続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第四章 旧正月の意外な誘い

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 環野が去ってからしばらくして、妙にそわそわした様子の紅害嗣と羅刹女、そしてまったく顔色の変わらない納多が玄奘に近付いてきた。悟空は警戒しながら紅害嗣を睨みつけるが、同じテーブルにいる牛魔王は我関せずで知らぬふりをしている。 

「なあ玄奘。玉竜から聞いたんだが、ピアノを弾けるんだよな?」と紅害嗣から尋ねられた玄奘はきょとんとしている。何か余興でもやれと言われるのだろうか。

「ええ、まあ……しばらく弾いていませんが」

「よし」

 紅害嗣がガッツポーズをしながら納多を覗うと、彼も納得したように頷いた。傍で玉竜も勢いづいている。

 次の瞬間、紅害嗣が玄奘の両肩を掴んで大声で言った。

「俺からの頼みだ。牛家族のアルバムを作るんだが、一曲バラードがあってさ。お前にピアノで参加してもらいたい」

「えっ……アルバム?」

 予想もしない提案に玄奘は思わず口ごもった。

「ジャニ西の『Bite the Peach』に紅害嗣が参加した際、素晴らしいケミストリーが生まれたように、今度はうちの楽曲に玄奘が参加することで新しい風を吹かせてほしい。私からもぜひお願いしたい」

 納多が口添えしてくる。珍しく納多も紅害嗣と同意見のようだ。

「でもしばらく弾いてないから指も鈍っているし……」

 玄奘は両手の指先を絡めながら俯いた。しかし、玉竜は「僕んちに来るたびに弾いてるじゃん」と笑い、納多は説得の勢いを増した。

「玄奘が弾く、ということに意味があるのだ。紅害嗣の声にもきっと深みが増すと確信している。マネージャーの私としては、この紅害嗣に新たな挑戦をさせる必要があると感じている。そのカギとなるのが他でもない玄奘なのだ。どうかお願いできないだろうか」

 表情はいつもの通り淡々としているものの、玄奘の手を握る納多の手は力強い。

「あ、ちょっと痛い……です」

「すまなかった」

 納多は慌てて玄奘の手を離す。表情には出ないが興奮しているらしい。即座に悟空が納多を怒鳴りつけようとするが玄奘は笑顔で彼を制した。

 玉竜も両手を握りこぶしにして上下に振り、わくわくした様子を隠せないでいる。

「実はもうほぼ曲もできてんだよね、すっごくいいのが」

「おいおい、勝手に話進めんなよ」

 紅害嗣から玄奘を引き剥がすようにして悟空が割り込んだのとほぼ同時に、「仕事の話はこの磁路を通して頂くよう願いたいっ」と磁路も突風の如き勢いで駆けつけてきた。

「懲りない奴め、オメーまた変な事考えてるんじゃねえだろうな」

「変な事って例えばどんなことだよ、甲斐性なし猿めが」

 ああん?と互いに睨み合っている悟空と紅害嗣は放っておかれ、磁路と納多は玄奘の前で要点を詰めていく。納多としては、紅害嗣の玄奘への満たされぬ想いを糧に、玄奘とセッションすることで彼の表現力をより一段高みへ引き上げたい、と考えているようだ。

「もうトラブルはご免であるぞ」

 腕組みをして仁王立ちになる磁路に、納多は強く断言した。

「あいつも反省しているし、玄奘の恋人にもうなれないことも理解している。以前のように紅害嗣が不埒な行いをすることは二度とないと私が保証しよう」

 何かあれば手首を縛り落すほど締めつける悟浄作の罰則システムもあるのだ、と納多は例のスマートウォッチを見せながら付け足す。

 と、ここで羅刹女がひらりと前に出た。 

「アタシとしては、うちの息子のバラードなんてあんま期待してないんだけどさ、納多くんがすごい張りきってんの。玄奘とのセッションができればきっと良い歌になるってさ。いつも冷静な納多くんがそこまで入れ込むってことはアタシも賭けてみてもイイかなって思ってんだわ。ね、父ちゃん?」

「うむ、右に同じだ」
 牛魔王はずっしりと重みのある声で内容の薄い発言をする。

 磁路は紅害嗣を威圧するように見据えて問うた。

「紅害嗣、なぜ玄奘のピアノで歌いたいのか。なぜ他の人ではだめなのか。我々が納得する理由を説明してみせろ」

 紅害嗣は唇を曲げて少し黙ったあと、静かに語り出した。

「俺は……、前の俺は自分の欲望を勝手に押し付けるだけの最悪な男だった。玄奘を手に入れられないことはもうわかっている。そんな俺の痛みを救ってくれたのは音楽だった。俺が玄奘のためにできることは、音楽によってその尊い存在を歌いあげることだけだ。その想いに一番寄り添ってくれるのは玄奘のピアノ以外にねえよ」

 紅害嗣は玄奘が今ダンス練習にひどく苦労していることも既に知っている。傍にいて少しでも力になりたい気持ちがあるのは確かだが、それを理由として挙げずにあくまでも自分が玄奘の力を求めているからだと説明したのは奴にしては見上げたものだと、納多は思った。

「だめだ、だめだ。こいつにひどい目に遭わされたこと、玄奘だって忘れてないですよね」と言いながら暴れる悟空の首根っこをがっしりと抑えて玄奘から遠ざけながら、磁路は玄奘の目を見て尋ねた。

「玄奘、どうだろうか。『Bite the Peach』の楽曲製作では紅害嗣にも世話になった故、こちらもそれに報いる必要があるやもしれぬ。しかし影響と言うのは一方のみが受けるのではなく相互作用によるもの。紅害嗣が玄奘から良い影響を受けるとすれば、玄奘の方も表現の幅が広がる可能性も高いと私は踏んでいる。一つ懸念があるとすれば、ダンスの練習もある故スケジュール調整が困難になるかもしれぬということだが……」

「えっと……」

 迷いながら返事をしようとする玄奘を悟空は遮った。

「だめですよ、玄奘」

 玉竜は、まだ磁路に掴まれたままで動くことができない悟空の口を抑えた。

「悟空、頭ごなしに何でも反対する恋人は愛想つかされちゃうんだよ」

「う、うるせぇ……」

 途端に勢いを失う悟空に背を向けて、玉竜はうきうきと提案した。

「ねえ、玄奘。僕は玄奘にとっても良い機会だと思うよ。慣れないダンス練習で気分も落ちてるでしょ?普段の役割を少し離れて、新しい刺激を受けるのも新鮮だし、きっとジャニ西の新曲にも活かせるんじゃないかな。ピアノの練習なら僕も付き合うし、やってみない?」

 なんでもできる悟空に甘え続けているわけにはいかない。自分にもできることを少しずつ増やしていかなければならないのだ。心のままに受け入れよう。

 玄奘は決意の眼差しで頷いた。

「紅害嗣さん、一緒にバラードを演奏しましょう」
 紅害嗣は歓喜の咆哮を上げた。
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