6 / 123
第一幕 歌のない世界
大器の片鱗
しおりを挟む
どんな歌が始まるのかと思っていたら、ジゴさんはいきなり足踏みを始めた。え? 歌じゃないの?
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
しかしその足踏みはずっと一定の間隔だ。そうか、これは一拍ずつのリズムを刻んでいるんだ。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
何だか心臓の鼓動が早まって、足踏みのリズムに同期してくるようだ。何だ何だ、何が始まるんだ? 期待が高まってくる。
しばらくそのリズムを続けた後、ジゴさんは足踏みに合わせて手を打ち始めた。
『ドン、パッパ、ドン、パッ、ドン、パッパ、ドン、パッ』
2拍目の『パッパ』の手拍子は16ビートだけどタイミングが絶妙にずらしてあって、少しシャッフルっぽく聞こえる。良い感じのノリだ。
聴いてると思わず身体が動きそうになる。ニコを見ると、既にもうリズムに合わせて首を振っている。
ああ、久しぶりだこの感覚。まるでライブの盛り上げシーンのようだ。ワクワクしてくる。
そして俺たちの期待を十分惹きつけた上で、ジゴさんは歌い出した。しかし『音程は関係ない』という言葉に違わず、歌というよりもラップに近い。
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
以下、延々リフレインだ。
歌い出すと同時にジゴさんは手拍子を止め、右手をロウソクに向けてかざした。
すると、さっきまで落ち着いていたロウソクの炎が、大きくなったり小さくなったりしだした。よく見ると、ロウソクが細かく揺れているようだ。
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
ジゴさんのラップはだんだんテンポが速くなってくる。それに合わせるかのようにロウソクの振動も大きくなり、今やブレて太いロウソクに見える。
「散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! 散れやっ!」
そこだけが繰り返されながら、テンポが速くなっていく。そして
「散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! はっ!」
右手をロウソクに向けて突き出したまま、足踏みも声もそこでピタッと止まった。静寂が戻った。と思ったら次の瞬間、
『パシッ!』
っと微かな音がしてロウソクの火が消えた。
何が起こったのかと思ってよく見ると、ロウソクの芯が弾けたようになって、テーブルの上にロウが飛び散っている。
なるほど。外からエネルギーを与えてめいっぱい振動させ、それを突然止めることで物体を破壊したのか。すごいな、これ。
「どうだ? これが震の歌術の中でも一番基本の『震歌』だ」
「お父さん、すごおい!」
「すごいです! 感動です」
ジゴさんは思いっきりドヤ顔だ。昨日の炎の術はちょっと失敗してたからな。
「歌には力がある。人が歌えばそこには必ず何かが起きる。要はそれを目に見える形に結びつけられるかどうかだ」
ジゴさんは昨日と同じ台詞を口にニヤリと笑って俺を見た。
「どうだソウタ。やってみるか?」
「やってみます!」
「よし、その意気だソウタ。この歌術には音程はない。あるのはリズムだけだ。実は足踏みや拍手もリズムにノるためのもので、必須じゃないんだ。どれくらい気持ちの良いリズムで歌えるか、そこに集中してやってごらん」
そう言いながらジゴさんはテーブルの上にロウソクを立て直してくれた。
俺はベーシストだ。実はドラムもそこそこ叩ける。リズム系のゲームも得意だ。歌はダメだがリズムについてはまあまあ……のはずだ。とりあえずやってみよう。
『気持ちの良いリズム』っていうのは要するに『ノリ』とか『グルーヴ感』っていうことだよな。さっきのジゴさんのリズムパターンを踏まえて自分なりのグルーヴを作ってみよう。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
後で盛り上げていく余地を残しておくために、最初はジゴさんがやったのより少し遅い目のテンポで足踏みを始める。
そしてこの足踏みでグルーヴを感じるため、口の中で『ドン』の後に『チッ』とつぶやいてみる。文字にするとこんな感じだ。
『ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ』
単純な『ドン、ドン』よりも『ドンチッ、ドンチッ』の方がずっとノリが良いだろ? そしてそこに手拍子を加える。
『ドンチッ、パァンパ、ドンチッ、パンッ、ドンチッ、パァンパ、ドンチッ、パンッ』
うん。いい感じだ。自分でやっててもノれてる感じがする。
グルーヴを作る時は照れちゃダメだ。自分自身が身体でリズムにノらなきゃ良いグルーヴは出てこない。
ニコはもうヘドバンに近いぐらい首を振っている。ジゴさんも身体を揺すって俺のリズムにノってくれてる。
行ける。これなら行ける。俺は自信を取り戻してきた。そうだ、俺は歌を除けば音楽についてはそこそこイケるはずだ。
よし、ラップに入ろう。手拍子を止めて右手をロウソクに向ける。足踏みだけ続けながらさっきの詞をリズミカルに吐き出す。
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
あ! 右手が変な感じだ。手の平が細かく震えている。そしてそこから何かがロウソクの方向に伝わって行っている感覚がある。手の平がわずかに引っ張られる感じだ。
ロウソクが揺れ始めた。
間違いない。俺が歌うことで何かが起っている。っていうか机全体がガタガタ揺れているように見えるんだが、錯覚だろうか。
繰り返しながら、徐々にテンポを速めて行く。そしてグルーヴが崩れる一歩手前でエンディングに突入だ。
「散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! はあっ!」
俺の手の平から何かが抜けてロウソクに向けて飛んで行ったような感覚があった。ふっと手が軽くなった。
しかしその直後だった。
『……バキーン!』
大きな音がしたかと思うとロウソクは跡形もなく爆散し、その下のテーブルまでもがぶっ壊れてしまった。
「キャッ!」
ニコが小さく悲鳴を上げた。
気がつくと俺達の顔にはロウが飛び散り、足もとには机のパーツが散乱している。頭の上からはパラパラと机の欠片が降ってきて、俺達は木くずだらけになっていた。
しばらく誰も何も言わず固まっていた。
俺はビビっていた。
やり過ぎたか? まずかったか? 余計な工夫なんて加えたからだ。机を壊してしまった。まず謝らないといけないかな? 土下座までしなくてもいいよな、っていうか土下座は通用しないんだったよな。いろいろ頭の中を駆け巡る。
「ソウタ!」
「ごめんなさい!」
ジゴさんが急に大声で呼ぶもんだから、反射的に謝ってしまった。
「すごいじゃないか! こんな威力のある震歌は初めて見たぞ」
なんだ、謝罪は必要なかったようだ。
ジゴさんは俺の「ごめんなさい」はスルーし、頭の木くずを払いもせず、興奮した様子でまくし立てた。
「震歌は震の歌術でも一番基本的なやつだ。せいぜいロウソクの火を消すぐらいのもんだぞ。どうやったらこんな頑丈な机がバラバラになるんだ? いや、すごいな、ソウタ、お前すごいぞ」
そこまで褒められると照れるな。ニコも熱いまなざしで俺を見つめてくれている。さっきの音痴の減点を挽回できたかな。
「何? 今の音。家の中で歌術やる時は音が大きくならないように十分気を付けてよ」
ぶつぶつ言いながらナギさんまで地下に下りてきた。
「母さん、ソウタがすごいんだ。初めてやった震歌で机をバラバラにしちまった」
「あらまあ、あのごつい作業机を壊しちゃったの? 初めてで?」
「す、すいません」
思わずまた謝ってしまった。
「いいのよ、いいのよ。机なんてこの人がまた造ればいいんだから」
ナギさんは柔らかく笑いながら机の残骸を片付け始めた。ニコもそれを手伝う。俺も慌てて屈んで木くずを拾いだした。
「震歌で机をバラバラにする奴なんてなんて魔笛団にもいなかったよな? 歌の強さはハルの蔦使いに匹敵するな……」
ジゴさんはハイテンションで意味の分からない単語をまくし立てている。ナギさんは木くずを片付けながら適当に相づちを打っている。しかし、ジゴさんが
「ナギ、やっぱり間違いないな。『黒髪の歌い手』だ。魔笛団に連絡してやろう」
と言うのを聞いて、ナギさんは身体を起こした。
「あなた何言ってるの? もうあの人たちには関わらないって言ってたんじゃないの? しかも旅人になるだけでも危険なのに、この子たちをさらに危ない目に遭わすつもり? そんなこと私が許さないわよ」
腰に手を当てて睨み付けるその姿は昨日、村人たちを追い返した時と同じだ。すごく威厳があるというか、端的にいうと怖い。
「いや、別にそういうわけじゃないんだが……」
ジゴさんもたじたじだ。
「お母さん、『魔笛団』ってなあに?」
ちょっと空気の読めないニコが笑顔で尋ねるが
「お父さんの古い知り合いよ。それだけ」
と、にべもない。
それにしてもまた『歌い手』が出てきたな。昨日の黒い鳥女も俺のことをそう呼んで、歌い手だから見逃してやる、みたいなことを言ってた。『黒髪の歌い手』って俺のことだろうか。
ジゴさんもナギさんもいろいろ知ってるみたいだけど、俺たちには伏せておきたいようだ。質問したいことはいっぱいあるけど、そういう雰囲気ではない。
その後は全員で黙って机の破片を片付けた。「大きい音も声もダメよ」と念を押してナギさんは上に戻って行った。
小さくため息をついて、ジゴさんは座り直した。
「じゃ、続きをやろうか」
「はい!」
さあ、仕切り直しだ。
ニコも震歌をやりたがったので、まずはジゴさんが足踏みと手拍子を指導する。
しかしこれが意外に難しいようで、手拍子を入れると足踏みが止まってしまったり、速さが変わってしまったりする。ラップを口ずさむところまで行かない。
ドラムを叩いたことがある俺にとっては、何てことのない動作だし、即興でいろいろバリエーションだって加えられるけど、初めてでパッとやるのは難しいのかもしれない。
結局、午後の残りの時間、俺とジゴさんはニコのリズム練習にずっと付き合うことになった。しかしニコがいくらがんばっても震の歌術は発動しなかった。
凹むニコをジゴさんが慰めている。
「父さんだって歌術が使えるようになるにはすごく時間がかかったんだ。初めてやってできてしまうのはソウタが天才だからだよ」
天才って……人からそんなこと言ってもらえたのは初めてだ。照れるな。
「そうね。ソウタは『歌い手』だもんね!」
ニコはまた涼しい顔で俺たちがギョッとするようなことを言う。
歌い手という単語を聞いてジゴさんは明らかにキョドっている。それに追い打ちをかけるように彼女は続ける。
「昨日もね、あの鳥の化け物がソウタのことを『異世界から来た歌い手だな』って言ってたよ」
「何!? 本当か? 本当にそう言ったのか?」
ニコの爆弾発言に食いついたジゴさんは、俺に尋ねた。
「あ……はい、本当です」
俺は改めて昨日の出来事について説明した。
ニコの話だと鳥女は俺が追い払ったことになってしまってたが、実際は違うからな。俺は何もしていない。向こうが勝手に『命拾いしたな』って言って飛んで行ったんだ。
「そうか……しかし何で歌い手だと分かって助けたんだ? 意味が分からんな……」
ぶつぶつ独り言を言っているジゴさんに、歌い手について質問してみようかどうか迷っていると、ニコが
「お父さん、『黒髪の歌い手』ってなあに? ソウタの事?」
ズバリ訊いてしまった。
ジゴさんはしばし固まっていたが、
「お前たちが家を出る時に説明してあげよう。ただな、それまでは絶対に外で『歌い手』という単語を出しちゃダメだぞ。えらいことになるからな」
それだけ言って後向いてしまった。ニコはまだ何か言いたそうだったが、
「分かりました」
そう言って俺が話を終わりにした。
ジゴさん、さっきはつい口走ってしまったが、やっぱりいろいろワケアリのようだ。いずれきちんと教えてくれるっていうなら、今は無理に訊かない方がいいだろう。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
しかしその足踏みはずっと一定の間隔だ。そうか、これは一拍ずつのリズムを刻んでいるんだ。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
何だか心臓の鼓動が早まって、足踏みのリズムに同期してくるようだ。何だ何だ、何が始まるんだ? 期待が高まってくる。
しばらくそのリズムを続けた後、ジゴさんは足踏みに合わせて手を打ち始めた。
『ドン、パッパ、ドン、パッ、ドン、パッパ、ドン、パッ』
2拍目の『パッパ』の手拍子は16ビートだけどタイミングが絶妙にずらしてあって、少しシャッフルっぽく聞こえる。良い感じのノリだ。
聴いてると思わず身体が動きそうになる。ニコを見ると、既にもうリズムに合わせて首を振っている。
ああ、久しぶりだこの感覚。まるでライブの盛り上げシーンのようだ。ワクワクしてくる。
そして俺たちの期待を十分惹きつけた上で、ジゴさんは歌い出した。しかし『音程は関係ない』という言葉に違わず、歌というよりもラップに近い。
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
以下、延々リフレインだ。
歌い出すと同時にジゴさんは手拍子を止め、右手をロウソクに向けてかざした。
すると、さっきまで落ち着いていたロウソクの炎が、大きくなったり小さくなったりしだした。よく見ると、ロウソクが細かく揺れているようだ。
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
ジゴさんのラップはだんだんテンポが速くなってくる。それに合わせるかのようにロウソクの振動も大きくなり、今やブレて太いロウソクに見える。
「散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! 散れやっ!」
そこだけが繰り返されながら、テンポが速くなっていく。そして
「散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! はっ!」
右手をロウソクに向けて突き出したまま、足踏みも声もそこでピタッと止まった。静寂が戻った。と思ったら次の瞬間、
『パシッ!』
っと微かな音がしてロウソクの火が消えた。
何が起こったのかと思ってよく見ると、ロウソクの芯が弾けたようになって、テーブルの上にロウが飛び散っている。
なるほど。外からエネルギーを与えてめいっぱい振動させ、それを突然止めることで物体を破壊したのか。すごいな、これ。
「どうだ? これが震の歌術の中でも一番基本の『震歌』だ」
「お父さん、すごおい!」
「すごいです! 感動です」
ジゴさんは思いっきりドヤ顔だ。昨日の炎の術はちょっと失敗してたからな。
「歌には力がある。人が歌えばそこには必ず何かが起きる。要はそれを目に見える形に結びつけられるかどうかだ」
ジゴさんは昨日と同じ台詞を口にニヤリと笑って俺を見た。
「どうだソウタ。やってみるか?」
「やってみます!」
「よし、その意気だソウタ。この歌術には音程はない。あるのはリズムだけだ。実は足踏みや拍手もリズムにノるためのもので、必須じゃないんだ。どれくらい気持ちの良いリズムで歌えるか、そこに集中してやってごらん」
そう言いながらジゴさんはテーブルの上にロウソクを立て直してくれた。
俺はベーシストだ。実はドラムもそこそこ叩ける。リズム系のゲームも得意だ。歌はダメだがリズムについてはまあまあ……のはずだ。とりあえずやってみよう。
『気持ちの良いリズム』っていうのは要するに『ノリ』とか『グルーヴ感』っていうことだよな。さっきのジゴさんのリズムパターンを踏まえて自分なりのグルーヴを作ってみよう。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
後で盛り上げていく余地を残しておくために、最初はジゴさんがやったのより少し遅い目のテンポで足踏みを始める。
そしてこの足踏みでグルーヴを感じるため、口の中で『ドン』の後に『チッ』とつぶやいてみる。文字にするとこんな感じだ。
『ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ、ドンチッ』
単純な『ドン、ドン』よりも『ドンチッ、ドンチッ』の方がずっとノリが良いだろ? そしてそこに手拍子を加える。
『ドンチッ、パァンパ、ドンチッ、パンッ、ドンチッ、パァンパ、ドンチッ、パンッ』
うん。いい感じだ。自分でやっててもノれてる感じがする。
グルーヴを作る時は照れちゃダメだ。自分自身が身体でリズムにノらなきゃ良いグルーヴは出てこない。
ニコはもうヘドバンに近いぐらい首を振っている。ジゴさんも身体を揺すって俺のリズムにノってくれてる。
行ける。これなら行ける。俺は自信を取り戻してきた。そうだ、俺は歌を除けば音楽についてはそこそこイケるはずだ。
よし、ラップに入ろう。手拍子を止めて右手をロウソクに向ける。足踏みだけ続けながらさっきの詞をリズミカルに吐き出す。
「来いや、来いや、来いや、来いや」
「散れや、散れや、散れや、散れや」
あ! 右手が変な感じだ。手の平が細かく震えている。そしてそこから何かがロウソクの方向に伝わって行っている感覚がある。手の平がわずかに引っ張られる感じだ。
ロウソクが揺れ始めた。
間違いない。俺が歌うことで何かが起っている。っていうか机全体がガタガタ揺れているように見えるんだが、錯覚だろうか。
繰り返しながら、徐々にテンポを速めて行く。そしてグルーヴが崩れる一歩手前でエンディングに突入だ。
「散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! 散れやっ! はあっ!」
俺の手の平から何かが抜けてロウソクに向けて飛んで行ったような感覚があった。ふっと手が軽くなった。
しかしその直後だった。
『……バキーン!』
大きな音がしたかと思うとロウソクは跡形もなく爆散し、その下のテーブルまでもがぶっ壊れてしまった。
「キャッ!」
ニコが小さく悲鳴を上げた。
気がつくと俺達の顔にはロウが飛び散り、足もとには机のパーツが散乱している。頭の上からはパラパラと机の欠片が降ってきて、俺達は木くずだらけになっていた。
しばらく誰も何も言わず固まっていた。
俺はビビっていた。
やり過ぎたか? まずかったか? 余計な工夫なんて加えたからだ。机を壊してしまった。まず謝らないといけないかな? 土下座までしなくてもいいよな、っていうか土下座は通用しないんだったよな。いろいろ頭の中を駆け巡る。
「ソウタ!」
「ごめんなさい!」
ジゴさんが急に大声で呼ぶもんだから、反射的に謝ってしまった。
「すごいじゃないか! こんな威力のある震歌は初めて見たぞ」
なんだ、謝罪は必要なかったようだ。
ジゴさんは俺の「ごめんなさい」はスルーし、頭の木くずを払いもせず、興奮した様子でまくし立てた。
「震歌は震の歌術でも一番基本的なやつだ。せいぜいロウソクの火を消すぐらいのもんだぞ。どうやったらこんな頑丈な机がバラバラになるんだ? いや、すごいな、ソウタ、お前すごいぞ」
そこまで褒められると照れるな。ニコも熱いまなざしで俺を見つめてくれている。さっきの音痴の減点を挽回できたかな。
「何? 今の音。家の中で歌術やる時は音が大きくならないように十分気を付けてよ」
ぶつぶつ言いながらナギさんまで地下に下りてきた。
「母さん、ソウタがすごいんだ。初めてやった震歌で机をバラバラにしちまった」
「あらまあ、あのごつい作業机を壊しちゃったの? 初めてで?」
「す、すいません」
思わずまた謝ってしまった。
「いいのよ、いいのよ。机なんてこの人がまた造ればいいんだから」
ナギさんは柔らかく笑いながら机の残骸を片付け始めた。ニコもそれを手伝う。俺も慌てて屈んで木くずを拾いだした。
「震歌で机をバラバラにする奴なんてなんて魔笛団にもいなかったよな? 歌の強さはハルの蔦使いに匹敵するな……」
ジゴさんはハイテンションで意味の分からない単語をまくし立てている。ナギさんは木くずを片付けながら適当に相づちを打っている。しかし、ジゴさんが
「ナギ、やっぱり間違いないな。『黒髪の歌い手』だ。魔笛団に連絡してやろう」
と言うのを聞いて、ナギさんは身体を起こした。
「あなた何言ってるの? もうあの人たちには関わらないって言ってたんじゃないの? しかも旅人になるだけでも危険なのに、この子たちをさらに危ない目に遭わすつもり? そんなこと私が許さないわよ」
腰に手を当てて睨み付けるその姿は昨日、村人たちを追い返した時と同じだ。すごく威厳があるというか、端的にいうと怖い。
「いや、別にそういうわけじゃないんだが……」
ジゴさんもたじたじだ。
「お母さん、『魔笛団』ってなあに?」
ちょっと空気の読めないニコが笑顔で尋ねるが
「お父さんの古い知り合いよ。それだけ」
と、にべもない。
それにしてもまた『歌い手』が出てきたな。昨日の黒い鳥女も俺のことをそう呼んで、歌い手だから見逃してやる、みたいなことを言ってた。『黒髪の歌い手』って俺のことだろうか。
ジゴさんもナギさんもいろいろ知ってるみたいだけど、俺たちには伏せておきたいようだ。質問したいことはいっぱいあるけど、そういう雰囲気ではない。
その後は全員で黙って机の破片を片付けた。「大きい音も声もダメよ」と念を押してナギさんは上に戻って行った。
小さくため息をついて、ジゴさんは座り直した。
「じゃ、続きをやろうか」
「はい!」
さあ、仕切り直しだ。
ニコも震歌をやりたがったので、まずはジゴさんが足踏みと手拍子を指導する。
しかしこれが意外に難しいようで、手拍子を入れると足踏みが止まってしまったり、速さが変わってしまったりする。ラップを口ずさむところまで行かない。
ドラムを叩いたことがある俺にとっては、何てことのない動作だし、即興でいろいろバリエーションだって加えられるけど、初めてでパッとやるのは難しいのかもしれない。
結局、午後の残りの時間、俺とジゴさんはニコのリズム練習にずっと付き合うことになった。しかしニコがいくらがんばっても震の歌術は発動しなかった。
凹むニコをジゴさんが慰めている。
「父さんだって歌術が使えるようになるにはすごく時間がかかったんだ。初めてやってできてしまうのはソウタが天才だからだよ」
天才って……人からそんなこと言ってもらえたのは初めてだ。照れるな。
「そうね。ソウタは『歌い手』だもんね!」
ニコはまた涼しい顔で俺たちがギョッとするようなことを言う。
歌い手という単語を聞いてジゴさんは明らかにキョドっている。それに追い打ちをかけるように彼女は続ける。
「昨日もね、あの鳥の化け物がソウタのことを『異世界から来た歌い手だな』って言ってたよ」
「何!? 本当か? 本当にそう言ったのか?」
ニコの爆弾発言に食いついたジゴさんは、俺に尋ねた。
「あ……はい、本当です」
俺は改めて昨日の出来事について説明した。
ニコの話だと鳥女は俺が追い払ったことになってしまってたが、実際は違うからな。俺は何もしていない。向こうが勝手に『命拾いしたな』って言って飛んで行ったんだ。
「そうか……しかし何で歌い手だと分かって助けたんだ? 意味が分からんな……」
ぶつぶつ独り言を言っているジゴさんに、歌い手について質問してみようかどうか迷っていると、ニコが
「お父さん、『黒髪の歌い手』ってなあに? ソウタの事?」
ズバリ訊いてしまった。
ジゴさんはしばし固まっていたが、
「お前たちが家を出る時に説明してあげよう。ただな、それまでは絶対に外で『歌い手』という単語を出しちゃダメだぞ。えらいことになるからな」
それだけ言って後向いてしまった。ニコはまだ何か言いたそうだったが、
「分かりました」
そう言って俺が話を終わりにした。
ジゴさん、さっきはつい口走ってしまったが、やっぱりいろいろワケアリのようだ。いずれきちんと教えてくれるっていうなら、今は無理に訊かない方がいいだろう。
0
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる