第2階層入口である遺跡に戻ったとき、第1階層のほうから近づいてくる足音と人影があった。
――上級吸血鬼か!?
全身に痺れるような緊張が走る。
その人物はこちらに気づくと足を止めた。見知った顔だ。小柄で気弱そうな女の子冒険者。
「結衣ちゃん!?」
「モンスレ、さん……? あのっ、紗夜ちゃんが! フィリアさん、見ませんでしたか!?」
おれの顔を見るなり、結衣は必死な様子ですがりついてきた。
「いや、見てない。入れ違いになっちゃったらしいけど……どうしたんだ、結衣ちゃん? なんで第2階層に……」
問いつつも、おれは焦りを感じた。フィリアや紗夜とはぐれて、結衣がひとりで第2階層に来た。吾郎パーティに起きたことと状況が似ている。
「紗夜ちゃんが、急に『お姉ちゃん』って言って誰かを追いかけて……でも、ユイには見えてなくて……。フィリアさんは、それを追いかけて……」
「それではぐれちゃったのか」
「はい……。ユイ、足が遅いから……」
「わかった」
おれは振り返り、すぐ遺跡を出た。
周辺の地面を調べる。まだ新しい足跡が二方向にある。一方は、おれや丈二、吾郎の、こちらに近づいてくる足跡。もう一方は、ふたり分のここから離れる足跡。
フィリアたちはそっちだ。まだ間に合うかもしれない。いや、間に合わせなければ!
「丈二さん、ふたりを頼む!」
「一条さん! ひとりで行くつもりですか!?」
「危険すぎるんだ!」
おれは駆け出した。そして大きく跳躍する。
「――飛翔!」
飛行魔法を発動して、上空へ。目を凝らせば、進行方向のそう遠くない位置に人影が3つある。
その位置へ向かって急降下。着地の寸前に減速して、その場に降り立つ。
「タクト様!?」
「ここはおれに任せて」
おれはフィリアを庇うように前に出て、紗夜ともうひとりの人物に対峙する。
紗夜は意識が虚ろなのか、その燕尾服を着た男にもたれかかっている。
短い黒髪に紅い瞳。青白い肌。異様なほど美しい顔。その唇は血のように赤い。
息を呑む。上級吸血鬼の特徴だ。
緊張感が戻ってくる。鼓動が早まる。手足が震えてくる。
それを悟らせないよう、おれは努めて冷静に声をかけた。
「その女の子を離せ」
「いきなり現れて命令とは、礼を欠いているのではないかね?」
その言葉は、異世界語ではなく日本語だった。
上級吸血鬼は人間と同等の知能を持つ他、他者から情報を引き出す能力も持つ。日本語を学習済みということは、すでに何人かの冒険者と接触しているはずだ。
「……これは失礼。その子は大事な友達なもので、危険な目に遭っているのではないかと慌ててしまった」
おれは慎重に言葉を選んだ。
上級吸血鬼はすべてが人間の敵というわけではない。無関心な者もいれば、友好的な者も少ないが存在する。その友好の示し方が、人間の常識とかけ離れている場合はあるが。
もし友好な上級吸血鬼であれば、接する態度さえ間違えなければ、敵対しなくて済む。対抗策がまだない今、友好的であることを祈りたい。
「申し遅れたが、おれは一条拓斗。冒険者をやっている」
「私はダスティン。吸血鬼だ。……と言って信じるかね?」
「信じましょう」
「ありがとう。君のことは、タクトと呼んでいいかね?」
「ええ、ダスティンさん。その子をどうするつもりですか? 他にも、何人か連れて行っているようです。吸血鬼を名乗る相手にそのようなことをされては、こちらとしても不安になる」
「私はただ出会った者たちを招待し、求めるものを提供してあげているだけだ。そうして友情を育みたい。人が恋しくてたまらなくてね」
「恋しい?」
「だってそうだろう? わけのわからないうちに、こんな空間に閉じ込められてしまった。ただただ無為に時を過ごしていたところに、ついに来訪者が現れた。上に続く出口さえ教えてくれた。そして上には、たくさんの人々がいる。歓待したくなる気持ちもわかるだろう?」
おれは心のなかで呻いた。きっと、ダスティンはこの前先行調査に来ていたおれたちを監視していたのだ。あの日、第1階層へ戻ろうとしたときに感じた視線は、やつのものだったに違いない。
「……どんな歓待をするつもりですか?」
「私の家族になってもらう。見込みのある者には血を分け与え、そうでない者も側で仕えてもらう」
「その者の意思は尊重されるのか?」
「もちろん。みんな、違う自分になることを受け入れた。この少女も受け入れるだろう。君も、そこのひときわ美しい淑女も、地上にいるあらゆる者が受け入れる。そして私たちは、ひとつの家族となる。素晴らしいこととは思わないかね!?」
ダスティンは真紅の瞳を向けてきた。おれは目を逸らす。
「他のみんなはどうか知らないが、少なくとも紗夜ちゃんは――その子は、まだ受け入れていないんだろう? 一旦、返してくれないか。友達が心配しているんだ」
ダスティンは紗夜から離れた。浮かべていた笑みが消える。
「お前、目を逸らしたな」
言うが早いか、ダスティンはその身を霧に変えて消えた。
おれは咄嗟に背後へ振り返る。
霧が集まり、ほんの一瞬で人体を再構成した。
「――風撃!」
魔法で強烈な衝撃波を放つ。ダスティンは弾き飛ばされるが、地面に落ちる前に再び霧化。すぐその場で体を形作る。
「私の誘惑にも、霧化にも対応した。貴様、まさか『闇狩り』ハーカーの一味か!?」
「フィリアさん、逃げてくれ!」
「――は、はい!」
超常現象に唖然としていたフィリアだが、おれの声で即座に動き出す。呆然と立ちすくむ紗夜のもとへ走る。
ダスティンはおれの首に両手を伸ばす。おれは距離を取ろうとバックステップを踏むが、それより早く接近されてしまう。至近距離で顔面に向けて、火炎放射魔法を放つ。
ダスティンの顔は炎上したがしかし、すぐ炎は消え、焼けただれた皮膚も頭髪も再生される。
伸ばされた両手で首を絞めつけられる。
「タクト様!」
来るな! と叫びたいが、声が出せない。
そしてダスティンはフィリアのほうを見た。紅い瞳を輝かせながら。
紗夜を抱き上げていたフィリアは、その目を見てしまった。
焦りの顔が、虚ろな表情に変わる。動きが止まってしまう。
「死ね、『闇狩り』!」
ダスティンの指の力が強くなるその刹那、メイスを振りかぶる人影がおれの目に映った。
「うわぁああ!」
叫びとともに振るわれたメイスは、ダスティンの頭部を強打。霧化する間もなく、ダスティンは弾き飛ばされた。
「――結衣ちゃん?」
「紗夜ちゃんを、返して!」
――上級吸血鬼か!?
全身に痺れるような緊張が走る。
その人物はこちらに気づくと足を止めた。見知った顔だ。小柄で気弱そうな女の子冒険者。
「結衣ちゃん!?」
「モンスレ、さん……? あのっ、紗夜ちゃんが! フィリアさん、見ませんでしたか!?」
おれの顔を見るなり、結衣は必死な様子ですがりついてきた。
「いや、見てない。入れ違いになっちゃったらしいけど……どうしたんだ、結衣ちゃん? なんで第2階層に……」
問いつつも、おれは焦りを感じた。フィリアや紗夜とはぐれて、結衣がひとりで第2階層に来た。吾郎パーティに起きたことと状況が似ている。
「紗夜ちゃんが、急に『お姉ちゃん』って言って誰かを追いかけて……でも、ユイには見えてなくて……。フィリアさんは、それを追いかけて……」
「それではぐれちゃったのか」
「はい……。ユイ、足が遅いから……」
「わかった」
おれは振り返り、すぐ遺跡を出た。
周辺の地面を調べる。まだ新しい足跡が二方向にある。一方は、おれや丈二、吾郎の、こちらに近づいてくる足跡。もう一方は、ふたり分のここから離れる足跡。
フィリアたちはそっちだ。まだ間に合うかもしれない。いや、間に合わせなければ!
「丈二さん、ふたりを頼む!」
「一条さん! ひとりで行くつもりですか!?」
「危険すぎるんだ!」
おれは駆け出した。そして大きく跳躍する。
「――飛翔!」
飛行魔法を発動して、上空へ。目を凝らせば、進行方向のそう遠くない位置に人影が3つある。
その位置へ向かって急降下。着地の寸前に減速して、その場に降り立つ。
「タクト様!?」
「ここはおれに任せて」
おれはフィリアを庇うように前に出て、紗夜ともうひとりの人物に対峙する。
紗夜は意識が虚ろなのか、その燕尾服を着た男にもたれかかっている。
短い黒髪に紅い瞳。青白い肌。異様なほど美しい顔。その唇は血のように赤い。
息を呑む。上級吸血鬼の特徴だ。
緊張感が戻ってくる。鼓動が早まる。手足が震えてくる。
それを悟らせないよう、おれは努めて冷静に声をかけた。
「その女の子を離せ」
「いきなり現れて命令とは、礼を欠いているのではないかね?」
その言葉は、異世界語ではなく日本語だった。
上級吸血鬼は人間と同等の知能を持つ他、他者から情報を引き出す能力も持つ。日本語を学習済みということは、すでに何人かの冒険者と接触しているはずだ。
「……これは失礼。その子は大事な友達なもので、危険な目に遭っているのではないかと慌ててしまった」
おれは慎重に言葉を選んだ。
上級吸血鬼はすべてが人間の敵というわけではない。無関心な者もいれば、友好的な者も少ないが存在する。その友好の示し方が、人間の常識とかけ離れている場合はあるが。
もし友好な上級吸血鬼であれば、接する態度さえ間違えなければ、敵対しなくて済む。対抗策がまだない今、友好的であることを祈りたい。
「申し遅れたが、おれは一条拓斗。冒険者をやっている」
「私はダスティン。吸血鬼だ。……と言って信じるかね?」
「信じましょう」
「ありがとう。君のことは、タクトと呼んでいいかね?」
「ええ、ダスティンさん。その子をどうするつもりですか? 他にも、何人か連れて行っているようです。吸血鬼を名乗る相手にそのようなことをされては、こちらとしても不安になる」
「私はただ出会った者たちを招待し、求めるものを提供してあげているだけだ。そうして友情を育みたい。人が恋しくてたまらなくてね」
「恋しい?」
「だってそうだろう? わけのわからないうちに、こんな空間に閉じ込められてしまった。ただただ無為に時を過ごしていたところに、ついに来訪者が現れた。上に続く出口さえ教えてくれた。そして上には、たくさんの人々がいる。歓待したくなる気持ちもわかるだろう?」
おれは心のなかで呻いた。きっと、ダスティンはこの前先行調査に来ていたおれたちを監視していたのだ。あの日、第1階層へ戻ろうとしたときに感じた視線は、やつのものだったに違いない。
「……どんな歓待をするつもりですか?」
「私の家族になってもらう。見込みのある者には血を分け与え、そうでない者も側で仕えてもらう」
「その者の意思は尊重されるのか?」
「もちろん。みんな、違う自分になることを受け入れた。この少女も受け入れるだろう。君も、そこのひときわ美しい淑女も、地上にいるあらゆる者が受け入れる。そして私たちは、ひとつの家族となる。素晴らしいこととは思わないかね!?」
ダスティンは真紅の瞳を向けてきた。おれは目を逸らす。
「他のみんなはどうか知らないが、少なくとも紗夜ちゃんは――その子は、まだ受け入れていないんだろう? 一旦、返してくれないか。友達が心配しているんだ」
ダスティンは紗夜から離れた。浮かべていた笑みが消える。
「お前、目を逸らしたな」
言うが早いか、ダスティンはその身を霧に変えて消えた。
おれは咄嗟に背後へ振り返る。
霧が集まり、ほんの一瞬で人体を再構成した。
「――風撃!」
魔法で強烈な衝撃波を放つ。ダスティンは弾き飛ばされるが、地面に落ちる前に再び霧化。すぐその場で体を形作る。
「私の誘惑にも、霧化にも対応した。貴様、まさか『闇狩り』ハーカーの一味か!?」
「フィリアさん、逃げてくれ!」
「――は、はい!」
超常現象に唖然としていたフィリアだが、おれの声で即座に動き出す。呆然と立ちすくむ紗夜のもとへ走る。
ダスティンはおれの首に両手を伸ばす。おれは距離を取ろうとバックステップを踏むが、それより早く接近されてしまう。至近距離で顔面に向けて、火炎放射魔法を放つ。
ダスティンの顔は炎上したがしかし、すぐ炎は消え、焼けただれた皮膚も頭髪も再生される。
伸ばされた両手で首を絞めつけられる。
「タクト様!」
来るな! と叫びたいが、声が出せない。
そしてダスティンはフィリアのほうを見た。紅い瞳を輝かせながら。
紗夜を抱き上げていたフィリアは、その目を見てしまった。
焦りの顔が、虚ろな表情に変わる。動きが止まってしまう。
「死ね、『闇狩り』!」
ダスティンの指の力が強くなるその刹那、メイスを振りかぶる人影がおれの目に映った。
「うわぁああ!」
叫びとともに振るわれたメイスは、ダスティンの頭部を強打。霧化する間もなく、ダスティンは弾き飛ばされた。
「――結衣ちゃん?」
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