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第116話 迷宮で歩きスマホは危ないですよ?
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魔素を活用した、迷宮内でのインターネット回線の利用は、いよいよ完成間近にまでこぎつけたのだという。
それを聞いて、おれは実験の手伝いにやってきたのだ。
実験場所は、第1階層の入口付近。スマホが圏外にならず、かつ、そこそこに魔素が満ちている位置だ。
そこにはフィリアや敬介、それに外に出てくるのは珍しいミリアムも一緒にいた。
敬介はさっそく2台ある試作機の一方をおれに手渡してくれた。
「ちょっと大きいけど、スマホケースみたいな形してるね?」
「実際、スマホケースみたいに使うんですよ」
「魔力石もついてる」
「その魔力石でケースの魔力回路を常時発動させます。魔力振動の送受信と、電波と魔力振動を相互変換する魔法になっています」
「はい。なっているはず、です。はい。今度こそ……今度こそ……」
フィリアはちょっと顔がこわばってしまっている。これまで失敗が重なって、自信が揺らいでいるのかもしれない。
このところフィリアは帰宅が遅かったり、家に帰ってきても夜なべして魔力回路を設計していたりしていた。その頑張りを知っている分、安心させてやりたいが、根拠もなく大丈夫だなんて無責任なことは言えない。
言葉は、成功したときにとっておこう。
「ではさっそく、使ってみてください」
「オーケイ。じゃあ、おれのスマホで」
ケースにスマホをセットすると、魔力回路が起動して薄く輝き始めた。どうやらスマホが装着されると、魔力回路と魔力石が接続される機構になっているらしい。
「次は僕のスマホでテザリングするんで、Wi-Fiの設定をお願いします」
言われたとおりに設定する。これでおれのスマホは、敬介のスマホを介してネットに繋がる。
「できたよ。次はなにを設定すればいい?」
「いえ、設定はこれで終わりです」
言いつつ、敬介はもう1台の試作機を自分のスマホに装着した。こちらと同じく魔力回路が起動する。
「上手くいっているなら、一条先生のスマホは迷宮のどこへ行っても僕のスマホと繋がっているはずです。試しに、確実に圏外になる場所まで行ってみてください。まだ繋がっていたら、メッセージをお願いします」
「わかった。フィリアさん、行こうか」
「は、はいっ。参りましょう」
「気をつけてね~!」
手を振るミリアムや敬介に見送られて、おれたちは迷宮奥へ進んでいく。
フィリアは祈るように、胸元で両手をぎゅっと重ねる。
「……スートリアの神様、女神様、聖女様……どうか、上手くいきますように……」
というか本当に祈っていた。小声の異世界語で、延々と繰り返している。
いつもなら圏外になる位置まで来たところで、スマホを取り出して確認。フィリアがずい、と覗き込んでくる。
「繋がっています? いますよね? このマーク、繋がっている証拠ですよね?」
「メッセージを送ってみよう。それでハッキリする」
「はい……」
おれは敬介に『届いた?』と送ってみる。
フィリアが固唾を飲んでアプリ画面を見守る。
数秒後、メッセージが既読になる。
ぱあっ、と花が咲くみたいにフィリアが笑顔になる。
さらに敬介から返信。『届きました!』
「や――!」
フィリアは大きく跳ねて、おれに抱きついてきた。
「やりましたぁあ!」
抱きついてなお、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やった、やりましたよタクト様! わたくし、やり遂げました!」
「ああ、おめでとう! これはすごいよ! 迷宮でネットができるなんて思ってもいなかったよ!」
「ありがとうございます! すごいですか、わたくし、すごいですか?」
「ああ、これでスマホ本来の能力が冒険にも活かせるんだ。迷宮探索が変わるよ。おれも想像しきれないけど、革命が起こるかもしれない!」
「それほど? それほどですか!?」
「ああ、それほどだよ! それに、これで丈二さんとロゼちゃんが一緒にいる時間を増やしてあげられる」
「はい! おふたりがずっと一緒に居られる場所を作れるのですね――うぅ、ふぇええん!」
嬉しそうにしていたかと思ったら、フィリアは急に泣き出してしまった。
「えっ、ちょっ、フィリアさん?」
「うれしいですぅう~っ!」
泣きながら喜ぶフィリアの頭を、優しく撫でてあげる。さらさらの銀髪の感触が心地良い。
思えば、彼女は自分の才能に対してコンプレックスがあるようだった。丈二やロザリンデのためになったことも嬉しいのだろうけれど、こうしてなにか大きなことをやり遂げられたのも、とても喜ばしいのだろう。
「……よく頑張ったね、フィリアさん。さすが、おれの最高のお姫様だよ」
「はい……。ありがとうございますっ」
ますます強く抱きしめられる。
ところで、この位置は比較的大きな空間で、割とよく冒険者や探索者が通ったりする。
「モンスレさんが女の子泣かしてる……」
「抱き合ってるだけじゃない?」
「なんだ、またイチャイチャしてるのか」
通りすがりのパーティに、ささやかれたりしてちょっと恥ずかしい。
「えっと……フィリアさん、そろそろ離れない? 見られちゃってる」
「いやです。タクト様の言う通り、わたくし頑張りました。もっとご褒美が欲しいです」
「甘えん坊さんめ」
「甘えてもいいと仰ったのは、タクト様です」
「しょうがないなぁ」
おれが観念したところ、スマホからメロディが流れ始めた。
びっくりして、ふたり揃って離れる。メッセージアプリの通話着信だ。敬介から。
出ていいか、と視線で尋ねる。フィリアは頷く。
ビデオ通話を開始した。
『なんだ、ちゃんと繋がってるじゃん』
「あれ、ミリアムさん?」
画面に映ったのはミリアムだった。すぐ敬介も映る。
『あれから何度もメッセージ送ってるのに既読にならなかったので、接続が切れちゃったのかと思って』
「あ、ごめん敬介くん。気付いてなかった」
『ふたりでイチャイチャでもしてたんじゃないの~?』
ミリアムの鋭い指摘に、フィリアは赤面する。
『それはさておき。一条先生、このまま第2階層まで行けますか? せっかくなので、さらに遠いところまで届くか確認したいんです。それと念の為、僕以外にも連絡が取れるか試してください』
「オーケイ、やってみるよ」
『よろしくお願いします』
そこで通話が切れる。
さっそくおれは第2階層へ向かいつつ、丈二や紗夜たちにメッセージを送ろうとして――。
「タクト様、いけません。迷宮で歩きスマホは危ないですよ?」
フィリアにスマホを取り上げられてしまった。
それを聞いて、おれは実験の手伝いにやってきたのだ。
実験場所は、第1階層の入口付近。スマホが圏外にならず、かつ、そこそこに魔素が満ちている位置だ。
そこにはフィリアや敬介、それに外に出てくるのは珍しいミリアムも一緒にいた。
敬介はさっそく2台ある試作機の一方をおれに手渡してくれた。
「ちょっと大きいけど、スマホケースみたいな形してるね?」
「実際、スマホケースみたいに使うんですよ」
「魔力石もついてる」
「その魔力石でケースの魔力回路を常時発動させます。魔力振動の送受信と、電波と魔力振動を相互変換する魔法になっています」
「はい。なっているはず、です。はい。今度こそ……今度こそ……」
フィリアはちょっと顔がこわばってしまっている。これまで失敗が重なって、自信が揺らいでいるのかもしれない。
このところフィリアは帰宅が遅かったり、家に帰ってきても夜なべして魔力回路を設計していたりしていた。その頑張りを知っている分、安心させてやりたいが、根拠もなく大丈夫だなんて無責任なことは言えない。
言葉は、成功したときにとっておこう。
「ではさっそく、使ってみてください」
「オーケイ。じゃあ、おれのスマホで」
ケースにスマホをセットすると、魔力回路が起動して薄く輝き始めた。どうやらスマホが装着されると、魔力回路と魔力石が接続される機構になっているらしい。
「次は僕のスマホでテザリングするんで、Wi-Fiの設定をお願いします」
言われたとおりに設定する。これでおれのスマホは、敬介のスマホを介してネットに繋がる。
「できたよ。次はなにを設定すればいい?」
「いえ、設定はこれで終わりです」
言いつつ、敬介はもう1台の試作機を自分のスマホに装着した。こちらと同じく魔力回路が起動する。
「上手くいっているなら、一条先生のスマホは迷宮のどこへ行っても僕のスマホと繋がっているはずです。試しに、確実に圏外になる場所まで行ってみてください。まだ繋がっていたら、メッセージをお願いします」
「わかった。フィリアさん、行こうか」
「は、はいっ。参りましょう」
「気をつけてね~!」
手を振るミリアムや敬介に見送られて、おれたちは迷宮奥へ進んでいく。
フィリアは祈るように、胸元で両手をぎゅっと重ねる。
「……スートリアの神様、女神様、聖女様……どうか、上手くいきますように……」
というか本当に祈っていた。小声の異世界語で、延々と繰り返している。
いつもなら圏外になる位置まで来たところで、スマホを取り出して確認。フィリアがずい、と覗き込んでくる。
「繋がっています? いますよね? このマーク、繋がっている証拠ですよね?」
「メッセージを送ってみよう。それでハッキリする」
「はい……」
おれは敬介に『届いた?』と送ってみる。
フィリアが固唾を飲んでアプリ画面を見守る。
数秒後、メッセージが既読になる。
ぱあっ、と花が咲くみたいにフィリアが笑顔になる。
さらに敬介から返信。『届きました!』
「や――!」
フィリアは大きく跳ねて、おれに抱きついてきた。
「やりましたぁあ!」
抱きついてなお、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やった、やりましたよタクト様! わたくし、やり遂げました!」
「ああ、おめでとう! これはすごいよ! 迷宮でネットができるなんて思ってもいなかったよ!」
「ありがとうございます! すごいですか、わたくし、すごいですか?」
「ああ、これでスマホ本来の能力が冒険にも活かせるんだ。迷宮探索が変わるよ。おれも想像しきれないけど、革命が起こるかもしれない!」
「それほど? それほどですか!?」
「ああ、それほどだよ! それに、これで丈二さんとロゼちゃんが一緒にいる時間を増やしてあげられる」
「はい! おふたりがずっと一緒に居られる場所を作れるのですね――うぅ、ふぇええん!」
嬉しそうにしていたかと思ったら、フィリアは急に泣き出してしまった。
「えっ、ちょっ、フィリアさん?」
「うれしいですぅう~っ!」
泣きながら喜ぶフィリアの頭を、優しく撫でてあげる。さらさらの銀髪の感触が心地良い。
思えば、彼女は自分の才能に対してコンプレックスがあるようだった。丈二やロザリンデのためになったことも嬉しいのだろうけれど、こうしてなにか大きなことをやり遂げられたのも、とても喜ばしいのだろう。
「……よく頑張ったね、フィリアさん。さすが、おれの最高のお姫様だよ」
「はい……。ありがとうございますっ」
ますます強く抱きしめられる。
ところで、この位置は比較的大きな空間で、割とよく冒険者や探索者が通ったりする。
「モンスレさんが女の子泣かしてる……」
「抱き合ってるだけじゃない?」
「なんだ、またイチャイチャしてるのか」
通りすがりのパーティに、ささやかれたりしてちょっと恥ずかしい。
「えっと……フィリアさん、そろそろ離れない? 見られちゃってる」
「いやです。タクト様の言う通り、わたくし頑張りました。もっとご褒美が欲しいです」
「甘えん坊さんめ」
「甘えてもいいと仰ったのは、タクト様です」
「しょうがないなぁ」
おれが観念したところ、スマホからメロディが流れ始めた。
びっくりして、ふたり揃って離れる。メッセージアプリの通話着信だ。敬介から。
出ていいか、と視線で尋ねる。フィリアは頷く。
ビデオ通話を開始した。
『なんだ、ちゃんと繋がってるじゃん』
「あれ、ミリアムさん?」
画面に映ったのはミリアムだった。すぐ敬介も映る。
『あれから何度もメッセージ送ってるのに既読にならなかったので、接続が切れちゃったのかと思って』
「あ、ごめん敬介くん。気付いてなかった」
『ふたりでイチャイチャでもしてたんじゃないの~?』
ミリアムの鋭い指摘に、フィリアは赤面する。
『それはさておき。一条先生、このまま第2階層まで行けますか? せっかくなので、さらに遠いところまで届くか確認したいんです。それと念の為、僕以外にも連絡が取れるか試してください』
「オーケイ、やってみるよ」
『よろしくお願いします』
そこで通話が切れる。
さっそくおれは第2階層へ向かいつつ、丈二や紗夜たちにメッセージを送ろうとして――。
「タクト様、いけません。迷宮で歩きスマホは危ないですよ?」
フィリアにスマホを取り上げられてしまった。
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