続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第二章 金銀襲来

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 初日の練習を終えた後、更衣室で八戒はまだジャージ姿のままプロテイン飲料をがぶ飲みしている。さっと着替えを終えた悟浄は髪にブラシを入れながら声をかけた。

「そんなに飲んだらかえって太ろう。逆効果でござろうに」

「たくさん動いたからだいじょうぶだって」

 玄奘は制汗シートで身体を拭いながら小さなため息をついた。

「私は皆の足をひっぱりそうで……、不安しかないな」

 ダンス講師から初日で「落ちこぼれ」認定され、まだ基本のステップさえ踏むこともできず、玄奘は自分のふがいなさに胸が詰まる気分である。

 玄奘を必ず励ましてくれるはずの悟空はシャワーを浴びに行っており不在だ。

「玄奘、拙者もダンスは不得手でござる。共に励めば必ず乗り越えられよう。しかし問題は……」

 悟浄が冷静さを漂わせる低音で指摘したのは別件であった。

「ダンスよりも用心せねばならんのは、あの金髪ではなかろうか」

 玄奘も真剣な面持ちで頷く。

「金狩さん……悟空のこと、気に入ってそうだよね」

「玄奘、甘いよ。気に入ってるどころじゃないよ。めちゃくちゃモーションかけて来てるよ。兄貴は鈍いからあんまり通じてなさそうだけどさ」

 八戒の警告に悟浄は意外な顔をする。

「色恋沙汰には目がない八戒にしては珍しいでござるな。面白がってもっと引っかき回すのかと」
 めっそうもないと八戒は顔の前で手を振った。

「俺だって血も涙もない男じゃないよ。兄貴と玄奘はやっとくっついたんだから今更邪魔すんなよって気持ちはあるさ。それに……あいつ、何ていうか食えない男だよね」

 八戒が誰かの悪口を言うことはほとんどない。玄奘は首を傾げた。

「……食えないとは?」

「ほら、本人の意向とは関係なく空ちゃんって呼んでるだろ。どう見たって兄貴なんか『空ちゃん』って顔でもねえのによ。あれもさ、呼び名の縄張りだよね」

「縄張り?」

「特別な呼び方をすることで相手の中に自分の居場所を作ることができるだろ?しかも自分だけの特別な呼び方ってだけで、独占欲も満たされるじゃん」

 なるほど、と納得する玄奘の横で、悟浄は指摘する。

「お主の『兄貴』呼びも同じでござろう。悟空を『兄貴』と呼ぶのはお主だけである」
 八戒はへらっと笑った。
「そんな大層なもんじゃねえよ。俺と兄貴はただの腐れ縁ってだけだ」

 すると、シャワー室の方からぺたぺたという足音と声高な喋り声が近づいてくる。

「空ちゃん、背低いのに筋肉結構ついてるんやな」

「身長は関係ねえだろ。あ、こら、触んな」

「いいやん、ちょっとぐらい」

 言うまでもなく、悟空と金狩だ。悟空の腹筋を指でつつきながら金狩がじゃれている。

 もう少し距離を取ればいいのに、と玄奘はもやもやした気持ちを抱えるが、なぜか息が詰まったように声を出すことができない。

 やれやれと肩をすくめる八戒は、玄奘に耳打ちする。
「兄貴、尻尾振って懐いて来られるとわりと情が移って邪険にできないタイプなんだよなぁ。玄奘、用心した方が良いよ」

「用心と言っても……」

 玄奘は交際した相手も恋愛感情を抱いた相手も悟空が初めてである。恋敵と鞘当てをしたことなど皆無なのだ。先ほどのもやもやした気持ちが嫉妬という形を成すほどまだ自覚できてもいない。

「安心せい。拙者達も援護する故」

 悟浄が玄奘の背中をそっと押してから、悟空に声を掛けた。

「悟空、これから我らは急遽新曲の打ち合わせが入った故、事務所に戻らねばならん。すぐに着替えて支度せよ」

「ああ、わかった」
 ガシガシと無造作に頭をタオルで拭きながら悟空が玄奘のそばにくる。隣のロッカーだからだ。

 置いていかれた格好の金狩が不満そうな顔をしている。

「空ちゃぁん、一緒に帰ろうと思ってたのに。同じマンションなんやし」

「悪いな、仕事だ」
 金狩と悟空の間に挟まるようにした八戒が、腹を突き出しながら言う。これでも金狩が悟空に近づかないよう牽制しているつもりである。

「金ちゃんは銀ちゃんと一緒に帰ったらいいんじゃないの?」

「銀はもう帰ったわ。あいつ、仕事終わったらすぐ家に帰ってゲームするのが日課やし」

「へえ。双子なのにだいぶ性格が違うんだね。もしかして好みのタイプも違うの?」

「銀のタイプなんて知らんし。兄弟で恋バナとかせんやろ。キモいわ」

「ふぅん、兄弟ってそんなもん?」
 八戒と金狩が話している間に身支度を終えた悟空が声をかける。

「早くしろ、豚。置いていくぞ」

「ひどいや、兄貴ぃ」

 悟空に叱られた八戒はしゅんとした声を出しながらも明るい瞳を巡らせて金狩を見る。遠慮のない口調で叱られる親密さは、会ったばかりのお前とは違うんだぞ、と言いたげですらある。

「悟空」

 一方、玄奘は悟空の名を呼ぶのが精一杯である。

 それでも、「お待たせしました、玄奘」と、優しげにそっと背中に手を回されれば安心感を覚えた。金狩を置いてきぼりにするわずかな優越感すらあったかもしれない。玄奘は自分の中の黒っぽい感情を持て余し始めている。

 
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