異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐

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少しだけ、困る

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朝は、いつもより早く目が覚めた。

鐘が鳴る前。
外はまだ静かで、廊下の足音もない。

「……」

昨日の夜、考えすぎたせいかもしれない。
眠れなかったわけじゃないけど、
目が覚めたら、もう起きていい気がした。

部屋を出て、台所を覗く。

誰もいない。

「……早すぎたか」

水を汲んで、顔を洗う。
冷たい。

そのまま戻ろうとしたとき、
中庭の方から、少し慌ただしい声が聞こえた。

「……?」

覗くと、エレナが洗濯物の前で立ち尽くしていた。

「どうした?」

「……ちょっと、困ってます」

珍しく、即答じゃなかった。

近づいて見ると、
洗濯物の下に、大きな水溜まり。

「……夜の雨?」

「たぶん。風向きが変わって、端のが全部濡れました」

確かに、一番乾きにくい位置だ。

「今日は、天気いいですけど」

「問題は、これからです」

エレナは、濡れた服を指差した。

「このあと、朝ごはんと配膳で手が取られる。干し直す時間がない」

「……なるほど」

洗濯物は、子ども全員分。
このままだと、午前中ずっと湿ったままになる。

「……僕、やりますよ」

「え?」

「干し直し」

「でも、今日は仕事探しに行くんですよね?」

「その前に、これだけ」

言ってから、
少しだけ、自分で引っかかる。

“その前に”が、だんだん増えてる気がする。

でも、今はそれどころじゃない。

ロープを一度外して、
乾きやすい順に並べ直す。

風向き。
日当たり。
布の厚さ。

無意識に、手が動く。

そこへ、足音。

「……ゆう?」

リオだった。

「どうした?」

「みんな、さがしてる」

「もうすぐ行くよ」

「……それ、またぬれてる?」

「夜にね」

「そっか」

しばらく見てから、
リオが言う。

「……ぼく、これ持つ」

「いいの?」

「うん」

エマも来た。

「順番、変えたほうがいい」

「どこを?」

「一番厚いの、端じゃない」

「……確かに」

ミアは、眠そうな顔で立っていた。

「……あさ?」

「朝」

「ごはん?」

「もうすぐだよ」

それだけで、少し元気になる。

三人で干し直していると、
思ったより早く終わった。

「……助かりました」

エレナが、少し遅れて来て言った。

「本当は、私がやるはずだったのに」

「間に合ったなら、問題ないです」

そう答えながら、
自分でも思う。

――これ、僕がいなかったら、どうなってたんだろう。

大惨事じゃない。
でも、確実に“困る”。

朝ごはんの準備が始まり、
台所が慌ただしくなる。

鍋の音。
パンの匂い。

僕は、一歩引いて見ていた。

「……ユウ」

エレナが、小さな声で言う。

「今日、いない予定でしたよね」

「……そうでした」

「でも」

言葉を切って、
洗濯物を見る。

「今朝は、いないと困りました」

責める声じゃない。
事実を、置いただけ。

「……」

返す言葉が、すぐに見つからない。

子どもたちが、席につき始める。

「ゆう、すわる?」

ミアが聞く。

「今日は、手伝いだけ」

「……そっか」

リオは、何も言わない。
でも、僕の方を一度見て、それから席についた。

エマは、ちらっと洗濯物を見てから、
小さく頷いた。

朝ごはんが始まる。

いつも通りの時間。
いつも通りの音。

でも。

「……」

僕がやったのは、干し直しただけだ。

それだけで、“困らなかった”。

「……困る、か」

独り言は、誰にも聞かれない。

でも。

それが、一番、厄介な形だと思った。
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