8 / 95
第一章 新年の風来る
8
しおりを挟む
神社の前で八戒らとの別れ際、悟浄は深夜に炊いてきたという黒豆を玄奘に手渡した。
「昨日、食べたいと言っておった故」
玄奘は目を見張ってタッパーを受け取った。蓋をあけると漆黒にきらめく黒豆が現れる。思わず覗き込んだ玉竜もその完成度に、ほうっとため息をもらしたほどだった。
「ありがとう。黒豆なんて、時間がかかっただろう」
「拙者、深夜はどうせ起きていることが多いから気にすることはござらん」
八戒が悟空の脇腹をつつく。
「どうする?マフラーと言い、黒豆と言い、今のところ今年の玄奘への貢献ポイントは兄貴より悟浄の方が勝っちゃってるんじゃないの?ぼやぼやしてると恋人の座も奪われちゃうかもよ」
「貢献ポイント制なんかで、こ、恋人が決まるわけじゃねえから」
「兄貴ぃ。おれが恋人ですってまだ胸張って言えないわけ?いつになったら腹くくるつもりなんだか」
「う、うるせーな」
やいやい言ってくる八戒を振り切るようにして別れ、悟空と玄奘は帰路についた。二人は恋人になる前から既に同棲中なのである。
マンションのエントランスでオートロックの操作をしていると、中からちょうど住人が出てくるところだった。背が高く、両手をポケットに入れてつんのめるような歩き方をしている。金色にブリーチした髪でジャージ姿の男の素行は良くなさそうで、悟空はさりげなく玄奘との距離を詰めておく。
そのまま行きすぎるかと思った男は、二人に目を留めると気さくに声をかけてきた。
「お兄さん。僕な、昨日ここに引っ越してきてんけど、品ぞろえのいいスーパー知らん?」
悟空は玄奘を自分の背に隠すようにしたせいか、勢い金髪男は悟空に話しかけたようだった。玄奘はよく道を聞かれることが多いが、三白眼で目つきの悪い悟空に知らぬ人が話しかけてくるのは珍しい。
何と答えるのが正解か。同じマンションの住人であればこれから何度も顔を合わせる可能性もある。自宅マンションの前であまり騒ぎを起こす面倒ごとは避けたい。が、判断に迷ううちに、親切心あふれる玄奘はすかさず悟空の前に立ち、スマホで地図を見せていた。
「悟空がよく使ってるのはここだよね?こっちは少し遠いけど、ネット注文で即日配達してくれるんですよ」
悟空は慌てて玄奘の袖を引いて距離を取らせた。
「こんなの相手にすることないですよ。おい、そのぐらい自分で調べろよ」
悟空は金髪男を睨みつけたが、男は挫けることなく、へへっと笑った。
「そんな冷たい事言わんといてぇや」
何となく嫌な感じの余裕さだ、と悟空の勘が告げる。
「悟空、困っている人には親切にしてあげないと」
「本当に困ってたらこんなテキトーな男に声かけてきませんよ。使い勝手のいいスーパーなら、主婦っぽい人に声をかけるべきでしょう」
悟空が畳みかけるように説明したが、玄奘は「女性には声をかけにくいのだろう」と反論して首を振る。
(女性に声をかけにくいのは玄奘、あなたでしょうが)と悟空は思うが黙っておくだけの気遣いはある。
金髪男はにやりと笑いながら手を振った。
「お兄さん、結構鋭いなあ。顔も良くて、頭もキレるなんてイイ感じやん。さっきのスーパー、僕も使わしてもらお。また会ったらよろしゅう頼むわ」
男がエントランスの扉を開けると冷たい風がびゅううと吹き込んできて、彼が出ていくと同時に扉が閉まり無風になった。突然の静寂のせいで自分の心音が聞こえる気さえする。
玄奘が顎に手をやりながら静寂を破った。
「あの人、悟空のこと気に入ったみたいだね」
「はぁ?今の流れで?」
「悟空は自分がカッコいいことをもっと自覚するべきだと思う……」
顎を引いて俯いたせいで上目遣いになった玄奘の言葉に、悟空の頬は一気に赤くなり、腕で顔を覆った。新年早々こんな恥ずかしい顔を推しに見られるわけにはいかない。
「えっ……と、ありがとうございます、でもそれは玄奘だって……」
玄奘だって同じだと続けようと思った悟空の唇は玄奘によって塞がれた。マンションのエントランスとは言え、外で玄奘からキスをしてくるとは思わなかった。目を丸くする悟空の袖を引っ張りながら玄奘はエレベーターに乗り込んだ。
「早く私たちの家に帰ろう。昨日は疲れすぎていてすぐ眠っちゃったんだから」
「昨日、食べたいと言っておった故」
玄奘は目を見張ってタッパーを受け取った。蓋をあけると漆黒にきらめく黒豆が現れる。思わず覗き込んだ玉竜もその完成度に、ほうっとため息をもらしたほどだった。
「ありがとう。黒豆なんて、時間がかかっただろう」
「拙者、深夜はどうせ起きていることが多いから気にすることはござらん」
八戒が悟空の脇腹をつつく。
「どうする?マフラーと言い、黒豆と言い、今のところ今年の玄奘への貢献ポイントは兄貴より悟浄の方が勝っちゃってるんじゃないの?ぼやぼやしてると恋人の座も奪われちゃうかもよ」
「貢献ポイント制なんかで、こ、恋人が決まるわけじゃねえから」
「兄貴ぃ。おれが恋人ですってまだ胸張って言えないわけ?いつになったら腹くくるつもりなんだか」
「う、うるせーな」
やいやい言ってくる八戒を振り切るようにして別れ、悟空と玄奘は帰路についた。二人は恋人になる前から既に同棲中なのである。
マンションのエントランスでオートロックの操作をしていると、中からちょうど住人が出てくるところだった。背が高く、両手をポケットに入れてつんのめるような歩き方をしている。金色にブリーチした髪でジャージ姿の男の素行は良くなさそうで、悟空はさりげなく玄奘との距離を詰めておく。
そのまま行きすぎるかと思った男は、二人に目を留めると気さくに声をかけてきた。
「お兄さん。僕な、昨日ここに引っ越してきてんけど、品ぞろえのいいスーパー知らん?」
悟空は玄奘を自分の背に隠すようにしたせいか、勢い金髪男は悟空に話しかけたようだった。玄奘はよく道を聞かれることが多いが、三白眼で目つきの悪い悟空に知らぬ人が話しかけてくるのは珍しい。
何と答えるのが正解か。同じマンションの住人であればこれから何度も顔を合わせる可能性もある。自宅マンションの前であまり騒ぎを起こす面倒ごとは避けたい。が、判断に迷ううちに、親切心あふれる玄奘はすかさず悟空の前に立ち、スマホで地図を見せていた。
「悟空がよく使ってるのはここだよね?こっちは少し遠いけど、ネット注文で即日配達してくれるんですよ」
悟空は慌てて玄奘の袖を引いて距離を取らせた。
「こんなの相手にすることないですよ。おい、そのぐらい自分で調べろよ」
悟空は金髪男を睨みつけたが、男は挫けることなく、へへっと笑った。
「そんな冷たい事言わんといてぇや」
何となく嫌な感じの余裕さだ、と悟空の勘が告げる。
「悟空、困っている人には親切にしてあげないと」
「本当に困ってたらこんなテキトーな男に声かけてきませんよ。使い勝手のいいスーパーなら、主婦っぽい人に声をかけるべきでしょう」
悟空が畳みかけるように説明したが、玄奘は「女性には声をかけにくいのだろう」と反論して首を振る。
(女性に声をかけにくいのは玄奘、あなたでしょうが)と悟空は思うが黙っておくだけの気遣いはある。
金髪男はにやりと笑いながら手を振った。
「お兄さん、結構鋭いなあ。顔も良くて、頭もキレるなんてイイ感じやん。さっきのスーパー、僕も使わしてもらお。また会ったらよろしゅう頼むわ」
男がエントランスの扉を開けると冷たい風がびゅううと吹き込んできて、彼が出ていくと同時に扉が閉まり無風になった。突然の静寂のせいで自分の心音が聞こえる気さえする。
玄奘が顎に手をやりながら静寂を破った。
「あの人、悟空のこと気に入ったみたいだね」
「はぁ?今の流れで?」
「悟空は自分がカッコいいことをもっと自覚するべきだと思う……」
顎を引いて俯いたせいで上目遣いになった玄奘の言葉に、悟空の頬は一気に赤くなり、腕で顔を覆った。新年早々こんな恥ずかしい顔を推しに見られるわけにはいかない。
「えっ……と、ありがとうございます、でもそれは玄奘だって……」
玄奘だって同じだと続けようと思った悟空の唇は玄奘によって塞がれた。マンションのエントランスとは言え、外で玄奘からキスをしてくるとは思わなかった。目を丸くする悟空の袖を引っ張りながら玄奘はエレベーターに乗り込んだ。
「早く私たちの家に帰ろう。昨日は疲れすぎていてすぐ眠っちゃったんだから」
11
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる