続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第八章 誕生日会とその裏で

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 プロデューサー太上に新曲の進行状況を報告し終えた磁路が、廊下でばったりと会ったのは納多だった。互いにアーティストを連れず、マネージャーのみが顔を合わせるのは久しぶりだ。視線だけで意思を共有した二人は、そのままエレベーター脇のソファに並んで腰をかけた。話題は自然とマネージャーの仕事内容に関するものになる。ガラス
張りのエレベーターホールの外は春先の雨がしとしとと降っている。

「牛家族のアルバム製作は順調であるのか」

「まあ、一応。紅害嗣のバラードだけが懸念材料ではあったが、磁路殿もご存じの通り、なんとか形にはなりそうだ」

「こ、今年も紅白を狙っておるのか。裏工作とやらは、もう動き出した方が良いのかっ」

 前のめりになる磁路の肩を納多は抑えた。納多は小柄で一見ひ弱そうに見えるが、これでも彼は天界の神将である。磁路ほどではないが、力は強い。

「裏工作するにしてもまずはヒット作がないことには話にならん。ジャニ西の場合は制作中の新曲の精度を上げることの方が優先されるべきだろう」

 納多の助言は的確ではあったが、磁路はむずむずとした動きを抑えられない。

「それは当然至極。しかし、楽曲に関して言えば最高の環境を整えてやる以外に、私ができることはほとんどないのだ」

 磁路はジャニ西の面々の前でこのような焦った表情を見せることはない。この場には同じマネージャー仲間の納多しかいないという心安さが磁路の本音を引き出した。

 磁路は大きな背を丸めるようにして両肩を縮こめながら、納多の袖を両手で引っ張って頼みこんだ。

「なにか、ないだろうか。どうかご教示願いたい。ジャニ西の今後の発展のためにマネージャーの私が貢献できる案がなかろうか」

 まるでホッキョクグマに間近で餌をせがまれているようだ。この迫力では断れない。納多は慣れない励まし役になることに戸惑いながらも、頭を巡らせてから口を開いた。

「そうだな……」

 そのとき、エレベーターの扉がちりんと音を立てて開いた。無造作に歩き出てきたのは紅害嗣だった。彼は大きなクマのような磁路にすがられている小さなウサギが自分のマネージャーであることに気づくと、はっきりとわかるほどに眉をしかめた。納多の首根っこをつかむようにして立たせ、自分の後ろにかばった。そして磁路のことは無視したまま、納多に詰め寄る。

「おい、お前はいつから磁路のマネージャーになったんだ?」

「うるさいな。ただ磁路殿の相談に乗っていただけだ」

「今から俺のインタビューの打ち合わせだろ?お前がいなくてどうする」

「まだ時間はあるだろうがっ。普段遅刻ばかりするくせに偉そうな口ききやがって」

 背高の紅害嗣の陰から納多が覗くようにして見やると、磁路はまだ小さなソファに肩を落としたまま腰かけている。気の毒に思った納多は声を張り上げた。

「磁路殿っ。マネージャーにできることは仕事を取ってくること、これに尽きるっ。適切な仕事を適切な時期に取ってくることを、私はお勧めするっ」

 磁路は勢いよく立ち上がって叫んだ。

「ありがたいっ、納多殿っ。ジャニ西のために私もはりきって、より幅広い仕事をとってくるといたそうっ」 

「……お前は俺以外の人間には親切なんだな?俺が落ち込んでても優しいアドバイスくれたことねえじゃん」

 紅害嗣のぼやきを納多は鼻で笑って聞き流した。いつも説教を聞き流す輩にくれてやるアドバイスなどないのだ。

 そのとき磁路の電話が鳴った。着信音はジャニ西の歌う「Beyond the Road」だ。担当アーティストへの愛を感じる、と納多は密かに感心する。

「磁路だ、どうした悟浄」

 次の瞬間、磁路は立ち上がりながら叫んだ。

「何だと?玄奘が倒れただと?」

 納多と紅害嗣もただならぬ気配を感じ、そばに寄ってくる。数語交わした後、時間を無駄にすることなく磁路は電話を切った。

「玄奘が病院に運ばれたとのことだ。命に別状はないらしい。私は今から病院に行き状況を確認してくる次第である」

「俺も行く」

 磁路に詰め寄った紅害嗣だったが、納多は首を振った。

「病院に行っても、今お前にできることは何もない。お前が仕事を放りだすことを玄奘も望んではいまい。仕事が終わったら駆けつけてやれ」

 納多の落ち着いた声音で諭されると紅害嗣の頭も冷えたようで、彼は仕方なさそうにだが、それでも黙って頷いた。

 さらさらという雨音がエレベーターホールの窓を通して聞こえている。何かを追い立てるようなその音に、階段を駆け下りていった磁路の後ろ姿を見送りながら、納多はため息をついた。
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