他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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ドールの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「ドールの刺青」

ある町に家族全員で営む精肉屋があった。

その店に並ぶ肉は珍獣の肉で、多くの舌を満足させる程だった。

だがこれを「殺戮だ」と非難する者が現れた。

動物愛好家の男である。

その男は肉を一切、口にしない。

食事は農作物ばかりである。

動物を愛好するあまり、その愛らしい姿を素直に噛み砕けなくなってしまったのだ。

だが、昔からそうだった訳ではない。

男をそうさせのは動物愛好団体、男はこの団体に勧誘されたのだ。

動物を愛せるならば君も同志だ、と。

団体と呼ばれるものはいつもそうである。あるものを狂うほどに信じて、誰かにそれを強要させようとする。そして、そこで拡がったものを更に拡げようとする。

男は信じていたのだ。

肉を口にしない事が動物達への愛だ、と。

だから、その肉を売りにする店の家族が酷く許せなかった。

男は、店の娘と息子を誘拐した。

そして、娘だけを解放して家に帰した。

娘の口は、肉が食えないよう、糸で縫われていた。

その糸は「蔓」であった。

これを見た父親は愕然とした。

娘はそんな父親にあるものを手渡す。

それは奴からの脅迫状だった。

そこにはこう書かれていた。

「息子を返してほしければ、精肉屋を炎上させろ」

それは究極の選択だった。

息子の為に店を焼くか、店の為に息子を見殺しにするか、

父親が選んだのは、そのどちらでもない

「誘拐魔の死」だった。

父親は、娘から話を聞くと、肉切り包丁を右手に握り締め、男の家に向かった。

その道中、父親は、黒いローブを身に纏った男に呼び止められる。

黒いローブの男は、父親に忠告した。

怒りとは、炎と似て拡がるもの、

やがて、己の業火となる、

その怒りを鎮めよ、と。

だが、父親は、その男の忠告を無視して走り去ってしまう。

男は、そんな父親の背を見て、不敵な笑みを浮かべていた。

父親は男の家の前で足を止めた。

男の家は蔓に覆われ、野性動物の巣と化していた。

父親は息子の名を叫びながら全てを破壊して歩いた。

そして、見つけた。蔓の糸で拘束された息子の姿を。

父親は肉切り包丁で拘束を解くと、息子を家の外へ連れ出し、ここで待つように伝えた。

暫くして、家の窓から悲鳴が溢れ出す。

家から出てきたのは左手に肉切り包丁を握り締めた血塗れの父親だった。

―代償―

父親は一家の大黒柱として家族を守った。 
だが、その代償はあまりにも大きかった。

あの男を力任せに殴ったせいで、利き手だった右手が壊れてしまったのだ。

そのせいで商売道具の肉切り包丁が握れなくなってしまった。

神は罰を与えたのだ。

男を殴り殺した、その「利き手」に。

あの黒いローブの男は言っていた。

怒りとは、炎と似て拡がるもの、

やがて、己の業火となる、

その怒りを鎮めよ、 

今ならその言葉の意味が痛いほど分かる。

父親の怒りが父親の利き手を焼き殺してしまった、と。

父親は絶望した。

だが、父親は一家の大黒柱。ここで折れるわけにはいかない。

父親は、まだ壊れていない左手に肉切り包丁を握り締め、狩りに向かった。

その道中、父親は黒いローブの男に出逢った。

それは二度目の出逢いだった。

父親は「もう、忠告はいらぬ」と立ち去ろうとする。だが、黒いローブの男は、ある言葉で父親の足を止めた。

この狩りでお前は死ぬ、珍獣の肉を諦め、この地から去れ、家族を救う道は、それだけだ、

黒いローブの男は「分厚い本」を開いて、あるページを父親に見せた。

そこには「ドールの刺青」と黒文字で書かれていた。 

黒いローブの男は断言する。次の獲物は、お前の力だけでは狩れない、と。

だが、父親というものは頑固の塊。

その決意が揺らぐ事は、死ぬまでなかった。

……父親は死んだ。

珍獣に肉を引きちぎられて。

家族は、父親の死を酷く哀しんだ。

これからどうして生きていけばいいんだ、と。

涙は悩みの数だけ流れ、その身を震わせる。

そして、容赦のない声は聞こえてきた。

【大黒柱を 折り曲げた愚か者よ、それは他の誰でもないお前達、家族だ、支える意味を間違えた報いは、お前達が得意とする商売とやらで受けてもらう、その先で待つ困難を越えてみせよ、そうすれば、罪人として、この世に遺してやろう、だが忘れるな、その生き方に、生きた心地はしない、肉切り包丁が最も似合うのは、お前達である】

家族の全身にはドールの刺青が浮かび上がった。

ー食物連鎖の誤りー

争いの火種となった二人の男は消えた。

だが、その業火は消えなかった。

珍獣狩りが行われなくなった代わりに珍獣達による「人間狩り」が始まったのだ。

父親が狩り続けていた珍獣は、食物連鎖の後方に位置していた。

順番はこうである。

植物を喰らう草食動物、

草食動物を喰らう肉食動物、

肉食動物を喰らう珍獣、

珍獣を喰らう人間、

これまではそうであったが、珍獣を狩れる者が消えた今、最後が逆転する。

その逆転はこの町の滅亡を意味していた。

だが、この滅亡さえも商売に使えると考えた者達がいた。

あの家族である。

家族は母親を中心として新たな商売に励んでいた。

食物連鎖で人間が珍獣よりも劣るのならば、自分達が食物連鎖の頂点に立てばいい。

家族は父親の遺した商売道具の刃物を組み合わせ「武器」を作った。

そして、その武器で人間を生け捕りにした。

生け捕りにした人間は罠箱に入れ、珍獣を誘う「生き餌」として使った。

そうして、珍獣と生き餌を同時に狩るのである。

―数年後―

ある町に家族全員で営む精肉屋が誕生した。

その店に並ぶ肉は極上で、多くの舌を満足させる程だと噂されている。

そして、そんな家族が、次に狙う獲物は「神」である。

生きる為に人間であることを捨てた家族。

その家族の全身には「ドールの刺青」が刻まれていたという…。
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