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第六章 早朝ランニングと八戒の助言
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それを見たのは偶然だった。
早朝のきんと冷えた空気の中で、自分の息だけが温かい気がする。身体の中心は温まってきているのに指先や耳の先だけしびれるような冷えを感じる。足がだんだんと重くなってくるし、呼吸も苦しい。
体力のなさを自覚してランニングを始めたが、ウォーキングにしておくべきだったか、と情けないことを考え始めている。
「玄奘、顎を上げては余計に苦しくなるでござる」
隣を走る悟浄が自分も顎を引いた姿勢をとりながら助言してくれる。声を出す余裕もない玄奘はただ頷いて、顎の位置を修正する。たしかにほんの少し足が上がりやすくなった気がする。
玄奘の息の荒さに気付いたのだろう。悟浄が玄奘のマンションに向かう道をとる。
「今日はそろそろ終わりにした方が良かろう」
(助かった……)と思いながら、玄奘は悟浄の後ろをついて橋を渡る。朝のランニングに出かけようとしたとき、ランニングウェアを着てばっちり準備した悟浄が「監視カメラで見かけたからお伴させて頂くでござる」と声をかけてきたときには驚いたものの、やはり一人きりで走るよりも同伴者ができると心強い。見かけによらず悟浄は走り慣れているようで、ランニングのペースや姿勢についてもさりげなくアドバイスをくれる。一人ではここまで走れずに諦めていただろう。
橋の中央に差し掛かるまではゆるい上り坂だ。ふくらはぎが張っていくのを感じる。気力を振り絞って走る。渡りきってしまえば家はもうすぐだ。あと一息だと、足に力を込めた瞬間、玄奘はあるものを見つけた。
「え……」
玄奘は急に足を止めた。橋下には河川敷がある。枯芝に囲まれたランニングコースを走っている人影がある。少し先に行った悟浄はすぐに気づいて玄奘のそばまで戻ってくる。悟浄は玄奘の視線の行く先をじっと見た。
悟空と金狩だった。並んで走っている。後ろ姿で表情まではうかがえないが、二人の距離は近い。金狩が朝日に照らされてきらめく水面を指さした。悟空の肩が動いている。笑っているのかもしれない。二人の足取りは軽い。当然、玄奘のランニングペースよりもずっと速いのだろう。
「……」
玄奘は何も言わず、一歩踏み出した。そしてまた、一歩。ぐいぐい、と歩き始めた玄奘は勢いを得て再び走り出した。
「玄奘……」
遠慮がちに悟浄がおいかけてくる。彼は玄奘の表情を気づかわしに見た。玄奘の心はさざ波立っているであろうに、悟浄が見る限り、外見上は平静を保っている。
「だいじょうぶだよ。でも悟浄が一緒にいてくれて良かった……」
朝日を受けた玄奘の瞳が淡く光っていることを悟浄は見てとった。
早朝のきんと冷えた空気の中で、自分の息だけが温かい気がする。身体の中心は温まってきているのに指先や耳の先だけしびれるような冷えを感じる。足がだんだんと重くなってくるし、呼吸も苦しい。
体力のなさを自覚してランニングを始めたが、ウォーキングにしておくべきだったか、と情けないことを考え始めている。
「玄奘、顎を上げては余計に苦しくなるでござる」
隣を走る悟浄が自分も顎を引いた姿勢をとりながら助言してくれる。声を出す余裕もない玄奘はただ頷いて、顎の位置を修正する。たしかにほんの少し足が上がりやすくなった気がする。
玄奘の息の荒さに気付いたのだろう。悟浄が玄奘のマンションに向かう道をとる。
「今日はそろそろ終わりにした方が良かろう」
(助かった……)と思いながら、玄奘は悟浄の後ろをついて橋を渡る。朝のランニングに出かけようとしたとき、ランニングウェアを着てばっちり準備した悟浄が「監視カメラで見かけたからお伴させて頂くでござる」と声をかけてきたときには驚いたものの、やはり一人きりで走るよりも同伴者ができると心強い。見かけによらず悟浄は走り慣れているようで、ランニングのペースや姿勢についてもさりげなくアドバイスをくれる。一人ではここまで走れずに諦めていただろう。
橋の中央に差し掛かるまではゆるい上り坂だ。ふくらはぎが張っていくのを感じる。気力を振り絞って走る。渡りきってしまえば家はもうすぐだ。あと一息だと、足に力を込めた瞬間、玄奘はあるものを見つけた。
「え……」
玄奘は急に足を止めた。橋下には河川敷がある。枯芝に囲まれたランニングコースを走っている人影がある。少し先に行った悟浄はすぐに気づいて玄奘のそばまで戻ってくる。悟浄は玄奘の視線の行く先をじっと見た。
悟空と金狩だった。並んで走っている。後ろ姿で表情まではうかがえないが、二人の距離は近い。金狩が朝日に照らされてきらめく水面を指さした。悟空の肩が動いている。笑っているのかもしれない。二人の足取りは軽い。当然、玄奘のランニングペースよりもずっと速いのだろう。
「……」
玄奘は何も言わず、一歩踏み出した。そしてまた、一歩。ぐいぐい、と歩き始めた玄奘は勢いを得て再び走り出した。
「玄奘……」
遠慮がちに悟浄がおいかけてくる。彼は玄奘の表情を気づかわしに見た。玄奘の心はさざ波立っているであろうに、悟浄が見る限り、外見上は平静を保っている。
「だいじょうぶだよ。でも悟浄が一緒にいてくれて良かった……」
朝日を受けた玄奘の瞳が淡く光っていることを悟浄は見てとった。
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