続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

文字の大きさ
50 / 95
第六章 早朝ランニングと八戒の助言

しおりを挟む
 それを見たのは偶然だった。

 早朝のきんと冷えた空気の中で、自分の息だけが温かい気がする。身体の中心は温まってきているのに指先や耳の先だけしびれるような冷えを感じる。足がだんだんと重くなってくるし、呼吸も苦しい。
 
 体力のなさを自覚してランニングを始めたが、ウォーキングにしておくべきだったか、と情けないことを考え始めている。

「玄奘、顎を上げては余計に苦しくなるでござる」

 隣を走る悟浄が自分も顎を引いた姿勢をとりながら助言してくれる。声を出す余裕もない玄奘はただ頷いて、顎の位置を修正する。たしかにほんの少し足が上がりやすくなった気がする。

 玄奘の息の荒さに気付いたのだろう。悟浄が玄奘のマンションに向かう道をとる。

「今日はそろそろ終わりにした方が良かろう」

(助かった……)と思いながら、玄奘は悟浄の後ろをついて橋を渡る。朝のランニングに出かけようとしたとき、ランニングウェアを着てばっちり準備した悟浄が「監視カメラで見かけたからお伴させて頂くでござる」と声をかけてきたときには驚いたものの、やはり一人きりで走るよりも同伴者ができると心強い。見かけによらず悟浄は走り慣れているようで、ランニングのペースや姿勢についてもさりげなくアドバイスをくれる。一人ではここまで走れずに諦めていただろう。

 橋の中央に差し掛かるまではゆるい上り坂だ。ふくらはぎが張っていくのを感じる。気力を振り絞って走る。渡りきってしまえば家はもうすぐだ。あと一息だと、足に力を込めた瞬間、玄奘はあるものを見つけた。

「え……」

 玄奘は急に足を止めた。橋下には河川敷がある。枯芝に囲まれたランニングコースを走っている人影がある。少し先に行った悟浄はすぐに気づいて玄奘のそばまで戻ってくる。悟浄は玄奘の視線の行く先をじっと見た。
 
 悟空と金狩だった。並んで走っている。後ろ姿で表情まではうかがえないが、二人の距離は近い。金狩が朝日に照らされてきらめく水面を指さした。悟空の肩が動いている。笑っているのかもしれない。二人の足取りは軽い。当然、玄奘のランニングペースよりもずっと速いのだろう。

「……」

 玄奘は何も言わず、一歩踏み出した。そしてまた、一歩。ぐいぐい、と歩き始めた玄奘は勢いを得て再び走り出した。

「玄奘……」

 遠慮がちに悟浄がおいかけてくる。彼は玄奘の表情を気づかわしに見た。玄奘の心はさざ波立っているであろうに、悟浄が見る限り、外見上は平静を保っている。

「だいじょうぶだよ。でも悟浄が一緒にいてくれて良かった……」

 朝日を受けた玄奘の瞳が淡く光っていることを悟浄は見てとった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

処理中です...