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第三章 ダンス練習は初手から緊迫
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関係者が退室した後、いつものように紅害嗣と納多は部屋に残っている。紅害嗣は玄奘への想いを拗らせたが故に誘拐してしまった過去がある。マネージャーとして紅害嗣の対人的態度に矯正の必要性を感じた納多は「意中の相手に嫌がられにくい、常識的なアプローチの仕方」をしばらく前から共に学びつつレクチャーしているのだ。
「では今日は、相手が髪型を変えてきたときの望ましい対応を学ぶ。さあ、まずはやってみろ。髪を切った私が部屋に入ってきたところからだ」
「……でもお前、髪切ってねえじゃん」
組んだ両脚を机の上に載せた、非常に行儀の悪いスタイルで紅害嗣はやる気なく言った。
「私の髪は伸びることはない」
天界人だからな、と納多が説明する。本当は数百年に一度髪を整える程度のおそろしく緩慢なスピードで伸びてはいるのだが、不老不死の神の身体は人間ほど手入れを必要としない。それを聞いた紅害嗣は立ちあがり、「便利なもんだな」と言って納多の前髪を軽く撫でた。
「な、なんだ無礼な」
納多は天界でも哪吒太子という位の高い神であったこともあり、自分の許しなく他者からふれられることには慣れていないのだ。
何気なくさわっただけの手を振り払われた格好の紅害嗣は途端に機嫌を悪くする。
「痛ぇな。ちょっとさわっただけじゃねえか」
「……相手の許可も取らずに髪の毛にふれてはならん。相手が想い人であれば、特にだ」
紅害嗣の顔面に人差し指を突き付けるようにして納多は言うが、紅害嗣は納得がいかないようだ。
「今まで髪にさわって嫌がられたことなんてないけどな」
紅害嗣が言ったことは事実で、この男は暴力団牛王組の若頭だったときから入れ食い状態で、遊ぶ相手に困ったことはなかった。玄奘を知って初めて「どうしても手に入れたい存在」がこの世にはあるのだと自覚したのだが、自らアプローチした経験があまりにも乏しかったため無軌道な誘拐という方法を選んでしまったのである。
納多は頭を抱えてため息をついた。この無駄に顔面器量良しめ、と聞こえた気がするが定かではない。
紅害嗣に言い聞かせるように納多は相手の目をじっと見て言った。
「髪にふれるときは相手の許可をとることが絶対条件だ。念を入れて髪をセットしている人間も多い。不用意にふれてはならん。それに……」
「それに?」
「お前は理由なくさわっただけでも相手は勘違いをすることもある。腹立たしいことにお前の顔が整っているせいでな。あまり自分を安売りしてはならない」
納多の説教に紅害嗣は何も言わず、睨み合ったまま数秒停止している。
「……へいへい、わかりましたよ」と紅害嗣はついに根負けしたように言ったかと思うと立ち上がり、ついでとばかりにぐしゃぐしゃっと納多の髪のセットをその大きな手で乱した。
「おいっ、何をするっ」
納多は腕で頭を庇うが、もう遅い。上から降りてきた手は遠慮なく納多の髪を弄んだ。
「お前は俺に何をされても勘違いなんかしねえだろ?」
「ばっかやろう」
納多は自分のスマートウォッチを操作し表示されたボタンを押した。と、紅害嗣のスマートウォッチが突然鉄のように硬くなり、ぎりぎりと紅害嗣の手首を締めつけ始めた。
「なんだこれ、やっべっ、痛えな。血が、……血が止まる」
「お前の行動に制限をかけるため、安駝駝の代わりとして悟浄が開発してくれた罰則ウォッチだ。こちらのスイッチに連動してお前の手首を締めつける。私の言うことを聞かなければ、いつでも締めあげるぞ」
「……わかった、わかったからもうやめろ」
納多が再び操作して、紅害嗣のウォッチも締めつけをやめた。
「本当に性悪だな、お前」
ぜえぜえと息をつきながら紅害嗣が睨んでくるが、平然として納多は冷たい視線を向けた。
「私の指示を聞こうとしないお前がそもそもの元凶だ。今度も言うことを聞かなければスイッチを入れるからな」
「……そんなスイッチなんてなくても、もう無茶な事なんてしねえよ」
紅害嗣に似合わずぼんやりとしたその声に納多は目を上げれば、彼はここにはいない誰かを思い浮かべているようだった。
もう玄奘を手に入れられる見込みなどないくせに、何のために口説く練習をしているのだろうか。既に目的すら見失っている。
紅害嗣の満たされないその横顔を見て、納多はある思いを抱いていた。
「では今日は、相手が髪型を変えてきたときの望ましい対応を学ぶ。さあ、まずはやってみろ。髪を切った私が部屋に入ってきたところからだ」
「……でもお前、髪切ってねえじゃん」
組んだ両脚を机の上に載せた、非常に行儀の悪いスタイルで紅害嗣はやる気なく言った。
「私の髪は伸びることはない」
天界人だからな、と納多が説明する。本当は数百年に一度髪を整える程度のおそろしく緩慢なスピードで伸びてはいるのだが、不老不死の神の身体は人間ほど手入れを必要としない。それを聞いた紅害嗣は立ちあがり、「便利なもんだな」と言って納多の前髪を軽く撫でた。
「な、なんだ無礼な」
納多は天界でも哪吒太子という位の高い神であったこともあり、自分の許しなく他者からふれられることには慣れていないのだ。
何気なくさわっただけの手を振り払われた格好の紅害嗣は途端に機嫌を悪くする。
「痛ぇな。ちょっとさわっただけじゃねえか」
「……相手の許可も取らずに髪の毛にふれてはならん。相手が想い人であれば、特にだ」
紅害嗣の顔面に人差し指を突き付けるようにして納多は言うが、紅害嗣は納得がいかないようだ。
「今まで髪にさわって嫌がられたことなんてないけどな」
紅害嗣が言ったことは事実で、この男は暴力団牛王組の若頭だったときから入れ食い状態で、遊ぶ相手に困ったことはなかった。玄奘を知って初めて「どうしても手に入れたい存在」がこの世にはあるのだと自覚したのだが、自らアプローチした経験があまりにも乏しかったため無軌道な誘拐という方法を選んでしまったのである。
納多は頭を抱えてため息をついた。この無駄に顔面器量良しめ、と聞こえた気がするが定かではない。
紅害嗣に言い聞かせるように納多は相手の目をじっと見て言った。
「髪にふれるときは相手の許可をとることが絶対条件だ。念を入れて髪をセットしている人間も多い。不用意にふれてはならん。それに……」
「それに?」
「お前は理由なくさわっただけでも相手は勘違いをすることもある。腹立たしいことにお前の顔が整っているせいでな。あまり自分を安売りしてはならない」
納多の説教に紅害嗣は何も言わず、睨み合ったまま数秒停止している。
「……へいへい、わかりましたよ」と紅害嗣はついに根負けしたように言ったかと思うと立ち上がり、ついでとばかりにぐしゃぐしゃっと納多の髪のセットをその大きな手で乱した。
「おいっ、何をするっ」
納多は腕で頭を庇うが、もう遅い。上から降りてきた手は遠慮なく納多の髪を弄んだ。
「お前は俺に何をされても勘違いなんかしねえだろ?」
「ばっかやろう」
納多は自分のスマートウォッチを操作し表示されたボタンを押した。と、紅害嗣のスマートウォッチが突然鉄のように硬くなり、ぎりぎりと紅害嗣の手首を締めつけ始めた。
「なんだこれ、やっべっ、痛えな。血が、……血が止まる」
「お前の行動に制限をかけるため、安駝駝の代わりとして悟浄が開発してくれた罰則ウォッチだ。こちらのスイッチに連動してお前の手首を締めつける。私の言うことを聞かなければ、いつでも締めあげるぞ」
「……わかった、わかったからもうやめろ」
納多が再び操作して、紅害嗣のウォッチも締めつけをやめた。
「本当に性悪だな、お前」
ぜえぜえと息をつきながら紅害嗣が睨んでくるが、平然として納多は冷たい視線を向けた。
「私の指示を聞こうとしないお前がそもそもの元凶だ。今度も言うことを聞かなければスイッチを入れるからな」
「……そんなスイッチなんてなくても、もう無茶な事なんてしねえよ」
紅害嗣に似合わずぼんやりとしたその声に納多は目を上げれば、彼はここにはいない誰かを思い浮かべているようだった。
もう玄奘を手に入れられる見込みなどないくせに、何のために口説く練習をしているのだろうか。既に目的すら見失っている。
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