皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ

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61. 不透明

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「冷たくて、おいしい」

 重華は頬に手をあてて、にこにことする。
 今日、春燕と雪梅に出してもらったお菓子は、寒天を冷やして固めたもの。
 中には果物が入っていて、見た目にもきれいで涼し気で、とても夏らしいと感じられる。
 避暑に来たおかげで夏でも快適に過ごせている、それでもたまには夏らしいものをという2人の気遣いだった。

「あ、あの、これ、作るのって難しいですか?」
「ひょっとして、陛下に?」

 問われて一気に重華の顔が赤くなる。

「その、あの、えっと、お祭りでいろいろ買っていただいたので、そのお礼に、何かできないかなって……あっ、でも、迷惑でしょうか……?陛下はお嫌いだったりとか……」

 まくし立てるように話し始めたかと思えば一転、途中から勢いを失くし、最後は消え入るような声だった。
 春燕と雪梅は顔を見合わせて、くすりと笑みを漏らす。

「陛下は、お嫌いではありませんよ」
「きっとお喜びになられます」

 だから一緒に作ってみようと2人に励まされ、重華の表情はぱっと明るくなった。





 2人の協力を得てなんとか出来上がったお菓子を手に、晧月が政務に励む部屋を訪れる。
 あっさりと許可が出て入室できたまではよかったのだが、重華は目の前の光景を見て間が悪すぎたと顔面蒼白になった。

「申し訳ありません、お客様がいらっしゃるとは知らなくて……」

 晧月の傍には、晧月と同じくらいの年齢だと思われる青年が1人立っている。
 大切な話の途中だったかもしれない、邪魔をしてしまった、重華の中はそんな罪悪感でいっぱいだった。

「客……?ああ、こいつか」

 晧月は首を傾げた後、ちらりと傍にいる青年に目を向けた。
 残念ながら、晧月の中で、お客様という感覚があるような相手ではない。

「気にするな、客というわけではない」

 そもそも入室の許可を出したのは、晧月なのである。
 その結果、重華がこの場で何を見聞きしようとも、重華に非があるはずもない。

「それで、用件はなんだ?」

 傍にいる青年など、まるで気遣う様子もなく、晧月は重華の傍へと歩み寄った。

「あ、あのっ、こ、これを……っ」

 言葉はいろいろと考えて用意していたはずなのに、いざとなると何も出てこなくて。
 結局、重華は手に持っていたものを、晧月へと差し出すことしかできなかった。
 それでも、晧月は重華の持っているものを見て、なんとなく用件は察した。
 ずっと持たせておくのは重そうに思えたので、とりあえず差し出されたものは受け取り、近くの机に置いておく。
 それから、ちらちらと青年の存在を気にする重華を見て、晧月は小さくため息をついた。

「今後、護衛を任せることもあるかもしれん。お互い、顔くらい知っていてもいいだろう」

 本当は必要がなければ、引き合わせたくない、とも思ってはいたのだけれど。

(護衛……?)

 首を傾げる重華を余所に、晧月は青年に目配せする。
 すると、青年はその意図を理解したというように頷き、重華の目の前へと歩み出た。

「はじめまして、珠妃様。白 志明と申します」
「あっ、蔡 重華です」

 丁寧にお辞儀をされ、重華も慌てて頭をさげる。
 すると、志明はくすりと笑みを漏らした。

「確かに、予想とは随分違った印象のお妃様ですね」
「えっ?」
「志明、余計なことは言わなくていい」

 まるで、それ以上の会話はするな、とでもいうような低い晧月の声が響く。
 志明は苦笑しながら、その言葉を受け止めていた。

「あ、あのっ、志明様も……っ」
「様は不要ですよ、珠妃様」

 重華は困ったように晧月を見る。
 本当に自身が様をつけずに呼んでもいいような相手なのか、重華には判断がつかない。
 妃である重華であれば、たいていの相手にはそれで許されるだろうが、そんな考えが重華に浮かぶことももちろんなかった。

「志明はこの国の将軍の息子だ。本人もいずれは将軍職に就くだろうが、今は官職は何もない。そのような敬称は不要だ」
「ま、今は、陛下の小間使いってとこですかね」

 そう言えば、余計な事を喋るなとでもいうように晧月に睨まれ、志明はまたしても苦笑する。

「では、えっと、志明、さん……?」
「さんも不要ですが……」
「今はそれでいい」

 未だ春燕と雪梅に関しても呼び捨てできない重華に、その先が非常に難しいということを晧月はよく知っている。
 そのため、志明の言葉を遮るように、晧月は重華に告げた。

「では、その、志明さんも、ご一緒にいかがですか?」

 重華は自身が持ってきたお菓子を指し示す。
 そこには、あわよくば一緒に食べられるかも、と持ってきた2人分のお菓子がある。
 重華は戻ればまた食べられるので、1人分は志明に渡してしまっても問題はない。
 そう思っての提案だったが、晧月は一瞬にして不機嫌な顔つきとなった。
 その様子に重華は全く気づく様子がなく志明を見ており、一方の志明は視線だけで殺されるのではないかというほどの鋭い視線を晧月から感じ、冷や汗をかいていた。

「お気持ちだけで。俺はまだ、死にたくはないですから」
「あ、あのっ、わ、私が作ったものですが、味見をしましたし、変なものは何も……っ」
「ああ、すみません。そういう意味ではないんです。それを口にした瞬間、視線だけで人を殺しそうな人が……」
「志明」

 何やら重華を誤解させてしまったようだ、と志明は慌てて弁明をはじめた。
 しかし、その内容は重華には理解できないもので、重華はただただ首を傾げるだけ。
 一方で晧月の機嫌をどんどんと下降させていき、志明が震えるほどの冷たい晧月の声が志明の言葉を遮った。

「志明はそろそろここを離れる必要がある、それだけだ」

 そうだろう、というように視線を向けられ、志明は慌てて頷いた。

「そうなんです、そろそろおいとましよう、と思っておりまして」
「そう、だったんですか……」
「ま、またお会いしましょう、珠妃様っ」

 あからさまに残念そうに肩を落とした重華を見ていると、罪悪感が込み上げる。
 しかしながら、その隣で睨みをきかせる晧月が恐ろしすぎた。
 本当に視線一つで殺されるようなことはさすがにないが、どれほどの無理難題を笑顔で押し付けられるかはわかったものではない。
 これ以上晧月を刺激してしまわないようにと、志明は逃げるようにその場を立ち去った。



「それ、俺と食べたいと思ったから、持ってきてくれたのではないのか?」
「え?はい、そうなんですけど……でもっ」

 戻ればまだあるから問題ない、そう伝えるはずの重華の言葉は途切れた。
 なぜなら、気づけば重華は晧月の腕の中にいたから。

「へ、陛下っ!?」
「だったら、他の奴に、しかも男になんて渡すんじゃないっ」
「へっ?ええっ!?」

 思ってもみなかった言葉に驚き、重華は目を見開いて晧月を見上げる。
 なぜ、それが駄目なのか、重華にはさっぱり理解ができなかった。

「で、でも、志明さんは陛下の、その大事な方というか……」
「大事?」
「えっと、なんて言うんでしょう……?仲がよろしいというか……」

 春燕と雪梅に似た何かを感じたのだ。
 重華よりも晧月との距離が近く、親し気で、信頼されているような……

「まぁ、付き合いは長いが、ただの腐れ縁だ。おまえが気遣う必要はない」
「そう、ですか……」

 なんとなく、重華1人だけ、蚊帳の外にいるような気がして寂しかった。
 けれど、過ごした時間を考えれば、それも仕方のないことだと思う。

「なぜ落ち込む?」
「わ、わかりません……」
「は?」

 重華にだって、よくわからなかった。
 それが当然のことなのだから、寂しがる必要などないはずなのだ。

「まぁ、いい。志明の話は終わりだ」

 話が続けば続くほど、自身の機嫌がどんどん悪くなるような気がして、晧月は無理矢理にでも話を終わらせることにした。

「これは、俺に作ってくれたんだろ?」
「あ、その……っ」

 重華は顔を赤くしながらも、こくんと頷く。
 晧月はその表情を見ているだけで、下がり続けていた気分が浮上していく気がした。

「お、お祭りの時、その、たくさん買っていただいたので、その……っ」
「せっかく2人分あるのだ、一緒に食べよう」

 重華はさらに顔が熱くなるのを感じながら、またこくりと頷いた。
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