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56. 意図
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(うわぁ……)
晧月に迷惑をかけている状況で、不謹慎かもしれない。
そんな思いもあったけれど、背負われたおかげでいつもより少し高くなった視界は、周囲のものをより新鮮に見せてくれる気がした。
そのため、重華はつい晧月に背負われて移動する現状を、楽しんでしまっていた。
「次からは、疲れたらもっと早く言うんだぞ」
晧月は重華に忠告しているというのに、重華は次があるかもしれない、ということに嬉しさを感じてしまう。
「おい、聞いてるか?」
返答がないため、晧月がさらに問いかけてくる。
聞いている、と訴えるように重華は必死に何度も首を縦に振った。
しかしながら、当然晧月から見えるはずもなく、晧月に届くこともない。
「重華……?」
「あっ、ごめんなさい、聞いてますっ」
重華はようやく自身の訴えは全く届いていないという現状に気づき、慌てて声を発した。
「もう倒れる寸前まで、無理はするなよ。心臓に悪い」
重華が倒れそうになった瞬間は、本当に驚かされた。
何度も経験したいものではないと晧月は思う。
「す、すみません……っ」
心臓に悪いと言われてしまうと、重華は非常に心苦しい気持ちになった。
忙しい晧月の時間を使わせないためにも、多少無理は必要だと思っていた重華は、少し考えを改める。
「陛下は、お疲れにならないのですか?」
さっきは平然と重華の前を歩き、今は重華を負ぶっている。
それなのに、息が乱れる様子すらないことが、重華には理解できない。
「まぁ、慣れているからな。ここには、幼い頃からよく来ている。そなたは、山道がはじめてだったのだろう?」
「は、はい……」
「それなら、無理もない」
晧月はそう言うけれど、幼い晧月が難なく歩けた場所ならば、やはり重華も難なく歩ける必要があったのではないかと思ってしまう。
「慣れたら、私も、陛下のように歩けるでしょうか?」
「それは、どうだろうな。朕とそなたでは鍛え方が違う」
幼い頃から武術をしっかりと叩きこまれた晧月と、皇宮内で走っただけでも息が上がる重華。
同様に、とはいかないことは明らかだった。
「わ、私も、鍛えた方がいいでしょうか……?」
「そのままでいい。疲れたら、また朕が負ぶってやる」
「それだと、またご迷惑が……」
「迷惑ではない。これはこれで、朕は楽しんでいる」
どこに楽しめる要素があるのかはさっぱりわからないけれど、晧月は確かに楽しそうにも見える。
重華はそんな晧月が、不思議で仕方なかった。
自身の足で歩いていた時は、たどり着く予感がしなかった目的地。
しかしながら、晧月の背負われて移動すると、あっという間にたどり着いて重華は驚いた。
「こっちだ」
晧月は重華を降ろすと、重華の手を引いて歩きはじめる。
慌てて追いかけると、目の前に絶景が広がった。
「わぁっ」
小高い丘の上、見晴らしのよい開けた場所。
そこからは人々が暮らす町並みが、一望できた。
民が暮らす集落、作物を育てる田畑、商いを行う市、人々の喉を潤す水場、そういった民の生活に必要な場所を一度に眺められる。
「陛下っ、陛下っ、すごいですっ、お家があんなに小さく見えますっ!!」
先ほどまでの疲れはどこへやら、重華は瞳を輝かせて目の前に景色に釘付けだった。
馬車の中で見た重華と変わらない様子は、晧月にとっては予想通りの反応で、やはり連れて来てよかったと思う。
「陛下、あっちには……っ」
重華は晧月を振り返る。
すると、柔らかな笑みを浮かべて自身を見つめる晧月と目があった。
優しい笑顔はたくさん見たはずなのに、なぜかはじめて見る笑顔な気がして、重華は鼓動が早くなり心がざわついた。
「どうした?」
「あ、その、あっちに……」
重華は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて視線を逸らすように、自身が指差した方向へ視線を向ける。
すると、それを覗き込むように晧月がすぐ傍に来て、その身体が重華に触れる。
それだけで、どくんと心臓が音を立てた。
「ああ、花が咲いているのか」
「は、はい、こうして上から眺めると、その、模様みたいで、きれいだなって……」
しどろもどろになりながら、それでも重華はなんとか言葉を紡いだ。
そうだな、と微笑む晧月と目があって、重華の顔はますます熱くなったような気がした。
「ここは、朕が勉強が嫌になって逃げ出したくなったら、来ていたんだ」
「陛下でも、逃げ出したりするんですか?」
重華には、とても想像がつかなかった。
晧月は重華の前ではいつだって堂々とした完璧な皇帝で、政務だって休むことなく毎日こなしている。
勉強だって、弱音なんて吐かずに完璧にこなしてしまいそうだった。
(あ、でも、一度だけ……)
とても、弱々しい晧月の姿を見たことがあった。
その姿を思い浮かべると、そんなこともあるのかもしれない、とも思えてくる。
「せっかく避暑に来ているのに、勉強ばかりさせられれば、嫌にもなるさ」
そう言われると、そういうものかもしれない、と重華は思う。
「だが、ここに来ると、嫌なことを全て忘れられるような気がしたんだ」
確かに、見晴らしもよく解放感のあるこの場所は、負の感情を全て取り払ってくれそうな印象を重華にも与えた。
重華は会ったこともない、幼い晧月を想像してみる。
きっとここに来て英気を養い、また翌日から勉強に励んでいたのだろう、そんな想像が容易にできた。
「それに、ここからは民の暮らす場所がよく見えるだろう?」
「はい」
「それを眺めながら、いつもこう思っていた。『あそこで暮らす民たちのためにも、よき皇帝になれるよう努力せねば』と」
そのために、きっとたくさん努力をして、今の晧月があるのだろう。
そう考えると、晧月は本当に皇帝に相応しいし、この国の民はよき皇帝に恵まれて幸せだと重華は感じた。
「だから、そなたを連れてきたかった」
重華は驚いて晧月を見上げる。
冗談を言っているような雰囲気は、もちろんない。
むしろ真っ直ぐに向けられる視線は、真摯な印象を受ける。
(だか、ら……?)
その言葉が、重華に違和感を与える。
晧月が幼い頃によく来ていた場所だから、景色がいい場所だから、嫌なことを忘れられる場所だから、ではなくて。
まるで、晧月が民のために努力しなければ、と自身を奮い立てた場所だったから、とそう言われているような気がして。
(そんなわけない、流れでそんな風に聞こえただけ)
晧月はただ、幼い頃よく来たお気に入りの場所に、重華を連れて来てくれただけのはずなのだ。
けれど、そんな重華の考えこそ、間違いだった。
「朕は、そなたを皇后にしたいと思っている」
「こ、う、ごう……?」
その単語を知らないはずはないのに、重華の全身がその言葉の意味を理解することを拒絶しているような気がした。
(そんなもの、私に務まるわけない)
皇后は誰もが知る、この国で最も高貴な女性であり、皇帝を補佐し共に国を治める立場にある女性だ。
他の皇帝の妃嬪とは、求められる役割がまるで違うのだ。
「わ、私が……丞相の、娘、だからですか……?」
つい声が震えてしまうのを止められない中、それでも重華は晧月に問いかける。
「まぁ、それもある」
ただ、丞相の娘という皇后が必要なだけであれば、自身より鈴麗が相応しいと重華は思った。
幼い頃から掃除や洗濯しかしてきておらず、未だ字の読み書きすら習得しきれていない重華よりも、幼い頃からきちんと教師をつけられ、勉強させられていた鈴麗の方が教養がある。
鈴麗が晧月の元に輿入れし、皇后になるのを見るのは嫌だけれど、それがきっとこの国のためであり、晧月のためだ。
けれど、晧月の様子を見る限りでは、理由はそれだけではないようだ。
「ほ、他にも、理由が……?」
重華の声は、やはり震えていた。
自身が皇后に相応しい人材でないことは、痛いほどわかっている。
それでも、他に理由があって、それが鈴麗ではなく重華でなければいけない、そんな理由であればいい。
そう願ってしまう自身もいることに、重華は気づいてしまった。
晧月に迷惑をかけている状況で、不謹慎かもしれない。
そんな思いもあったけれど、背負われたおかげでいつもより少し高くなった視界は、周囲のものをより新鮮に見せてくれる気がした。
そのため、重華はつい晧月に背負われて移動する現状を、楽しんでしまっていた。
「次からは、疲れたらもっと早く言うんだぞ」
晧月は重華に忠告しているというのに、重華は次があるかもしれない、ということに嬉しさを感じてしまう。
「おい、聞いてるか?」
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聞いている、と訴えるように重華は必死に何度も首を縦に振った。
しかしながら、当然晧月から見えるはずもなく、晧月に届くこともない。
「重華……?」
「あっ、ごめんなさい、聞いてますっ」
重華はようやく自身の訴えは全く届いていないという現状に気づき、慌てて声を発した。
「もう倒れる寸前まで、無理はするなよ。心臓に悪い」
重華が倒れそうになった瞬間は、本当に驚かされた。
何度も経験したいものではないと晧月は思う。
「す、すみません……っ」
心臓に悪いと言われてしまうと、重華は非常に心苦しい気持ちになった。
忙しい晧月の時間を使わせないためにも、多少無理は必要だと思っていた重華は、少し考えを改める。
「陛下は、お疲れにならないのですか?」
さっきは平然と重華の前を歩き、今は重華を負ぶっている。
それなのに、息が乱れる様子すらないことが、重華には理解できない。
「まぁ、慣れているからな。ここには、幼い頃からよく来ている。そなたは、山道がはじめてだったのだろう?」
「は、はい……」
「それなら、無理もない」
晧月はそう言うけれど、幼い晧月が難なく歩けた場所ならば、やはり重華も難なく歩ける必要があったのではないかと思ってしまう。
「慣れたら、私も、陛下のように歩けるでしょうか?」
「それは、どうだろうな。朕とそなたでは鍛え方が違う」
幼い頃から武術をしっかりと叩きこまれた晧月と、皇宮内で走っただけでも息が上がる重華。
同様に、とはいかないことは明らかだった。
「わ、私も、鍛えた方がいいでしょうか……?」
「そのままでいい。疲れたら、また朕が負ぶってやる」
「それだと、またご迷惑が……」
「迷惑ではない。これはこれで、朕は楽しんでいる」
どこに楽しめる要素があるのかはさっぱりわからないけれど、晧月は確かに楽しそうにも見える。
重華はそんな晧月が、不思議で仕方なかった。
自身の足で歩いていた時は、たどり着く予感がしなかった目的地。
しかしながら、晧月の背負われて移動すると、あっという間にたどり着いて重華は驚いた。
「こっちだ」
晧月は重華を降ろすと、重華の手を引いて歩きはじめる。
慌てて追いかけると、目の前に絶景が広がった。
「わぁっ」
小高い丘の上、見晴らしのよい開けた場所。
そこからは人々が暮らす町並みが、一望できた。
民が暮らす集落、作物を育てる田畑、商いを行う市、人々の喉を潤す水場、そういった民の生活に必要な場所を一度に眺められる。
「陛下っ、陛下っ、すごいですっ、お家があんなに小さく見えますっ!!」
先ほどまでの疲れはどこへやら、重華は瞳を輝かせて目の前に景色に釘付けだった。
馬車の中で見た重華と変わらない様子は、晧月にとっては予想通りの反応で、やはり連れて来てよかったと思う。
「陛下、あっちには……っ」
重華は晧月を振り返る。
すると、柔らかな笑みを浮かべて自身を見つめる晧月と目があった。
優しい笑顔はたくさん見たはずなのに、なぜかはじめて見る笑顔な気がして、重華は鼓動が早くなり心がざわついた。
「どうした?」
「あ、その、あっちに……」
重華は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて視線を逸らすように、自身が指差した方向へ視線を向ける。
すると、それを覗き込むように晧月がすぐ傍に来て、その身体が重華に触れる。
それだけで、どくんと心臓が音を立てた。
「ああ、花が咲いているのか」
「は、はい、こうして上から眺めると、その、模様みたいで、きれいだなって……」
しどろもどろになりながら、それでも重華はなんとか言葉を紡いだ。
そうだな、と微笑む晧月と目があって、重華の顔はますます熱くなったような気がした。
「ここは、朕が勉強が嫌になって逃げ出したくなったら、来ていたんだ」
「陛下でも、逃げ出したりするんですか?」
重華には、とても想像がつかなかった。
晧月は重華の前ではいつだって堂々とした完璧な皇帝で、政務だって休むことなく毎日こなしている。
勉強だって、弱音なんて吐かずに完璧にこなしてしまいそうだった。
(あ、でも、一度だけ……)
とても、弱々しい晧月の姿を見たことがあった。
その姿を思い浮かべると、そんなこともあるのかもしれない、とも思えてくる。
「せっかく避暑に来ているのに、勉強ばかりさせられれば、嫌にもなるさ」
そう言われると、そういうものかもしれない、と重華は思う。
「だが、ここに来ると、嫌なことを全て忘れられるような気がしたんだ」
確かに、見晴らしもよく解放感のあるこの場所は、負の感情を全て取り払ってくれそうな印象を重華にも与えた。
重華は会ったこともない、幼い晧月を想像してみる。
きっとここに来て英気を養い、また翌日から勉強に励んでいたのだろう、そんな想像が容易にできた。
「それに、ここからは民の暮らす場所がよく見えるだろう?」
「はい」
「それを眺めながら、いつもこう思っていた。『あそこで暮らす民たちのためにも、よき皇帝になれるよう努力せねば』と」
そのために、きっとたくさん努力をして、今の晧月があるのだろう。
そう考えると、晧月は本当に皇帝に相応しいし、この国の民はよき皇帝に恵まれて幸せだと重華は感じた。
「だから、そなたを連れてきたかった」
重華は驚いて晧月を見上げる。
冗談を言っているような雰囲気は、もちろんない。
むしろ真っ直ぐに向けられる視線は、真摯な印象を受ける。
(だか、ら……?)
その言葉が、重華に違和感を与える。
晧月が幼い頃によく来ていた場所だから、景色がいい場所だから、嫌なことを忘れられる場所だから、ではなくて。
まるで、晧月が民のために努力しなければ、と自身を奮い立てた場所だったから、とそう言われているような気がして。
(そんなわけない、流れでそんな風に聞こえただけ)
晧月はただ、幼い頃よく来たお気に入りの場所に、重華を連れて来てくれただけのはずなのだ。
けれど、そんな重華の考えこそ、間違いだった。
「朕は、そなたを皇后にしたいと思っている」
「こ、う、ごう……?」
その単語を知らないはずはないのに、重華の全身がその言葉の意味を理解することを拒絶しているような気がした。
(そんなもの、私に務まるわけない)
皇后は誰もが知る、この国で最も高貴な女性であり、皇帝を補佐し共に国を治める立場にある女性だ。
他の皇帝の妃嬪とは、求められる役割がまるで違うのだ。
「わ、私が……丞相の、娘、だからですか……?」
つい声が震えてしまうのを止められない中、それでも重華は晧月に問いかける。
「まぁ、それもある」
ただ、丞相の娘という皇后が必要なだけであれば、自身より鈴麗が相応しいと重華は思った。
幼い頃から掃除や洗濯しかしてきておらず、未だ字の読み書きすら習得しきれていない重華よりも、幼い頃からきちんと教師をつけられ、勉強させられていた鈴麗の方が教養がある。
鈴麗が晧月の元に輿入れし、皇后になるのを見るのは嫌だけれど、それがきっとこの国のためであり、晧月のためだ。
けれど、晧月の様子を見る限りでは、理由はそれだけではないようだ。
「ほ、他にも、理由が……?」
重華の声は、やはり震えていた。
自身が皇后に相応しい人材でないことは、痛いほどわかっている。
それでも、他に理由があって、それが鈴麗ではなく重華でなければいけない、そんな理由であればいい。
そう願ってしまう自身もいることに、重華は気づいてしまった。
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