音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第一幕 歌のない世界

KYな美少女

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 うっすら目を開けてみると、黒い鳥女は歌うのを止め、こっちを見てニヤニヤ笑っていた。その笑顔がまた強烈に気味悪い。

 何だ? 何で笑ってるんだ?

 俺が土下座するタイミングを計りかねていると突然、鳥女はけたたましい声をあげて笑い出した。

「きひひひひ! お前、髪が黒いな。異世界から来た『歌い手』だな? 命拾いしたな! 今度会う時にはもっとまともに歌えるようになっときな! いひひひひ!」

 そう言い捨てるや黒い翼を広げた。

 2、3歩助走してぴょんと飛び上がると同時にバサッバサッと大きく羽ばたき、あっという間に森の方向へ飛び去ってしまった。



 行っちゃったよ。

 何だ? 助かったのか、俺たち?

「命拾いしたな」って言ったよな。助かったんだ。

 何で殺されなかったんだろう? 妙なことを言ってたな。何だ『歌い手』って? 何で俺が異世界から来たって分かったんだ?

 ホッとする前に頭の中に『?』がいっぱいだ。

 まあ、とにかく。

 どうやら、すんでの所で俺たちは殺されずに済んだらしい。



 気がつくと雨は止み、空を覆っていた黒い雲は消えて行こうとしている。青空が戻り、辺りは明るくなった。

 さっきのあれは全部夢だったのか? きれいに晴れ上がった空を見ているとそんな気になってくる。

 いやいや、夢ではなかった証拠に、俺の全身はまだぐっしょり濡れ、畑の土は泥と化したままだ。畑の端に立っていた柿の木は幹だけを残して黒焦げになっており、白い煙が上がっている。

 間違いない。あれは全部、本当にあったことだ。



 その時、俺の身体の下でニコがもぞもぞ動いた。彼女に覆い被さっていることを思い出して慌てた。

「あ! ごめん、ニコ。大丈夫だった?」

 身体を起こそうとしたが、彼女が俺の服をつかんでいるために起き上がれない。

 ん? 何だこりゃ。何のつもりだ?

 彼女は黙ったままごそごそ動いて仰向けになり、とうとう俺たちは真正面から向き合ってしまった。

 ちょ、ちょっ! この体勢、ヤバいんですけど!

 まるで俺が押し倒したみたいだ。

 しかも目の前30センチに彼女の可愛い顔がある。これまでこんな至近距離で向き合ったことはない。ちょっと落ち着きかけていた心臓がまた激しく鼓動を打つ。

 美少女は真面目な顔でこっちを見上げている。俺も目をそらすわけにはいかず彼女の灰青色の瞳を見返す。

 長い睫毛にまだ涙のしずくが残っている。おでこと頬には泥が付いている。手で払ってあげたいが、この体勢で右手を動かすと、さらに2人の身体が密着してしまう。



 ニコは何も言わずじーっと俺の目を見ている。

 怒ってるのか? 危険な目に遭わせたし。謝るべきか。とりあえず謝ろうか。

 しかし俺が謝罪しようとした瞬間、彼女が先に口を開いた。

「ありがとう、ソウタ」

 へ? ありがとう?

「ソウタがあの化け物を追い払ってくれたんだよね。私を守ってくれたんだよね」

 え?

「い、いや、そうじゃなくて……」

 本当のことを言おうとする俺に、ニコはかぶせてくる。

「ソウタ、ありがとう。本当にありがとう」

 そう言いながらまた彼女の目に涙があふれてきた。

 い、いや、そんな、泣きながらお礼を言われても困ってしまう。



 それよりもっと困ったのは、ニコと抱き合うような体勢で身体を重ね合わせていると、彼女の体温と身体の凹凸がもろに感じられてしまうことだ。

 ニコは農家の娘らしくいつもだぼだぼの作業服みたいな服を着てるから、これまで胸のふくらみがどうとか、ウエストのくびれがどうとか、あまり意識してなかった。

 しかしこうやって身体を重ねていると彼女の身体のラインがはっきり感じ取れてしまう。

 ま、まずい。これ、どうしよう。

 でもそーっと身体を引き離そうとすると、彼女はますます俺にしがみついてきて放してくれない。そのうち俺の肩に顔を押し当ててぐすぐす泣きだした。



 俺が命がけで彼女を助けた……ニコはそう勘違いして好感度MAX状態なんだろう。しかし俺の下半身の方も血流MAX状態でやばい。このままだと身体の動かし方によってはセクハラどころか、性犯罪になってしまう。

 せめて下半身だけでも離れようと腰を浮かせるが、あろうことか彼女はさらにがっちり俺にしがみついてくる。結果的に俺は腰を上げたり下げたり、はたから見ていたら完全にアウトな動きに見えただろう。

 突然「きゃーっ!」っと悲鳴をあげられるんじゃないか……焦りまくりながらも内心は嬉し恥ずかしで、もう本当に困ってしまったが、俺のそんなピンク色の苦悩は長く続かなかった。



「おーい! 大丈夫かああ」

 畑の向こうから聞こえてきたのはジゴさんの声だ。さっきの異変を見て駆けつけてくれたんだろう。

 俺は慌てた。超慌てた。

 だって俺はジゴさんの可愛い一人娘を畑の真ん中で押し倒して身体を重ねた状態なんだぜ。

 俺はニコの手を振り払って無理矢理起き上がり、そして彼女から2メートルほど飛び離れた。お、お父様! 俺は、なな何もしてませんぜ!

「大丈夫だったか!?」

 ジゴさんはかなりの距離を走ってきたんだろう。肩で息をしている。真っ先にニコに駆け寄って彼女を助け起こした。

「大丈夫よ、お父さん。ソウタが助けてくれたから」

 ニコが涙をぬぐいながら答える。

「いったい何があったんだ? 何度も雷が落ちたみたいだったが……」

 ジゴさんは俺の方を見て言う。

 どうしよう。

 全部本当のことを言うべきか。堂々と歌ってしまったら化け物が飛んできて殺されそうになりました、って。怒られるだろうな。

 しかし口ごもる俺を尻目にニコがさらっと言った。

「お父さん、ソウタは何もしてないわ。私が『歌って』って頼んだだけよ」

 いや、それ全然フォローになってないんですけど!

「まさか……歌ったのか?」

 これまで見たことないような怖い顔のジゴさんに、黙ってうなずくしかなかった。だって嘘なんかつけないだろ。バレバレだし。

「でもね、お父さん、ソウタが化け物を睨みつけて追い払ってくれたのよ! すごく格好良かったのよ!」

 恰好良かった……かなあ? ニコは興奮気味に言うが、ジゴさんも俺もしばらく黙ったままだ。

「まあ、いい。とりあえず家に帰ろう。立てるか?」

「すいません」

 俺はジゴさんの手を借りて立ち上がった。



 帰りの道中、美少女に抱きつかれた嬉しさなどもうどこかに行ってしまい、俺は罪悪感と自己嫌悪で凹みまくってトボトボ歩いていた。

 ニコはいつも以上におしゃべりだったが、ジゴさんも言葉少なだった。

「……それでね、その黒い翼の鳥みたいな女がね、歌を歌ったの。そしたらバシーン! って雷が落ちたの」

「それはたぶん『ヌエ』という雷を操る魔物だ。これまでその姿を見て生きていた人間はいないと言われてる」

「へええ、じゃ、私が今生きてるのは奇跡ね。ソウタが奇跡を起こしてくれたんだね」

 ニコはそういってこっちに笑顔を向けてくれるが、俺の顔は強張ったままだ。奇跡を起こすどころか俺はとんでもない過ちを犯したんだ。

 いつ謝ろうか、どうやって謝ろうか、俺はそればっかり考えていた。

 やっぱり土下座すべきだろうか? いやでもそれだとかえってわざとらしいか? 普通にあっさり謝った方がいいか? いや、多少大げさなぐらい謝った方がいいよな……

 頭の中は謝罪のことでいっぱいだった。

 しかし家の方に戻ってくると何か様子がおかしい。家の前に人がいっぱい集まっている。何だあれ?
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