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27. お祝い
しおりを挟む(本当に重いかもしれない……)
重華は昨日貰ったばかりの豪華な着物に袖を通し、髪もしっかりと結い上げてもらって、同じく貰った装飾品を身につけた。
着せつけてくれた春燕と雪梅は、いつもと違う姿を美しいと褒めてくれたけれど、重華はずっしりとのしかかってくるような重さを感じてそれどころではない。
(妃嬪の人たち、みんなこんな重たいものを身につけて、長々と宴会に出席しているの?)
晧月のおかげで、おそらく重華は早めに退席することができる。
そのことを、今は本当にありがたいと感じていた。
「陛下がいらっしゃいましたよ」
そんな一言をかけられて、重華はどきっとする。
前日のことが蘇り、どうしても気まずい気持ちを拭い去れない。
それでも、逃げるわけにもいかないので、重華は急いで晧月の元へと向かった。
「ほう、似合っているじゃないか」
「陛下に……」
「ああ、挨拶はよい」
昨日の最後に見た晧月とは違い、重華の目には良くも悪くもいつも通りに映った。
(私、後宮に入ってから、陛下にちゃんと挨拶したこと、あったかしら……)
輿入れした日は、そもそも後宮のしきたりも何も知らなかった。
その後、春燕と雪梅によって、皇帝へ挨拶をする時の礼の仕方については教えてもらったもの、体調を崩し寝台の上にいたり、今日のように挨拶はいらないと言われたりで、まだ一度もそれを披露する機会に恵まれてはいなかった。
「では、行こうか」
そうして差し出された晧月の手を取ることに、重華はいつも以上に戸惑いを覚えていた。
晧月がどれだけいつも通りに振る舞っていても、やはり重華はまだどこか気まずかったのだ。
しばらくの間、晧月は根気強く待ってみたが、その手が掴まれることがないと悟ると、重華の手を自ら掴んだ。
「ほら、早くしないと遅れる」
皇帝が遅れても、文句を言うものなど誰もいない。
けれど、晧月はそう言って重華を急かした。
遅れても問題ないという考えに至らない重華は、もちろん晧月を遅れさせてはいけないと考え、慌てて晧月について行くことになる。
しかし、琥珀宮から外へ一歩踏み出したところで、重華の足はぴたりと止まった。
「あ……あのっ」
「なんだ?何か忘れ物か?」
「い、いえ、その……っ」
重華が何かを言いたいのだということは、晧月にはなんとなく伝わった。
実際のところ、全くもって急いではいなかった晧月は、とりあえず重華の言葉を待ってみることにした。
「お、お誕生日、おめでとうございますっ」
重華は顔を上げ、勢いよくそう言うとすぐに俯いてしまった。
重華なりに精一杯、勇気を出した一言だったのだ。
「先に聞けるとは、思わなかったな」
「え?」
「宴会で、言われるものだと思っていた」
言われるのか、結果的に宴会の空気で言わせる形になるのか、その場になってみなければわからないけれど。
妃嬪からの祝いの言葉は、全てそこで聞くものだと、晧月は当たり前のようにそう思っていたのだ。
「今、言うのは、駄目だったでしょうか?」
「いや、そんなことはない」
もしやまた不快にさせてしまったのかもしれない、そんな不安を抱いていた重華は、その一言にほっとした。
(悪くない)
宴会ではない場所だからこそ、祝わなければならない空気に流されて形式的に述べられた言葉ではないと感じられる。
それだけで、晧月は何か貴重なものを手に入れたような気分になれた。
「そなたが一番最初だな、朕の誕生日を祝ったのは」
正確には、朝一番に人づてに皇太后から祝いの品と文が届いているのだが。
やはり、こうして直接祝われるのは別ものだと晧月は思った。
「陛下に拝謁いたします」
宴会の会場に入るや否や、その場にいたものが皆一斉に晧月に対して礼をする。
図らずも、晧月とともに会場に入ったために、自分まで礼を受けてしまったような形になって、重華はいたたまれない気持ちになった。
「皆、楽にせよ」
晧月のその一言で、礼をしていた者たちが頭を上げていく。
その様子と、会場全体を、重華は物珍しそうにきょろきょろと眺めていた。
まず、最初に目に入ったのは、一番奥の中央にある一際豪華な席。
そこが皇帝である晧月の席だろうというのは、重華であっても疑う余地などなかった。
その右隣りには、もう一人分席が設けられており、そこにはすでに豪奢な着物を身に纏った女性が座っていた。
中央に置かれているのはその二席のみで、その二席の前には何か催し物でも行えそうな広い空間がある。
そして、その空間を囲むように、左右に席がたくさん並べられている。
その左右に並べられた席にも、やはり豪奢な着物を身に纏った女性たちが座っていた。
その中で、左側の一番前、左右に並ぶ席の中では最も晧月の席に近い場所に、重華は空席を見つける。
「ひょっとして、私はあそこに座るのでしょうか?」
「ああ、そのようだな。だが、少し待て」
そう言うと、晧月は重華の手を引いて、会場の中をどんどんと進んでいく。
それに伴って、重華はさまざまな視線が痛いほど自分に突き刺さるのを感じた。
「陛下、そちらの方はひょっとして……」
重華が自分の席なのではないかと思っている空席が近づいてきた頃、皇帝の隣に用意された席に座っていた女性が晧月の前まで来て声をかけてきた。
同時に、上から下までじっくりと見られ、重華は思わず一歩後ずさる。
「ああ、蔡嬪だ」
「まぁ!伏せっていらっしゃるとお聞きしていましたが、回復されたのですね」
女性の言葉に、重華はどきっとして肩を揺らす。
「いや、まだ回復していないのだが、今日は朕がどうしても蔡嬪にも祝いの席に参加してもらいたくてな。無理して出席してもらったのだ」
そう言うと、晧月はすぐに近くに居た宦官に声をかける。
呼ばれた宦官はすぐに晧月の元へと駆けつけ、一礼をして見せた。
「蔡嬪の席はこれか?」
「ええ。参加できるかはわかっておりませんでしたが、念のためそちらにご用意しておりました」
答えたのは、宦官ではなく女性だった。
「どうぞこちらに……」
「いや、いい」
そのまま、重華に座るように促そうとした女性を、晧月が制する
「蔡嬪の席を、朕の席の隣に移動させてくれ」
「え?」
晧月の言葉に驚いたのは、重華だけではなかった。
女性もまた、重華同様に目を見開いて驚いた様子を見せている。
「陛下、陛下の隣は……」
「英妃の席を譲れとは言っておらん」
その言葉を聞いて、重華はようやく目の前の女性が誰なのかを理解した。
皇帝の隣の席に座っていることから、重華といえどそうではないかという予想はしていたのだけれど。
「朕の左隣はいつも空いている。そこに蔡嬪の席を置けばよい」
本来、皇帝の左右の席に位の高い妃嬪の席が置かれるのが通常である。
しかし、おそらく毎回宴会を取り仕切っているだろう英妃は、いつも自分だけが晧月の隣となるように席を配置しているのだ。
とはいえ、晧月にそう言われてしまっては、英妃は異を唱えることなどできるはずもなかった。
「そなたには、朕の隣に居て欲しいのだ」
晧月は重華を振り返り、柔らかな笑みを浮かべている。
(これは、私まで勘違いしてしまいそう……)
重華が皇帝の寵愛を受けている、そう見せているにすぎないのだとわかっている。
それでも、それを知っている重華でさえ、自分は寵愛されているのではないかと錯覚してしまいそうな気がした。
「陛下のお傍にいられるなら、とても嬉しいです」
重華がそう言うと、晧月は嬉しそうに笑い、それから視線を宦官へと移す。
それだけで意図が伝わったのか、宦官は他の者たちに指示を出し、あっという間に重華の席が移動させられた。
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