続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

文字の大きさ
26 / 95
第三章 ダンス練習は初手から緊迫

しおりを挟む
 関係者が退室した後、いつものように紅害嗣と納多は部屋に残っている。紅害嗣は玄奘への想いを拗らせたが故に誘拐してしまった過去がある。マネージャーとして紅害嗣の対人的態度に矯正の必要性を感じた納多は「意中の相手に嫌がられにくい、常識的なアプローチの仕方」をしばらく前から共に学びつつレクチャーしているのだ。

「では今日は、相手が髪型を変えてきたときの望ましい対応を学ぶ。さあ、まずはやってみろ。髪を切った私が部屋に入ってきたところからだ」

「……でもお前、髪切ってねえじゃん」

 組んだ両脚を机の上に載せた、非常に行儀の悪いスタイルで紅害嗣はやる気なく言った。

「私の髪は伸びることはない」

 天界人だからな、と納多が説明する。本当は数百年に一度髪を整える程度のおそろしく緩慢なスピードで伸びてはいるのだが、不老不死の神の身体は人間ほど手入れを必要としない。それを聞いた紅害嗣は立ちあがり、「便利なもんだな」と言って納多の前髪を軽く撫でた。

「な、なんだ無礼な」

 納多は天界でも哪吒太子という位の高い神であったこともあり、自分の許しなく他者からふれられることには慣れていないのだ。

 何気なくさわっただけの手を振り払われた格好の紅害嗣は途端に機嫌を悪くする。

「痛ぇな。ちょっとさわっただけじゃねえか」

「……相手の許可も取らずに髪の毛にふれてはならん。相手が想い人であれば、特にだ」

 紅害嗣の顔面に人差し指を突き付けるようにして納多は言うが、紅害嗣は納得がいかないようだ。

「今まで髪にさわって嫌がられたことなんてないけどな」

 紅害嗣が言ったことは事実で、この男は暴力団牛王組の若頭だったときから入れ食い状態で、遊ぶ相手に困ったことはなかった。玄奘を知って初めて「どうしても手に入れたい存在」がこの世にはあるのだと自覚したのだが、自らアプローチした経験があまりにも乏しかったため無軌道な誘拐という方法を選んでしまったのである。

 納多は頭を抱えてため息をついた。この無駄に顔面器量良しめ、と聞こえた気がするが定かではない。

 紅害嗣に言い聞かせるように納多は相手の目をじっと見て言った。

「髪にふれるときは相手の許可をとることが絶対条件だ。念を入れて髪をセットしている人間も多い。不用意にふれてはならん。それに……」

「それに?」

「お前は理由なくさわっただけでも相手は勘違いをすることもある。腹立たしいことにお前の顔が整っているせいでな。あまり自分を安売りしてはならない」

 納多の説教に紅害嗣は何も言わず、睨み合ったまま数秒停止している。

「……へいへい、わかりましたよ」と紅害嗣はついに根負けしたように言ったかと思うと立ち上がり、ついでとばかりにぐしゃぐしゃっと納多の髪のセットをその大きな手で乱した。

「おいっ、何をするっ」

 納多は腕で頭を庇うが、もう遅い。上から降りてきた手は遠慮なく納多の髪を弄んだ。

「お前は俺に何をされても勘違いなんかしねえだろ?」

「ばっかやろう」

 納多は自分のスマートウォッチを操作し表示されたボタンを押した。と、紅害嗣のスマートウォッチが突然鉄のように硬くなり、ぎりぎりと紅害嗣の手首を締めつけ始めた。

「なんだこれ、やっべっ、痛えな。血が、……血が止まる」

「お前の行動に制限をかけるため、安駝駝の代わりとして悟浄が開発してくれた罰則ウォッチだ。こちらのスイッチに連動してお前の手首を締めつける。私の言うことを聞かなければ、いつでも締めあげるぞ」

「……わかった、わかったからもうやめろ」

 納多が再び操作して、紅害嗣のウォッチも締めつけをやめた。

「本当に性悪だな、お前」

 ぜえぜえと息をつきながら紅害嗣が睨んでくるが、平然として納多は冷たい視線を向けた。

「私の指示を聞こうとしないお前がそもそもの元凶だ。今度も言うことを聞かなければスイッチを入れるからな」

「……そんなスイッチなんてなくても、もう無茶な事なんてしねえよ」

 紅害嗣に似合わずぼんやりとしたその声に納多は目を上げれば、彼はここにはいない誰かを思い浮かべているようだった。

 もう玄奘を手に入れられる見込みなどないくせに、何のために口説く練習をしているのだろうか。既に目的すら見失っている。

 紅害嗣の満たされないその横顔を見て、納多はある思いを抱いていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

処理中です...