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第三章 ダンス練習は初手から緊迫
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玄奘は以前約束したとおり悟空とストレッチを続けつつ、忙しい日課の合間を縫って一人でもアイソレーション練習を繰り返すようになった。鏡で動きを確認しながらの方が良いので、自室の姿見の前がお決まりの練習スペースである。
今日もいつもならまだ眠っている朝の時間、隣で寝息を立てる悟空の額にそっとキスを落としてから玄奘はベッドからそっと抜け出した。玄奘が部屋を出た瞬間、悟空は音もなく目を開ける。彼の目つきは鋭い。眠りの浅い彼は玄奘が起きたことに当然気付いていた。
室内と言えども冷えきった空気の中でストレッチをした後、練習中に取ったメモを見ながら「肩に力をいれずに……体幹を意識して……」と声に出して確認しながら身体を動かしていく。
身体が寒さで縮こまっているせいもあるだろうか。思った通りの動きにならない。目の前の自分は繰り人形のような不自然な動きしかできない。それでも自分は練習をするしかない。
メモを見ては身体を動かし、練習を続けていた玄奘であったが、とうとうため息をついて座り込んでしまった。その瞬間を見計らったかのように、部屋のドアがノックされた。
「ここにいたんですね」
悟空が湯気の立つマグカップを持って顔を覗かせた。
「悟空、おはよう」
その顔が少し強ばっていることに、悟空はすぐに気付く。
「おはようございます、玄奘。コーヒーを淹れてきましたよ。砂糖多めのやつです」
「ありがとう」
玄奘はベッドに腰かけてコーヒーを一口飲む。玄奘はいつも悟空の部屋のベッドで寝ているため、この部屋のそれはほとんど使用されたことがない。
悟空は黙って隣に座っていた。が、思いついたようにベッドに敷いてあった毛布を引き寄せ、玄奘の肩にかけた。
「この部屋寒いですよ。練習するにしてももっと暖かくしないと」
「動いていたら熱くなるかと思ったんだけどな」
「アイソレーションはそんなに激しい動きじゃないから、事前に身体を温めるウォーミングアップが必要ですよ。それと暖房も」
言いながら悟空はリモコンでエアコンのスイッチを入れた。部屋に入った瞬間てきぱきと居心地の良さを整えてくれるこの恋人に、感謝こそすれ劣等感を覚えるのはおかしいと頭ではわかっているのだが、行き場のない閉塞感は気持ちを落ち込ませる。
「……そうか。私は自主練習すら一人ではうまくできないんだな」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないですよ」
慌てて悟空は玄奘の手を握ったが、玄奘はすでにぽろぽろと涙を流している。
「わかっている。悟空は何も悪くない」
私が何もできない凡人なだけだ、という言葉を口にすれば、ますます涙がこぼれるのがわかっていたので飲み込んだ。
恋人の悟空は歌もボイスパーカッションも、料理洗濯掃除の家事全般も、仕事もダンスも何でもできる。そんな彼がこんな自分のオタクになってくれて、推してくれて、大切にしてくれて、恋人になってくれて……。それがまず第一におかしかったのだ。自分にそこまでの価値はない。
涙をいっぱいにためながら、それでも玄奘は視線を上げようとした。
悟空は玄奘の手をぎゅっと握りながら言った。
「玄奘……。おれは玄奘が困難に負けない人だと知っています。だからきっとダンスもできるようになります。おれも一緒に今からここで練習しましょうか?」
悟空の申し出は嬉しかった。しかし、自分の不甲斐なさが要因である問題に悟空を巻き込むのは玄奘のプライドが
許さなかった。玄奘は悟空の手をそっと外しながら言った。
「ありがとう。でも一人でだいじょうぶだ。悟空はいつものワークアウトの時間だろう?走りに行っておいで」
玄奘の声は硬い決心の響きだった。悟空は何度か振り返ったものの、それ以上何も言えず玄奘の部屋を後にした。
今日もいつもならまだ眠っている朝の時間、隣で寝息を立てる悟空の額にそっとキスを落としてから玄奘はベッドからそっと抜け出した。玄奘が部屋を出た瞬間、悟空は音もなく目を開ける。彼の目つきは鋭い。眠りの浅い彼は玄奘が起きたことに当然気付いていた。
室内と言えども冷えきった空気の中でストレッチをした後、練習中に取ったメモを見ながら「肩に力をいれずに……体幹を意識して……」と声に出して確認しながら身体を動かしていく。
身体が寒さで縮こまっているせいもあるだろうか。思った通りの動きにならない。目の前の自分は繰り人形のような不自然な動きしかできない。それでも自分は練習をするしかない。
メモを見ては身体を動かし、練習を続けていた玄奘であったが、とうとうため息をついて座り込んでしまった。その瞬間を見計らったかのように、部屋のドアがノックされた。
「ここにいたんですね」
悟空が湯気の立つマグカップを持って顔を覗かせた。
「悟空、おはよう」
その顔が少し強ばっていることに、悟空はすぐに気付く。
「おはようございます、玄奘。コーヒーを淹れてきましたよ。砂糖多めのやつです」
「ありがとう」
玄奘はベッドに腰かけてコーヒーを一口飲む。玄奘はいつも悟空の部屋のベッドで寝ているため、この部屋のそれはほとんど使用されたことがない。
悟空は黙って隣に座っていた。が、思いついたようにベッドに敷いてあった毛布を引き寄せ、玄奘の肩にかけた。
「この部屋寒いですよ。練習するにしてももっと暖かくしないと」
「動いていたら熱くなるかと思ったんだけどな」
「アイソレーションはそんなに激しい動きじゃないから、事前に身体を温めるウォーミングアップが必要ですよ。それと暖房も」
言いながら悟空はリモコンでエアコンのスイッチを入れた。部屋に入った瞬間てきぱきと居心地の良さを整えてくれるこの恋人に、感謝こそすれ劣等感を覚えるのはおかしいと頭ではわかっているのだが、行き場のない閉塞感は気持ちを落ち込ませる。
「……そうか。私は自主練習すら一人ではうまくできないんだな」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないですよ」
慌てて悟空は玄奘の手を握ったが、玄奘はすでにぽろぽろと涙を流している。
「わかっている。悟空は何も悪くない」
私が何もできない凡人なだけだ、という言葉を口にすれば、ますます涙がこぼれるのがわかっていたので飲み込んだ。
恋人の悟空は歌もボイスパーカッションも、料理洗濯掃除の家事全般も、仕事もダンスも何でもできる。そんな彼がこんな自分のオタクになってくれて、推してくれて、大切にしてくれて、恋人になってくれて……。それがまず第一におかしかったのだ。自分にそこまでの価値はない。
涙をいっぱいにためながら、それでも玄奘は視線を上げようとした。
悟空は玄奘の手をぎゅっと握りながら言った。
「玄奘……。おれは玄奘が困難に負けない人だと知っています。だからきっとダンスもできるようになります。おれも一緒に今からここで練習しましょうか?」
悟空の申し出は嬉しかった。しかし、自分の不甲斐なさが要因である問題に悟空を巻き込むのは玄奘のプライドが
許さなかった。玄奘は悟空の手をそっと外しながら言った。
「ありがとう。でも一人でだいじょうぶだ。悟空はいつものワークアウトの時間だろう?走りに行っておいで」
玄奘の声は硬い決心の響きだった。悟空は何度か振り返ったものの、それ以上何も言えず玄奘の部屋を後にした。
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