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第六章 早朝ランニングと八戒の助言
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北風がぴいぷうと吹きすさぶ二月の外気温に負けないほど、練習室内の空気も凍りついていた。
「このお通夜みたいな空気、やめてくれる?」
電子ピアノの鍵盤を叩いて不協和音を鳴らしながら嫌味を告げたのは玉竜である。
新曲「砂漠」の肝となる、悟空と悟浄のリズムパート練習なのだが、先程から悟浄は黙りこくっているし、悟空は苛ついた様子で腕を組んだままだ。
悟空は決して悟浄に腹を立てているわけではないのだが、玄奘に頼られている悟浄に嫉妬心を抑えられないでいる。
悟浄も悟浄で、悟空に思うところがあるようで深刻そうに眉をひそめている。その表情もまた悟空の癇に障るのだった。
「そんな態度じゃ練習にならないんですけど。二人は喧嘩でもしたの?」
「……そうじゃねえけど」「してはござらん」
玉竜に問われ、悟空と悟浄は同時に否定した。
玉竜はため息をつきながら言った。
「どうせ玄奘のことでしょ?二人とも玄奘の事が大事なのは共通してんだから、早く仲直りしちゃいなよ」
悟浄は悟空をちらっと見たきり黙っている。悟空はのどに小骨が刺さった時のような引っかかりを感じながら、玉竜に尋ねた。
「だから別に喧嘩なんかしてねえって。それより、玄奘はおれに対する不満とか言ってなかったか?」
しかし、玉竜の回答もはっきりしなかった。
「僕も二人きりでじっくり話を聞けたわけじゃないから、あんまりあてにしないでよ。悟空との関係に不満はないって言ってたけどね。やっぱり金狩に悟空を奪られてしまうかもっていう不安があるみたい。自信のなさが原因なんだろうけど」
やはり議論は堂々巡りだ。どうすれば玄奘に自信を持たせられるのか。
「おれは玄奘以外にはまったく興味ねえって言ってるんだけどな」
「悟空の言葉を信用してないんじゃないの?」
「そ、そんなこと……ねえと思うけど」
そのときずっと黙っていた悟浄が口を開いた。しかし悟浄の声音ははっきりと沈んでいる。心なしか髪の毛のウェーブもいつもよりへにゃへにゃしている。
「最近の玄奘はずっと元気がない……。推しの元気がないと、オタクは……辛い」
「な、なんだよ……。おれのせいで悪かったな……」
「悟空を責めているわけではござらん。玄奘がパートナーとして悟空を選んだのでござるから、玄奘の最も幸せな顔を引き出せるのは悟空以外にはおるわけがない。拙者にできることは、これ以上玄奘が悲しい顔をせぬようにただ寄り添うのみ。恋人同士の感情のもつれは当人しかわからぬことでござろう。口を挟むつもりは毛頭ない。しかし、そろそろ……見ているのも辛くなってきた」
言葉尻が涙声になり、悟浄は目じりを拭った。悟浄の言葉はオタクとしてひたむきであり掛け値なしの真実であった。
横っ面を張られたような衝撃を受けて悟空は思わず胸を抑えた。こんなことなら正面切って「玄奘を安心させてやれ」と罵倒された方がまだマシだ。こんなに真摯な思いで寄り添ってくれている悟浄のことを玄奘が「頼りになる友人」として縋るのは当然だ。おれよりも器が広い男前じゃないか。
何度か瞬きをしてから、悟空はぼそりと言った。
「悪かった。もう解決に時間かけねえから」
悟浄は鼻をすすって頷いた。
玉竜はにやにやして悟空を見ながら、悟浄の肩に優しく手を置いた。
「悟空はやっと腹くくったの?悟浄もほら泣きやみな。さあ、ほら二人とも仲直りの握手して。練習再開しよー!」
「握手なんかしねえよ」「拙者も推しとしか握手はせん」
悟空と悟浄は口を揃えて拒否した後、互いに苦々しそうな顔ながらも笑顔を見せた。
「このお通夜みたいな空気、やめてくれる?」
電子ピアノの鍵盤を叩いて不協和音を鳴らしながら嫌味を告げたのは玉竜である。
新曲「砂漠」の肝となる、悟空と悟浄のリズムパート練習なのだが、先程から悟浄は黙りこくっているし、悟空は苛ついた様子で腕を組んだままだ。
悟空は決して悟浄に腹を立てているわけではないのだが、玄奘に頼られている悟浄に嫉妬心を抑えられないでいる。
悟浄も悟浄で、悟空に思うところがあるようで深刻そうに眉をひそめている。その表情もまた悟空の癇に障るのだった。
「そんな態度じゃ練習にならないんですけど。二人は喧嘩でもしたの?」
「……そうじゃねえけど」「してはござらん」
玉竜に問われ、悟空と悟浄は同時に否定した。
玉竜はため息をつきながら言った。
「どうせ玄奘のことでしょ?二人とも玄奘の事が大事なのは共通してんだから、早く仲直りしちゃいなよ」
悟浄は悟空をちらっと見たきり黙っている。悟空はのどに小骨が刺さった時のような引っかかりを感じながら、玉竜に尋ねた。
「だから別に喧嘩なんかしてねえって。それより、玄奘はおれに対する不満とか言ってなかったか?」
しかし、玉竜の回答もはっきりしなかった。
「僕も二人きりでじっくり話を聞けたわけじゃないから、あんまりあてにしないでよ。悟空との関係に不満はないって言ってたけどね。やっぱり金狩に悟空を奪られてしまうかもっていう不安があるみたい。自信のなさが原因なんだろうけど」
やはり議論は堂々巡りだ。どうすれば玄奘に自信を持たせられるのか。
「おれは玄奘以外にはまったく興味ねえって言ってるんだけどな」
「悟空の言葉を信用してないんじゃないの?」
「そ、そんなこと……ねえと思うけど」
そのときずっと黙っていた悟浄が口を開いた。しかし悟浄の声音ははっきりと沈んでいる。心なしか髪の毛のウェーブもいつもよりへにゃへにゃしている。
「最近の玄奘はずっと元気がない……。推しの元気がないと、オタクは……辛い」
「な、なんだよ……。おれのせいで悪かったな……」
「悟空を責めているわけではござらん。玄奘がパートナーとして悟空を選んだのでござるから、玄奘の最も幸せな顔を引き出せるのは悟空以外にはおるわけがない。拙者にできることは、これ以上玄奘が悲しい顔をせぬようにただ寄り添うのみ。恋人同士の感情のもつれは当人しかわからぬことでござろう。口を挟むつもりは毛頭ない。しかし、そろそろ……見ているのも辛くなってきた」
言葉尻が涙声になり、悟浄は目じりを拭った。悟浄の言葉はオタクとしてひたむきであり掛け値なしの真実であった。
横っ面を張られたような衝撃を受けて悟空は思わず胸を抑えた。こんなことなら正面切って「玄奘を安心させてやれ」と罵倒された方がまだマシだ。こんなに真摯な思いで寄り添ってくれている悟浄のことを玄奘が「頼りになる友人」として縋るのは当然だ。おれよりも器が広い男前じゃないか。
何度か瞬きをしてから、悟空はぼそりと言った。
「悪かった。もう解決に時間かけねえから」
悟浄は鼻をすすって頷いた。
玉竜はにやにやして悟空を見ながら、悟浄の肩に優しく手を置いた。
「悟空はやっと腹くくったの?悟浄もほら泣きやみな。さあ、ほら二人とも仲直りの握手して。練習再開しよー!」
「握手なんかしねえよ」「拙者も推しとしか握手はせん」
悟空と悟浄は口を揃えて拒否した後、互いに苦々しそうな顔ながらも笑顔を見せた。
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