続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第七章 過労

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 ダンス練習のあと、各々場所を移し玄奘以外の三人はパート歌唱練習、玄奘は紅害嗣との練習である。スタジオには玄奘と紅害嗣の他、例のごとく玉竜と納多、そして磁路も同席していた。
 
 頭から通した後、この曲を初めて聞いた磁路は拍手をした。

「いいではないか、玄奘。予想していたよりもピアノが上手いな」

「ありがとうございます」

 玄奘は頭を下げ、紅害嗣は腕を組んで不満を述べた。

「磁路さん、俺の歌の感想は?」

「紅害嗣の歌はもちろん上手い。プロだからの。しかし悪くはないが……それほどぐっと迫る感じでもないのぉ」

「なんだとぉ?」

 背の高い紅害嗣に詰め寄られても、さらに上背のある磁路はものともしない。どうどう、といなすように両手を挙げた。
 
 玉竜はさらさらとした前髪をかきあげてさわやかに言った。

「確かに紅害嗣のボーカルはまだ上滑りのような気はするよね。せっかく自分で作詞したんだから、もっと歌詞の内容をよく考えて歌ってみなよ。ピアノを弾いてるのは玄奘なんだよ。普段は叶わないけどさ、この歌を歌ってる瞬間だけは玄奘が自分に寄り添ってくれるんだ。一番そばにあるのが玄奘のピアノなんだよ。そんな状況でどんな気持ちになるか、ちょっと説明してみてよ」

「説明だぁ?なんでだよ?」

 眉をしかめたが玉竜は頷いた。

「言葉にすることで自分の気持ちをはっきりと自覚するためだよ。ほら、やってみて」

 紅害嗣は再び文句をたれようとしたようだったが、玄奘がにこにこしながら待っているのを見ると一旦口をつぐんだ。そして何回か深呼吸をしたあと、ぽつぽつと語りだした。

「まぁ、うれしい……というか、まだ慣れないな。Vtuber konzenとしての玄奘を推してたときから、俺がすべてを独占したいと思ってて、でもそばにはいられないという存在が、今俺の隣にいるなんて本当なのか信じられないって感じだ。騙されてるんじゃねえかみたいな気がまだしてる」

 玉竜は腕組みをしてふむふむと頷く。

「まずはそれだよ。まだ紅害嗣は玄奘のピアノを実感として受け止めきれてないのが問題だ。だからまだ上っ面の歌しか歌えない。玄奘への想いを綴った歌なんだから、まずは歌ってる間ずっと玄奘を見つめててみなよ」

 紅害嗣はたじろいで二、三歩後ずさった。

「歌ってる間、ずっと玄奘を見つめる……?そんなんっ、で、できるわけねーだろっ」

「なんで」

「だ、……だって……、は、恥ずかしいだろうがっ」
 
 真っ赤な顔で必死に拒否する紅害嗣を見て、玉竜と納多はため息をつく。外見が幼い二人がため息をつくと、相手を煽る効果は非常に高い。むっとした紅害嗣が拳を握った瞬間、磁路が彼の肩をばしばしと叩いた。

「良き良き、これも青春だのぅ。お主の愛は玄奘には届かぬが、歌という形に具現化したことで、玄奘と手を携えて共有できる夢となった。恋人の悟空であっても玄奘のピアノと共に歌ったことは未だない。紅害嗣、お主の夢を玄奘とともに花開かせるのだ。さあ、見つめて歌ってみぃ」

「理屈はわかったけどな……でも、玄奘を見ながら歌うとか……声出ねえかもしんねぇ」 

 まだ尻込みをする紅害嗣を見て、それまで様子を見守っていた玄奘がピアノの前から立ち上がった。そして玄奘は、紅害嗣の手にやわらかく自分の手を重ねた。

「紅害嗣さん、この歌詞は私に向けて書かれたものと聞きました。歌詞というものはあなたの心の奥深くからの想いを撚りあわせて織りあげたものでしょう。それならば私も正面きって向き合わねばなりません。人間、心の奥底にはどろどろとした醜い感情や処理できないおりのような気持ちが眠っているものです。それを織り上げて作った歌詞なんですから、すべてを私にぶつけてください。私があなたのどんな感情であっても受けとめましょう。この歌を歌っている限り、私はあなたのパートナーなんですから」

 玄奘の深い湖のような瞳に紅害嗣は吸い込まれそうな気分だった。

「お、おう……」

 思わず紅害嗣は重ねられた手をぎゅっと握る。それでも玄奘は振りほどかなかった。逸れることのない玄奘の真剣
な眼差しは確実に紅害嗣の心に火をつけた。

 玉竜は(こんな二人の姿を悟空が見たら逆上案件だよねぇ)と内心思いながらも、楽曲の完成度を上げることが最優先の彼は「さあ、この勢いのまま、歌ってみよー!」と発破をかけた。
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