続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

文字の大きさ
38 / 95
第五章 揚げ出し豆腐はかわいいですか

しおりを挟む
 そして訪れた春節休みの期間、やっと悟空と玄奘が二人きりになれる時間が訪れた。毎日張り詰めたような顔をしている玄奘に少しでも肩の力を抜いてほしいと考えた悟空は、近場の温泉にでも行きませんかと誘ってみたのだが、「練習しない方が不安になるから」と断られてしまった。

 それでも自室に籠ってダンスの練習ばかりしている玄奘を見ていられなくなり、半ば強引に近くの公園でピクニックデートを敢行したのだが、玄奘は微笑みを浮かべているものの心ここに在らずといった印象でいまいち盛り上がらない。吐いた息さえ凍りそうな極寒の公園はデートには不向きだったかもしれない。
 
 近くのカフェでホットコーヒーをテイクアウトして公園のベンチに並んで座る。空気は冷えているが、石でできたベンチはさらに冷えていた。氷のようである。

「玄奘、尻が冷たくないですか。おれの上着敷いてから座ってください」

 悟空がすぐに腰を上げてマウンテンパーカーを脱ぎかけると、玄奘が慌てて止めた。

「そんなことをしたら悟空が寒いじゃないか」

「じゃあ、おれの膝の上に座ってください。それならいいでしょう」
 
 悟空にとっては玄奘の身を案じての提案だったのだが、玄奘は急にこらえきれなくなったように「外でそんなこと……できるわけないだろう?」と笑いだした。玄奘がこれほど無邪気に笑うのは久しぶりだ。尻を冷やして風邪を引いたら大変だと大真面目に提案しただけなのだが、玄奘が笑っているのだからそれでいい、と悟空は思う。
 
 ひとしきり笑った後、目尻の涙を拭いて玄奘は言った。

「……ふぅ。ちょっとすっきりした。今日はごめん。気分が晴れなくて」

「いいですよ。おれが強引に誘ったんですし」

「悟空は私を心配して誘ってくれたのに」

「……いいですって」

 気晴らしになればと誘ったくせに、結果的に玄奘に申し訳なく思わせるなんて、オタクとしても恋人としても失格だと考えた悟空は何も言えなくなる。固く唇を結んだ悟空の表情を読み間違えたのか、玄奘は尋ねた。

「私が紅害嗣さんの曲に参加すること、怒ってる?」

「玄奘が決めたことですから何も言いません。でも今まで奴には本当に危ない目に遭わされているんですからね。気を付けてくださいよ」
 
 本当は何があっても守れるように二十四時間、玄奘のそばについていたい。悟空にとってその気持ちはVtuber konzenである玄奘を推していた、ただの一人のオタクだった時となんら変わりない。推しとオタクという関係では叶わぬ夢だったが、同じグループでデビューし、恋人となった今でも毎日二十四時間傍にいることができないなんて辛すぎる。一番大切なものを守れなくて何のための人生なのか。
 
 悟空は玄奘の手を握った。

「なにかあればすぐに電話してくださいよ。どこにいたって飛んでいきますから」

「悟空、ありがとう。とても心強いよ」

 玄奘の声は温かかった。吹き抜ける風が悟空の前髪を揺らした。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

処理中です...