異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ

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第111話 ネットなしは、ありえません……

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「入居希望者、全然来てないんですか?」

「いや、あくまで求人と比べたら、だよ。結構来てくれてる。詳しく話を聞くと乗り気じゃなくなっていくみたいだけど……」

 小さくため息。

 紗夜は不思議そうに首を傾げる。

「どうしてです? 間取りとか見せてもらいましたけど、結構広くて使いやすそうですよ。まあ、写真で見る限りはとっても古そうでしたけど、ちゃんと改装するんですよね?」

「それはもちろん。しっかり直してもらうつもりだよ。まあ、直すだけじゃどうにもならないところもあるけどね……」

「でも、グリフォンがいるから安全なんですよね?」

「基本的には」

「電気とか明かりとか冷暖房は、魔力回路と魔力石でなんとかするんですよね?」

「うん」

「水道も、井戸を掘って繋げるんですよね?」

「うん、最悪でも川から繋ぐよ。問題ないはず」

「食べ物とか日用品とか、グリフォン運送で仕入れて販売してくれるんですよね?」

「その予定だよ」

「地上に出たいときは、そのグリフォンがタクシー代わりになるんですよね?」

「その通り」

「……なにが問題なんですか?」

「ネットがない」

「はい、解散で~す」

 紗夜の隣で、結衣が両手で大きくバッテン印を作った。

「おじゃま、しました……。紗夜ちゃん、次の物件見に行こ……」

 紗夜の手を引きつつ、結衣は背中を向ける。

「待って待って」

 呼び止めると立ち止まってくれる。しかしジト目で見上げられてしまう。

「今どき、ネットなしなんて……どんだけ田舎の物件、ですか」

「田舎っていうか迷宮ダンジョンだし」

「ユイたち、動画配信、やってます……。ネットなしは、ありえません……」

「ま、まあ……そうだよね……」

 紗夜も「あははっ」と苦笑する。

迷宮ダンジョンの中、もともと圏外だったので、しょうがないですけど……普段からネットがないのはちょっと。ギルドからの通知とか、調べものとか、買い物とか、ネットないと色々困っちゃいますし」

 フィリアも肩を落とす。でも納得もしている顔だ。

「残念ですが、わたくしも同感です。これまで見えられた方々も、他はともかくネットにだけは共通して難色を示しておられました。気にしないと仰ってくれたのは、武田様だけです」

「あー、武田さんなら、屋根さえあればいいとか言いそうです」

「実際、それに近いことを仰っていましたよ。パーティのおふたりに猛反対されて、結局は諦めて行かれましたが」

「武田さんもパーティでルームシェアする気だったんですか? 意外です」

「いえ、ひとり暮らしをご希望でした。ですが、迷宮ダンジョンは単独での侵入が禁じられておりますでしょう? なので入居も最低2名からと決めております。部屋に関してはシェアしても、複数借りていただいても、どちらでも構いませんが」

「ふぅん……あたしたちならルームシェアだけど」

「ユイは、同棲って言い方のほうが好き、だよ……」

 若干熱を帯びた視線を紗夜に送ってから、結衣はまたこちらに向き直った。

「とにかく、ネットがないのは……致命的、です。テレビが見れないくらいなら、我慢できますけど……。素直に、宿だけにしたほうがいいと、思います……」

「一応、どうにかできないかって試してもらってるところなんだけどね」

「どうにかなりそう、なんですか?」

「……まだわかんない」

 結衣は紗夜のほうを見て、肩をすくめた。紗夜はまた苦笑してから、ぺこりとこちらにお辞儀した。

「ごめんなさい、先生。あたしたち、今回はご遠慮します」

「やっぱ、そうかー」

「でもでもっ、もしネットが使えるようになったら、声をかけてくれると助かりますっ。あたしたち、なかなかいい物件見つかんなくって。間取りとか、本当にいいなって思ってたんです」

「オーケイ、そうするよ」

「よろしくお願いしますっ。じゃあ、失礼しますっ」

 紗夜と結衣は、去っていった。

 おれとフィリアは、顔を見合わせてため息。

「やはり、インターネットの開通は急務です」

「う~ん、結衣ちゃんが言ってたみたいに宿だけに専念したほうがいい気もしてきたけど」

「いいえ、津田様がロザリンデ様と一緒にいられる時間を増やすためにも、リモートワーク環境は必要です。それにそれに、わたくもどうせならネットしたいですっ」

「敬介くん次第だね。明日こそ会いに行こう」


   ◇


 というわけで翌日、おれたちは武器屋『メイクリエ』に赴いた。

「へえ、これが図面?」

「ただのアイディア図ですよ。前に挑戦してた、魔素マナを使った通信機をベースにしてます」

「その魔素マナを使った通信ってどういうものなんだい?」

 敬介は自信なさげにだが、説明してくれる。

「ええと、前に店長と一緒に調べたんですけど、魔素マナって一定以上の濃度があると、魔力の振動波を伝播させられる性質があるみたいなんです。つまり発信側が一定の規則で振動を送って、受信側が規則に従って振動を読み取れば、情報の伝達ができるはずなんです」

「……えっと、つまり?」

「電波でデータを送るのと、同じことができるはずってことです」

「へえ、それはすごい」

「しかも電波と違って、ほとんど減衰せずに届けられるんです。魔素マナが濃いところなら圏外知らず……なはずなんですけど、僕の試作品は上手くいきませんでした。まあ、見様見真似で作った魔力回路もどきで成功するほど甘くはないですね。課題その1です」

「それでしたら、わたくしがお手伝いできそうです」

 フィリアは自信満々に微笑んだ。

「フィリアさん、やけに自信満々だね?」

 尋ねるとフィリアはおれにだけ聞こえるよう耳打ちしてきた。

(タクト様の時代には無かったのでしょうが、わたくしの時代では通信魔導器はかなり普及しているのです。構造はよく知っております。なにせ母の発明品のひとつですから)

「それは頼もしいね」

 とか言いつつ、耳元のささやき声にドキドキしてしまうおれであった。

「続いてなんですけど、これは試作もしてませんし、そもそもできるのかすらわからない課題その2なんですが……ネットの通信電波を、魔力の振動波に変換できないかと考えているんです」

「そうすると、どうなるんだい?」

「電波が魔力振動に変換できれば、魔素マナの性質で迷宮ダンジョンのどこにでも届けられるわけです。続いて、受信側で魔力振動を電波に変換し直せば、パソコンやスマホに繋がるはずです」

「つまり、インターネットができる?」

「変換が上手く行けば……たぶん」

 やはり自信がなさそうな敬介だが、どうやら見込みはありそうだ。

「素晴らしい発想です、早見様!」

 なにせフィリアがきらきらと目を輝かせているのだから。
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