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第99話 迷宮の中に宿屋があれば
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「作るだって?」
おれも立ち上がってフィリアを見つめる。
「はい。おふたりが一緒に暮らせる場所は、今のところ地上にも迷宮にもありません。でしたら、作ってしまうしかありません」
「詳しく聞かせてください、フィリアさん」
丈二も食いついてくる。ロザリンデもフィリアから目を離さない。
「ロザリンデ様は魔素のほとんどない地上では暮らせません。ですが、津田様は安全が確保できるなら、迷宮内で暮らすこともできるはずです」
「第2階層用の魔物除けを作ろうという話ですか?」
「いや丈二さん、それは難しいのは前に話した通りだ」
第2階層の先行調査の最中、そんな話題が出たことがあったのだ。そのとき考えてみたが、第2階層からは魔物の種類が多く、ある魔物を避ける仕掛けは作れても、その仕掛けにべつの魔物が誘われて来てしまうといった事態になりそうだったのだ。
結局おれたちは、探索者が第2階層で採掘するには冒険者の護衛が必須だ、と結論づけた。
「タクト様の仰る通りです。わたくしが考えているのは、魔物の習性を利用する方法です。魔物は、他の魔物の縄張りで狩りをすることは滅多にないと聞いております。特に、強い魔物の縄張りでは」
「つまりフィリアさんは、強い魔物の縄張りで暮らせばいいって考えているのかい?」
「はい、そうです」
「でも、その縄張り主になる魔物にはどう対処するんだい? 襲ってくるだろうし、かといって倒しちゃったら縄張りもなくなる。そいつ専用の魔物除けを作っても、そいつは別の場所に行ってしまうだけだし」
「その魔物に、人間はお友達なのだと思ってもらえればいいのです」
「それができれば確かにそうかもだけど……」
「タクト様の時代にはなかった発想かもしれませんが、わたくしの時代には魔獣使いと呼ばれる方々がおります。魔物を従えることは、不可能なことではなのです」
「そうだったのか……。そのやり方は、フィリアさんが知ってる?」
「はい。母のひとりが魔物を従える騎士――従魔騎士でしたので。実践経験はないので、上手くいくか自信はありませんが……」
「わかった。おれも魔物については専門家のつもりだ。レクチャーしてもらえるなら、きっと上手くやれる。要は、第2階層で最強の魔物を従えればいいんだね?」
「はい。その上で、家の庭にでも定住させれば、その周辺は安全となるはずです」
「なるほど。面白そうな手段です」
話を聞いて、丈二は感嘆の声をあげた。暗かった顔に、笑みが灯る。
「それなら、ロザリンデさんと一緒に暮らせるかもしれない」
ロザリンデは首を横に振る。
「いいえ、それでは足りないわ。肝心の家がないのよ。わたしは箱のベッドがあるからいいけれど、ジョージはずっと野宿なんて大変でしょう? それに、ここではお仕事もできないわ。毎日出勤するのに迷宮を通るのも大変よ」
「そんなこと問題ではありません――と言えれば格好いいのですが、確かに住処がないのはつらいですね。事務所への行き帰りも、かなりの難点です」
「一緒にいられる代わりに、今度はジョージが無理をしてしまうのなら、わたしが地上にいたほうがマシよ」
「いいえ、ロザリンデ様。住処なら目星はついておりますよ。あまりいいイメージはありませんが……」
と、フィリアは遠くへ視線を向ける。ここからは見えないが、その方向にある建物のことは、ロザリンデ以外はみんな知っている。
「ダスティンの屋敷、ですか」
フィリアは微笑んで頷いた。
「はい。実はこの前から考えていたのです。安全に休息できる施設があれば……と。迷宮の中に宿屋があれば、毎日お客様がいらして大繁盛間違いなし、とも」
セリフの最後のほうは、ちょっとだらしない笑みになる。
「安全を確保の上、さらに電気やインターネットも通れば完璧です。おふたりにはそこに住み込んでいただいて、津田様は普段のお仕事はリモートでおこなっていただき、本当に必要なときにのみ地上に出ていただく……ということでどうでしょう?」
ロザリンデは目を輝かせた。
「毎日誰かが来てくれるの? それはいいわ。寂しくなくて」
「確かにいい。上手くいけば丈二さんたちだけじゃない。冒険者みんなの役に立つ」
けれど、と思う。
かなり難しくないか? 屋敷はかなり古いから修繕が必要だろうし、電気やインターネットをここまで引いてくるのだって、言うほど簡単じゃないはずだ。
「でも……どうやったらできるかな?」
材料や道具・機械の輸送。状況によっては材料は現地調達。そして作業員の安全確保のため移動中・作業中を問わず、常に護衛をつけておかないといけない。
ある程度は金でなんとかなるだろうが、問題は建築業者や電力会社、通信事業者が引き受けてくれるかどうかだ。
「なんとかなるかもしれません」
真剣に考えだしたおれだったが、丈二の言葉に意表を突かれてしまう。
「なんとかなるもんなの? 結構な大事業だよ?」
「いえ、実は以前から似た計画はあったのです。研究所のほうからも、魔素のある環境下で魔物を研究したいという要望は上がっておりまして。第1階層に、そういう施設を作ってしまおうと考えていたのです」
「そんな計画が……」
「ええ、もう少し先の話でしたが、予定を早めてしまいましょう。そして作業を第2階層の屋敷にまで広げてもらいます。それが済むまでは、一緒というわけにもいきませんが……」
丈二はロザリンデに申し訳なさそうな顔を向ける。ロザリンデは首を振る。
「そうね。寂しいけれど……きっとすぐ一緒に暮らせるのでしょう? 少しばかり焦らされるのは構わないわ」
「すぐ、とは確約できませんが、やれるだけのことはしてみます」
こうしておれたちは、ロザリンデと別れて地上に帰還した。
◇
翌日から、さっそく丈二は事業の拡大を提案したらしいのだが……。
「……ダメでした。第1階層の早期着工はともかく、第2階層に関しては予算の問題で来期以降でなければ無理だそうで……」
事務所の机で拳を握りしめ、丈二は悔しそうに語る。おれとフィリアは顔を見合わせてから、彼に微笑みかける。
「だったらその予算は、おれたちがなんとかしようじゃないか」
おれも立ち上がってフィリアを見つめる。
「はい。おふたりが一緒に暮らせる場所は、今のところ地上にも迷宮にもありません。でしたら、作ってしまうしかありません」
「詳しく聞かせてください、フィリアさん」
丈二も食いついてくる。ロザリンデもフィリアから目を離さない。
「ロザリンデ様は魔素のほとんどない地上では暮らせません。ですが、津田様は安全が確保できるなら、迷宮内で暮らすこともできるはずです」
「第2階層用の魔物除けを作ろうという話ですか?」
「いや丈二さん、それは難しいのは前に話した通りだ」
第2階層の先行調査の最中、そんな話題が出たことがあったのだ。そのとき考えてみたが、第2階層からは魔物の種類が多く、ある魔物を避ける仕掛けは作れても、その仕掛けにべつの魔物が誘われて来てしまうといった事態になりそうだったのだ。
結局おれたちは、探索者が第2階層で採掘するには冒険者の護衛が必須だ、と結論づけた。
「タクト様の仰る通りです。わたくしが考えているのは、魔物の習性を利用する方法です。魔物は、他の魔物の縄張りで狩りをすることは滅多にないと聞いております。特に、強い魔物の縄張りでは」
「つまりフィリアさんは、強い魔物の縄張りで暮らせばいいって考えているのかい?」
「はい、そうです」
「でも、その縄張り主になる魔物にはどう対処するんだい? 襲ってくるだろうし、かといって倒しちゃったら縄張りもなくなる。そいつ専用の魔物除けを作っても、そいつは別の場所に行ってしまうだけだし」
「その魔物に、人間はお友達なのだと思ってもらえればいいのです」
「それができれば確かにそうかもだけど……」
「タクト様の時代にはなかった発想かもしれませんが、わたくしの時代には魔獣使いと呼ばれる方々がおります。魔物を従えることは、不可能なことではなのです」
「そうだったのか……。そのやり方は、フィリアさんが知ってる?」
「はい。母のひとりが魔物を従える騎士――従魔騎士でしたので。実践経験はないので、上手くいくか自信はありませんが……」
「わかった。おれも魔物については専門家のつもりだ。レクチャーしてもらえるなら、きっと上手くやれる。要は、第2階層で最強の魔物を従えればいいんだね?」
「はい。その上で、家の庭にでも定住させれば、その周辺は安全となるはずです」
「なるほど。面白そうな手段です」
話を聞いて、丈二は感嘆の声をあげた。暗かった顔に、笑みが灯る。
「それなら、ロザリンデさんと一緒に暮らせるかもしれない」
ロザリンデは首を横に振る。
「いいえ、それでは足りないわ。肝心の家がないのよ。わたしは箱のベッドがあるからいいけれど、ジョージはずっと野宿なんて大変でしょう? それに、ここではお仕事もできないわ。毎日出勤するのに迷宮を通るのも大変よ」
「そんなこと問題ではありません――と言えれば格好いいのですが、確かに住処がないのはつらいですね。事務所への行き帰りも、かなりの難点です」
「一緒にいられる代わりに、今度はジョージが無理をしてしまうのなら、わたしが地上にいたほうがマシよ」
「いいえ、ロザリンデ様。住処なら目星はついておりますよ。あまりいいイメージはありませんが……」
と、フィリアは遠くへ視線を向ける。ここからは見えないが、その方向にある建物のことは、ロザリンデ以外はみんな知っている。
「ダスティンの屋敷、ですか」
フィリアは微笑んで頷いた。
「はい。実はこの前から考えていたのです。安全に休息できる施設があれば……と。迷宮の中に宿屋があれば、毎日お客様がいらして大繁盛間違いなし、とも」
セリフの最後のほうは、ちょっとだらしない笑みになる。
「安全を確保の上、さらに電気やインターネットも通れば完璧です。おふたりにはそこに住み込んでいただいて、津田様は普段のお仕事はリモートでおこなっていただき、本当に必要なときにのみ地上に出ていただく……ということでどうでしょう?」
ロザリンデは目を輝かせた。
「毎日誰かが来てくれるの? それはいいわ。寂しくなくて」
「確かにいい。上手くいけば丈二さんたちだけじゃない。冒険者みんなの役に立つ」
けれど、と思う。
かなり難しくないか? 屋敷はかなり古いから修繕が必要だろうし、電気やインターネットをここまで引いてくるのだって、言うほど簡単じゃないはずだ。
「でも……どうやったらできるかな?」
材料や道具・機械の輸送。状況によっては材料は現地調達。そして作業員の安全確保のため移動中・作業中を問わず、常に護衛をつけておかないといけない。
ある程度は金でなんとかなるだろうが、問題は建築業者や電力会社、通信事業者が引き受けてくれるかどうかだ。
「なんとかなるかもしれません」
真剣に考えだしたおれだったが、丈二の言葉に意表を突かれてしまう。
「なんとかなるもんなの? 結構な大事業だよ?」
「いえ、実は以前から似た計画はあったのです。研究所のほうからも、魔素のある環境下で魔物を研究したいという要望は上がっておりまして。第1階層に、そういう施設を作ってしまおうと考えていたのです」
「そんな計画が……」
「ええ、もう少し先の話でしたが、予定を早めてしまいましょう。そして作業を第2階層の屋敷にまで広げてもらいます。それが済むまでは、一緒というわけにもいきませんが……」
丈二はロザリンデに申し訳なさそうな顔を向ける。ロザリンデは首を振る。
「そうね。寂しいけれど……きっとすぐ一緒に暮らせるのでしょう? 少しばかり焦らされるのは構わないわ」
「すぐ、とは確約できませんが、やれるだけのことはしてみます」
こうしておれたちは、ロザリンデと別れて地上に帰還した。
◇
翌日から、さっそく丈二は事業の拡大を提案したらしいのだが……。
「……ダメでした。第1階層の早期着工はともかく、第2階層に関しては予算の問題で来期以降でなければ無理だそうで……」
事務所の机で拳を握りしめ、丈二は悔しそうに語る。おれとフィリアは顔を見合わせてから、彼に微笑みかける。
「だったらその予算は、おれたちがなんとかしようじゃないか」
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