続 深夜の常連客がまさかの推しだった

中島焔

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第九章 罠

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 夕方からの新曲収録はいつも通り玉竜が指揮を執りながら、調整と話し合いを重ねて進んでいく。
 
 悟空と玄奘の二人はいつになく機嫌が良い様子である。スタジオに到着した際に玄奘の頬が紅潮していたのは外の寒風のせいなのかどうか、他者は知る由もない。

 現在録音ブースに一人入っている悟空は、玉竜からの「転調のところで、スクラッチ音入れてみようか。悟空、練習してたんだよね?」という提案も二つ返事で引き受けている。昨日の事情を把握している玉竜と悟浄は、「とにかく二人はまとまったらしい」と無言で頷きあった。

 悟空と交代でブースに入ったのは玄奘である。扉が閉まった瞬間、八戒が悟空を肘でつついた。もちろんつついたのと反対の八戒の手には串に刺さった団子が握られている。

「兄貴、それで?」

「はぁ?何がだよ」

「昨日金ちゃんと修羅場しゅらばったらしいじゃん。金ちゃんにハニートラップかましたこと、玄奘に説明したの?」

「ほっとけ。いちいちオメーに報告する義理はねえんだよ」

 悟空の態度はけんもほろろだが、八戒はそんなことで諦めるようなタマではない。一口で団子二個を頬張りながら尋ねてくる。

「勃っちゃうくらいの熱烈なキスしたらしいじゃん」

「なんで知ってんだよ!悟浄、オメーか?」

 悟空から睨まれた悟浄は呆れたように言った。

「拙者がわざわざ争いの種を蒔くようなことをするわけなかろう」

「なんで知ってやがる。玄奘には絶対言うんじゃねえぞ」

 悟空は八戒の襟首を掴みあげたが、八戒は落ち着いたもので悟空の手をいなすように叩きながら外させた。

「昨日、金ちゃんから泣きながら通話がきてさ。慰めついでに何があったのか詳しく聞いたんだ」

「なんでオメーのところに」

「兄貴のこと知ってる誰かに話を聞いてほしかったんじゃないの?銀ちゃんとは恋愛話なんてしないって言ってたし。俺が適任だったんだろうね」

 なぜそれにしてもわざわざ噂話を四方八方に吹聴して回るような男に……と悟空は思うが、人付き合いの良い八戒は意外と面倒見が良いのである。

「金狩にとっては心痛の夜であったでござろうしな」

 さりげなく悟浄も会話に加わってくる。八戒が横目で非難がましく言った。

「蕩けちゃいそうなキスして金ちゃんから告白させた挙句に振ったんだって?兄貴も人が悪いなぁ」

「玄奘のために早く解決する必要があったからそうした。おれにとって大事なものを優先しただけだ」

 八戒の追及の手は緩まない。

「玄奘には?キスしたこと言ったの?言ってないの?もう断ったって宣言しただけなの?それで納得したの?……へぇ、玄奘も人を疑うことを知らないというか世間知らずというか。そんなことしてたら兄貴浮気し放題じゃん」

「なぁにぃ~!大聖殿が浮気だと!」

 ついに磁路まで会話に入ってきた。悟空の両肩を抑えてぶんぶん揺さぶってくる。こうなってくると会話も混沌の極みだ。

 悟空の弁解も自然と大雑把なものになる。

「だから浮気なんてしてねえって。金狩を罠にかけるためにキスしただけだ。玄奘の身が汚されんのは耐えられねえけど、玄奘を守るためなら別におれのキスの一つや二つ、大した問題じゃねえよ」

 悟空の暴論に磁路は「……果たして玄奘は同意するだろうか」と顔をしかめ、悟浄は「あのように激しいキスは浮気の範疇に入ると拙者は思うがな」と眉間に皺を寄せた。

 そんな中、自身の倫理観に問題のある八戒は飄々とした態度のままで言った。

「キスってのはさ、相手がないとできない行為なんだよ。金狩にとってめちゃくちゃ気持ち良かったキスだったんなら、少なくとも兄貴の方でも感じるものがあったと思うんだよね。罠にかけたとか言い訳っぽく言ってるけどさ、本当に嫌な相手なら別の方法を取れた気もするし、兄貴の方にまったく気持ちはなかったとは思えないなぁ。まぁもちろん兄貴のことだから玄奘最優先なのは当然としても、金ちゃんのことはわりと気に入ってたってことなんじゃないの?」

 脱力したような言い方だったせいだろうか。悟空は珍しく八戒の言うことに胸をつかれた気がした。

 悟空はぼそっと呟いた。

「……慕ってくる奴なんてめったにいねえし、邪険にはできない」

 少し俯いた横顔に前髪が被さり、悟空の表情は見えなくなった。

 それを聞いた三人が次々に「甘いぞ悟空っ。玄奘以外の男に見せる甘さなんて不要でござるっ」「大聖殿の王様気質は前世由来であるが発動は時と場合に留意した方が良いぞ」「兄貴、そういうとこだよ。罪作りなんだから」と大声でわめきたてる。 

 周囲のスタッフもさすがに二度見するほど騒々しい。玄奘にてきぱきと指示を出していた玉竜だったが、「ちゃんとメインボーカルの歌聞いて!収録中なんですけど!真面目にやってよね!」とスタジオ全体に響き渡る声で彼らを叱咤した。

 その後収録は一昼夜続いた。苦労を分かち合うことでグループとしての結束感をさらに高め、心を一つにして楽曲製作ができたと思う、というのが玉竜の証言である。





 収録を終えて帰宅した玄奘は「本当はお風呂に入らないといけないんだけど……」とソファでごにょごにょ呟いていたかと思うとすぐに寝息を立て始めた。ショートスリーパーの悟空はそれほど眠気を感じているわけではないが、身体の気だるさは感じている。金狩関連でのごたごた等で疲れているのかもしれない。

 悟空はきれい好きの玄奘のために彼の身体を清拭してやったあと、軽々と抱えてベッドに運んだ。愛おしそうに玄奘の寝顔を眺めて頬を撫でたあと、同じベッドで悟空もまた眠りについた。
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