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50. 悲鳴
しおりを挟むようやく周囲が明るくなったのを感じ、重華は眠れぬ長い夜がやっと終わりを迎えたことを知る。
「陛下、起きられたのですか?」
「ん?ああ……」
晧月が身じろぐのを感じ、重華はすぐさま声をかけた。
一刻も早く、現状を変えたかったから。
しかし、返事は返ってくるものの、晧月が動く様子はない。
「陛下?」
再度声をかけると、晧月の腕が少し緩むのを感じた。
重華は、その瞬間に急いで晧月の腕から出て、少し距離をとった。
ようやく解放されたことに、重華はほっと息をつく。
しかし、それも長くは続かなかった。
「え?わ……っ」
重華が離れたことが気に入らなかったのか、急にぬくもりがなくなったことが嫌だったのか。
晧月はすぐさま強い力で重華を引き寄せると、またしても重華を強く抱き込んだ。
先ほどまでと違う点があるとすれば、背後から抱きしめられていたのが、今は向かい合った状態で抱きしめられていることくらい。
重華からすれば、結局晧月の腕の中に居ることには変わりなく、大差ない違いでしかなかった。
「陛下、起きられたのではないのですか?陛下?」
重華は何度となく晧月に呼びかけた。
しかし、寝起きのためか、晧月はどこかぼんやりとしており、要領を得ない返事しか返ってこない。
「陛下、起きてくださいっ!陛下っ!!」
重華は半泣きになりながら、晧月に必死に呼びかけた。
すると、晧月は重華を抱きかかえたまま、ようやくむくりと起き上がる。
「お、起きられましたか?」
「ああ」
やはり返事はどこかぼんやりとしている。
しかし、晧月はようやく重華を解放し、寝台から出て行った。
今度こそ完全に解放されたと、重華は安堵しかかったのだけれど、晧月の行動を見てぎょっとする。
「陛下、お待ちください……っ」
慌てて重華が止めようと声をかけたけれど、それですぐに晧月の行動が止まることはなく。
「きゃあああああああああっ」
重華自身、これほどまでに大きな声は生まれてはじめて出したのではないかと思うほどの、大音量の重華の悲鳴が琥珀宮中に響き渡った。
「どうされました!?」
「珠妃様、大丈夫ですか!?」
晧月が傍に居る状態ですぐさま危険が訪れるはずはないと思いつつも、春燕と雪梅は重華の声を聞きつけ、すぐに重華の寝室へと駆けつけた。
そこで2人が見たものは、上半身裸の状態でともすれば今にもその先まで着物を脱ぎ去ってしまいそうな晧月と、真っ赤な顔を両手で覆う重華の姿。
それだけで、2人は何があったか瞬時に悟ってしまった。
「珠妃様、こちらへ。本日は向こうで着替えましょう」
すぐさま雪梅が重華へ近づき、寝台から出るように手を貸した。
そして、そのまま重華の手を引いて、寝室を後にする。
それを見送って、春燕は晧月の方へと向かった。
「陛下、目は覚めましたか?」
「ああ、重華のおかげで、しっかりと、な」
晧月は今の今までしっかりと寝ぼけていた。
しかし、頭に突き上げるような重華の甲高い悲鳴のおかげで、一気に頭が覚醒したのだ。
(あとで、重華に謝らなくては……)
重華の目の前だというのに、月長宮に居るつもりで、いつも通り着替えをはじめようとしてしまった。
晧月はそんな少し前の寝ぼけていた自分を、呪いたいような気持ちだった。
(うわああああああっ)
重華は別室で、頭を抱えていた。
(さすが陛下、鍛えていると仰っていただけあって、筋肉が……って、違うっ!!)
重華は脳裏に浮かんだものを追い払おうと、必死に頭を振った。
しかしながら、重華は今まで男性の裸体など目にしたことはなかった。
そのため、あまりにも衝撃的だった先ほどの晧月の姿は、何度も何度も脳裏に蘇ってしまい、忘れることができなかった。
「珠妃様、大丈夫ですか?」
「わ、私、これからどんな顔して陛下にお会いすれば……」
縋るように見つめられて、雪梅は苦笑した。
「いつも通りで大丈夫かと」
そう言われても、重華はいつもがどのようだったか思い出せなかった。
(もう、陛下のお顔を見られない気がする……)
しばらくは、まともに直視できる自信が重華にはなかった。
「それよりも珠妃様、昨夜はお眠りになれなかったのですか?」
「え……?」
「隈ができておいでですよ」
「え?え?」
触ったところでわからないだろうに、重華はおろおろと自身の目元を触る。
見かねた雪梅が鏡を差し出せば、重華はまじまじと自身の顔を見つめた。
「め、目立ちます、かね……?」
「気になるようでしたら、お化粧で隠しましょうか?」
「お、お願いします……」
晧月には見られない方がいいような気がして、重華は雪梅の提案を受け入れることにした。
雪梅はあっという間に化粧で隈をきれいに隠してしまい、重華はまるで魔法のようだと、再度まじまじと鏡を見つめた。
双方に着替えを済ませ、流れで共にすることとなった朝食の席。
やはり重華は向かい側に座る晧月を直視できず、俯いてただ必死に箸を動かしていた。
「重華、さっきは、その……悪かった。許せ」
「わ、私は別に怒っているわけでは……」
「なら、なぜこっちを見ない」
「え……?」
意外な言葉にふっと顔をあげると、晧月と目があってしまう。
重華は瞬時に顔が熱くなるのを感じて、慌てて視線を逸らした。
「ほら、今もまた……っ」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!でも、本当に怒っているわけではないんです……っ」
重華はぎゅっと目を閉じる。
なんとなく理由がわかるような気がする春燕と雪梅はその様子を微笑ましそうに眺めていたが、晧月だけは腑に落ちない表情で重華を見つめていた。
(何を言われても、今は無理っ!!)
そんな重華の心の叫びは、残念ながら晧月に届くことはなかった。
結局重華は晧月とまともに視線をあわせることはなく、しばらくはただお互い黙々と食べ進めるだけの時間が続いた。
だが、やがて重華は襲い来る眠気に抗いきれず、箸を握りしめたままこくりこくりと船を漕ぎはじめた。
「重華、眠いのか?」
「え……?あ、だ、大丈夫です」
重華は眠気を追い払うように頭を振り、食事を続けようとした。
しかし、それも一瞬のことで、すぐにまた眠気に襲われ船を漕ぐ。
「おっと」
ぐらりと椅子から転げ落ちそうな重華を見て、晧月は慌てて立ち上がるとその身体を支えた。
「ひゃっ」
すぐ傍に晧月の体温を感じ、重華は眠気も忘れるほど一気に体温が上がるのを感じた。
息苦しささえ感じるほど心臓が煩く鳴るのを感じ、慌てて晧月から離れようとしたが上手くいかない。
晧月にまじまじと顔を覗き込まれ、視線を逸らすので精一杯だった。
「今日はやけに化粧が濃いと思ったら……」
重華はそのような習慣がなかったためか、普段はあまり化粧をしていなかったし、したとしてもうっすらとであった。
それが今日は違和感を覚えるほど濃かったが、晧月はようやくその理由を理解した。
重華の目元を指で擦れば、予想通り隈が現れる。
「これを隠すためだったのだな」
その言葉で、重華はせっかく隠してもらった隈が晧月に見られてしまったのだと悟る。
「あ、あの……」
「昨夜、眠れなかったのか?」
「え?ええと、その……」
重華は何と答えるべきかわからず、上手く言葉を発することができない。
「昨夜、その……朕は、何かした、か?」
晧月は重華と共に寝台に入ったところまでしか、記憶がなかった。
その次の記憶といえば、頭に響くような重華の甲高い悲鳴である。
そのため、しどろもどろな重華を見ていると、何かやらかしてしまったのではないかという妙な不安を拭い去ることができなかった。
「な、何もありません、何も……っ」
必死な重華の様子が、とてもその言葉を信じさせてくれず、晧月の不安は膨らむばかりだった。
しかし、それよりも眠そうな重華が気になり、寝台に運んで寝かせようと思った。
だが、抱きかかえようとすれば、途端に勢いよく重華が晧月から離れた。
「わ、私、その……っ、もう少し、寝てきますっ」
重華はそう言うと、脱兎のごとく寝室へと逃げ込んだ。
(俺はいったい、何をしたんだ……?)
晧月はただ、重華の走り去った方向を呆然と見つめることしかできなかった。
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