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第一章 新年の風来る
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会議室の無機質なテーブルに、不格好に置かれたトースターから餅を出しながら八戒が言う。このトースターは事務所の給湯室から勝手に拝借してきたものだ。醤油を垂らし、海苔を巻いて手づかみで口に運ぶ。
「あちっ」
「拙者も所望する」
珍しく悟浄が八戒から餅を分けてもらっている。
「いいよ。悟浄も腹減ってんの?」
「若干。それに、昨日までもずっと忙しく過ごしており、まだ新年気分を味わっていない故、八戒が美味そうに餅を食べるのを見ていたら羨ましくなってな……」
しんみりとした悟浄の言葉に悟空もふと思い出す。昨夜新年を迎えた瞬間にはまだ事務所にいて、そこにいた社内関係者とは新年のあいさつをしたものの、家に帰って倒れ込むように玄奘と共にベッドに入り、熟睡してしまった。そして朝、磁路に呼び出され再び出社しているのだ。
年明けの実感はまだ何もない。
「そういや、おれ達まだおせちも雑煮も食べてないですね。準備する暇もなかったですし」
悟空が言えば、玄奘も切なそうに頷く。
「そうだなあ。黒豆と栗きんとんが食べたい……」
「甘いものばっかりですね」
「ふふふ、そうだな。八戒、私にもお餅を分けてもらえるかな」
「今焼いてるからちょっと待っててね。玄奘、甘いのがよければ砂糖醤油、きな粉に餡子も準備してあるけどいる?」
さすがに食い意地の張った八戒の準備はぬかりがない。
「わぁ、ありがとう」
手を叩いて喜ぶ玄奘の隣で、悟空もトースターを覗きこむ。
「あんまり膨らし過ぎると餅が中でくっついちまうぞ。ほら、皿貸せよ」
四人で熱い餅をほっこり頬張っていると、磁路が仁王立ちになって宣言した。
「お主ら、私の話を聞けぃ!」
餅で頬を膨らしながら、ジャニ西の四人は磁路の方に顔を向けた。無言でもぐもぐしながら話だけは聞く姿勢らしい。
「いいか。誰もやっていないことをやることに価値があるのだ。今の世界の音楽シーンを見てみよ。激しいダンスをしながらテンポの速い曲を歌っておるアーティストたちもおる。彼、彼女らの肺活量、筋肉のしなやかさ、身体持久性をもってすればダンスしながらのアカペラも十分可能だ。ということはお主らにできぬはずがない。前人未踏のダンスアカペラに踏み込んでいくのだ」
瞬く間に数個の餅を食べてしまった八戒は再びトースターに餅を入れながら、悟空に耳打ちする。
「ダンスアカペラなんてさ、磁路さんどうしたんだろ、何か焦ってんのかな」
悟空は餅にかぶりつきながら適当に返事をする。
「やっぱり紅白に出られなかったからじゃねえの?」
「別に今時紅白なんて出られなくたって、別に、ねえ?」
「聞こえているぞ」
ドスの利いた声を磁路は響かせる。
「紅白は一つの番組である。様々な事情を考慮の上、出ない、という選択肢はあろう。しかし、声がかからぬというのはそれだけの実力や知名度がまだないということ。まだまだ精進が足らぬのだ。高みを目指す姿勢が足りておらぬ。忘れたか、我々が目指しておるのは世界の平安ぞ。そのためには世界の頂点を目指さねば」
堂々とした磁路の熱弁に、悟浄はこめかみを抑えながら重々しく口を開いた。
「精進に励むべき、という理屈は納得できる。しかし、我々は今までも努力を怠っていたわけではござらん。しかも、新たな方向性として『ダンス』と勝手に決断されるのはいかがなものか」
悟浄の口の端にはきな粉がついているせいでやや威厳に欠けてしまうのが残念だ。
「確かにダンスというのは新奇な課題である故、戸惑いも大きいかもしれぬ。しかし、お主たちの身体能力の活かす方略として適当だと社内で判断した結果である。プロデューサーも是非にと仰られておる」
「ふぅん、もう決定事項ってわけか。いつもいつも強硬で横暴なんだよな」
そもそもアカペラボーカルグループとしてデビューする話も、磁路に勝手に決められたのである。前世の孫悟空であれば、納得がいかないと観世音菩薩、すなわち環野社長に抗議に行くタイミングだが、人間として育ってきた今世の悟空は最低限の社会性は持ち合わせている。
悟空は隣にいる玄奘の顔色が悪い事に気が付いた。両手で餅を持ち、もきゅもきゅと咀嚼しながらも、青白い頬をしている。玄奘のことには目敏い悟空はすぐに覗き込んで尋ねた。
「玄奘、どうしました?具合悪いです?」
「いや……、だいじょうぶだよ」
「そんな顔色でだいじょうぶなわけないでしょう。今日はもう帰りましょうか」
恋人にのみ過保護な悟空は既に帰り支度を始めようとしている。
「あちっ」
「拙者も所望する」
珍しく悟浄が八戒から餅を分けてもらっている。
「いいよ。悟浄も腹減ってんの?」
「若干。それに、昨日までもずっと忙しく過ごしており、まだ新年気分を味わっていない故、八戒が美味そうに餅を食べるのを見ていたら羨ましくなってな……」
しんみりとした悟浄の言葉に悟空もふと思い出す。昨夜新年を迎えた瞬間にはまだ事務所にいて、そこにいた社内関係者とは新年のあいさつをしたものの、家に帰って倒れ込むように玄奘と共にベッドに入り、熟睡してしまった。そして朝、磁路に呼び出され再び出社しているのだ。
年明けの実感はまだ何もない。
「そういや、おれ達まだおせちも雑煮も食べてないですね。準備する暇もなかったですし」
悟空が言えば、玄奘も切なそうに頷く。
「そうだなあ。黒豆と栗きんとんが食べたい……」
「甘いものばっかりですね」
「ふふふ、そうだな。八戒、私にもお餅を分けてもらえるかな」
「今焼いてるからちょっと待っててね。玄奘、甘いのがよければ砂糖醤油、きな粉に餡子も準備してあるけどいる?」
さすがに食い意地の張った八戒の準備はぬかりがない。
「わぁ、ありがとう」
手を叩いて喜ぶ玄奘の隣で、悟空もトースターを覗きこむ。
「あんまり膨らし過ぎると餅が中でくっついちまうぞ。ほら、皿貸せよ」
四人で熱い餅をほっこり頬張っていると、磁路が仁王立ちになって宣言した。
「お主ら、私の話を聞けぃ!」
餅で頬を膨らしながら、ジャニ西の四人は磁路の方に顔を向けた。無言でもぐもぐしながら話だけは聞く姿勢らしい。
「いいか。誰もやっていないことをやることに価値があるのだ。今の世界の音楽シーンを見てみよ。激しいダンスをしながらテンポの速い曲を歌っておるアーティストたちもおる。彼、彼女らの肺活量、筋肉のしなやかさ、身体持久性をもってすればダンスしながらのアカペラも十分可能だ。ということはお主らにできぬはずがない。前人未踏のダンスアカペラに踏み込んでいくのだ」
瞬く間に数個の餅を食べてしまった八戒は再びトースターに餅を入れながら、悟空に耳打ちする。
「ダンスアカペラなんてさ、磁路さんどうしたんだろ、何か焦ってんのかな」
悟空は餅にかぶりつきながら適当に返事をする。
「やっぱり紅白に出られなかったからじゃねえの?」
「別に今時紅白なんて出られなくたって、別に、ねえ?」
「聞こえているぞ」
ドスの利いた声を磁路は響かせる。
「紅白は一つの番組である。様々な事情を考慮の上、出ない、という選択肢はあろう。しかし、声がかからぬというのはそれだけの実力や知名度がまだないということ。まだまだ精進が足らぬのだ。高みを目指す姿勢が足りておらぬ。忘れたか、我々が目指しておるのは世界の平安ぞ。そのためには世界の頂点を目指さねば」
堂々とした磁路の熱弁に、悟浄はこめかみを抑えながら重々しく口を開いた。
「精進に励むべき、という理屈は納得できる。しかし、我々は今までも努力を怠っていたわけではござらん。しかも、新たな方向性として『ダンス』と勝手に決断されるのはいかがなものか」
悟浄の口の端にはきな粉がついているせいでやや威厳に欠けてしまうのが残念だ。
「確かにダンスというのは新奇な課題である故、戸惑いも大きいかもしれぬ。しかし、お主たちの身体能力の活かす方略として適当だと社内で判断した結果である。プロデューサーも是非にと仰られておる」
「ふぅん、もう決定事項ってわけか。いつもいつも強硬で横暴なんだよな」
そもそもアカペラボーカルグループとしてデビューする話も、磁路に勝手に決められたのである。前世の孫悟空であれば、納得がいかないと観世音菩薩、すなわち環野社長に抗議に行くタイミングだが、人間として育ってきた今世の悟空は最低限の社会性は持ち合わせている。
悟空は隣にいる玄奘の顔色が悪い事に気が付いた。両手で餅を持ち、もきゅもきゅと咀嚼しながらも、青白い頬をしている。玄奘のことには目敏い悟空はすぐに覗き込んで尋ねた。
「玄奘、どうしました?具合悪いです?」
「いや……、だいじょうぶだよ」
「そんな顔色でだいじょうぶなわけないでしょう。今日はもう帰りましょうか」
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