続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第八章 誕生日会とその裏で

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 社長環野の神業運転のおかげで瞬く間に病院に到着した磁路は、廊下を猛然とダッシュし、病室の扉が壊れるくらい勢いよく開けた。

「玄奘、大事ないかっ」

 こじんまりとした個室の隅に置かれたベッドで、上半身を起こした玄奘は穏やかに笑っている。その横にはいつもよりも鋭さの増した目で悟空が陣取っており、八戒と悟浄もさすがに意気消沈した顔でそばにいた。

「磁路さん、ご心配おかけしてすみません」

「おお、すでに目を覚ましておったか」

 磁路はベッドに駆け寄ったが、正面に座った悟空は場所を譲らない。仕方なく磁路は悟空の頭の上から大声で話しかける。

「元気そうに見えるが、検査は済んだのか」

 悟浄がぼそぼそと答えた。

「足を捻挫しており、一週間程度はダンス禁止とのことでござる。倒れた原因は過労とストレスだろうと。点滴が済んだら今日は帰ってよいとのことでござった」

「足の捻挫と過労か……。ふぅむ。これはマネージャーである私の管理不足だ。大変遺憾である。」

 病室の扉が再びさっと開き、不機嫌そうな看護師が現れた。 

「うるさいのでもう少しお静かに願います。それと院内は走らないでください」と、嫌味っぽく叱られた磁路は「面目ない」と平身低頭する。いつでも誰からも好かれる外面を保っている彼にしては珍しい。それほど余裕がないのだろう。

 看護師が去ったのを見届けてから、磁路は若干声のボリュームを落とし、腰もかがめて顔を近づけながら玄奘に尋ねた。

「過労というのは本当か?悪い病気ではなかろうな」

「MRIも撮った。特に異常ねえってさ」

 悟空が怒っているような口調で答えたが、これは本当に自分に腹を立てているのである。 

 再び病室の扉が開いた。再び叱られるのか、と身構えた磁路だったが、現れたのは環野だった。ゆっくり廊下を歩いてきたため、磁路に置いて行かれたのである。

 環野の顔を見た玄奘はかしこまった。

「社長まで来られたんですか。……ご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」 

 環野は玄奘の姿を一瞥する。そして柔和な表情のまま言った。それでも玄奘はひどく緊張する。

「まだ青い顔をしているな。休息が必要な証だろう」

「……自己管理ができておらず、お恥ずかしいです」

 悟空が割って入った。

「玄奘の体調変化にすぐ気づけなかった、おれの責任だ」

 磁路も悟空を押しのけるようにして前に出ようとする。

「いや、マネージャーの管理責任である」

 悟浄は考え込むようなポーズのまままったく動かず、しかし沈痛の面持ちで言う。

「拙者も全く責任がないとは言えぬな……。玄奘の心痛をそばで見ていた友人としては」

 八戒は病院の売店で購入したパックのプロテイン飲料(これでもダンスのために気を遣ったチョイスである)を一気飲みしてから言った。

「順番に反省する流れなの?じゃあ俺にもちょっと責任があるって言うべきぃ?まぁ、玄奘が大変そうだったのは知ってたしね」

 口々に言う仲間たちの顔を見回しながら、玄奘は少しうつむいた。

「みんな……」

 玄奘は涙声である。環野はそれには気づかなかったような顔で言った。

「愛されているようだな。それこそ、上に立つ者の資格である」

 玄奘は鼻をすすったあと、すがるような顔で環野を仰ぐように見た。さすが観世音菩薩である。ことさら厳しいわけではないのに、貫録がある。

 環野は玄奘を諭した。 
「玄奘、愛別離苦あいべつりく、つまり愛する者と別れることのつらさは人生において逃れられない。愛こそが執着を生み、愛こそが苦しみの本質である」

「どういうことぉ?人を愛さない方がいいってこと?」
 
 まったく理解できていない八戒が口を挟みかけるが、すかさず悟浄が制した。

「八戒は黙っておれ。社長が説明してくださる」

「他者を愛する気持ちは自然に生まれ出るもの。しかし愛すればその者との別れはいつかやってくる。別れをも受け入れること、すべてをゆだねることが肝要である。すべて思い通りにはならぬ」 

「……はい」

 環野の言葉に玄奘はなにかを深く考え込みながら、ゆっくりと頷いた。環野は「養生いたせ」と声をかけてから退室した。  

「まぁた意味深なことばかり言っちゃってさ」

「今の玄奘が必要とする言葉を授けたのだろう。その深淵までは拙者も理解できたとは言い難いがな」

 八戒がぼやき、悟浄は顎をさすって言った。悟空と磁路は先を争うように玄奘に寄り添った。

「玄奘、あんな偉そうな奴の言うこと、気にすることないですよ。玄奘に悪いところなんていっこもないですからね」

「社長の仰ることは間違ってはおらぬが、新曲にダンス、ピアノ伴奏と、玄奘に仕事を詰め込みすぎて、適切な休暇を配分せなんだ。私の管理不足である」

 しかし、玄奘の眉根はまだ寄ったままだ。

「みんな、ありがとう……。でも私が甘かったのも事実だよ」

 こうなった玄奘は聞く耳を持たない。そうは見えずとも彼はかなり頑固なのだ。悟空と磁路はそれとなく視線を合わせて、今は機ではないと伝え合う。

 空気を読まない八戒が助け舟を出した。 

「紅ちゃんから連絡来たよ。心配してるってさ。玄奘の家に行ってもいいかって聞いてるけど、過労だからまた今度にしてねって言っとくね」

 車まで玄奘をお姫様抱っこをすると聞かない磁路の説得を諦めた悟空は、こまごまとした荷物をまとめてから最後に病室を後にした。病院の薄暗い廊下の窓から、分厚い雲が見える。それでも雨はやんだようだ。悟空は決意したようにスマホのボタンを押した。
 

 
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