異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ

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第154話 ダンジョン婚

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「なにがダメなんだ? まさか、合成人間《キメラヒューマン》は、子供が作れない……とかか?」

 ショックを受けている雪乃だが、フィリアはすぐ手を振って否定した。

「いえ、それはおそらく大丈夫だと思います。ただ、風間様の今のお体は、魔素マナの依存率が高いのです。ロザリンデ様のように、地上で過ごすのは危険を伴うことになるかと……」

「地上にいると、俺、死んじゃうんすか? それなら……ちょっと寂しいっすけど、迷宮ダンジョンで暮らせば問題ないんすよね? 結婚がダメってことはないんじゃないすか?」

 隼人の言に、フィリアはゆっくりと首を横に振る。

「いいえ、風間様はわかっておりません。結婚に必要な大事なものが、この迷宮ダンジョンには足りないのです!」

 隼人も雪乃も、首を傾げる。

「つまり?」

「教会です! 神父様も牧師様もいらっしゃいません! それでは結婚式をおこなうことができないではありませんか!」

 フィリアがなにを言うのかと身構えていたおれたちは、一斉に肩から力が抜けてしまった。

「あのなー、フィリア、アタシたちの国じゃ書類を出せば、それで結婚は成立するんだよ。べつに、結婚式なんか挙げなくても……」

「では、桜井様は挙げたくないのですか!? 結婚式を!?」

「うっ、そ、そりゃ……挙げたくねえわけじゃねーけどよ……」

「そうでしょうとも! わたくしは、兄や姉……他にも親しい方々の結婚式を何度も見てきました。新郎新婦はもちろん、祝福する方々も、みんなとても幸せそうにしておりました。そのような式典を挙げないなんて、わたくしは承服いたしません。結婚には、幸せな祝福が必要なのです!」

「よく言ったわ、フィリア。わたしは賛成よ。やはり結婚式は挙げるべきだわ」

 乗り気のロザリンデに、おれも頷く。

「そうだね。このところ嫌な事件が続いてて、それはまだ続くみたいだけど……ここらでみんなで盛大に祝えるイベントでもやって、リフレッシュしておきたいな。隼人くんも帰ってきたし、制限付きとはいえ長生きできるし、雪乃ちゃんは恋が実るし、こういう良いことはみんなと共有しとかないと」

「実ったのは、アタシのじゃなくて、隼人の恋だろ……!」

「あはは……でも、実際どうするんすか? 神父さんも教会も」

 するとフィリアは胸を張って宣言した。

「これはわたくしの家の家訓なのですが、なければ作ってしまえばよいのです!」

 おれは笑って頷く。

「いいね。教会は宿の一室を改装すればいいし、披露宴は食堂ホールでやれそうだ。いい感じに働いてくれそうな新人もいるし」

「はい。神父様のほうは、冒険者や探索者の中に、資格を持ってる方がいらっしゃらないか探してみましょう。他にもこちらに来ている異世界リンガブルーム人にも、ツテがないか確認してみます」

異世界リンガブルームの神とこちらの神は違うでしょうけれど、まあ、愛し合うふたりに野暮なことを言う神様はいないわよね?」

「ちょちょちょ、ちょっと待てよ」

 興が乗ってきたところで、なぜか雪乃が待ったをかけた。

「どうしたの雪乃ちゃん」

「どうしたもこうしたもねーよ! 隼人が長生きできるんならよ、べ、べつに焦らなくてもいいんじゃねーかなって、気がしてきたっつーか……」

 それを聞いた瞬間、隼人のイヌ耳と尻尾が、しゅんと垂れ下がった。

「あ……そう、っすか……。そうっすよね、はは……っ」

「あっ、そうじゃねーんだ、隼人! 嫌ってわけじゃなくて――」

「怖気づいたのね」

 さらりとロザリンデが口にすると、むぅっ、と雪乃は頬を膨らませた。

「ち、ちげーし! びびってねーし!」

「本当かなぁ? 雪乃ちゃん、意外とそういうところあるからなぁ」

「ほ、本当にちげーし……」

 良い言い訳が出てこないのか、声の調子が弱くなる雪乃である。フィリアは、そんな雪乃の両肩を正面から強く叩いた。

「大丈夫です! 結婚も幸せも、恐くはありません! 桜井様はいつも通りの強気で、祝福をかき集めてしまえばよいのです! おふたりなら、きっと素晴らしい結婚式になります!」

 黄色い綺麗な瞳で見つめられて、雪乃はいよいよ観念したようだ。

「うー、まあ……アタシが言い出したことだし……な。ロゼの言う通り、隼人がどうだろうと気持ちは変わらねえし……うん、いっちょ派手にやるか!」

 赤面しつつ、やけくそ気味に宣言する雪乃だった。

 満足そうにうんうんと頷くフィリア。『花吹雪』のパーティメンバーも、思い思いに賛同を表明する。

 そうして、また合成生物キメラ製造施設を停止させて、第2階層の宿を目指して出発する。

 その間、ロザリンデは上機嫌で歩みも弾むようだった。

「ダンジョン婚、いいわね。わたしもジョージといずれ結婚式を挙げたいわ。叶うかしら」

「いずれなんて言わず、ふたりならすぐにでも挙げていいと思うけど」

「そうね……でも、わたしのほうが少し怖気づいているわ。ユキノのこと言えないわね」

「寿命の差のことか」

「ええ……後悔しないように精一杯やっているつもりだけれど、いつか失う日のことを考えると怖いわ。冗談抜きで、ジョージに合成生物キメラになってもらおうかしら」

「ロゼちゃん……さっきも思ったけど、さすがに禁忌を犯すのは放っておけないよ。ロゼちゃんだって、おぞましいって言って施設を破壊しようとしたじゃないか」

「そうね。でも、好きな人が同じ時間を生き続けてくれる手段があるのなら、考えてしまうわ。この国ではまだ禁忌ではないのだし」

「むぅ……」

 これは耳が痛い。おれも、上級吸血鬼ダスティンを倒すため、ロザリンデと同じ理屈で禁呪を使った。あまり強く言えない。

 そこにフィリアが口を挟む。

「あのロザリンデ様、禁忌はもちろんなのですが……津田様が合成生物キメラになれたとしても、風間様ほどの効果は得られないどころか、かえって寿命が縮んでしまうかもしれません」

「そうなの?」

「はい。風間様は、レベルの上がりやすい――つまり、魔素マナによる体質変化を受けやすいお体でした。それが合成においても、素材との適合率を高める役目を果たし、結果として寿命が伸びたのではないかと考えられるのです」

「あら、そう……。誰にでも同じ効果が出るわけではないのね。残念だわ」

 そっけなく言うが、ロザリンデは本当に残念そうだ。

 しかし、すぐ気を取り直す。

「でも、隼人だけでも長生きできるのはいいことだわ! ダンジョン婚、はりきって成功させましょう。後が続くように」

 フィリアは同意して大きく頷くのだった。

 ――そして準備期間を経て、その結婚式は、あっという間にやってきた。
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