続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第一章 新年の風来る 

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 社殿の前には茅でできた大きな輪が設置されており、参拝客たちは写真を撮ったり、控え目な歓声を上げながらくぐっている。

「茅の輪をくぐることで、心身を清め、穢れを払い、疫病退散と無病息災を祈りましょう、だって。すぐに誘拐されちゃう玄奘はくぐっといた方がいいよ」

 玉竜が看板を読みあげてから玄奘の背を押す。玄奘は元暴力団若頭の紅害嗣こうがいじ(今はジャニ西と同じ事務所シャカシャカから「牛家族ぎゅうかぞく」というバンドとしてデビューをしている)に惚れられたせいで、二回ほど誘拐された過去がある。

「ついでに悪縁退散で玄奘に関係する悪い奴らと全員縁が切れればいいのにな」

「完全に同意でござる。玄奘には悪い虫がつきやすいから、心配が尽きぬ」

 悟空と悟浄が結託しながら玄奘の背後を支え、彼が茅の輪をくぐるのを手伝った。

 続いて悟浄、玉竜がくぐる間に、「ご利益たっぷりあるように何度もくぐっとこ」と八戒は何度か茅の輪をくぐっては戻り、くぐっては戻りしている。

「あれ、意味あると思う?」
 玉竜が耳打ちすると、玄奘と悟浄は目を合わせた後、申し訳なさそうに答えた。

「ない……かな」
「かえって逆効果になる気もするでござる」
 
 いつも通りの仲間の様子を見て、悟空は妙に感慨深い気持ちになっていた。
 
 玄奘と出会ったのは去年の冬である。玄奘が先程言ったように、一年前はただの画面を通してスパチャを送るだけの推しとオタクの関係だった。それなのに激動の一年を経て、紅害嗣の横槍にもめげることなく徐々に二人は距離を縮め、「推しとオタクは交際しちゃダメだ」という悟空の拗らせオタク感情も整理し、さんざん遠回りしてやっと恋人同士になれたのだ。
 
 もうこれ以上望むことなど正直何もない。玄奘が傍にいてくれればそれで良い。先程社殿で手を合わせた時にも、不思議なくらい何も心に浮かんでこなかった。元々神頼みはしない性質タチだが、これ以上の望みなど望みようがないのだ。

「悟空?」
 輪の向こうで玄奘が呼んだ。皆揃っていて、あとは悟空がくぐるのを待っている。

「ああ、すいません。今行きます」

 悟空は慌てて輪の間に足を通した。踏み込もうとしたときに、足元がぐらついた。すぐに体勢を立て直したので転けはしなかったが、なんとなく格好悪い。ゴホゴホと咳払いしてごまかす悟空に八戒がにやついた。

「どうしたの?兄貴が躓くつまづなんて珍しいね」

「ちょっと……考え事してた」

「ねえ兄貴、穢れを払う萱の輪で躓いちゃうなんて、新年早々ちょっと縁起が悪いんじゃない?どうするぅ?」

「どうもしねえよ」

 悟空はありもしない穢れを払うように肩の辺りを軽くはたいた。

「あれぇ、兄貴。ちょっと気にしちゃってんじゃないの?へえ、可愛いところあるじゃん」

「うるっせえな、気にしてねえよ」

 玄奘がすっと傍に寄り、悟空の手を取って目の奥を見つめた。
「悟空」

「……はい」
 玄奘は真摯に見つめてくる。この目の輝きにはどんな美しさも敵わない。

「だいじょうぶだよ」
「……はい」

 玄奘に優しい声音で言われれば、一切の不安が消えてしまう。自分の全てを投げ出しても構わないのはこの人にだけだ。悟空は玄奘に頼まれれば、たとえ三岳の山々に押しつぶされようともそれを跳ねのけ助けに行くだろうと思った。
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