皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ

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29. 贈り物

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(やっと、やっと、たどり着いた……っ)

 広いといえど、所詮皇宮内の移動にすぎない。
 ものすごく長い距離を歩かされたわけではないはずだと思うけれど、それでも重華にとってはものすごく長く感じられる距離だった。

「余程着物がや装飾品が重かったと見える。今日一日動きがぎこちなかったぞ、早く着替えさせてもらって来い」

 琥珀宮の中に入るや否や、晧月がそう言った。
 動きがぎこちなかったのは、必ずしも身につけているものの所為だけではないはずだと重華は思っている。
 けれど、早く着替えて楽になりたい気持ちもあったので、素直に頷いた。

「では、お手伝いしますね」
「お願いします」

 そうして、春燕に連れられて行く重華を見送って、晧月は近くにあった椅子に腰掛け重華が戻るのを待つことにした。
 晧月の目の前には、すぐに雪梅によってお茶が用意される。
 躊躇うことなくそのお茶に手を伸ばし、一息ついた時だった。
 がたん、と大きな音がして、晧月と雪梅は目を見合わせた。

「蔡嬪様、大丈夫ですか!?」

 何事か、と晧月が問いかけるよりも早く、次いで聞こえたのは春燕の慌てた声。
 晧月も雪梅も、迷うことなく音のした方へと駆け出した。



「何があった?」

 晧月が慌てて奥の部屋へと踏み入れると、すぐ目の前に座り込んでいる重華と、心配そうに寄り添う春燕の姿が見えた。

「どうした?」

 晧月はとりあえず、重華の顔を覗き込むようにしゃがみ込む。

「顔色が悪いな」
「すみません、大丈夫です。ちょっと力が抜けてしまっただけで」

 重華はこれ以上心配をかけてはいけない、と慌ててそう言って立ち上がろうとした。
 しかし、上手く力が入らないどころか、身体からさらに力が抜けていくような感覚を覚え、身体を支えていられなくなる。
 ふらりと倒れそうな重華の身体を、慌てて晧月が力強く支えた。

「随分と無理をさせてしまったようだな」
「いえ、そんな……」

 重華からすれば、気が抜けてしまっただけだ。
 琥珀宮まで無事戻り、晧月とも一旦離れ、ほっと息を吐き出してしまったのが良くなかった。
 さっきまで気を張っていたおかげでなんとか立っていられたのが、すっかり気が緩んでしまって全身に力が入らなくなってしまったのだ。
 一度そうして気が抜けてしまうと、なかなか立て直すのは上手くいかなかった。

「春燕、雪梅、頭の飾りだけ取ってやってくれ。これだけでもかなり重そうだ」

 晧月が言うと、二人はすぐに重華の頭につけていた装飾品を全て取り払ってくれた。
 結い上げていた髪がはらりと落ちる。
 同時に、ふわりと重華の身体が浮いた。

「へ、陛下!?」
「歩けないだろう、おとなしくしていろ」

 先ほど宴会場ではしっかりと断ったのに、結局重華は晧月に抱きかかえられて運ばれることになってしまった。



「熱はないようだが、念のため太医に診てもらおう」

 晧月は重華を寝台に運んで寝かせると、すぐに重華の額に手をあてて熱がないかを確認した。
 自身の額と比べてみても大差ないと感じられる温度に、少しだけほっとする。

「本当に、大丈夫です。少し疲れただけですから」

 慣れないことに気を張っていた所為で、疲れただけだと重華は思っている。
 晧月もまた、同様の考えではあったものの、万が一を考えると譲れなかった。

「駄目だ。とにかくそなたはおとなしく寝ていろ。雪梅、柳太医を呼んでくれ」
「はい、すぐに」

 雪梅は重華の意見には耳を傾けることはなく、晧月に一礼するとあっという間に太医を呼びに行ってしまった。
 事あるごとに呼び出してしまっている柳太医を思い、重華は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。





 柳太医による診察の結果、重華と晧月の予想通りだった。
 それでも、早く回復するようにと薬を煎じてもらったので、晧月としてはやはり太医を呼んで来て正解だったと思っている。
 重華は診察中の間、ただただ申し訳なさそうにしていたのだけれど。
 そんな重華は着物もしっかりと夜着に着替えさせてもらい、薬を飲んでぐっすりと眠っている。
 一通り報告を受けて、晧月がほっと息をついたところで、春燕と雪梅は晧月の目の前に次々と料理を並べていった。

「これは?」
「私たちからのお祝いです、陛下」
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」

 春燕と雪梅は、例年、晧月が宴会に参加したところで料理にほとんど手をつけず戻って来ることをよく知っている。
 元々晧月に侍女として仕えていた2人は、そうして戻った晧月にお祝いとしていつも晧月の好きな料理だけを用意していた。
 とはいえ2人とも今は蔡嬪の侍女であるため、今年も同様に用意されているとは晧月は想像すらしていなかった。

「こちらにお戻りになるのは、わかっておりましたので」

 何も言わない晧月の疑問を察したかのように、春燕が笑みを浮かべて言う。

「まさか、今年も食べられるとはな。ありがたくいただこう」

 晧月は箸を手に持つと、例年通りに料理に手をつけ始めた。



「あら?」

 晧月が料理を食べる様子を見守りながら、雪梅は先ほどまで重華が着ていた着物を仕舞おうとしていた。
 通常時と少し違うその着物は、管理も気をつけなければならない、と慎重に扱っていたところ、着物からひらりと折りたたまれた一枚の紙が床へと舞い落ちた。

「まぁ、蔡嬪様……結局、陛下へ贈り物は渡されなかったのですね」

 折りたたまれた紙を丁寧に開いて中を見た雪梅は、今ここに居ない重華を思いながらそんなことを呟く。
 その言葉に晧月の視線は雪梅へと向けられ、春燕はすぐに雪梅に駆け寄って紙を覗き込んだ。

「あら、本当に。昨日、あれほど睡眠を削ってまで準備されていたのに」

 春燕は紙を見て、残念そうにそう呟いた。

「何の話だ?」

 晧月としては、宴会に参加してもらうというだけで、十分贈り物の役割は果たして貰った気でいた。
 それとは別に何かあったかもしれないだなんて、思いもよらないことである。

「昨日、蔡嬪様に陛下に何か用意できないか相談されまして……」
「贈り物として、自身の特技を披露される妃嬪の方もいらっしゃいますから、蔡嬪様も特技を活かして絵を描いてみるのはどうかと提案したんです」

 2人はそうして晧月の疑問に答えると、雪梅が手にしていた紙を晧月へと渡した。

「時間がなくて、色まではつけられなかったようですが」
「これは、俺か……」

 そこには黒い線だけで描かれた、晧月の肖像画と思われる絵があった。

(蔡嬪には、俺がこう見えているんだな)

 皇帝になってからというもの、きつい印象や冷たい印象を持たれがちだったが、絵の中の晧月は優しい笑みを浮かべている。

「夜遅くまで、がんばって描かれていたんですよ」

 そう言いながら、雪梅は渡した絵を取り戻そうとしたが、晧月はひょいっとそれを避ける。

「陛下、蔡嬪様はそれをお渡しにならなかったのですから」
「そうです。それはまだ、蔡嬪様のものですよ」
「そなたたちが黙っていればいいだろう」
「そういうわけには参りません」

 皇帝である晧月がそう言っているにもかかわらず、2人は一歩も引く様子がない。
 むしろ、今度は2人がかりで絵を取り返そうとしてくる。

「わかった。なら、蔡嬪に聞かれたら、俺が持って行ったと言えばいい。ただし、蔡嬪から聞かれない限りは、そなたたちは何も言うな、それならいいだろう?」

 その言葉に、春燕と雪梅は顔を見合わせる。
 よほど絵が欲しいらしいと悟り、2人は仕方ないですねと笑った。
 皇帝だというのに、自分が譲歩していることに若干不満を覚えつつも、晧月は大切に絵を着物の内側へと仕舞い込んだ。

(あの時、これを渡そうとしていたのを、遮ってしまったのか)

 きっと何も用意はしていないだろうと決めつけ、助け船を出したつもりでいたことを晧月は申し訳なく思った。

(しかし、疲れが出たのは寝不足の所為でもあるのではないか?)

 絵は、晧月が見ても、描くのに時間がかかっただろうと思う。
 春燕や雪梅の話を聞いても、かなり睡眠を削っただろうことは明らかだ。

(全く無理をする)

 そうは思ってみても、やはり嬉しい気持ちが勝っていて、今にもにやけてしまいそうな表情を晧月は必死に引き締めていた。
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